軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不思議な事件(1)

「いやぁ、何かすごかったなぁ」

ポクポクと馬を歩かせながら、その背に乗っているキックスが言う。

「王弟殿下のご令嬢があんなに惚れっぽいなんて」

「可愛いけど、びっくりしたわね」

ティーナさんは苦笑いする。

私たちはピクニックを終え、北の砦に帰る途中だった。ご領主のおじいちゃんのお屋敷に向かったシャロンたち王族と、支団長さん家族、団長さんとは別れ、クガルグも住処に帰ったので、今は砦の騎士しかいない。

私は隻眼の騎士と一緒にリーダーに乗ってみんなのお喋りを聞いていた。支団長さんが私に乗ってほしそうにしていたが、申し訳ないけど今回は隻眼の騎士と一緒にいたい。

だってやきもちを焼いた余韻がまだ残っているのだ。隻眼の騎士をシャロンに取られてしまうかと思った。

「しかも副長やロドスさんにまで惚れるなんて」

コワモテ軍団の若手、モヒカン頭のジェッツが面白がって言う。

「だけどこれから大変だな。アスク殿下は」

そう言ったのはレッカさんだ。ちなみにレッカさんは顔が良いので、女性だというのにシャロンに惚れられかけていた。

シャロンは誰かに叱られても相手を好きになるが、大前提として面食いなのだ。美形には無条件で惚れてしまうらしい。

レッカさんは続ける。

「アスク殿下はシャロン様に悪い虫がつかないよう警戒されているはずだが、シャロン様の方が誰彼構わず好きになってしまうのだから」

「心配だろうなぁ」

キックスも相槌を打って続ける。

「俺も妹があんな感じだったら心配だ。下の妹はまだ二歳だけど、上は十二歳で年頃になってきたし……妹が惚れた男を次々に抹殺してしまうかもしれない」

「「気持ちは分かる」」

キックスの言葉に、隻眼の騎士と支団長さんが同時に頷いた。しかも支団長さんはちらっとこっちを見たし、隻眼の騎士は私の胸元に回している手に若干力を込めた。

あれ? 私が誰かを好きになったら死人が出る感じ……?

砦に着いた後、私は一旦母上のもとに戻って、夜にまた砦に移動した。たまにだけど、夜、寝る前に私は砦に遊びに行くことがある。ちょうどその時間帯は、みんなが談話室でくつろいでいるからだ。

「ミル、来たのか」

移動が完了すると同時に、すぐ後ろから隻眼の騎士の声がした。どうやらソファに座ってくつろいでいた隻眼の騎士の膝の上に、上手いこと飛んできたみたい。

なので、そのままごろんと仰向けになる。

「来てからリラックスするまでが早いな」

隻眼の騎士は笑って私のお腹を撫でる。

談話室にはたくさん騎士がいて、キックスやティーナさん、レッカさんたちも仲良くお喋りをしていた。談話室の窓は開け放たれているけれど、虫はあまり入ってこない。この地域では蚊もいないようだ。

それに日本と比べると、夏でも夜はぐっと涼しくなるのがありがたい。

と、私が隻眼の騎士の膝の上でごろごろしていると、談話室にジェッツが入ってきた。ジェッツは手紙や小包なんかが入った箱を抱えている。

扉近くに座っていた門番のアニキが尋ねる。

「お前、今日の荷物配り係?」

「はい。ロドスさんに言いつけられたんで。今日は別に何もだらけてなかったと思うんですけど」

腑に落ちない様子のジェッツに、アニキは言う。

「お前昼間、シャロン様の惚れっぽさについて、『しかも副長やロドスさんにまで惚れるなんて』って言ってただろ? ロドスさんに惚れるのはおかしいみたいな言い方で。副長は気にしてないみたいだったけど、あの時、ロドスさんはお前のこと軽く睨んでたぞ」

「あー、それか」

ジェッツは納得がいったらしく、談話室を回ってみんなに荷物を配り出す。

「この時間に配ると、みんな談話室に集合してるから楽だわ。……ん?」

ジェッツはとある手紙を見て、一瞬動きを止めた。そして談話室を見渡してキックスを見つけると、そっちに早足で歩いて行く。

「おい、キックス! お前に手紙! 封筒に『至急』って書いてあるぞ」

「……何だろ? 実家からだ。しかも珍しく父親から」

キックスは手紙を受け取り、内容を確かめている。私も隻眼の騎士も何となくそっちを見ていたけど、無言で手紙を読んでいる間、キックスの表情はみるみる険しくなっていった。

「……は?」

「どうしたの?」

隣にいたティーナさんが尋ねる。

手紙を読み終えると、キックスはその文面から目を離さないまま、信じられないというように呟いた。

「妹が……二歳の妹がいなくなったって……」

「いなくなった!? 行方不明ってこと?」

声を出したのはティーナさんだが、談話室にいる全員が驚いていた。もちろん私もびっくりして、ヘソ天の体勢から飛び起きる。

二歳の妹ってことは、下から二番目の子かな? 一番下はこの前生まれたばかりの男の子だから。

「行方不明ってどういうことだ? いなくなった状況は?」

「ちょ、ちょっと待って……。何か混乱して」

キックスは瞬きも忘れて片手で口元を押さえていたけれど、ふと私の姿を見つけるとこちらにやって来た。

「副長、借りていいですか……?」

「ああ」

そして私を抱きかかえると、もとの椅子に戻って腰を下ろす。私を撫でることによって心を落ち着かせようとしているのか、頭や背中を撫でながら手紙を読み直した。

「……妹は他の兄弟と一緒に、父親と近くの街に買い出しに出かけてたらしく、そこで姿が見えなくなったって」

「街で迷子になったなら、周りに大人はいっぱいいるだろうし、普通はすぐに見つかるはずだよな。二歳じゃ自力で遠くまでは行けないし、家出する歳でもない。とすると、誰かが連れ去った?」

