軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

70:稲刈りの朝

空の力が不安定になってしまってから数日。

秋晴れの美しい青空の下、憂鬱そうにそれを見上げる幼児が一人。

「はぁ……」

空はどんよりした顔で年と天気に似合わぬため息を吐いた。

「空、ため息を吐くと幸せが逃げるぞ」

「ピッ!」

横に立つヤナが宥めるように空の頭を撫で、肩の上のフクちゃんも同意するように高く鳴く。

「だって……またおさら、わっちゃった……」

今日の朝食の席で、空は可愛い花柄の小鉢を一つ割ってしまった。

箸やスプーンを丈夫なものにしてもらってこれで一安心かと思いきや、そんな事は全く無かった。

空はまだ手が小さくて、箸で食べ物を上手に摘まむことができない。なので煮物などは箸やフォークで刺したり、スプーンで掬ったりして食べている。

朝食の献立は納豆ご飯とナスと揚げの味噌汁、青菜を混ぜた卵焼きにジャガイモの煮っ転がし、それに色々な野菜のお漬物。

機嫌良くそれらを食べている途中で、空は小鉢に盛られた芋の煮っ転がしを箸で刺そうとして、勢い余って小鉢の底を突いてしまった。

それにより、善三作の箸はびくともしなかったが、付与の無い普通の器はパカリと三つに割れてしまったのだ。

バラバラになった花模様、破片があったら危ないからと捨てられた煮っ転がし。空はそのどちらも悲しく見送った。

「気にするなと言うのに。物を大事に思うのは良いことだが、わざとでは無いのだからそう気に病むな」

「うん……」

そう言われて頷いたものの、皿やどんぶりをもう何枚も壊しているので、どうしても申し訳なさが先に立つ。

「近いうちに善三が竹で簡単な器を作ってくれるそうだぞ。幸生が自分も手伝うからと押しかけてうっかりやらかしたらしいから、すぐ届くだろう」

「やらかす……?」

ヤナの言葉に空が顔を上げると、ちょうど玄関からその噂の本人が顔を出した。

その幸生の姿を見て、空は不思議そうに首を傾げた。

出てきた幸生が今日はいつもの作務衣や着物と大分違う格好をしていたのだ。朝食の時は普通に着物姿だったので、それから着替えたらしい。

今着ているのも着物には変わりないのだが袖が邪魔にならないようたすき掛けをし、下にはすねの辺りがきゅっとすぼまったような形の袴を穿いている。その上から草鞋をしっかりと履き、腕には金属と革で出来た手甲を着け、額には金属板の付いた鉢巻きのような物を巻いていた。

「じぃじ……なんか、いつもとちがう?」

(かっこいいけど、時代劇に出てくる人みたい)

見慣れない祖父の姿に首を傾げる空に、ヤナが頷く。

「今日は稲刈りだからな! 幸生も気合いを入れたのだぞ!」

「いねかり」

(……もしかしてまた刈りじゃなくて狩りなの!?)

今日は皆でおでかけだとしか聞いていなかった空は、その言葉にぽかんと口を開いた。すると玄関の向こうから、お待たせ、と声が掛かる。

「ごめんなさいね、用意に手間取っちゃって」

「大丈夫だぞ。空とお喋りしていたからの。今日は天気も良いし、稲刈り日よりだな」

「本当ね。空、じぃじったらすっごく張り切ってるのよ。一緒に応援しましょうね!」

「う、うん……」

まるで、旅に出るかちょっとした戦(そんなものがあるのかは知らないが)にでも行く武士のような、時代がかった幸生の格好に空はちょっと怯えつつも頷いた。

雪乃の方は至っていつも通りのお出かけ時の軽装だったので、そこだけは少し安心できる。

「空、行くぞ」

幸生はそう声を掛けるといつもの通りさっと空を高く持ち上げ、肩車をしてくれた。しかしそれに慌てたのは空の方だった。

「じ、じぃじ! ぼく、ぎゅってしちゃうよ!」

力が不安定な自分がいつものように掴まったら、うっかり幸生の髪をむしったりしてしまうかもしれない。そう思って空は慌てたのだが、幸生は全く気にせず空の足をしっかりと抱えた。

「俺はそんなに柔じゃない。しっかり掴まっていろ」

「そうよ、空。心配ならじぃじのしてる鉢金を掴んでたらいいわ」

「でも……じぃじ、いたくない?」

「ああ」

強く頷かれ、空はおずおずと手を伸ばして、できるだけそっと鉢金を掴んだ。

そんな遠慮がちな孫の足をとんとんと宥めるように叩き、幸生はゆっくりと歩き出す。

「痛ければ、そう言う。それだけの話だ」

「そうね。それに、じぃじは丈夫だから空がちょっと掴んだくらいじゃ毛も抜けないわよ」

優しい二人の言葉に、空の顔にもようやく笑顔が戻る。

空は嬉しそうに頷くと、幸生の頭にきゅっと抱きついた。

「ありがと、じぃじ!」

「ああ……む、お前もか」

「ピピッ」

ぽすりと頭に降ってきた軽い感触と、高い鳴き声に幸生が僅かに眉を上げた。空が持ち上げられた時にさっと避難していたフクちゃんが、バサバサと羽ばたいて幸生の頭の上に飛び乗ったのだ。

「フクちゃんもいっしょにいくの?」

「ピッ!」

さっと片羽を上げてフクちゃんがそれに答える。

幸生は急に賑やかになった自分の頭の上に、僅かに口の端を上げた。

「じゃあヤナ、お留守番お願いね」

「ああ、任せるが良いぞ。いってらっしゃい」

「いってきまーす!」

空は振り向いてヤナにパタパタと手を振る。ヤナも手を振り返し、三人と一羽を見送って、それから眩しそうに天を仰いだ。

「今日は本当に良い天気だな」

その言葉の通り、高い空はまさに稲刈りのために用意されたような晴天だった。