軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

支団長さんの事情(2)

「ねぇねぇ、キックス」

出されたごはんを食べ終えた時、ちょうど隻眼の騎士が食堂のおじさんに呼ばれて席を立ったので、私はこっそりキックスに近寄った。

食堂にはちらほらと騎士たちがいて、軽食を取っている人もいれば、仲間とくつろぎながらお茶を飲んでいるだけの人もいる。ここの人は朝と夜にしっかり食べるので、昼はお腹が空いていなければ食べないのだ。

キックスは小ぶりな青リンゴをかじりながら、足元にいた私をテーブルの上に乗せてくれた。

誰も怒ったりはしないんだけど、元人間としてはテーブルの上に乗るのって悪い事をしているようでそわそわする。

「何だよ、ミル。リンゴ欲しいのか?」

キックスはそう言ってかじりかけのリンゴを差し出してきた。

キックスの食べかけなんていらないよ!

と思ったものの、鼻先に寄せられればとりあえず匂いを確認せずにはいられない。リンゴの匂いなんて分かってるのに。

しかしこのリンゴは私の記憶にある日本のリンゴより酸味があるようだ。酸っぱそうな匂いに鼻に皺が寄る。

柑橘系しかり、私の鼻は酸っぱいものを腐った危険なものとして認識するらしく、目の前のリンゴにも食欲は湧かなかった。果物は甘いやつが好きだ。

「いらない。それより……」

差し出されたリンゴを避けて首を伸ばし、キックスにこそこそと耳打ちする。

「サーレルたいちょうさんて、どんな人?」

その人がここの新しい長になるのなら、どんな人なのか知っておきたい。

もちろん支団長さんには王都に帰ってほしくないので、彼がこのまま北の砦にいてくれる事が一番なんだけど。

キックスは顔を歪めて答える。

「丸眼鏡で七三分けの、神経質な嫌な奴」

なんだって? 丸眼鏡で七三分けなんていう楽しい風貌をしていながら、嫌な奴だなんて。

「あんな奴がここに来たら最悪だぞ。潔癖症だから、まずはそこら中を掃除させられるに決まってる。だらしない格好をしてたらすぐに目をつけられて注意されるし、寝ぐせつけてるだけでも睨まれるぞ」

「べつにいいじゃん」

この砦の騎士たちは、王都のお城にいる騎士たちに比べて何だか野暮ったいと思っていたのだ。

清潔を保つのはいい事だし、皆が身だしなみに気を遣うのもいい事だ。

「よくねーよ。サーレル隊長はコネと圧力で本団の隊長になったっていう噂があるんだぞ。あいつの生家は公爵家なんだ。今は兄が継いでるんだったかな。クロムウェル支団長の家も公爵家で、立場はサーレル隊長とよく似てるけど、人間性が違う。支団長は努力して強くなったんだろうけど、サーレル隊長の実力なんてたかが知れてる。剣を握った事があるのかどうかも怪しいくらいだ。そんな奴にこの砦を任せられるかよ」

確かに貴族然としていて実力を伴わないような人なら、この土地の厳しい冬を乗り越えられるのか、そして砦の荒くれ者の騎士たちをまとめられるのか心配ではある。

確か支団長さんも最初はこの砦の騎士たちにナメられていたらしけど、ちゃんと実力があったから認められたんだよね。

「取り巻きっつーのかな、近しい部下をいっつもぞろぞろと引き連れてたし、そういうとこも俺は好きじゃないなー」

「それはキックスが、きし団に入ってすぐにこの砦に飛ばされたから?」

私がそう尋ねると、キックスは図星をつかれた顔をした。

「まぁ、それはあるな……。今でこそ、この砦に来てよかったって思ってるけど、当時は理不尽だって恨んだし、俺とジルドの事が個人的に気に入らないから重い処分を下したんだって思ってる。まぁ、精霊には分からないだろうけど、人間には合う合わないとか色々あるんだよ。そんで俺はきっとサーレル隊長とは合わないタイプ」

「ふぅん」

話を聞いていると、私とも合わないような気がしないでもない。潔癖症みたいだし、常に毛を撒き散らす私のような存在を許してくれるのだろうか?

土足で支団長室の絨毯の上を歩くし、時々こっそり肉球についた泥をなすりつけているけどいいだろうか?

「それにさ、あいつがここに来たがってるのは……ミル、お前が狙いに違いない。もうちょっと危機感持てよ」

「え、私?」

数秒考えて、ハッと血の気が引いた。

「まさか……まさか私の毛をねらってるの?」

「違うっつーの。キツネのお前が欲しいんじゃない。精霊のお前や、スノウレアを狙ってるんだ。ここへ来れば精霊との繋がりが持てるって計算してんだよ」

確かに精霊は特殊な存在だから、場合によっては王族と繋がりを持つより有益なのかもしれない。

「お前は知らないだろうけど、前と比べてクロムウェル支団長の評価も騎士団の中で上がってる。精霊であるミルに好かれてるからだよ」

「私に好かれたからってどうなるの?」

「いざという時、スノウレアが国に協力してくれる可能性が今より高くなるだろ。別に精霊を全面的に頼ってるわけじゃないんだけどさ。支団長は打算なくミルを可愛がってるだけだけど、騎士団や貴族の中には、そういうふうに考えない奴もいるわけ。サーレル隊長もさ、ライバルみたいな存在の支団長が精霊に気に入られてるのが面白くないんだぜ、きっと。だから支団長が王都に戻る話が出たのをチャンスだと考えて、代わりに自分がここに来ようと思ってんだ」

だからさっきキックスは、サーレル隊長さんの事を『目ざとい』とか言ってたのか。

「じゃあやっぱりそんな人より、しだんちょうさんにずっといてほしいね」

周りからの評価を上げるために、サーレル隊長さんに利用されるのは嫌だな。

「だろ? ミルからも支団長に言ってくれよ。サーレル隊長なんて追い払ってくれって。……まぁ支団長の方が若いし騎士団での立場は下だから、なかなか難しいのかもしれないけどさ」

キックスが珍しく消沈している。よっぽどサーレル隊長さんに苦手意識があるみたいだ。

私はしっぽを上げて、励ますように言った。

「私にまかせて! しだんちょうさんのところに行ってくる!」

「本当か? 頼んだぞ、ミル!」

「うん! よーし!」

意気込んで走り出そうとしたところで、自分がテーブルの上に乗っている事を思い出した。

「……あの、ちょっと、テーブルから降りたいからてつだって」

一人じゃ下りられないから!

「しだんちょーさん!」

隻眼の騎士にはもう帰ると伝えて、食堂から支団長さんの執務室に向かった。

立派な扉を一人で開けるのは大変なので、屈み込んで、扉の下に開いているほんの僅かな隙間から支団長さんを呼ぶ。こうした方が声が届きやすい気がするのだ。

ガサガサと手も突っ込んでみるが爪しか入らなかった。

足音で支団長さんが扉に近づいてきたのが分かったので、立ち上がって数歩離れる。

静かに扉が開くと、支団長さんは冷たい顔をしてまず左右の廊下を見回した。私以外に誰もいないか確認しているらしい。いつもの事だ。

「よく来たな」

部下たちがいないと分かると、支団長さんは表情を緩めて私を中へ招き入れた。

そして扉を閉めると同時にこちらに手を伸ばしてきたが、私はそれをさっと避ける。

この毛皮に触れたいのなら、まずはこちらの要求をのんでもらおうか!