軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3話 へし折られた独りよがりな正義

アーサー殿下は、ソラリスに香水を奪われたようだ。

今日、廊下ですれ違ったとき、独り言を呟いていた。

『ソラリスから香水を取り返す……』と。

まただ。

またあいつ、わがままで周りに迷惑をかけたんだ!

もう限界だな……。

百人稽古を終えたその夜、俺は父上の執務室へ向かった。

「どうか、ソラリス嬢とのサブパートナーを解消させてください!」

椅子に深く腰掛けた父上は、しばらく黙った。

「……ソラリス嬢のなにが不満だ? 容姿、家柄、経済力。多くに恵まれている」

「ですが、人として好きになれません。傲慢さと浅はかさ。我がフォルナー家の正義にも反します」

「説明してみろ」

俺が見てきた彼女の実体を、余すことなく伝える。

気に入らない令嬢に『あなた、ブスですわね!』と扇子で殴りかかる。

ドレスの裾を少し踏まれた際は『いますぐ処刑だわ!』と怒鳴り散らす。

困ったことがあれば『お父様に言いつけるからね!』と泣き叫ぶ。

他が完璧なだけに、余計欠陥に思えるのだ。

「なるほどな。彼女の悪いところはわかった。で、お前はどうなのだ?」

「……はい? 俺ですか」

「お前は賢くて、思慮深くて、物事を冷静に判断できるのか」

父は鋭い目でこちらを見据える。

なにも言えないでいると、父は続ける。

「騎士団長になって二十年。足りないと思ったものが二つある。一つは頭の良さだ。フォルナーの血は肉体に優れるが、知性がちと弱い」

それは俺も納得するところだ。

父は山積みになった本に手をのせる。

「だが、それは読書や勉強でカバーできる。お前も読書習慣があるのはいいことだ。問題はもう一つ。これはどうにもできない」

「努力でどうにもならない……それはなんですか?」

「後ろ盾だ」

「なッ——!?」

予想もしない答えに言葉が詰まる。

それはつまり、権力の傘を意味する。

驚きが去ると、怒りが沸いてきた。

「権力に屈するというのですか!? フォルナー家の正義とはなんなのですか!」

「そう声を荒らげるな。思想だけで世界は救えないということだ。もし公爵家の後押しをもらえたら、フォルナー家はさらなる躍進を遂げる」

「……そんなやり方……」

「まあ、事を急ぐな。ソラリス嬢には、お前が知らない良い一面があるかもしれない。そもそもお前は選ばれるのか? アーサー殿下と結びつく可能性が高いと聞いているが」

「どうであれ俺はお断りです! もう解消させていただきます!」

もう耐えられない。

強く言い切って、俺はすぐに部屋から出ていく。

ソラリスをなにも知らないから、父上はあんな態度なんだ。

なにより、権力の傘だと?

俺では実力不足だとハッキリ言われた方が百倍マシだ!

翌日の昼休み。

俺は苛ついていた。

昨夜のことだ。

尊敬する父上の意志には基本従うつもりだが、今回ばかりは無理だ。

今日中に、あいつにパートナー解消を突きつける!

固く決意して図書室に向かっていたとき——

悲鳴が届いた。

「——ひどすぎるよ……!」

誰かの泣き声だ。

「——なにか事件か!?」

俺が駆けつけると、そこには破られた本と泣く女子生徒。

そして……ソラリスがいた。

「ソラリス……!? これはどういう状況だ?」

「私にもわかりませんわ、レオン様」

嘘をつけ! お前がやったんだろう!

そう叫びたい気持ちをグッと堪えた。

事情を聞けば、女子生徒がトイレにいった隙に破られて捨てられていたと。

「——まさか君がやったのか!」

本当は、まさかなど思っていない。

予想通りすぎる。

「レオン様、少し頭を冷やしてはいかがでしょう」

「失礼な! 状況的に、君しかいないだろう」

「私が犯人なら、なぜ図書室内に留まるのです? 彼女の悲鳴が上がるまで待って、現場に戻るメリットは?」

「ウッ……」

なんだ?

