軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初雪

今夜は隻眼の騎士の部屋にお泊りだ。

前にレッカさんとティーナさんの部屋に泊まった時、寂しそうにしてたから、久しぶりに隻眼の騎士と一緒に眠る事にしたのである。

がやがやと賑やかな食堂で隻眼の騎士が食事のトレイを持って席につくと、私は膝に飛び乗り、そこで腰を落ち着けた。普段はお昼ごはんしか食べないので、今もあまりお腹は空いておらず、私の分は用意してもらわなかった。

隻眼の騎士は食事に手をつける前に私の頭を撫で、世間話をするように言った。

「レッカの件だが、悩みが解消されたようでよかったな」

私は首を反らせて隻眼の騎士を見る。隻眼の騎士は前から気づいていたようだけど、どうやらレッカさんは隻眼の騎士や支団長さんにはその話をしたらしい。

レッカさんの恐怖症は食料庫に閉じ込められた日以来、症状がほとんど出なくなっている。

暗い密室に閉じ込められても平気だった事で自信がついて、必要以上に緊張したり怯えたりする事がなくなったようだ。

それでも時々怖いなと思ったら、自分で自分に「大丈夫、大丈夫」と心の中で声をかけると、筋トレをしなくても不思議と落ち着いていくと言っていた。

隻眼の騎士は続ける。

「暗闇や閉鎖的な空間への恐怖はなくなってきたようだが、まだ恐怖症の症状は出るかもしれないし、それが任務の最中だったら周りに迷惑がかかるからと、俺や支団長には知っておいてほしかったようだ」

そっかぁ、と私は相槌を打った。

「レッカが言っていたぞ。ミルが恐怖症という言葉を教えてくれたと」

隻眼の騎士は真下にいる私を見て、探るように言った。

「どこでそんな言葉を知ったんだ? ミルは時々、変な事を知っていたりするな」

「え?」

たぶん、分かりやすく私の表情は固まった。急いで理由を考える。

「えっと、母上からおしえてもらって……」

えへえへと意味のない笑いを浮かべて、隻眼の騎士を誤魔化すようにしっぽを振る。

「スノウレアから?」

私の受け止め方の問題かもしれないが、隻眼の騎士の目が嘘を見抜いて鋭くなった気がしたので、慌てて答えを変えた。

「うん、あ、父上だったかな……? それともヒルグパパか、ハイリリス、ダフィネさん……ハイデリンおばあちゃんから聞いたんだったかも。わすれちゃった!」

この笑顔に免じてあやふやなまま終わらせてくれないかと、私はえへへー! と舌を出す。

すると隻眼の騎士もつられたようにほほ笑んで、

「そうか、忘れたのなら仕方がないな」

と、この話を打ち切ってくれた。これ以上訊いても無駄だと思ったようだ。危ない危ない。

嘘をついた後ろめたさから隻眼の騎士にごろごろすりすり甘えていると、

「あれ? ミルじゃん」

食事を手に、キックス、ティーナさん、レッカさんが現れた。

三人は隻眼の騎士とテーブルについて、一緒に食事を始める。

「今日は副長の部屋にお泊りするのよね、ミルちゃん」

「えー、いいなぁ」

キックスの羨望の眼差しを見て、レッカさんは目を見張った。そして恐る恐る尋ねる。

「え……? キックス、副長の部屋に泊まりたいのか?」

「はぁ!? 違うって! 副長の部屋に泊まりたいわけないだろ! レッカは俺の事どう思ってるんだよ。ミルに泊まってもらえていいなぁって事だよ」

「あ、そういう事か」

真面目系天然のレッカさんは、キックスの突っ込みを聞いて納得したように頷いた。息が合ってきたんだか、合ってないんだか。

けれど会話が擦れ違いつつも仲良くやっている。

と、レッカさんたちの方を見ていた私に、隻眼の騎士が尋ねてきた。

「ミルは本当に食べないのか?」

「うん、お昼もたべたし」

それにおやつにはジャーキーもビスケットも貰ったのだ。ただでさえ冬毛で丸いのに、あんまり食べるとお肉もつきそうだし。

「ミルがごはんを食べないなんて。体調悪いのか?」

キックスが驚いたように言う。ティーナさんやレッカさんも心配そうにこっちを見ていた。

「そういうわけじゃないよ。いつもお昼しか食べてないから」

私ってどれだけ食いしん坊に思われているんだろう。気をつけよう。

しかし隻眼の騎士も自分だけ食べるのは気がひけるのか、パンを一口大にちぎって少しだけバターをつけ――味気のないパンだけじゃ私があまり食べないのを知っているのだ――私の鼻先に差し出してきた。

鼻の前に持ってこられたら匂いを嗅がずにいられなくなり、匂いを嗅いだら食欲が出てきて食べずにはいられなくなるのに。

もう! 私が太ったら隻眼の騎士のせいだ!

