作品タイトル不明
15話 何事も早めの準備が大切
放課後に入ると、取り巻きたちに囲まれる前に、私は静かに教室を出た。
人目のない屋上近くの踊り場に移動して、人を待つ。
「ジークはなぜ、婚約破棄したかよね……」
頭のキレる男が、理由もなくそんな真似はしない。
今後の展開で、婚約者が邪魔になるから別れたのだろうか。
理由をいくつか考えたが、一番嫌なのはこれだ。
ジークが直接私を狙いにきて、公爵家に入り込む。
アーサーが失敗したときの保険というやつね。
でもアーサーの失敗が確定したわけでもないのに、行動が早すぎる気も……。
「ソラリス、待たせた」
待っていたレオンがやってきた。
サブパートナーの一人だ。
私は微笑をすると同時にシステムを起動して、彼の内面を探っておく。
【総合値】+351
【忠誠】74(+)
【信頼】71(+)
【興味】70(+)
【尊敬】68(+)
【親近】68(+)
出会った頃と比べれば、天と地くらい差があるように感じる。
まだ完璧な好意ではない。
でもいまの感情なら私を簡単に裏切ったりはしないだろう。
ごめんね優良物件さん、思いきり面倒事に巻き込むわ。
「来てくれてありがとう。レオン様に、少しお願いがあるの」
「また厄介事か……?」
「ええ。私、トラブルを呼ぶ体質みたいで」
「ハァ……。言ってくれ」
少し呆れ気味ながらもちゃんと耳を傾けてくれるレオンは優しい。
アーサーとジークが組んで、私のことを操ろうと目論んでる的なことを伝えると、レオンは神妙な面持ちになった。
「ジークとあまり関わりはないが、優秀な男だと聞いている。バイスみたいに、君に殺意を向けたりはないと思うが」
「ええ、彼はそこまで馬鹿ではないと思う。ただ将来のために、私の心を掴みたいと考えていてもおかしくないわ」
「……オトされるのはプライドが許さないと。君らしいな」
だんだんとレオンも私のことを理解してくれて頼もしい。
ただ一つ、伝えはしないが誤解がある。
ジークまたはアーサーが、私の主導権を握った場合、ゲームではバッドエンドになっていた。
長期的には問題が発生し、最後は不運の死を遂げたりするのだ。
死なない場合でも奴隷として売り飛ばされ、性奴隷のような最悪な展開になる。
——絶対に避けたい。
虚空を睨んでいると、レオンが怯えたように言う。
「こ、怖いな。なにか気に障ったのか……」
「あら、ごめんなさい。少し目が乾いただけよ」
「……それで、俺はなにをすればいい?」
「情報収集をお願いしたいわ。普段のジークの様子や、別れた婚約者についても知りたい」
「わかった。だがお互い無茶はなしだ」
「ええ、安全にいきましょう。大切な命ですものね」
私が握手を求めると、レオンは応じてくれた。
キビキビと歩く彼の背中を見送った後は、魔道具研究室に足を運ぶ。
ドアを開けると、埃が少し舞って、かび臭さが鼻腔を刺激する。
あまり掃除していないのだろう。
ドアの音にも反応せず、部屋の片隅で熱心に魔道具をいじるローブの男子。
サブパートナーのグレイは今日も魔道具と真摯に向き合っていた。
「グレイ様。私、お邪魔かしら」
「……邪魔って言っても帰ってくれないよね?」
「いいえ、帰るわ。紅茶をいただいて、頼み事をしてからになるけれど」
「……紅茶でいい?」
「ええ、特別ブレンドはなしでお願い」
前回は危うく変なものを飲みかけたからね。
さて、淡々と作業するグレイの内心を探る。
【総合値】+150
【感謝】80(+)
【友好】42(+)
【尊敬】33(+)
【羨望】30(+)
【警戒】35(−)
レオンに比べたら低いものの、悪くはないか。
でも感謝以外はだいぶ低いよね?