なんかこいつ、いつもより冷静だぞ……。

普段なら犯人扱いされようものなら、ヒステリックに喚き散らすのに。

それに言っていることも納得できる。

犯人の行動としては、妙だ。

だが、こいつに言い負かされるのだけはプライドが許さない。

「……そうだ、野次馬のフリで楽しむ奴もいるだろう?」

「野次馬をするにしても図書館からは出るでしょう。数人の友人と、後からくればいいだけです」

やっぱり、おかしい。

話し方が落ち着いているし、内容も論理的だ。

ソラリスにこんな一面あったか?

その後、話合いが進んでいく。

女子が差別されていると聞いたときは、つい大声を出してしまった。

だが、またソラリスの話術に丸め込まれてしまう。

いくつか質問を繰り返すと、女子生徒の供述が怪しくなってきた。

まさかこの女……嘘をついているのか?

ソラリスは確信を持っていたようで、彼女に最後のチャンスを与える。

すると、あっさり。

女子は負けを認めた。

「わぁぁああ!? ごめんなさい、すべてわたしの自作自演でしたッ! どうか、どうかお許しくださいソラリス様ぁぁ……!」

思わず、頭を抱えてしまう。

なんてことだ……。

ソラリスは悪くなかった……。

しかも最後まで冷静に対応して、自分の身の潔白まで証明した。

さらに、女子の動機は俺だという。

これじゃまるで、俺が迷惑かけたみたいじゃないか……!

「弱者のために。正義のために。素晴らしい心がけですが、一歩間違えば悪になりますよ。私はあなたに犯人にされかけた」

なにも反論できない。

ソラリスの言うとおりだ。

俺は無実の者を、思い込みだけで責め続けていた。

「……すまなかった。疑って悪かった」

これに関しては、心からの謝罪だ。

許してもらえたので少し救われる。

……かなり嫌われてしまっただろうな。

————ハ??

なぜ俺はいま、ソラリスに嫌われることを気にした?

関係を解消したい相手だぞ?

俺が死ぬほど嫌いなソラリス……。

いや嫌いではなかった——少なくとも今日のこいつは。

「——君、ソラリスじゃないだろ」

瞬間、ソラリスの表情が凍りついた。

まずい……!

さすがに失礼すぎた。

今日は別人のように冷静だったなと言いたかったのに、短縮しすぎてアホな表現になってしまった!

「俺はなんて意味不明なことを————」

もう自分でも、なにを話しているのかわからん。

恥ずかし過ぎる。

なぜ俺はこんなにも馬鹿なんだ!

フォルナー家の血筋のせいか!

熱はない。

なのに、ボーッとする。

帰ってきてからずっと、ベッドの上で今日の事件を反芻している。

あいつの、ソラリスのことが頭から離れない。

「レオン、話がある。書斎にこい」

「……はい」

ドア越しの父上に返事をする。

立ち上がって書斎に向かった。

「今日、学院でなにかあったのか?」

「えっ。なぜです?」

「剣の素振りはお前の日課だろう。だが今日は行っていない。体調が悪いわけでもなさそうなのに」

さすが、人を観察する目が鋭い。

いやもしくは、いまの俺はわかりやすく変なのかな。

「あの父上、人が短期間で変わることはあり得ますか?」

「何人か見たことはある。ショックな出来事で価値観が様変わりしたときだ」

「あるには、あるのですね……」

「だが多くは、変わったように見えるだけだ」

「……というのは?」

「本心を隠していた……まあ演技していたということだ。それをやめれば、変わったように見えるだろう」

今日一日のことを再び思い返す。

ソラリスはどっちなんだろう?

父上が心配そうな表情を浮かべる。

「……なあレオン、すまなかった。ソラリス嬢が変われるか悩んでいるのだろう? もう無理はするな。パートナーの解消の件、俺から公爵に伝えておく」

「勝手なことをしないでくださいッ!」

「え?」

きょとん、とする父上。

こんなに目を丸くした父上を見たのは初めてかもしれない。

そのくらい俺の声はデカすぎた。

「し、失礼しました。でも短期間で他人をわかった気になるのは違う。そう思い直しまして」

「つまり、解消はまだしないんだな」

「はい。彼女を見極めます。では、素振りにいって参ります!」

頭を下げ、俺は意気揚々と部屋から出ていく。

ドア越しに父の声が聞こえた気がした。

意味わからん、と。

父上、俺もよくわかってないんですよ!