軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シラユキおばあちゃん(2)

「そんな……」

私は悲しくなって呟いた。夢の中で出会う例の青年に、すでに瞳のうるうる感をアップしてもらったのに、泣きそうになってさらにうるうるしてしまう。

「ゆかいなこと、ないの……?」

「ないのう」

「そんな……」

私はもう一度繰り返した。楽しいことがないなんて、それは悲しい。そしてつまらないだろう。

そう考えると、シラユキおばあちゃんは長く生きてきたんだし、そろそろ人生を閉じようかと思う気持ちも分かる。

でもさ、酸いも甘いも経験した老人が「もういつ死んでも悔いはない」って思うのとは、シラユキおばあちゃんの場合は違うと思うんだよね。

シラユキおばあちゃんはたぶん、良くも悪くも平坦な人生をずっと歩んできたんだろう。ほとんど誰とも関わらずこの土地で一人でいて、様々な経験をすることもなかった。

『良いことも悪いことも味わったから悔いはない』っていうんじゃなく、『つまらないから悔いはない』っていう感じなんだろう。

じゃあさ、長く生きたからって死ぬ道を選ぶことはないんじゃない? だって経験してないことはまだまだたくさんあるんだから。

シラユキおばあちゃんは愉快なことがないっていうけど、探そうと思えばきっと楽しいことが見つかるはず。私がそれを手伝うから、もう少し生きてみてほしい。

そう思って、私はそれをシラユキおばあちゃんに伝えようとした。

しかし口を開こうとしたその瞬間、私の横に開いていた氷の穴からザバァッ! と勢いよくアザラシが顔を出し、そのまま氷の上に飛び乗った。

「わあぁぁ!?」

海に潜っていたアザラシが戻ってきたのだ。

私はワタワタ走って、一番近くにいた父上の脚にくっつく。

「びびび、びっくりした……」

腰が抜けるかと思った。

しかしアザラシの方も私たちにびっくりしたようで、私と同じくらいワタワタしながら海に潜っていったのだった。

「そ奴らは、この辺りにはよくおるぞ。肉食動物じゃが、精霊を襲うほど馬鹿ではない。安心してよい」

突然の出来事に驚きすぎて父上の足元から動かなくなった私に、シラユキおばあちゃんが言う。

「ほれ、ここにもそこにも、子供がおる」

「こども?」

私はそーっと歩き出し、シラユキおばあちゃんに近づく。するとおばあちゃんの大きな体の周りには、黒いまん丸の瞳ともふもふの白い被毛が特徴のアザラシの赤ちゃんたちがいた。集団でまとまっているわけじゃなく、シラユキおばあちゃんの周りに点々といるのだ。

「かわいいー!」

私はしっぽをブンブン振って言う。

真っ白なアザラシの赤ちゃん。もしかしたらこの世で一番無害で可愛い生き物なんじゃないか? そう思ってしまうくらい、実際に見るアザラシの赤ちゃんは可愛かった。

赤ちゃんたちはまだ警戒心というものがないのか、私が近づいても逃げない。それどころか興味を持ってこちらに近づいてくる。

「どうしておばあちゃんの周りにこんなに赤ちゃんが……」

「親が置いていくのじゃ。自分が狩りに行っている間、子供が外敵に襲われぬようにな。わらわは子供を襲わぬし、わらわがおればシロクマも近づいて来ないと知っておるのじゃろう」

「へー」

さっき穴から飛び出てきたアザラシがびっくりしていたのは、私や母上、父上に対して驚いていただけで、そこにシラユキおばあちゃんは含まれていなかったのか。

「かわいいアザラシの赤ちゃんに囲まれるなんて、しだんちょうさんだったら幸せでしんじゃうかも」

表情がとろとろになっている支団長さんを思い浮かべて笑う。

「誰じゃ、それは」

「あのね、しだんちょうさんはわたしが仲よくしてるにんげんで……」

と、話している途中でひと際強い風が吹き、私はコロコロと氷の上を転がった。風はすぐに止んだので、立ち上がってまたおばあちゃんの前に戻り、話の続きをする。

「北のとりでっていうところにいる騎士でね、とりでの中で一番えらい人で……」

そこでまた強い風が吹き、再び転がる私。この場所は遮蔽物が何もないから、風が弱まらないんだな。

私はすぐにまた立ち上がっておばあちゃんの前に戻る。

「それでしだんちょうさんは動物が好きなんだけど……」

三度吹く強い風。私はまたもやコロコロ転がったが、今度は何かに当たってすぐに止まった。

「愉快な子じゃのう、ミルフィリアは」

シラユキおばあちゃんが大きな前足を出して、私が転がっていくのを防いでくれたみたい。おばあちゃんは青い目を細めて笑っていた。

私、おばあちゃんのそういう顔もっと見たいな。愉快なこと、他にもたくさん知ってほしい。

「ねぇ、シラユキおばあちゃん。死ぬのはいつでもできるから、もう少し生きててほしいな」

私はおばあちゃんの顔を真っすぐ見上げて訴える。

「それでわたしと遊んだり、わたしが大事におもってるにんげんたちと会ったりしてほしい。私、にんげんにもせいれいにも友だちいっぱいいるんだよ」

おばあちゃんは静かに私の話を聞いていた。

「わたしと一緒に、楽しいことたくさんしよう? おばあちゃんはジャーキーって食べたことある? おいしいんだよ。ボール遊びは? したことないでしょ? おもしろいよ。それにもうすぐ孫もふえるし、ちっちゃなヘビの赤ちゃんもぜったいかわいいよ」