元々、グレイは人より魔道具好きなので、いまのところは良しとしよう。
トン、と紅茶のカップをテーブルに乗せてくれた。
「なにか入れた?」
「あまり良くないものを入れた」
【Gap100%】
わかりやすい嘘で助かる。
私が紅茶を一口飲んでカップをソーサーに戻すタイミングで、グレイが口を開く。
「僕に頼み事って、なにかな」
「魔道具について知りたいの。精神に作用する魔道具とかってあるかしら? 例えば意識朦朧にしたり、洗脳のようなことをしたり」
「あるよ」
即答され、私の胸が内心ざわついた。
「それって、王族や有力貴族なら持っていてもおかしくない?」
「簡単に手に入る物じゃない。でも、その辺の身分なら可能性はある」
最悪だ……。
これがいま一番怖いところだった。
いくら相手の嘘や内面を把握しても、暴力的に魔道具を使われたら負けるということ。
洗脳され、その間に婚姻の契約書を書かされたら詰んでしまう。
「魔道具を無効にする方法はない?」
「あるよ。精神作用を無効化する装具は何種類かある。ちなみに僕も作ったことがある」
「グレイってやっぱり天才ね!」
思わず彼の手を取る。
するとグレイは照れた顔を逸らしてドモり出す。
「べ、別に普通だよ……。それで、そんな物に興味を持った理由はなに。誰かに狙われてるとか?」
「まだ確定じゃないのだけど、事件に巻き込まれそうではあるのよ——」
要点だけをかいつまんで伝える。
王子と宰相の息子が相手なので、強い魔道具を持っていてもおかしくはないと。
グレイは、ジークの名前を聞いた途端、表情を険しくした。
「……ジークはよく知っているよ。オルドとも、よく仲良くしていた」
オルドは、グレイの手柄を奪い続けていた中年教師だ。
魔道具披露会で悪事がバレた後、学院をクビになってもういない。
「あの強欲教師とねぇ」
「あいつはオルドじゃなく、僕が魔道具開発しているって気づいていた。でも誰にも言わず、彼とよく食事に行っていた」
なんとなく想像はついた。
オルドと親しくすることで、魔道具を安く譲り受けたり、販路を開拓したかったのかもしれない。
グレイは立ち上がると、奥の引き出しからなにかを持ってきた。
彼の掌にのせられたのは、銀の指輪だ。
キラッと指輪が窓から差し込む光を反射した。
「反心の指輪。ソラリスに貸すよ」
「精神の魔道具を無効化できるの?」
「どの魔道具でも完璧に防ぐわけじゃない。けど、防御効果はある。君の意志が強ければ、きっと耐えられる」
「レンタル料は?」
「いらない。僕はいま自由だし、製作者として評価もされている。あのとき、君が誘ってくれたおかげで」
Gapは反応しない。
さっきの内面と合わせて考えても本心だろう。
あのグレイが、こんなに素直になってくれるとは私も嬉しい。
ありがたく指輪を受け取って、さっそく嵌めてみる。
シンプルだけどセンスが良い。
これならオシャレで身につけていると言っても不思議じゃない。
紅茶を飲み干してから、私はスッと立ち上がる。
「なにかあったら、また来なよ。まだ恩を全部返したとは思っていない」
「フフ、グレイ様って素直で素敵ですわ」
「ちょ……べっ、別にそういうわけじゃ……」
「それでは、また」
投げキッスをしてから研究室を出て行く。
はたき落とされたりしなくて良かった。
さて、諜報依頼と魔道具入手は済んだ。
あとは帰ってもいいが、念のため屋上にいく。
ドアを開けると、生ぬるい風が肌を這うようにした。
一応、上から下校するアーサーとジークを観察しておく。
一歩踏み出して、頭上に妙な気配をして仰ぎ見た。
するとドアの真上にある庇の縁に、なんとカゲロウが寝そべっていた……!
一歩間違えたら真っ逆さまな危険な場所だ。
なのに彼は日本刀を抱えながら眠っている。
「カゲロウ……でしたわね。驚きましたわ」
カゲロウはガン無視を決め込んでいる。
さすがにムッとして、私も少し攻撃的な口調になる。
「暢気なものですわね。王子と宰相の息子に嫌われてしまったというのに。あなた、命を狙われるかもしれませんのよ」
そう言うと、カゲロウは面倒臭そうに片目を開けた。