軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

謎の妖精(1)

シャロンの陰に隠れている何かを捕まえるため、クガルグはローテーブルの上に飛び乗り、ティーカップや食器を避けながら駆けていった。

一方、テーブルに乗るのに抵抗があった私は、みんなの足元を走っていく。そして途中でアスク殿下の膝に飛び乗り、その隣にいるシャロンの背後に回り込もうとしたのだが、殿下の膝に乗ろうとしたところで手こずってしまう。

クガルグのようにジャンプ力がないので、前足を殿下の膝に乗せても、お尻と後ろ足がついていかないのだ。

私が一生懸命アスク殿下の膝によじ登ろうとしている間に、クガルグはテーブルからシャロンの膝に飛び移った。

「きゃあ!」

びっくりしているシャロンを横目に、クガルグは素早く彼女の背後に回り込む。

すると、〝何か〟は慌てたように空中に飛び出してきた。

「膝に乗りたいのか?」

アスク殿下が膝に乗せてくれたところで、私は飛び出してきた〝何か〟をしっかり目で捉える。

それは小ぶりな大福くらいの大きさの、真っ黒な光の玉だった。

「……妖精?」

妖精とは、精霊が作る便利な使いのようなもの。分け与えた力が多ければ、作り出した精霊に似た動物の姿になるけれど、分け与えられた力が少なければ光の玉になる。

みんなの注目を浴びているのに気づくと、黒い妖精は急いでソファーの下の隙間に隠れてしまった。

「何だ? 今のは」

王様たちが怪訝そうな顔をする。

「そっちいったよ! しだんちょうさんパパの下!」

せっかく登ったアスク殿下の膝から降り、私は黒い妖精を追う。クガルグも私より早くソファーの下に突っ込んでいくが、隙間は狭くて前足ぐらいしか入らない。

「ここにはいない! またどこかに逃げた!」

クガルグは右の前足をソファーの下に突っ込み、ガサガサしながら悔し気に言う。支団長さんパパは足元で騒がしくされているのに、ほほ笑ましそうにクガルグを見ている。

私はクガルグの隣に並んで、お尻は高く上げたまま頭を下げてソファーの下を覗き込む。

妖精はここから出てきていないから、支団長さん一家が座っているこの三人掛けソファーの下にいるのは間違いないと思うんだけど。

でもソファーの下は影ができていて、黒い妖精がよく見えない。

「何がいるんだ?」

「虫じゃないわよね?」

支団長さんのお兄さんも足元を覗き込み、王妃様は不安そうだ。

そして支団長さんは冷静に言う。

「虫ではないと思います。精霊が作り出す妖精のように見えましたが、何にせよミルとクガルグが捕まえてくれるようです」

私はお尻をツンと上げたままソファーの下を覗き、クガルグは隣で獲物を探してお尻としっぽをプリプリ動かしている。

けれどその時、

「……」

何となく視線を感じて振り向くと、支団長さんが立ったままじっとこちらを見ていた。さっきの声は冷静だったけど、顔を見ると何故かハンカチを出して鼻を押さえている。

鼻水? いや、鼻血……?

何? 大丈夫?

支団長さんってたまに突然鼻血を出すから心配だ。鼻の血管が弱いのかな、可哀想に。

「クロムウェル? 大丈夫なの?」

「何でもありません、大丈夫です」

王妃様も心配しているが、支団長さんは鼻を押さえつつ淡々と返す。

一方で支団長さん家族と王子様は、訳知り顔でほほ笑みながら支団長さんを見ている。さすが家族と幼なじみだ。突然の鼻血に慣れてるみたい。

ハンカチを赤く染めていく支団長さんを気にしつつ、私は妖精探しに戻った。

目を凝らして、ソファーの下の隙間をよーく見る。するとちょうど真ん中辺りに、ぼんやりとした黒い物体があるように思えた。そこだけ周りより一段と黒い。

「クガルグ、いた。あそこ」

私は前足をソファーの下に突っ込んで、妖精のいる位置を指した。クガルグも妖精を見つけたようだが、前足を目一杯伸ばしても妖精には届かない。ソファーの背もたれ側に回っても同じだろう。妖精には届きそうにない。

