軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

はしゃぐ

次の日の朝。私は辺りが明るくなり始めると同時に目を覚ました。

小屋の外に出てぐっと伸びをしていると、ガタガタと窓の開く音がして、

「早起きだな……」

隻眼の騎士が顔を出した。彼はまだ寝間着姿で、低血圧なのかアンニュイな雰囲気をかもし出している。

寝起きなのに顔がむくんだりまぶたが腫れたりしていなくって羨ましい。

「朝飯はもうちょっと待て」

私にそう言って、隻眼の騎士は部屋の中に引っ込んだ。

木箱に飛び乗って何をしているのかと覗いてみたが、中では隻眼の騎士が半裸になってお着替え中だったので、私は急いで顔をそらした。

顔を熱くさせながら地面に降り立って、気を紛らわせるために積もった雪をズババババっと掘り返してみる。……あら、これ結構楽しい。

隻眼の騎士が朝ご飯を持ってきてくれたのは、穴を掘り続けていた私が雪の層から土の層に到達し、前足を泥だらけにしている途中だった。

「あまり深く掘るなよ。自分でハマるぞ」

窓から腕を伸ばし、ごはんの乗ったお皿を木箱の上に置きながら隻眼の騎士が言った。

失礼な。いくら私でも、自分で掘り返した穴にハマったりはしない。

と言ってるそばから、ハマった。

朝ご飯に気をとられていたら前足がかくんと穴に落ち、そのままころりと転けたのだ。

「だから言っただろう」

隻眼の騎士に笑われた。恥ずかしい。顔がかぁっと熱くなる。

「しっかり食べろよ」

口元に笑みを残したまま彼は言い、窓を閉めて部屋の奥へと消えた。

穴から抜け出し、木箱に乗って中を見ると、隻眼の騎士がちょうど部屋の扉から廊下へ出るところだった。覗いている私に気づくと軽く手を挙げて「じゃあな」というような仕草をする。きっとこれから仕事だか訓練だかに行くんだろう。

騎士が部屋を出るのを見届けると、私も木箱の1段目に降りて食事を始めた。

朝のメニューは温かなスープだ。ニンジンとジャガイモが入ったスープの中に、ひと口大に切られたパンが浸してある。ねこまんまみたいな感じ。変に気を遣われて、生肉とか出されなくてよかった。

私はハフハフと息を吐きながら舌で具材をすくい、口に運んでいった。パンがどろどろになってて見た目は悪いが、美味しい。

お腹がいっぱいになった私は、口の周りについたスープをぺろぺろと舐めながら、これからのことを考えていた。母上のところに行きたいのは山々だが、相変わらず王都への道は分からない。だからいっそのこと、しばらくここに滞在しようかな、なんて。

この敷地内には無邪気で恐ろしい子供も、毛皮を狙うような猟師もいない。いるのは騎士だけで、結構安全な場所だと思うのだ。

まさか騎士が小動物をいじめるなんて思えないし。隻眼の騎士だって優しいもんな。

ここから王都までは、今の私の足ではきっと果てしなく遠い。道中危険なこともあるだろう。

だったらもう動かずに、この場所で母上を待ってた方がいいかなと思う。ここは人がいっぱいいるから山の上と違って寂しくないし、それになにより、美味しいごはんがもらえるから。

……実はそれが1番の目当てだったり。

私は後ろ足でカカカッと頭をかくと、自分で掘った穴を大きく避けて歩き出した。これからしばらくお世話になる場所だから、敷地内をきちんと見回っておくのだ。

人間と鉢合わせしないようにこっそりと移動していると、昨日と同じ運動場に出た。正確には訓練場かな? 隻眼の騎士が部下をしごいていたところだ。

しかし今日は誰もおらず、雪の積もった訓練場はひっそりと静まり返っていた。

走り込みでもしていたのか、端の方には円を描くように多くの足跡が残っている。昨日、騎士たちが訓練をしていた辺りにも足跡は残っていたが、それ以外はまっさらなまま。誰も足を踏み入れていない。

うずうず……

うずうず……

私の大きな瞳は今、きっとキラキラと輝いていることだろう。高鳴る鼓動が止められない。

あの真っ白な誘惑に勝てる人などいるのだろうか。

私は無理だ、無理だよ!

近くに人がいないのを適当に確認すると、私はしっぽをブンブンと振って駆け出した。この前人未到の雪の上に、私の足跡をつけまくるのだ。

高さは20センチほどだろうか。柔らかくてきれいで、最高の雪だ。私はわふわふと運動場を駆け回り、ジャンプし、転がり、顔をうずめ、もぐった。

なんて楽しいんだ!

「お前は子供か」と罵られたっていい。だって今、私は子供なんだから。

前世の姿でこれをする勇気はないが、キツネで幼児な今の姿なら恥ずかしくはない。

私は自慢の毛皮に雪をくっつけながら、ハッハッと息を切らして、思う存分雪の上を転がり回った。

そうして満足した後は、また敷地内の見回りに戻る。人間に見つからないように徘徊するのもまた楽し。かくれんぼ鬼ごっこをしているようでスリルがあるのだ。

どこかへ移動する騎士をこっそり尾行したり、門のところで警備している騎士に限界まで近づいてみたり。バレたら私の負けだけど、今のところ誰にもバレていないはず。

普段は人間らしい精神を持っている私だが、一旦『遊びスイッチ』が入ると、自分でも自分を止められない。本能のまま、楽しいことを求めてしまう。

幼稚だなぁと呆れつつも、まっさらな雪を見ると突っ込んでいってしまう悲しさ。

雪上に肉球の足跡を残したり、騎士を尾行したり、退けられた雪で出来た小さな山を登頂してみたり、馬小屋にいる馬に匂いを嗅がれて鼻息を浴びたり、うっかり外の便所小屋みたいなところに入っちゃって鼻がもげそうになったり……。

1日思いきり遊んで、気づいた時には日が暮れていた。

そろそろごはんを貰わねばと思って宿舎の方へ戻ると、ねぐらにしている小屋の前で隻眼の騎士が待ち構えていた。どうやら中のシャベルを全部他へ移して、お古の毛布を敷いてくれたらしい。

お皿に乗った晩ご飯──何かの肉をシンプルに焼いただけのもの──を木箱に置くと、私の方を見てからかうように言った。

「雪の上を駆け回るのは楽しかったか? 随分はしゃいでたな」

…………見てたの?

何だか急に恥ずかしくなった。一体どこから、どの場面を見られてたんだろう。訓練場でわふわふしてた時だろうか。

私は照れを隠すようにしっぽを揺らし、これからはちょっと自重しようと誓ったのだった。