作品タイトル不明
23話 私、死んだ……?
翌日の放課後、私は例の三人に召集をかけた。
レオンとグレイはすぐに集まってくれた。
カゲロウにも声をかけたが、やはりきてくれない……と思いきや、窓から音もなく侵入してくる。
「一度、公爵邸ってのを見てみたくてな」
「グレイ様、あの靴を貸したのですか?」
「いやいやボクは貸してないよ!」
確かにカゲロウの靴はいつもと同じだ。
単純な身体能力だけで上がってきたらしい。
彼は部屋の中のものを手に取っては興味深そうに眺める。
興味本位で金持ちの家を訪れたってところかしら。
「で、話ってなんだ?」
「ええ。いまから話します」
私は正直に、現在置かれている状況をみんなに話す。
アーサーが洗脳状態にあり、ジークの操り人形になりそうなこと。
そしてジークは公爵家や私のことをも狙っていて、傘下に入らなければ潰しにくるだろうと。
「私はあの毒蜘蛛と争います。でもこれは公爵家ではなく、私個人の戦い。命の保証はありません」
ある意味、賭けではある。
みんなが付いてきてくれなければ、勝率は目に見えて下がるだろう。
最初に声をあげたのはレオンだった。
「俺は協力する。バイスのときみたいになって、死なれても困る」
「ありがとう、レオン様。本当に頼りになる騎士様ですわ」
「乗りかかった船だし。ボクも手伝う。彼らが持つ魔道具にも興味あるしね」
「グレイ様がいると心強いですわ。成功した際には、ノルディ家の所有する魔道具もなにかお譲りします」
「本当に!? すごくやる気出てきたよ」
二人の協力を得られてまずはホッとする。
システムで嫌われていないのはわかっていても、人の心は変化しやすい。
さて、私たちはカゲロウに注目する。
彼は大きなあくびを一つした後、淡々と話す。
「……パス。俺は降りるぜ」
「理由を聞かせて」
「王族とか国とか、俺たち裏通りのドブネズミには関係ねぇ。金持ちどもの椅子取りゲームで命張る義理はねぇって」
ある意味、正論すぎてすぐにはこちらも言葉が出ない。
相応の見返りは当然用意するつもりなので、そこの交渉に入ろうとして……怯む。
射殺すような眼光で睨みつけられたからだ。
「だいたい俺が一番ムカつくのは人の命を駒として扱うやつだ。あのジークってのもそうだし……あんたもそうだろ、ソラリス?」
手駒として消費してんじゃねぇよ。
そういう主張は真っ当だと思う。
私は指摘されても怒っていないし、むしろ彼の評価がどんどん上がっていく。
素晴らしい警戒心だし、誇りも持っている。
決してドブネズミなんかじゃないと感じる。
「私とジークの違いは一つよ。彼は安全地帯から、駒を自爆させる。私がそれをさせる場合、爆発地点には自分もいるわ」
これは本音だ。
レオンやグレイの命を犠牲にしてまで自分の欲望を叶えることは絶対にしない。
私が真っ直ぐに見つめると、彼は鼻をフンと鳴らす。
「口ではなんとでも言える」
「命をかけて、本心よ」
そう言い終わったか否か、彼はほんの一瞬でこちらとの距離を詰め、私の目の前にきた。
彼我の距離は何メートルもあったのに……。
猛獣のような殺気を纏い、すでに刀の柄に手をかけている。
「言ったな……。ならここで、首を掻っ切らせてもらう。あんたの言葉は嘘だらけだ」
「断じて嘘ではないわ」
カゲロウにはGapもシステムも反応しない。
だから彼が本気かフェイクか、私にはわからない。
いや、戦いを知らない私にも殺気は伝わる。
どう考えても本気で殺しにかかっている。
「血迷ったか……!」
私を守ろうと剣を抜こうとするレオンを、手を伸ばして制止する。
「お待ちになって。これは私とカゲロウの問題です」
戸惑いながらもレオンは剣を収めた。
そこから数秒睨み合い、ついにカゲロウは刀を完全に鞘に収める……フリをしてから勢いよく抜いた。
太刀筋は速すぎてよくわからない。
ただ私の首に強い衝撃が走る。
痛っ──!
首を切られたのだと理解すると同時、視界がぐにゃぐにゃに歪む。
あ、これ私、死んだわ……!?
最大の選択ミスをしてしまったらしい。
⭐︎
重たい瞼を上げる。
そこには見慣れた天井があった。
天国なのかと戸惑っていると、視界にレオンとグレイが入ってきてビックリする。
「おぉっ、ソラリスが目を覚ましたぞ!」
「うぅ……驚いたよ……。でもよかった」
体を起こすと、自分のベッドに寝かされていたのだとわかった。
首は……ある!?
