作品タイトル不明
16話 処刑場への招待状と、反撃の護衛
屋上で寝ていたイレギュラーな存在・カゲロウ。
彼に、ジークに狙われているかもしれないと伝えた。
すると、ようやく片目を開けて反応する。
「あー。なんだ、さっきの悪役顔か」
「悪役顔とは失礼ね。私はソラリス。公爵家の令嬢よ」
「肩書きなんてどうでもいい。で、なんの用だ。俺は眠いんだが」
彼はあくびを噛み殺しながら、抱えた日本刀の柄をトントンと指先で叩く。
一歩間違えれば数階下まで真っ逆さまの、庇の極小スペース。
重力という概念がこの男だけ仕事をしていないのではないかと疑いたくなるほど、その姿勢は安定しきっていた。
私は彼を見上げながら、念のためシステムを起動する。
【ERROR】
やっぱり、そうよね……。
チカチカと赤く点滅する無機質な文字。
対象の思考も、嘘の割合を示すGapも、一切の感情の数値も表示されない。完全にシステムの理の外側にいる『バグ』。
……この男相手に、小賢しい駆け引きは無用だ。
性格的にも、そういうタイプじゃなさそうだしね。
「単刀直入に言うわ。あなた、私の護衛をしない?」
「ン? 意味がわかんねーよ」
「宰相の息子の私兵たちが、血眼になってあなたを探しているのよ。こんな場所で寝ていても、見つかるのは時間の問題。でも、私の側にいれば話は別よ。公爵令嬢の権力と私の仲間の力で、鬱陶しい羽虫どもは全部追い払ってあげる」
「……」
「あなたは安全で静かな寝床が手に入る。私は、誰も予測できない最強の護衛が手に入る。悪くない取引でしょう?」
私が不敵に笑いかけると、カゲロウはもう片方の目も開けて、初めてまともに私を見下ろした。
その瞳の奥で、値踏みするような光が揺れる。
やがて彼はフッと鼻で笑い、重力を無視したような軽い足取りで、私の目の前へと飛び降りた。
着地の音すら、ほとんどしなかった。
「……まあ、いいぜ。羽虫の羽音に苛つくのにも飽きてたところだ。静かに寝かせてくれるなら、側にいてやる」
「交渉成立ね」
「ただし、勘違いするなよ。俺は、自分が斬りたい時にしか刀は抜かないぞ。お前がピンチだからって、必ず助けるとは限らねぇ」
「ええ、それで構わないわ」
私が欲しているのは、従順な騎士ではない。
あの計算高いジーク・ディスレイルの盤面を、物理的にぶち壊してくれる『イレギュラー』なのだから。
それに、エラー的な存在であるカゲロウはなにを起こすかわからないので、できれば近くに置いておきたい。
万が一、敵に回られたら厄介だわ。
扱いにくい手駒だけれど、これ以上ないほどの特効薬になるはずだ。
☆
それから数日が経った。
放課後のひと気のない図書室の奥で、私はサブパートナーのレオンから報告を受けていた。
「調べがついたぞ。ジークの元婚約者の名前は、セリア・バートリ。バートリ侯爵家の長女だ」
レオンが机の上に置いた数枚の羊皮紙には、セリアに関するおぞましい噂がびっしりと書き込まれていた。
軍部への横流し、禁忌指定された魔術の研究、そして逆らう者への容赦ない粛清まで。
バートリ家は表向きは歴史ある名門だが、裏では『王国一の泥沼』と囁かれるほど黒い噂が絶えない家門らしい。
「セリア本人の性格は?」
「異常なほどプライドが高く、執念深い。そしてなにより最悪なのが……今回の婚約破棄の理由を、ソラリスが誘惑したからだ、と思い込んでいることだ」
レオンの言葉に、私は思わず天を仰ぎそうになった。
やっぱり……!