見えてるのに捕まえられない! 悔しいようなじれったいような気持ちになって、私は思わず「きゃんきゃん!」と吠えていた。何だかよく分からないけど吠えちゃうのだ。

だけど吠えても妖精は出て来ないので、私の鳴き声は段々悲しげなものになっていった。妖精、捕まえたいぃ……。

私が憐れっぽく「ひんひん」「きゅんきゅん」鳴いていると、支団長さんと支団長さん一家がいち早く動き出した。

「そんなに妖精を捕まえたいのか?」

支団長さんがそう言い、

「ソファーを動かそうか」

「妖精が出てきたら私が捕まえてあげよう」

「あなた、ミルちゃんのために頑張ってね」

支団長さんのお兄さん、パパ、ママが順番に立ち上がってソファーを動かそうとしてくれた。この公爵一家、肉体労働とは無縁のはずなのに、駄々をこねる子ギツネのために簡単に動き過ぎじゃない?

「伯爵、ソファーを動かしてもいいですか?」

「ええ、構いませんが……少しお待ちください」

ご領主のおじいちゃんはそこで自分の部下の騎士を呼び、支団長さん家族の代わりにソファーを移動させる。

しかしソファーが少し動いた瞬間、黒い妖精は隙間からポンと飛び出してきて、ローテーブルを挟んで向かいにあったソファーの下に潜り込んだ。一瞬の出来事だった。

「こんどはアスクでんかたちのソファーの下に行っちゃった……」

アスク殿下と奥さん、シャロンが座っているソファーだ。

「妖精が、下に……」

私がうるうると見つめると、アスク殿下たちも立ち上がってくれた。

「あの目には抗えないな」

「私、食事の途中なのに」

シャロンもぶつぶつ言いつつ退いてくれる。

「ありがと」

そこでまた騎士たちにソファーを動かしてもらったが、妖精は次は王様や王妃様、王子様が座っているソファーの下に隠れたのだった。

「王さま……」

「喜んで退くとも」

王様たち三人は、私がうるうる攻撃を仕掛ける前にサッと立ち上がった。

「陛下たちまで立たせるとはな」

後ろで支団長さんパパが苦笑いしている。確かに王様たちを長い間立たせておくのはまずいと思い、私はここで決着をつけようと思った。

ソファーの前に私とクガルグがスタンバイしてから、騎士たちにソファーを持ち上げてもらう。あとはご領主のおじいちゃんが座っているソファーしか残っていないので、そこに向かって逃げるところを捕まえるのだ。

「いきますよ。せーのっ!」

そしてその予想通り、騎士たちがソファーを持ち上げると同時に妖精は飛び出してきて、ご領主のおじいちゃんのソファーに一直線に飛んでいった。

床すれすれの位置をすごい速さで飛ぶ妖精に私は一歩出遅れたが、反射神経のいいクガルグはとっさに前足を出し、妖精を捕まえた。

と言うか、クガルグの爪に妖精が引っかかったのだ。

……妖精って爪に引っかかるの?

「つかまえた!」

クガルグは妖精を両方の前足で押さえ込む。むぎゅっと潰れた妖精は、逃げるのを諦めて大人しくなった。

「ミル、本当にそれは妖精なのか? 真っ黒だが……」

鼻血が無事に止まったらしい支団長さんが尋ねてくる。確かに私の妖精は白いけど、それは私が雪の精霊だからで、妖精は精霊の性質によって色が違うんだと思う。クガルグの妖精は赤いし、父上は水色、ハイリリスは黄緑色だったもんね。

つまりこの黒い妖精を作り出した精霊は……。

(ダフィネさん?)

私が知っている精霊で黒が似合うのは、大地の精霊のダフィネさんぐらいかなと思った。でも大地って真っ黒と言うより茶色のイメージだし、ダフィネさんの髪や目の色も焦げ茶色だったはず。

それにこの妖精からはダフィネさんの気配がしない。

(だとしたら、まだ会ったことのない、私の知らない精霊?)

知らない精霊と相対する可能性が出てきて、私は緊張からごくりとつばを飲み込んだ。