軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

開戦前

禎兆七年(1588年) 十一月上旬 出羽国置賜郡笹野村 伊達輝宗

「分かっていた事だが鉄砲が多いようだ」

義兄最上源五郎義光が面白く無さそうに言った。

「そうですな、遠目でも分かります」

儂が答えると義兄が溜息を吐いた。相国様率いる朽木勢が笹野村に到着した。ぞろぞろと湧き出すように兵が展開している。既に四万ほどは居るだろう。陽の光を浴びてきらびやかな軍勢だ。この辺りの軍勢とは違う。上方の軍勢なのだと思った。

「混乱しませぬな」

「うむ、この辺りの事は既に調べてあるのだろう。誰を何処に置くかも決めてから来たようだ」

朽木勢は船坂峠を越えると南原に居た奥州勢を追い払って陣を敷いた。そこで二日を過ごしている。考える時間は十分にあっただろう。油断はしていないのだと思った。

「中央が空いております」

義兄が”うむ”と頷いた。

「おそらく、相国様が其処に陣を敷くのだろう」

「そうでしょうな」

こちらが突っかけるのを待っているのだと思った。相国様を討ち取れば奥州は危機を逃れられるのだ。掛かって来いと誘っている。その事を言うと義兄が”うむ”と頷いた。

「そこを突ければこちらにも十分な勝機は有る」

「そうですな」

暫く見ていると中央に軍勢が入ってきた。一際きらびやかな軍勢だ。一万ほどだろう。既に布陣した兵の気勢が上がっている。

「来たようだな」

「そのようです」

とうとう相国様が来た。天下第一等の武将がそこに居る。多分、藤次郎も其処に居るのだろう。

「突けるかな?」

「……」

「鉄砲の数では敵わぬ。こちらから突撃するのは不利だ」

義兄が面白く無さそうに言った。突っ込んでくる敵を鉄砲で撃つ事ほど容易い事は無い。相国様は七万、奥州勢は八万。こちらが一万多いが鉄砲が有ってはその兵力の多さを十分に活用出来ない。

「雨が降れば」

義兄が儂を見た。そして空を見た。儂も一緒に見る。青く澄んだ空が見えた。

「何時降る?」

「さあ、三日先か、五日先か。分かりませぬな」

答えると義兄が息を吐いた。頼りにならないとでも思ったのかもしれぬ。しかしここ十日ほど天気が良い。今日も雲一つ無い晴天だ。雨が降る気配は無い。

「持久戦は出来ぬな」

義兄が渋い表情で言った。

「ははは、何を今更。それが出来るくらいなら籠城戦を選びました」

敢えて笑うと義兄も笑った。

「はははは、そうだな」

本来なら城に籠もり雪が降るのを待つべきだ。だが葛西、大崎には上杉勢が迫っている。上杉勢が葛西、大崎領に入れば大崎左衛門佐、葛西左京大夫は間違いなく離脱するだろう。両者とも皆と共に戦うと虚勢を張っているが内心では戻りたがっているのだ。そして大樹公もこちらに迫っている。兵が嵩むのを待つ事は出来ない。

チラッと横に立つ義兄を見た。今のところ裏切りそうな気配は無い。だが裏切る事を躊躇うとも思えない。そんな義兄と共に相国様の軍を如何迎え撃つかを話している。思わず苦笑が漏れた。

