軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

98:黄昏の少し前

山々が燃えるような赤や、美しい黄色に染まっている。

空は毎日それを見て歩きながら、今日が一番綺麗だと思うのに、次の日になるとやっぱりもっと綺麗だ、と感じる事を不思議に思う。

「きれいだねぇ」

と呟くと隣にいたヤナがうむと頷きつつ、少しだけ残念そうな顔をした。

「この前の台風で葉が大分散ったから、今年は少し見劣りするのだぞ」

「これで? すごいきれいなのに……」

「いつもはもっと綺麗なのだぞ? 来年は見れると良いな」

都会育ちの空にとっては、山の紅葉はもう十分に美しかった。

空は美しい山々を眺め、今朝まだ暗い時間に出かけた幸生のことを思った。

「じぃじ、いまどのへんかなぁ」

「そろそろ大分奥についておるだろ。心配せずとも今日中には帰ってくるぞ」

今日、幸生はこの間の台風の影響や黒槍鬼ヤンマの生息域の調査のため、村人何人かと一緒に山奥に出かけているのだ。

幸生の他にも和義や良夫などもかり出されているらしい。

「夜には帰ってくる。皆、健脚だからな」

「うん」

ヤナはそう言って、足下にひらりと落ちてきた真っ赤な木の葉を一枚手に取った。

鮮やかな赤が目に眩しいようなもみじの葉だ。

ヤナはそれをくるくる回して眺めたあと、またひらりと風に流し、山の方に視線を向けた。

「紅葉も、もうすぐ終わりだ。葉が散ったらもう冬だぞ」

「ふゆかぁ……ここって、ゆき、ふる?」

「そこそこ積もるかの? その年によって違うが」

積もると聞いて空は嬉しそうな笑みを浮かべた。

「ぼく、つもったゆき、みたことない!」

「そうかそうか。ならヤナと……いや、ヤナは囲炉裏の傍におるから、雪乃と雪遊びするが良い」

「ヤナちゃん、さむいのだめだっけ」

「うむ。ヤナは寒いのは好かぬ」

空も東京にいた頃は、寒い冬はいつにも増して体調を崩すので苦手だった。

しかし今なら大分健康になったのできっと大丈夫だろうと思う。外に出る時も善三特製の草鞋には全気候耐性という非常識な魔法効果が付与されているので、寒さもさほど感じないかもしれない。

「ゆき、たのしみ! ぼくねー、かまくらっていうの、はいってみたい」

「それなら二人に頼むが良いぞ。雪乃と幸生がきっと張り切ってすごいのを作ってくれるぞ」

「ほんと? じゃあおねがいする! そんで、かまくらで、あったかくておいしいもの、たべるんだ!」

すごいかまくらの感動は、食い気に負ける予感しかしない。

空は楽しく美味しかった秋を振り返り、まだ見ぬ冬を思ってくふふ、と笑った。

米田家の食料庫には米を始めとした穀物の袋や、色々な芋やカボチャの類、栗や銀杏などの木の実や、干し柿やリンゴなどの日持ちのする果物が、それぞれ袋や箱に詰められてどっさりと保存されている。

そのほかにも、様々な漬物や加工品の瓶なども壁際の棚に所狭しと並んでいるし、地下の氷室にも鮭などの魚が沢山保存されている。

冬越しのための沢山の食材が米田家にはたっぷりと積み上げられ、空に食べられる日を待っているのだ。

「もうすぐ冬野菜も採れるのだぞ。空、大根の収穫は手伝うか?」

「うん! ……あ、だいこんって、なんかこわかったりする?」

元気よく返事をした後で急に不安になって問うと、ヤナは首を横に振った。

「大根は別に逃げ出したり、暴れたりはしないのだぞ」

「ほんと? よかったぁ」

「うむ。引っこ抜くときにびっくりしてちょっと叫ぶだけだ。害はない」

「……そっか」

ファンタジーにそんな架空の植物があったような気がする。

(……叫び声を聞いて、死んだりしないならいっか)

空は一つ頷いて、耳栓を用意しておこうかなと思いながらまた山を見上げた。

魔砕村に来てから半年をとうに過ぎ、空も段々と順応して図太くなりつつあるのだった。

その頃。

村から遠く離れた山奥では、調査に行った幸生らが難しい顔で、一本の大木を見上げていた。

その大木は元は大きかったのだろうに、今は中程より少し上から完全にへし折れて半分ほどの長さになってしまっている。

さらに、その折れた場所の付近や、傍に落ちた上の部分は真っ黒に焼け焦げていた。

多分、相当大きな雷が落ちたのだろう。下の方にかろうじて残った僅かな葉はまだ緑だったが、ほぼ死んでいるのが一目で分かってしまう有様だった。

その木は奥山に数柱いる山神や、ヌシと呼ばれるような力ある存在ではなかった。

しかしその一柱の子株であり、いずれはヌシやそれに近い力ある存在になれる可能性を秘めた精霊が宿る木だったのだ。

黒槍鬼ヤンマの生息域であるこの山は、とある山神の領域として結界で隔てられている。そのあちこちにこの木のような子が散らばり、それを維持する中継機のような役割を果たしていたはずだった。

「やっぱり、これが折れたことが、トンボが領域から出た原因みたいですね」

周囲を確かめてきた良夫が、戻ってきてそう報告した。

「ここにちょうど穴が空いたようで……ちょっとくぼんでますけど、結界の修復はかろうじてされてるっぽいです」

「そりゃ良かった……と言いたいところだがよ。参ったな」

修復がされている以上、新たなトンボや他の獣が村や他の山に移動する可能性は低い。しかし和義を始め、そこにいる誰もが難しい顔をしていた。

問題は、結界の穴や、死んだ木ではないのだ。

「この木には……もう中身がない」

幸生がぼそりと呟く。

木の残骸からは、力ある存在の気配はもう感じられない。あるのは、ごく僅かな力の残滓のみ。

そして、ここにいる誰もが知っていた。

器が損なわれたからといって、すぐに死ぬような存在は、精霊とは呼ばれないのだと。

「……中身は、どこに行った?」

「……」

どこかに移動したそれが、新たな器を見出したのならそれはそれで良い。

しかしその確率を考えて、皆の顔が暗く曇る。

「すぐ村に戻るぜ。アオギリ様に、ご報告しなけりゃならねぇ」

和義の言葉に誰もが即座に頷いた。

「“なりそこね”が、出るかもしれねぇ」

ひゅう、と音を立てて風が吹き、居並ぶ暗い顔を撫でて過ぎて行く。

紅葉の終わりかけの山奥の空気は、ひどく冷たく感じられた。