軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レッカさんの怖いもの

どうやら二人はチームが別れたようだ。それで演習中に砦の廊下で戦って、ティーナさんが勝ったみたい。

「レッカさん、戦っている時、少し様子が変でしたよね? 動きもぎこちなくて、だから私も勝てたんです」

一瞬、レッカさんは暗所恐怖症の症状が出てしまったんじゃないかと思った。砦の通路は場所によっては昼でも暗いから。

だけど今日は妖精がずっとレッカさんの近くにいて、暗闇を照らしてくれたはず。

レッカさんはティーナさんと目を合わせずに、地面を見たまま言う。

「気のせいだ。私はいつも通りだった」

レッカさんは真面目だから、嘘をついて罪悪感を感じているのが全部顔に出てしまっている。私より分かりやすいかも。

ティーナさんは口をつぐむと、悲しそうな表情をしてレッカさんを見つめた。自分では力になれないのかと思って、寂しいんだろう。

けれど小動物のような悲しげな瞳で見つめられると、レッカさんも落ち着かないようだった。ティーナさんを見て地面を見る、という行動をそわそわと二度繰り返した後、ものすごく小さな声でこう言った。

「本当の私の事を話したら、ティーナは私に失望する」

それを聞いたティーナさんは、逆にしっかりした声で返す。

「そんな事ないです! だって私、もう知ってるんです。……ごめんなさい、この前、ミルちゃんと話しているのを聞いてしまったんです。だから知ってます。レッカさんが暗闇を怖がっていた事。でも――」

レッカさんは目を見開いたかと思うと、ティーナさんが言い終わるのを待たずに、体を反転させてこの場から逃げ出してしまった。

「レッカさん!」

私は妖精と一緒に急いで追いかけたけど、レッカさんの足はびっくりするほど早かった。そんなに全速力で逃走しなくても!

しかし追いつけないと思った次の瞬間、レッカさんは突如として盛り上がった地面に躓き、盛大に転んだ。

「レッカさんっ!?」

ティーナさんと二人で慌ててレッカさんのもとに駆け寄る。よく見れば、盛り上がっていたのは土に埋まっていたはずの木の根だ。

「上手くいった」

ウッドバウムがにっこりほほ笑んで歩いて来る。木の根を持ち上げたのは彼なのだろう。意外と強引な引き止め方をする。

あと、全然関係ない場所の根もいくつか地面から顔を出しているけど、それは見ないふりをしておこう。

レッカさんが起き上がると、再び逃げられる前にティーナさんは口を開いた。真剣な顔でレッカさんを見て言う。

「レッカさん、私はレッカさんが暗闇を怖がっていた事を知ってます。でも、それが何だって言うんですか? それを知っても、あなたが私の憧れの人である事実は変わりません」

「ティーナ……」

ティーナさんはそこで一呼吸置くと、眉を下げて尋ねる。

「だけどさっきの演習では、廊下の暗さが怖かったんじゃないですよね? 妖精さんが側にいましたし。他に何がレッカさんを怯えさせたんですか?」

うつむいて答えるのを迷っているレッカさんに次に声をかけたのは、ウッドバウムだった。

鼻でつんと腕をつつき、視線を自分の方へ向けさせてから話し出す。

「ねぇ、レッカ。君が何に苦しんでいるかは知らないけれど、自分一人で乗り越えようとしているなら、いつか限界が来てしまうよ。僕もずっと一人で住処の森を回復させようと頑張っていたけど、いつの間にか病にかかっていた。気づけば移動術もまともに使えなくなっていて、父に頼る事もできなかったんだ。本当に一人だったんだよ」

ウッドバウムの声はとても穏やかで優しかった。

「だけどレッカには君の事を心配してくれる仲間がいる。ティーナの事を信頼しているなら、打ち明けてみてもいいんじゃないかな。僕やミルフィリアだって力になるよ」

ウッドバウムの言葉に同意するように、私はレッカさんの長い脚に手をつき、後ろ足で立ち上がった。そしてじっと顔を見上げる。

大丈夫だよ。

やがて、レッカさんは決意を固めた顔をした。

瞳には不安が滲んでいるけれど、私とティーナさんとウッドバウムを順番に見た後で説明を始める。

「私は……子どもの頃に誘拐された事があって」

記憶をたぐるように、ぽつぽつと言う。

「私の実家は子爵家だから、犯人は身代金が目的だったみたいだ。……とはいえ、たまたま通りかかった見回りの騎士たちに運よく助けられて、身代金を親に要求される前に解放された。捕まっていたのは一時間ほどかな。怪我は全くなかったし、犯人も捕まって処罰された」