あのキラースパイダー、絶対にわざとやったわね。
私というデコイ(身代わり)を用意して、狂犬のような元婚約者のヘイトを私に一点集中させる。
そうやって私を学園内で孤立させ、身動きが取れなくなったところで、「私が守ってあげましょう」とでも言いながら手を差し伸べるつもりなのだ。
「……女の敵は女にさせるっていうテンプレの最悪版じゃない。この学院、性格が悪い生徒が多いわね」
腹黒い私が言えた立場じゃないけれど。
「感心している場合じゃないぞ、ソラリス。セリアの取り巻きたちが、すでに君の周辺を嗅ぎ回っている。いつ物理的な報復に出てもおかしくない」
「恨みMAXって感じね」
「公爵令嬢だからと油断はするな。闇討ちなら実行犯すら判明しないこともある」
「わかっているわ」
私はレオンの持ってきた資料を指先で弾いた。
ジークの描いたシナリオ通りに動いてやる義理はない。
私がどうやってこの罠を食い破るか、特等席で見せてあげるわ。
そんなことを考えていた翌日の朝。
私の自室の扉がノックされ、メイドが一通の封筒を運んできた。
血のように赤い蝋で封がされた、豪奢な招待状だ。
「……早速、きたわね」
差出人は、セリア・バートリ。
内容は『親睦を深めるためのお茶会』への招待だったが、文面から滲み出る悪意は隠しきれていなかった。
そしてなにより、封筒を開けた瞬間に鼻をついた、むせ返るような甘ったるい香水の匂い。
「っ……!?」
瞬間、視界がぐらりと揺れた。思考が泥沼に沈むような、不快な酩酊感だ。
ただの香水じゃない。精神に作用する魔薬が微量に仕込まれている。
しかし次の瞬間、私の右手の薬指にはめられた銀の指輪……グレイから受け取った反心の指輪が、カッと熱を持った。
その熱が指先から全身に広がり、脳を覆おうとしていたモヤを一瞬で焼き払う。
「ふう……。グレイの魔道具、さっそく役に立ったわね」
彼に感謝しないと。
私は冷静に息を吐き出し、招待状を机の上に放り投げた。
ただの挨拶代わりの招待状にさえ、精神を錯乱させる罠を仕掛けてくる。
お茶会の本番では、どれほどの毒や魔道具が飛び出してくるかわからない。
断れば、私が侯爵令嬢のお茶会から逃げたと噂を流され、行けば袋叩きにされる。
まさに難易度Aの処刑場ってところね。
「……上等よ」
私は自室の窓辺に寄りかかり、薄く笑った。
ここまで舐められて黙っていては、公爵令嬢の名がすたるというやつだ。
約束の日である週末の午後がやってきた。
私はお茶会へ向かうためのドレスに身を包み、私室のサロンに手駒たちを集めていた。
私の前には、騎士の礼装で身を固め、静かな闘志を燃やすレオン。
机の上には、魔道具研究室にいるグレイと繋がった小型の通信魔石もある。
地球でいう電話みたいなものね。
そして窓枠には、相変わらず行儀悪く座り込み、刀の手入れをしている黒髪のイレギュラー、カゲロウの姿があった。
「さて、全員揃ったわね。これより、セリア・バートリ主催の処刑場へ乗り込むわ。準備はよろしくて?」
レオンとグレイから力強い返事がかえってきた。
カゲロウに関しては……まあいつも通り、どうでもいいって感じに刀の手入れをしている。
私は口端を上げ、完璧な淑女の微笑みを浮かべながら、三人に冷徹な声で指示を出す。
「レオン様。あなたには私のエスコートを頼むわ。どんな挑発を受けても、私が合図するまでは絶対に剣を抜かないこと」
「了解した。君の盾になる覚悟はできている」
レオンの熱い瞳が私を捉えた。
以前と比べると、だいぶ頼りになる。
男子、三日会わざれば刮目して見よってことかしら。
「グレイ様。通信はこのまま繋いでおくわ。お茶会の会場にどんな魔力的な罠が仕掛けられているか、音声と私の魔力波形からリアルタイムで解析してちょうだい」
『……了解。お嬢様の脳味噌が焼き切れる前に、絶対に解除方法を見つけるよ』
通信機越しに、グレイのクールな声音が響く。
そして最後は、窓枠の男だ。
「カゲロウ。あなたは静かについてきなさい。……お茶会のマナーも、貴族の理不尽な嫌がらせも、場合によっては全てぶった斬ってもらうかもしれないわ」
「言っただろ? 俺は俺が斬りたい時にしか動かねぇよ」
「ふふ、そうね。でも、きっとあなたの刀が鳴るような面白いことが起きるわ。保証する」
私がそう言うと、カゲロウは鯉口をチャキッと鳴らし、獰猛な笑みを浮かべた。
まだ完全な味方とは言えないけど、私が彼を上手く乗りこなしてみせる。
役者は揃った。
情報も、防壁も、そして盤面をひっくり返す切り札も、すべて私の手の中にある。
待っていなさい、セリア。
そして、その裏で糸を引いているジークもね。
私はヒールの踵を高く鳴らし、ゆっくりと部屋の扉へと歩き出す。
私が本物の悪役令嬢の立ち回りというものを、あなたたち全員に、特等席で見せてあげるわ。