私がそう言うと、おばあちゃんはフッと息を漏らして笑った。

「そうじゃのう。では、死ぬのはやめておこうか。もうすでに愉快な気持ちになっておるしの」

「ほんとう? やったー!」

「わらわのことを『おばあちゃん』と呼び、慕う孫がいるのに、死んではおれんからな。本当に変わった子じゃ。ミルフィリアがどんなふうに成長するのか見届けたいのう。それにそう、ヘビの孫が生まれてくるのも待たねばな」

シラユキおばあちゃんはそう言うと、よっこらせと立ち上がる。

「ではさっそく、その北の砦とやらにでも行くか。わらわも人間と仲良くなってみようかのう」

「行こう行こう! きっとみんなよろこぶよ!」

とそこで、私たちのやり取りを黙って見ていた母上が、苦笑しながら口を開いた。

「全く、ミルフィリアはわらわが予想できないことばかりするのじゃから。死のうとしていた母上を生かし、さらに人間と交流させるなんてのう」

そうして私たちは、シラユキおばあちゃんを連れて北の砦に飛んだのだった。

というか、父上……。起きてから一度も言葉を発してないな。

着いたのは、北の砦の訓練場だった。私は人を目指してしか飛べないので、移動術は母上に使ってもらった。私が使って隻眼の騎士の執務室に着いちゃったりしたら、シラユキおばあちゃんの大きな体では窮屈で動けなくなっちゃうかもしれないからね。

訓練場ではちょうど騎士たちが鍛錬していた最中で、隻眼の騎士やティーナさん、キックスやレッカさんもいた。そしてみんな突然現れた大きな白ギツネに驚いている。

「ミル!? お前いつの間にそんなにでかくなっちまって……!」

キックスは本気でそんなふうに勘違いしている。大きなシラユキおばあちゃんがまず目に入るので、その足元にちょこんといる小さな私には気づいていないらしい。

「スノウレアにウォートラストもいるのか。一体どうし……あれ? ちゃんとミルもいるじゃん。じゃあこのでかいキツネは誰?」

「わたしのおばあちゃんだよ! シラユキおばあちゃん」

キックスたち砦の騎士におばあちゃんを紹介する。

「おばあちゃん? ミルにおばあちゃんがいたのか」

隻眼の騎士は目を丸くしてシラユキおばあちゃんを見上げている。

「な、なんだ、この……っ巨大なもふもふは……!」

そしていつの間にか訓練場に現れた支団長さんは目を輝かせて興奮していた。どうして私たちが来たって分かったんだろう? もふもふレーダーでもついてるのかな。

一方、シラユキおばあちゃんは人間たちに囲まれるのが新鮮なようだった。

「おやおや、ここには人間がたくさんいるのじゃな。これがミルフィリアの友だちたちか。しかしわらわを見ても逃げぬとは肝が据わっておる」

「みんなもふもふが好きなんだよ」

「もふもふ?」

私とおばあちゃんがそんな会話をしている間にも、支団長さんを初めとしたみんなはじりじりと距離を詰めてきている。

いやぁ、分かるよ。大きなもふもふ生物って夢があるよね。触りたいし、抱き着いて思い切りもふもふしたいよね。

だけどみんなシラユキおばあちゃんとは初対面なので、さすがに遠慮して触ってこない。代わりに支団長さんが興奮を抑えてシラユキおばあちゃんに挨拶をし、その後、怖いもの知らずのキックスがおずおずと前に出て言う。

「あのー、すみません。もし良ければ体を撫でさせてもらえないでしょうか?」

「撫でる? 別に構わぬが」

シラユキおばあちゃんは怪訝な顔をして答える。すると騎士たちはみんな「やったー」と子供のように喜んでわらわらとおばあちゃんを囲んだ。そして自分の欲望に従って、白銀の綺麗な毛皮をもふもふし始める。

「くすぐったいのう」

おばあちゃんは人間に触られても不快には思わないようで、体を揺らして笑っている。一方、怒られないと分かった騎士たちは、そっとおばあちゃんの脚やしっぽに抱き着いていた。

「癒し効果が半端ねぇ……」

「仕事の疲れが消えていくようだ」

「ここが天国か」

みんなばっかりずるいなと思って、私も人の姿に変わるとおばあちゃんに抱き着いた。白いもふもふに体が飲み込まれ、最高の感触。ふわふわでサラサラで柔らかくて、少し冷たい。確かに天国だ。

「何じゃ、この光景は」

「ここの人間たちは……少し……変わっている」

シラユキおばあちゃんというもふもふに抱き着く騎士たちの姿を見て、母上と父上がちょっと引いている。でも実際抱き着いてみたら、二人もすごく心地良いと感じると思うよ。

「ふぅ、まんぞく」

私はシラユキおばあちゃんから離れると、一人でいた隻眼の騎士の方に駆け寄った。

「せきがんのきしはもふもふしなくていいの?」

「ああ、俺は遠慮しておこう。ミルで十分癒されているしな」

片手を差し出されたので、私は自然にその手を繋ぐ。隻眼の騎士の手はごつごつしていて大きい。

母上と父上、シラユキおばあちゃんに順番に視線を向けると、隻眼の騎士は最後に私を見て言った。

「自分から家族を作っていくミルはすごいな。母と子だけだった家族が、父が増え祖母が増え、そして弟も生まれようとしている。ミルは本当にすごい。――俺も見習わないとな」

隻眼の騎士は、何かを決意したかのように最後の言葉を呟いたのだった。