私は耳をしっかり立てて、レッカさんの話を聞いた。

「だけど誘拐された時、私は口を塞がれ、手足を縛られて、子どもの小さな体がやっと入るくらいの木箱に入れられた。それで犯人の隠れ家まで一時間、馬車で荷物みたいに運ばれたんだ。私にはもっと長く感じられたが。だけど誘拐されている間に何よりも強烈に私の頭に刻みつけられたのは、狭い木箱に閉じこめられた時の息苦しさと、暗さだった。攫われたのは日没間近だったから、最初のうちは隙間から夕日が差し込んできていたけど、家から離れ、時間が経つにつれて、外も、木箱の中も真っ暗になって……」

レッカさんの話を聞いているうちに、私は王都でワンスさんたちに誘拐された時の事を思い出した。布袋に入れて運ばれそうになった時の事だ。

嫌がったらやめてくれたし、そもそも自分から誘拐されに行ったんだし、犯人であるワンスさんたちも極悪人ではなかったから、その時の事は全くトラウマにはなっていない。

けど、犯人に殺されるかもしれない状況で、自分がどこに連れて行かれるのかも分からずに狭いところへ詰め込まれるというのは、すごく恐ろしい事だろう。

「誘拐された時の『恐怖』、それに木箱の『閉塞感』と『暗闇』が結びついてしまって、今でも狭いところや閉鎖された空間、それに暗いところが怖いんだ。二つの条件が揃った暗い密室は……考えただけでも悲鳴が出そうだ」

暗所恐怖症だけでなく、閉所恐怖症でもあったというわけか。

「じゃあ、さっきは……」

ティーナさんの呟きに、レッカさんは頷いて答える。

「妖精様のおかげで暗さは平気だったんだが、あそこの通路は砦の中でも特に狭いから。低い天井を見たら体が震えてきてしまって……。自分からはあまり近づかないようにしていたんだが、ちょうどその近くに配置されてしまったし、演習とはいえ自分の持ち場を離れる事はできなかった」

それで普段通りの実力が出せなかったらしい。

黙ってレッカさんの話を聞いていたけれど、そこでふと思いついて私は口を開いた。

「じゃあ、北のとりでへ来るきっかけになった話……そうこに閉じこめられそうになったってやつ、あれも何か関係があるの?」

「倉庫に?」

事情を知らなかったらしいティーナさんにも、レッカさんは改めて説明をする。

「本団での同僚が、閉鎖された空間と暗いところが怖いという私の弱点に気づいたらしくて。それで私が倉庫に入っていた時に、扉を閉めてからかおうとしたんだ。その二人は元から、女で騎士をしている私の事を気に入っていなかったみたいだから」

きっとその人たちは、女性のレッカさんが自分たちより優秀だったから嫉妬したんだろう。でも実力じゃ敵わないから嫌がらせをするなんて、隻眼の騎士に拳骨で叱られたらいいのに。

「私は扉に鍵を掛けられる前に気づいて、外へ飛び出た。その時よっぽど酷い顔をしていたんだろうな、二人もびっくりしていたよ。そこまで怖がるとは思っていなかったみたいだ。だけど私は激高してしまって、二人を殴ってしまった」

「それが問題になったんですね。理由があっても、騎士団の中では勝手に制裁を加えてはいけないですもんね」

ティーナさんはレッカさんの同僚二人に怒りを覚えたみたいだったけど、冷静にそう言った。

「そうだ。私も殴ってしまったのは後悔してる。怒りにとらわれて暴力を振るうなんて最低だ……。それに二人は後で謝ってくれたんだ。これまでの事も反省しているようだったし」

「それでも、レッカさんの行動を責める人はいませんよ」

「ありがとう。本団での上官も私を強く叱責する事はしなかった。同僚の二人は話さなかったようだから上官は私の弱点に気づいていなかったけど、女だてらに騎士になって大変な思いをしていた事には同情をしてくれていたみたいだ」