「如何した、先程から笑ってばかりだが」

義兄が驚いている。その事が益々顔を綻ばせた。

「いえ、流石に手強いと思ったのです。喉を締め上げるように追い詰めてくる」

「そうだな」

今度は義兄が顔を綻ばせた。

「気勢が止みましたな」

「うむ、止んだ」

多分相国様が止めさせたのだろう。逸る味方を抑えたのだ。今頃はこちらをジッと見ているのかもしれないと思った。

「義兄上、多少不利でもこちらから仕掛けねばなりますまい」

「それは分かるが……」

義兄の口調は重い。賛成しかねている。

「夜明け前に兵を動かし距離を詰め夜明けと共に突撃する。それなら鉄砲での攻撃も十分には出来ますまい」

「……そう上手くいくか?」

「分かりませぬ。しかし今のままでは……」

いずれは自壊する。義兄もそれは分かっている筈だ。義兄が大きく息を吐いた。

「こちらから動くしか無いか。……軍議を開くか?」

「はい、皆を呼びましょう」

儂が先陣を切ると言わなければならんだろうな。あとは誰がそれに付いてくるかよ。最悪の場合は伊達勢二万の兵だけで突っ込む事になる。

禎兆七年(1588年) 十一月上旬 出羽国置賜郡笹野村 笹野山 氏家守棟

「殿のお戻りにございます」

小姓の声の後、主最上源五郎様が鎧の音をさせながら姿を現した。

「軍議は如何でございましたか?」

問い掛けると主が”うむ”と頷いた。表情が厳しい。

「戦は明日の朝、卯の正刻から始めると決まった」

周りの男達がざわめいた。

「卯の正刻? それは早うございますな。朝駆けでございますか?」

未だ夜明け前だが……。

「夜明け前に兵を動かし夜明けと共に敵に攻めかかり不意を突こうという事だ。まあ不意を突けるかどうかは分からんがな。上手くいけば鉄砲の被害を軽減出来よう。夕餉は明日の朝の分の米も炊け。明日の朝はそれを喰ってから戦う事になる。兵達に準備させよ」

「はっ」

何人かが足早に去った。

「尾張守と話す事が有る。皆、外せ」

周りから人が居なくなると殿がどっかりと床机に腰を下ろした。手近に有った床机を取り殿の傍に座った。

「遠慮の無い奴だな」

「何分歳でございます。地面に直に座りますと冷えますな。お許しを願いましょう」

殿が”ふん”と鼻を鳴らした。

「何かございましたか?」

殿が視線を逸らした。

「伊達左京大夫は死ぬ気だな。先陣を切ると言ったわ」

「伊達が裏切ると噂が流れましたからな。皆を一つに纏めるには自分が先陣を切るしか無いと思ったのでございましょう」

殿が顔を顰めた。

「他人事のように言うな。噂を流したのは儂だぞ。……少し追い詰めすぎたかな?」

「後悔しておいでですかな?」

殿が曖昧な表情で頷いた。

「ま、多少な。良い男だからな。斯様な時で無ければ頼りになる義弟であったろうよ。それを思うとな」

「……」

「もっとも奥州勢が勝つには伊達勢二万が死に物狂いにならなければ難しいのも事実だからの、已むを得ぬ」

「死に物狂いになれば勝てましょうか?」

問い掛けると殿が顔を顰めた。

「難しいな。その方も向こうを見たのであろう?」

「はい、山の上からですとよく見えますな。鶴翼の陣で中央の奥深くに相国様が一万ほどの兵を率いています。その前に前備えとして五千ほどの兵が居りますな。あれを突破して相国様の本陣に攻めかかるのは相当に難しいかと思いますぞ」

「……」

「夜明け前に攻めかかるというのもそれを考えての事でしょうが手こずっている間に両側の翼に叩かれかねませぬ。一つ間違うと後ろを塞がれ包囲されます。袋叩きですな」

殿が”そうだな”と頷いた。

「……伊達に続く者が居りましょうか? さすれば多少は違うと存じますが」

「相馬が続く。あれは長年伊達と争って来たからな。伊達には負けられぬという意地が有るらしい。左京大夫が先陣を切ると言ったら自分が先陣を切ると言ったわ。どちらも退かぬのでな、儂が仲裁して二人が先陣となった」

「左様で」

相馬孫次郎か。さて、どうなるか……。戦は上手いが兵力は二千に足りぬ。せめて五千ほども有れば……。

「儂には良く分からんが良い男ばかり死ぬ事になるな」

「……他に死を覚悟したお方は居りませぬか?」

兵が足りぬと言外に言うと殿が”ふん!”と鼻を鳴らした。

「どれも周りの顔を窺うばかりよ。死ぬ覚悟は有るまい。大崎と葛西は相手の顔ばかり見ていたな。上方勢を目の前にしてもあれだからな。死ぬ覚悟など有るまいよ」

「……」

「余程に伊達が優勢に攻めれば続く者が出るかもしれぬが……」

「……裏切りますか?」

殿が顔を顰めた。

「儂に言っているのか?」

「いえ、左衛門佐様、左京大夫様ですが」

殿が更に顔を顰めた。

「それか。十分に有り得るな。隙を見て相手を叩く。それをもって功として認めて貰う。相手を蹴落とせるし朽木に恩も着せる事になる。一石二鳥よ」

「なるほど、それが有りましたか。某はお二方が伊達勢の後ろを撃つかと訊いたつもりでしたが……。確かにその方が手としては上ですな」

「そうであろう」

殿が満足そうに言った。

「しかしそれではお二方とも形だけでも上方勢に攻めかかるという事は出来ませぬな。伊達様も頼りにならぬ味方を持ったもので」

殿が顔を顰めた。

「うむ。当てには出来ぬ」

兵が足りぬな。分かっていた事だが相当に厳しい。となれば……。

「相国様に使いを出しますか? 奥州勢が明日の早朝に攻めかかると」

「……」

考え込んでいた殿が息を吐いた。

「止めておこう。今使者を出せば最上は裏切ろうとしていると周囲に覚られかねぬ」

「御本心でございますかな?」

問い掛けると殿が首を横に振った。

「尾張守、儂はな、最上を守るためなら手段を選ばぬ。伊達も大崎も儂の縁者だが裏切る事に何の痛痒も感じぬ。それで伊達と大崎が滅びてもだ」

「はい」

「だがな、伊達が滅びる事を望んでいるわけではないぞ。奥州が踏みにじられる事を望んでいるわけでもない。已むを得ぬ事だと思っているだけだ。そして伊達左京大夫が相国様を討ち取る可能性が無いわけでも無い」

