軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

誰も知らない闇の精霊(2)

漂っていた白い霧は、粒の一つ一つが集まって人の形になっていく。

そしてほんの二、三秒後には、そこに父上が立っていた。父上はちょっと虚ろな目をしている。

「父上!」

私はピエロのおもちゃを置いて父上に駆け寄った。

「ミルフィリア……」

いつも無表情な父上も、少し口角を上げて再会を喜んでくれている。

「会いたかった……」

父上はその場でしゃがむと、私を持ち上げ、強く抱きしめた。

ウッドバウムは不思議そうに言う。

「しばらく会ってなかったのかい?」

「うん、父上は甘いいちごをさがす旅に出てて」

と、そこで父上はやっとウッドバウムやクガルグの存在に気づいたようだった。まずはウッドバウムのことをじっと見て言う。

「木の精霊……。またか……。父親ではない木の精霊が、私が居ぬ間に……ミルフィリアと……一緒に……」

「い、いや、ぼぼぼ僕、そんな……」

ウッドバウムは父上に怯え始めた。

一方、父上は今度はクガルグを見る。

「それに……炎の精霊の子供も……」

クガルグもビクッと肩を揺らす。炎の精霊であるクガルグは、水の精霊の父上がちょっと苦手な様子だ。

「……知っているぞ。私は、覚えている……。ミルフィリアと、仲の良い人間たちが……言っていたのだ……。炎の精霊の子供が……いつもミルフィリアに、くっついていると……」

それはたぶん、ウッドバウムが療養のために北の砦に滞在していた頃の話だ。私の近くにいたいと父上まで北の砦の池に出現した時に、騎士たちが父上に吹き込んでいたのだ。

『それでですね、クガルグのやつは遊びに来るといつも娘さんにベタベタひっつきやがってですね』

『ミルにはまだ彼氏なんて早いと思うんですよね』

『そこんところ、お父様からもクガルグにビシっと言ってやってくださいよ』

とか何とか言ってたはず。

父上はあまり他の精霊に興味がなく、何度か会っているはずのダフィネさんのことは忘れていたりもしたのに、ウッドバウムとクガルグのことはよく覚えているみたい。

だけど父上もさすがに本気で子供を牽制したりはしないようだ。

「子供のうちは……許すが……」

最後にそう付け加えた。子供のうちはクガルグが私にくっついていても許してくれるらしい。でもそれって成長したら許さないと言っているようなものじゃないか。

「父上」

私は父上のあごをペロッと舐めてから言う。

「ウッドバームとはずっと一緒にいたわけじゃないよ。ちょっと聞きたいことがあって、たまたま来ただけ。それより父上、もうあまいいちごを探すたびはおわったの?」

私はしっぽを振ったけど、父上は残念そうに言う。

「いや……。まだ途中だ……。私はもっとたくさんの、甘い苺を……集める……。ミルフィリアが……喜ぶように……」

そしてのんびりとした口調で続ける。

「ただ、そろそろ……ミルフィリアに会わないと……限界が……来そうだったのでな……。一旦、補充しなければ……」

父上はそう言って私をぎゅうううと抱きしめる。何の限界が来て何を補充してるのかよく分からないけど、私はパタパタとしっぽを振りつつ大人しく抱きしめられておいた。

ウッドバウムはこの時間を邪魔したら殺されるとでも思っているのか、立ったまま微動だにせず息を殺している。クガルグはそんなふうに緊張はしていないけど、さすがに私と父上の間に割り込んで来たりはしない。

父上はまだぎゅううう……としている。結構長い。

私のしっぽが揺れる音だけが、静かな森の中に響く。

長い。ぎゅうううが長い。

と、クガルグがその場で眠り始めたところで、やっと父上は何らかの補充を終えたようだった。

「……あ、おわった?」

私も寝かけていたので、半目で父上を見上げる。

「ああ……。これでまた……しばらく……頑張れる」

「むりしないで。あまいいちごはもう探さなくていいよ」

「いや……探す……」

父上は私を地面にそっと下ろして立ち上がった。

「甘い苺を食べたいと……ミルフィリアが、言った時……。その顔が……とても……」

父上はそこで言葉を切った。私は小首を傾げて尋ねる。

「とても、何?」

「……言葉にするのは、難しいが……本当に苺を……食べたそうだった……」

私はその時のことを思い返した。

『あまいいちご、食べたいなー……』

そう言った時、私はどんな顔をしていたっけ? 日本の甘い苺を思い浮かべていたから、前世を懐かしんでいたのは確かだけど。

もしかしたら父上にはちょっと寂しそうに見えたのかもしれない。

「ありがとう、父上」

「礼を言うのは、早い……。野苺はたくさん集めたが……ミルフィリアが求めている苺かどうか分からない、からな……。もっと集めなくては……。では……またな……」

父上はちょっぴり笑うと、移動術を使うため霧に変わっていく。

また旅に出てしまうのを寂しく思いながらも、私は父上に前足を振る。

「はやく帰ってきてねー!」

そうして父上が完全に姿を消すと、ウッドバウムは「ふぅ」と息を吐いてこう言ったのだった。

「新しい住処はミルフィリアの住処の近くで探そうと思ってたけど、やっぱりやめるよ。ウォートラストに嫉妬されちゃう」

ウッドバウムと別れて、私とクガルグはご領主のおじいちゃんのお屋敷に戻った。

母上とヒルグパパも含め、みんな迎賓室で待っていてくれたみたい。それにシャロンの捜索に出ていたらしい団長さんも、シャロンが見つかったという報告を受けたのか帰って来ていた。

ヒルグパパから離れたところでソファーに座っていた母上は、私を見て言う。

「遅かったな、ミルフィリア。ん? 何を咥えておるのじゃ」

「おもひゃ(おもちゃ)!」

私はピエロのおもちゃをローテーブルに一旦置いて、みんなに結果を報告した。ダフィネさんもハイデリンおばあちゃんも、ハイリリスもウッドバウムも、誰も闇の精霊のことは知らなかったと。

「あ! 父上にもきこうと思ってたのに忘れてた」

「知り合いの少ないあやつが知っておる訳がないから、よい。もし会ったことがあったとしても忘れておるじゃろうしな」

まぁそうか。ダフィネさんのことも忘れてた父上だもんね。

私からの結果を聞き、支団長さんは困ったように言う。

「しかし誰も闇の精霊を知らないとなると、この妖精をどうすればいいのか。ずっとシャロン様について回っているが、そのままにしておいて害はないのか……」

黒い闇の妖精は、一見するとどこにいるのか分かりづらいが、よく見ればシャロンの影に潜むようにくっついている。

でも、シャロンは妖精にくっつかれても特に嫌ではないようだった。

「妖精に懐かれているようで、悪い気はしないわ」

シャロンは妖精にクッキーを分け与えようとして拒否されている。そのうちリボンをつけられたり、おままごとに参加させられたりしそうだ。

団長さんも太い腕を組んで、支団長さんに言う。

「最近の不思議な事件にも闇の精霊が絡んでいるとすると、解決するのは難しいかもしれん。一体何が目的なのかも分らんし、無事に戻ってくるとは言え子供を連れて行くのもやめてほしいが、言っても聞いてくれるか。そもそもどこにいるのかも分からない。精霊の居場所を我々人間が突き止めることは難しい」

「事件は暗礁に乗り上げたようなものだな」

アスク殿下も難しい顔をして呟いたのだった。