レッカさんは続けた。

「話を戻すけど、私がここへ送られる事になったきっかけは確かに、同僚の二人を殴った事だった。だけどそれ以外にも理由はあって、例えば夜の任務ではいつも通りに動けなかったり、寝不足で仕事中に集中力が欠けたりする事を問題視されたんだ。私が原因を話していたら上官は情状酌量してくれたかもしれないし、それ以降は夜中の任務に回さないように配慮してくれたかもしれない。だけど私は言わなかった。子どもの頃のたった一時間の誘拐の事をいまだに引きずっているなんて、恥ずかしくて情けなくて言えなかったんだ」

そんなの全然恥ずかしくも情けなくもないのにと思いながら、私は話の続きを待った。

「だから北の砦への異動という対処になった。クロムウェル支団長が言うには、私にまだ期待しているからこその対処のようだけど……」

「気合い入れ直して来い! って事ですね。支団長の言う通り、再起を期待されているんですよ」

「そうかな……そうだといいが」

レッカさんは弱々しく笑った。ティーナさんは改めて言う。

「レッカさん、私にできる事があれば言ってください。何でも協力しますから。支団長や副長にも言った方がいいと思いますけど、それは嫌ですか?」

緊張気味に顔をこわばらせてレッカさんは答えた。

「……そうだな、言った方がいいのは分かっているが、まだ勇気が出ない。私は支団長や副長、砦の仲間の事を信頼しているし、ティーナたちみたいに理解してくれるはずだと思ってはいるけれど、でもどうしても怖い。みんなの事が好きだからこそ、失望されたらと考えてしまう」

「分かりました。じゃあ取り敢えず、みんなには内緒のままでいきましょう。でもすでに私たち三人は、本当のレッカさんの事を知っていますからね。追い詰められたら、私たちを頼ってください」

「そうだよ」

ティーナさんに続いて私もしっぽを振って見上げると、レッカさんは安心したような、嬉しそうな、何ともいえない顔をした。

レッカさんは自分の弱点を誰にもバレたくないと思いつつ、本当は誰かに相談したかったのかもしれない。理解者が欲しかったのかも。

「あんしょきょうふ症とか、へーしょきょうふ症は、おかしなことじゃないよ。ぜんぜん恥ずかしくないよ」

励まそうとしてそう言ったが、レッカさんたちは意外なところに食いついた。

「暗所恐怖症に、閉所恐怖症?」

「それは何ですか、ミル様」

二人して首を傾げている。

「え? 暗いところがこわい人の事と、閉ざされた場所がこわい人の事を……そう言わない?」

私は恐る恐る言った。

レッカさんは首を横に振る。

「いえ、自分の事なのに勉強不足で、そういう名前がついている事は初めて知りました」

「私も。恐怖症って言葉があるのね」

「ミルフィリアは小さいのに物知りだね」

レッカさん、ティーナさん、ウッドバウムは、素直に感心しているようだったが、私は少し焦った。この世界、あるいはこの国ではまだ恐怖症という言葉は浸透していないのかもしれない。私が知ってたら変だったかな?

けれど三人は、特にそこを追及する事はなかった。

「そういう言葉があるって事は、レッカさんと同じ悩みを持つ人も多いっていう事ですね!」

「そうだな。あまり考えた事はなかったが、自分一人が異常じゃないと分かってよかった」

などと明るく言い合っているだけだ。

そしてウッドバウムはレッカさんに優しくこう言った。

「君もここで心を癒やせればいいね」

その言葉にレッカさんは頷きつつ、宣言する。

「このままでは私は騎士として失格です。それは自分が暗所恐怖症や閉所恐怖症である事によって、任務でミスをしたり、今回の演習のように普段の力が出せなくなったりして、そのせいで守るべき人間や仲間の命を危険に晒す事もあるかもしれないからです。幸い今までは些細なミスで済んだものの、これからはどうなるか分かりません。いつまでも恐怖に蓋をするのではなく、自分の弱点と向き合ってみようかと思います」

レッカさんの瞳は力強くきらめく。

「今までは、他人にバレたら笑われるから隠さなければと思っていました。だけど今は違う。仲間に迷惑をかけたくないから治したいんです。克服したい」

「レッカさんがそのつもりなら、私もお手伝いします。だけど無理はしないでくださいね」

ティーナさんに続いて、ウッドバウムも「僕も協力するよ」と頷き、私もしっぽをぴんと立てて言った。

「わたしも! いっしょにがんばろ!」

「ありがとうございます、ミル様、ウッドバウム様、ティーナ」

すっきりした顔でほほ笑むレッカさんの周りを、白い妖精がくるくると飛び回っていた。