「なるほど」

殿が頷いた。確かに可能性は有るが……。大崎は滅んでも構わぬか。

「左京大夫が相国様に何処まで迫れるか、裏切るのはそれを見届けてからよ」

「存分に戦わせようとのお考えで?」

「うむ、左京大夫が奥州人の意地を見せるというのじゃ。邪魔はすまい。……甘いと思うか?」

「某も奥州人でございますからな。止めは致しませぬ」

殿がホッとしたように頷いた。裏切るなら伊達の後ろを突くのではなく大崎、葛西を叩く事だな。それなら殿も負担には思うまい……。

禎兆七年(1588年) 十一月上旬 出羽国置賜郡笹野村 朽木基綱

奥州勢八万が目の前に居る。壮観だな。多分、これから起こるのは戦国最後の戦いになる筈だ。そして奥州の、日本の未来を決める戦になる。それを思うと不思議な気分になる。俺が天下を統一しようとしている。その事が今一つ信じられない。この時代に生まれて四十年だ。良くやったよ。最初は生き残る事で精一杯だった。朽木谷八千石の国人だったからな。天下なんて望んでいなかった。天下を目指すようになったのは足利と敵対するようになってからだ。となれば二十年近く前だな。長かったのかな? いや、俺は未だ四十なのだから短かったのか? 良く分からんがようやくここまで来た……。

「如何なされました? 先程から笑っておられますが」

重蔵が問い掛けてきた。そうか、俺は笑っていたのか……。

「いや、随分と遠くへ来たものだと思ったのだ。重蔵なら分かるだろう?」

問い掛けると重蔵も顔を綻ばせた。

「左様でございますな」

二人で笑った。

「出会ってから三十五年か。重蔵は俺が天下を取ると思ったか?」

「とてもとても」

重蔵が首を横に振った。

「そうだろうな」

「はい」

また二人で笑った。あの時、俺は俺の手足となって動く忍びが欲しかった。身代が小さい朽木には耳敏い事が生き残るために必要だったのだ。伊賀甲賀と関係ない忍び。重蔵が来てくれたのは本当に幸運だった。重蔵無しでは俺はここまで来れなかっただろう。

「最後まで付き合って貰うぞ」

「勿論でございます」

後世の歴史家達は重蔵の事を俺の影、俺の陰の部分を知る男と評するのだろうな。重蔵を主人公にした小説も生まれるのかもしれない。多分、戦国時代でもっとも有名な忍者として知られる事になるのだろう。

「重蔵、奥州勢は来るようだな」

「はい。大殿を待っていたのでしょう」

敵陣から煙が上がっている。随分と盛大に飯を炊いているようだ。

「父上、それは?」

三郎右衛門が問い掛けてきた。その隣で四郎右衛門、三好孫六郎も訝しげな表情をしている。

「敵陣を見ろ。何処も盛大に飯を炊いている。夕餉だけでは無いな、明日の朝の分も炊いているのだろう」

三郎右衛門、四郎右衛門、孫六郎が目を凝らして敵陣を見た。

「その方らも川中島の話は知っているな。敵陣から上がる炊飯の煙で夜襲を察知した」

息子達が知っていると口々に言った。

「明日の朝は飯を炊いている暇は無いという事だ。忙しくなるぞ」

興奮するなよ、倅共。……あれが笹野山か。山の形はそれほど険しくないな。あの山に最上源五郎が居る……。笹野山からも炊飯の煙は盛んに上がっているが源五郎からは何の連絡も無い。裏切るとは言っているが積極的にこちらに味方をするつもりは無いらしい。状況次第で勝ちそうな方に付くつもりだろう。しかしなあ、そういうやり方は信用されないんだという事を最上源五郎は分かっているのかな? 戦国が続くのなら良いが戦国は終わるんだが……。

「皆を集めよ。軍議を開く」

敵は全軍で来る。そう仮定しよう。夜討ちでは同士討ちの危険性もある。となれば朝駆けだ。夜更けに移動して夜明けと共に攻撃の可能性が高い。さて、如何もてなすかな。