そんな事を思いながら、ぱくっとパンを口に入れる。結局、隻眼の騎士に与えられるがまま、パンとチーズとお肉を少し食べてしまった。

痩せるくらいならまるまると太っていた方がいい、なんて言い出しそうな隻眼の騎士や支団長さんがいる限り、私は年頃になってもダイエットはできないだろう。

と、そんな事を思っていると、外から帰ってきたらしい騎士たちが、食堂へ入ると同時に仲間に声をかけているのが聞こえた。

「外、雪降ってたぞ」

私はパッと表情を明るくしたけど、騎士のみんなは正反対の顔をする。

「どうりで冷えるはずだ」

「また地獄の雪かきの季節が来るな」

そんなに嫌そうな顔しないでよ。ただの子ギツネではない雪の精霊がここにいるって事、みんな忘れてるんだから。

でも、いよいよ麓にも雪の季節がやって来たかと思うと嬉しい。住処の周辺では年中降ってるけど、雪の上を駆け回ったり、穴掘りしたりするくらいしかできず、遊びのバリエーションが少ないのだ。

それが砦では騎士たちが雪玉を作って投げてくれるし、除雪された道を走ればレースごっこはより楽しくなるし、退けられて山になった雪に登頂する事もできる。

「まだ積もりませんように!」と願っているみんなには悪いけど、たくさん積もるように祈っておこう。

目をつぶって積雪祈願をしていると、

「……ここ、いいか?」

いつの間にかやって来ていた支団長さんが、テーブルの正面に立っていた。食事の乗ったトレイを手に、一つだけ開いている席を視線で指す。

「どうぞ、支団長」

隣の席に座っていたレッカさんが素早く椅子を引いて、

「支団長がここで食べんの珍しー。……何が目当てかは予想がつくけど」

キックスがもしゃもしゃとパンを食べながら、後半はボソッと声を潜めて言った。支団長さんは自分の執務室で食べる事が多いみたいで、確かにあまり食堂では姿を見た事がない。

トレイをテーブルに置いて席につくと、支団長さんは隻眼の騎士の膝の上に乗りながらテーブルに顎を置いている私にちらりと視線を向ける。うっすらと頬が桜色になり、すぐに視線は外されたが、私は支団長さんをじっと見つめ続けた。

あっちからは生首がテーブルに乗っているように見えているだろうな。

なのに頬を赤らめられたのはちょっとよく分からないけど、支団長さんのリアクションは大抵は予測がつかないので考えるだけ無駄だ。

支団長さんはまたこちらをちら見してから食事を始める。その食べ方はキックスと違って上品だ。

上品といえばレッカさんもナイフやフォークの使い方が美しいけど、どうして不安定なフォークの上から食べ物が落ちたりしないんだろうと感心する。

ちなみにティーナさんはリスみたいに食べ方まで可愛くて、隻眼の騎士は一口が大きいのであっという間にお皿が空になる。

テーブルに肘をついてパンをかじっているキックスは支団長さんやレッカさんを見習うべきだと、私はテーブルに顎を乗せながら思った。

「ミルは……」

支団長さんは私からの視線に耐えかねたように、隻眼の騎士に向かって口を開いた。みんながいるところではあまり私と目を合わせてくれない。

「ミルには食事をやったのか?」

こちらを気遣うように言う。私の顔がひもじそうに見えたみたい。元からこういう顔なのに。

「夕飯はいらないそうです。少し俺のものを分けましたが……」

「そうか」

鼻がかゆいけど、今ペロッと舐めたらお腹が空いてると思われそうだから我慢する。支団長さんが自分の分の食事を全部差し出してきそうだもん。

「ところでミルはこんな遅くまでここにいて大丈夫なのか?」

支団長さんはまた隻眼の騎士を見て聞いたけど、私が答えた。

「母上に言ってきたからだいじょうぶだよ」

「泊まるのか? 砦に」

頬を染めたまま瞳を輝かせ、そわそわしながら支団長さんは言う。

「うん、とまる。……あの、せきがんのきしの部屋に」

「そうか……」

がっくりとうつむいて支団長さんは食事を続けた。

ああ、どうやら次は支団長さんの部屋に泊まらなくちゃいけないみたいだ。

みんなで食堂を出て短い渡り廊下を歩くと、私以外のみんなは冬の寒さに首をすくめた。

「みて、雪!」

外の景色を目に映して、私ははしゃいだ声を上げる。まだ一センチほどだが雪が積もって、辺り一面真っ白になっていたのだ。初雪だ!

「やったー!」

ぴょんぴょん飛びながら走り回る。

「やっぱり嬉しいのね、ミルちゃん」

ティーナさんがふふふと笑い、キックスは控えめに積もった雪を見て「これくらいなら可愛いもんなんだけどな」とこぼしている。

一方、レッカさんは、彼女の地元や王都ではほとんど雪が積もらなかったようで、白銀の景色に目を見開いてこう言った。

「すごい。夜なのに明るく見えますね」

雪の白さが僅かな月明かりを反射させて、暗闇を照らしているせいかな。確かに雪が積もると夜でも明るい。

「レッカさん、雪、好き?」

渡り廊下の中央まで入り込んできた雪を踏みしめて歩きながら、レッカさんを仰ぎ見て尋ねる。

するとレッカさんは白い雪から私に視線を移し、心からの笑顔でこう答えたのだった。

「はい、好きです」