軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

謎の手紙

新緑が眩しい五月。

スノウレア山は相変わらず真っ白だけど、平地の雪は融けて北の砦周辺にも遅い春がやってきた。

この世界に雪の精霊として転生してから三年と少しが経つ。やっと三歳である。

北の砦に初めてやってきたのは一歳の時、そして初めて人型になれたのは二歳の時だけど、その時からどれくらい成長したかというと、正直言って内面は全く成長していない……ような気がする。そして外見もほとんど変わっていない。

普通の犬や猫は三歳というともう立派な大人だというのに、私はキツネの姿の時でも相変わらず丸っこくて、頭が大きくて、手足が短くて、まるきり子どもなのが納得いかない。

もっと母上のようにシュッとしたいのに!

そしてそんなシュッとした美人ギツネである母上――雪の精霊スノウレアといえば、

「ミルフィリア、そろそろ起きるのじゃ」

住処のほら穴の中で惰眠を貪っている私を、今日も優しく起こしてくれた。

まだ起きたくなーい、もうちょっとゴロゴロしてるー、と心の中で呟きながら寝返りを打ち、すぴすぴと鼻を鳴らす。声を出して鳴くのも人の言葉を喋るのも面倒だったので、鼻でお返事。

しかし私に甘くもありながら教育面では厳しい母上は、鼻先で私を転がしながらこう言った。

「さぁ、今日は木登りの特訓をしようぞ」

「う? ……きのぼり?」

垂れていたよだれをぺろりと舐めてから、寝ぼけ眼でぼんやりと母上を見つめる。

“子どもは強く逞しく育てる!”がモットーの母上は、私を崖から突き落とす事こそしなくなったものの、時々こうやってわけの分からない特訓にかり出すのだ。

一方、私は強くなりたいだなんてちっとも思っていないので、特訓は嫌で嫌で仕方がない。せっかくキツネの姿で精霊として生まれてきたんだから、もっとゆるゆる生きたいのだ。

寝る事と食べる事、そして遊ぶ事に全力を注いで生きていきたい。

「立つのじゃミルフィリア。 行(ゆ) くぞ」

地面にぴったりと這いつくばってみたが、母上はやんわりと首を噛んで外に連れ出そうとする。

きゅんきゅんと抗議の鳴き声を上げ、必死で地面に爪を立てたものの、あえなくズルズルと引きずられていった。

「母上、きょうはなんだか風がつよい気がする! 木にのぼるのはあぶないよ!」

ちょうど私たちが洞窟を出たところで風が吹いてきたので、これ幸いと特訓の中止を申し出る。

しかし母上は「仕方のない子じゃ」と呆れながらも歩みを止めてくれない。ひどい。気分は刑場に連れて行かれる罪人だ。

雪の精霊が木登りできるようになってどうするの。別に一生できなくても困らないよ。私、木の上に何も用事ないもん。

そう文句を言いたいところだけど、たぶん母上に「駄々をこねるでない」と叱られて終わるだけなので、

「わふッ、わふ……!」

と、ものすごい小声で鳴いて、弱々しく反抗の意思を示しておいた。

母上は無視である。

それでもしつこくわふわふ言っていると、母上は歩みを止めて私を雪の上に降ろした。

「特訓するのも、そなたのためなのじゃぞ。わらわはそなたの事が心配で堪らぬのじゃ。こんなに愛らしくて小さくて、そして弱くては、将来親離れした時に一人でやってゆけるかどうか……」

母上はうっすらと目に涙を溜めて言った。

いやいや今から巣立ちの時を心配されても、何十年も先だと思うけど。そしてその時には私だってちゃんと大きくなってるし、いつまでも小さいままじゃないよ。

母上に愛されて嬉しいけど、相変わらず心配性だなぁ。

――なんて事を考えていた時だった。

一際強い風が吹くとともに、私たちの目の前に薄茶色の紙が一枚落ちてきたのだ。

母上は訝しがるようにそれを注視すると人型に変化した。白銀の長い髪に雪のような白い肌を持つ精霊は、我が母ながら目を見張るほどの美女だ。

落ちてきたのはただの紙だけど、それを母上はゴミととらずに警戒している様子である。

人っ子一人いない雪山の山頂近くにこんなものが飛んでくるなんて、私が知っている限りは初めての事だから警戒する気持ちも分かる。わりと厚めの紙だし、風で巻き上げられたにしても山の上まで来るものだろうか。

母上は雪の上に落ちた紙を拾って表を向けた。

背の低い私からは見えなかったが、何か書かれていたらしい。目で文字を追うと、眉間にしわを寄せてその紙を破り捨てたのだ。

「母上? ど、どうしたの?」

風に乗ってバラバラに飛んでいく紙と母上を交互に見つめながら、あわあわと言う。

「なにか、かいてあった?」

「いや、何でもない」

母上は空を睨みつけながら低い声を出した。

絶対何でもなくないな、これ。

もしかしてあの紙は、母上に向けて誰かが故意に飛ばした手紙だったんだろうか。

でも一体誰が? 人間はそんな事できないよね。

「ねぇ、なんて書いてあったの? だいじょうぶ?」

傷つくような事が書かれていたんじゃないかと心配になる。

そわそわと雪の上を歩き回りながら母上を見上げると、母上は私を見下げてほんのりと笑みを浮かべた。

「大丈夫じゃ、何も心配はいらぬ」

しかしそう言いながら、次には深いため息をつく。

「全く、ヒルグに関わるとろくな事がないわ」

ヒルグというのは、クガルグの父親である炎の精霊さんの名前だ。

「『炎の精霊さん』なんて他人行儀過ぎる」と言われて名前を教えてもらったので、最近では私もヒルグパパと呼んでいる。

もしかすると、さっきの手紙はヒルグパパからのラブレターだったのかもしれない。

人間が抱くような“恋心”とまではいかないけど、ヒルグパパは母上の事を気に入ってるような感じだし、クガルグほどしょっちゅうではないが夏場はたまにこっちへ遊びに来たりしているのだ。

夏と炎の精霊なんていう組み合わせは雪の精霊にとっては最悪でしかないので、母上はいつもすげなく追い返しているんだけど。

『ただでさえ夏は暑いというのに、そこへ暑苦しいそなたまで加わっては堪らぬ! 何故いつも夏に来るのじゃ』

『冬のスノウレア山は寒過ぎて遊びに来る気にはなれなくてな! すまん!』

『何故わらわが謝られねばならぬ! 誰も遊びに来てほしいなどとは言っておらぬであろう!』

『寂しかったかと思ってな!』

『馬鹿を言うでない!』

なんていうやり取りを去年の夏にもしていたような。

母上はヒルグパパと喋っている時はだいたい怒ってる。ヒルグパパは声が大きいし母上は怒りのままに叫ぶしで、非常に騒がしいのである。

ヒルグパパを追い返した後は、毎回ハァハァと息を整えるはめになる母上。

向こうはあまり相性が悪いとは思っていないみたいだけど、母上は一貫して拒否の態勢を崩さない。

ずっと近くにいられたらこちらが弱ってしまうので、仕方がないのかなと思う。

その点、クガルグはまだ幼いから安心だ。精霊として一人前ではないので、炎の精霊さんほどの熱気は発していないから。

それに私とよく一緒にいるせいか、炎の精霊さんよりも力の調節が上手い気がする。意識してなのか無意識なのかは分からないけど、体から発する熱気をちゃんと抑えてくれているらしい。

クガルグって、結構気が遣える子なのだ。