ぺたぺたと手で首を触りまくるが、傷すらないし痛くもない。
「私の首、切られていなかった……?」
「刃じゃなく、反対側の峰の部分を軽く当てられたんだ」
「軽く……?」
感じたことのない物すごい衝撃だったのだ。
切られたと錯覚するほどだった。
「魔力がこもってたんだ。君の体は耐えられず、気を失った」
「そうでしたの……。カゲロウは?」
尋ねると、レオンが彼の方に体を向ける。
彼は部屋の隅っこに座って刀の手入れをしていた。
私がベッドから出ると、彼も立ち上がってこちらに歩いてくる。
もう、あの息が詰まるような殺気は完全に消えていた。
「あー。あんたの言葉、本物だったな」
「言ったでしょう」
「……気が変わった。俺も手伝ってやるよ」
その言葉を待っていた私は、微笑を湛えながら手を差し出す。
するとカゲロウは力強く握り、こちらの目をじっと見据える。
「もしあんたが裏切ってただの貴族に成り下がったら、そんときはマジで首を切り落とす」
「そうしてちょうだい。でも逆にあなたが裏切ったら、私も全力で潰しにいくわ」
そう伝えると、彼は楽しそうに笑った。
「私たち、いいチームになれそうね」
三人の顔を見て、私は言った。
チームを結成してから数日も経たないうちに問題が起きた。
夕食後、父の書斎に呼び出された。彼は眉間に皺を寄せ、今起きている困りごとを話す。
「最近、西部の魔石商会との取引が急遽停止になった。さらに我が派閥の中立派貴族数名から、面会のキャンセルが相次いでいる」
他にも、公爵家が関わっていた重要な取引が延期になったり、支援していた貴族の一部がそれを止め始めたようだ。
「アーサー殿下を支援する者たちからの圧力だ」
ジークの根回しね。まだ十代とはいえ、王子の周りには多くの大人が絡んでいる。
貴族もそうだし、様々な商会にも支援者は多い。
「お父様は、どうお考えですか」
「犯人はジークだろう。第二王子派に入れという脅しだ」
さすがに父には慧眼がある。全部お見通しだった。
「どうなさるおつもりですか?」
「無論、屈するわけがない。これ以上、舐めた真似を続けるのならば反撃に出る」
「素晴らしい判断ですわ」
「建国祭でもなにか仕掛けてくるかもしれん。気をつけろ。そしてジークと何か争っているのならば……必ず勝て」
「ええ、ノルディ家の名にかけて」
私は深く頷いて、警戒心を高めた。
☆
王都でも特に治安の悪い場所をカゲロウは一人で歩く。
今いる裏通りは、天国への道と呼ばれている。これは金目的などのため、不意打ちを食らってそのまま死んでしまう者が多いからだ。
夜は明かりも少なく先の見通しも悪い。
それでもカゲロウは難なく、慣れたように進んでいく。
「……誰だ?」
しかし足を止めて、背後にいる者に声をかける。
ずっとつけられていたのだ。
「依頼がある」
それを聞いてカゲロウが振り返ると、黒いローブを着た男が立っていた。
フードを深く被っているため顔は見えないが、顎髭が少し生えているのがわかった。
「なんの依頼だよ」
「明日から五日間、向かって欲しい場所がある。ゴブリンが多く発生しており、手が足りない」
「別に俺じゃなくても、他に大勢いるじゃねぇか」
「報酬は弾む。数年は遊んで暮らせる」
男は皮袋を出して、中身を見せた。
溢れんばかりの硬貨が詰まっており、数年遊んで暮らせるという話は嘘ではなさそうだ。
カゲロウは黙考する。
ただのゴブリンならば、大した危険なく討伐できるだろう。
さらに五日間の遠征で、しばらく遊んで暮らせる額を貰える。
美味しい話だ。むしろ美味しすぎて疑ってしまうほどに。
「五日は無理だな。三日後に建国祭の夜会があるんでな」
「夜会? 集まるのは貴族や有力商人だろう。なんの用がある?」
「護衛」
「ならばこれに加え、護衛代分も出そう」
ただでさえ破格なのに、さらに上乗せするという。
これでカゲロウの疑念は確信に至った。
いくら実力を知っていたとしても、あまりにも不自然な金の出し方だ。
たかがゴブリン退治に大金。せめてドラゴンあたりにでもすれば話は別だが、それだと逃げられると考えたのだろう。
つまり、この男の目的はカゲロウを数日間、王都から遠ざけることにある。
「依頼主は誰だよ?」
「俺だ」
「嘘つくな。仮に本当でも受けねぇよ。失せろ」
「どうしてもか? 金ならさらに倍出すぞ」
「倍? 一万倍持ってきてから言えよ」
カゲロウが半笑いで言うと、男は呆れたように首を左右に振った。
それから右手をあげると、同じような格好をした怪しい者たちが、建物の影から五、六人も出てきた。
全員、手には剣やナイフの武器を握っている。
「なあクソガキ。短くても一ヶ月は、ベッドから出られなくしてやるよ」
「ああそうかい」
鼻で笑いながら、カゲロウは刀を抜いた。
──戦闘が始まって五分も経つと、完全に決着はついていた。
黒ローブを着た者たちは例外なく地面に倒れて呻いている。
手加減されたおかげで致命傷ではないものの、全員が決して軽くはない傷を負っていた。
カゲロウは男の首元に刃先を突きつけた。
男は地面に膝を突きながら疑問を口にする。
「お前のような男がなぜ、オルディ学院の学生をやっている?」
「少しやることがあんだよ。それより、ここの通り知ってるか? 天国への道って言うんだよ」
愉快そうにカゲロウが片笑みすると、男の唇が微かに震え出す。
「……依頼主まで案内する。そこで交渉しろ。護衛の仕事を放棄すると伝えれば五倍、いや十倍の金を得られるかもしれんぞ」
「金と権力で、誰の心でも買えると思ってんのか?」
「ならばなぜ、お前はあの女の側につく?」
「あの女はな、命をかけて俺の前に立った。それに比べて、てめぇらのボスはどうだ? 今頃家でワインでも飲んでんのか」
カゲロウの目つきが変わり、全身から殺気が漏れ出る。
殺されると理解した男は命乞いをする。
「頼む見逃してくれ! まだ死にたくない! 頼む……うっ!?」
首元に刀を当てられると、男は呆気なく気絶した。
それはソラリスに行ったものと同じだった。
怯えからガタガタと震え出す他の男たちに、カゲロウは告げる。
「底の浅い依頼主に伝えろ。ドブネズミの牙が届かない場所なんてねェ。三日後の夜会、せいぜい首を洗って待ってろってな」
カゲロウは刀を納めると、鼻歌交じりに天国の道を闊歩していく。