「分からない……」

私を撫でるキックスの手は、少し震えていた。

そんなキックスの様子を見守りながら、隻眼の騎士が尋ねる。

「行方不明になったのはいつなんだ? 手紙だとここに届くまでに時間差があるから、今日ってことないだろう」

「はい……手紙に書いてある日付によると、行方不明になったのは一昨日の午後みたいです。日が落ちても見つからないから、父親は俺にも知らせるために急いで手紙を書いたようです」

「心配だな。だがキックスの実家近くの街だと我々の管轄ではないし、捜索の応援に行こうとしても断られるだろう」

「そうですよね……」

キックスはうなだれる。その地域にいる騎士たちがちゃんと捜索してくれるだろうし、『子供が一人行方不明』という事件の規模では、なかなかこちらの騎士は出張れないのかな。

だけど隻眼の騎士は、その後すぐにこう続けた。

「だが、お前は行方不明者の家族だ。家族が捜索に加わるのは当たり前だ。だから明日、実家に帰れ。馬も使っていい。赤ん坊もいて大変だからな、家族の力になってやれ」

「いいんですか?」

「もちろんだ。支団長には俺が許可を取っておく」

「――その必要はない。許可は今出す」

突然話に加わったのは、談話室に入ってきた支団長さんだった。支団長さんはお風呂から上がったところらしく、手にはタオルを持って、しっとり濡れた髪を適当に一つに結んでいる。それに寝巻きらしきラフな服装をしていた。

「支団長が談話室に来るの珍しいっすね」

ジェッツが言うと、支団長さんはボソボソと小声で答える。

「ミルがいる気配がしたからな……」

そこで氷の仮面をしっかり装着し直し、〝支団長〟の顔になると続ける。

「グレイルが言った通り、キックスにはしばらく休みを与える。そしてジェッツ、ジルド、ティーナ、レッカにも休暇を与えよう。お前たちはキックスと仲が良いからな。行方不明者の家族の友だちが捜索に加わるのもおかしなことではない。友だちということなら、向こうの騎士たちのプライドを逆撫ですることはないだろう」

「分かりました」

「必ずキックスの妹を保護します!」

ティーナさんが大きく頷き、レッカさんの言葉には気合がこもっていた。レッカさんは子供のころに誘拐されて怖い思いをしたことがあるし、もしキックスの妹も同じような状況に置かれていたらと思うと放っておけないのだろう。ジェッツとジルドも行く気満々だった。

「ありがとうございます、支団長。ありがとう、みんな」

「明日の早朝、出発しろ。今日は睡眠を取って明日以降に備えるんだ。今すぐ出発したいだろうが、夜に馬を走らせればお前が事故を起こしかねないからな」

「はい」

私もついて行きたい気持ちだったが、ついて行って何か役に立つだろうか? 足手まといになったり、余計な事件を起こしたりする未来しか見えない。

でも、もし私を撫でていることでキックスが落ち着くなら……キックスが来てほしいと思うならついて行く。そう思ってキックスを見上げてみた。

けれどキックスは、こわばってはいたが少し笑って、私を安心させようとしてくれた。

「心配してくれてんのか? 俺は大丈夫。連れて行ってミルまで誰かに攫われたりしたら困るから、ここにいてくれ」

「力がひつようになったらすぐに言ってね! 私だけじゃあまり役にたたないけど、母上たちにそうだんして、みんなに助けてもらうからね!」

「ありがとな。でもお前、精霊の知り合い多いし、お前が助けを求めたら、俺の妹のために精霊が大集合するからそれはそれでちょっと……」

キックスはまた笑ったけど、やっぱり表情は硬い。

するとそこで支団長さんが言う。

「そう言えばキックス、お前の妹は金髪か?」

「はい、俺と同じで金髪ですけど……」

「容姿は? 可愛いか?」

「何でそんなこと……。俺に似て可愛いですよ。身内のひいき目を無しにしても可愛いと思います」

「まぁお前も童顔だからな。だがそうなると……」

「何なんです? 金髪の可愛い幼女を狙う変質者でもいるんスか?」

キックスの口調はちょっと荒くなった。妹がそんな人間に捕まっているかもと想像して眉間に深い皺も寄っている。

「いや、変質者ではないと思うが……。だが、金髪か黒髪の、男女問わず容姿の整った、幼い子供がいなくなる事件が国内で増えてきている。犯人は移動しているようだし、お前たちにもこのことを伝えて、うちの管轄でもパトロールを強化しようとしていたんだ」

「そいつの目的は何ですか?」

「それも分からない。だが、キックスの妹を連れて行ったのもその犯人なら、少しは安心できる。今までその犯人が連れて行った子供たちは、怖い思いをすることもなく、みんな数時間ほどで元気に親元に帰って来ているからな」

支団長さんの話を聞いて、キックスの目にわずかな期待が宿ったのだった。