軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

39:おかしな緑と紫

「子供達、トマトはもう良いぞ」

「はーい」

「ちょっと取り過ぎたか……トマトは子供の素直な褒め言葉に弱いな」

三つ分近く埋まってしまった籠を見て、ヤナがストップをかけた。

まだ青いトマトや半分赤くなったトマトはあるけれど、そのまま放っておけばしばらくの間は変わらずぶらさがっているらしく、また日を改めて収穫すると言うことらしい。

「次はキュウリを少し収穫しておくれ。トゲがあるから気をつけてな」

ヤナの言葉に明良と結衣がはーいと良いお返事をして走って行く。空も後を追い、キュウリの畝へと走り寄った。

キュウリは、斜めに組まれた二本の支柱とその間に渡した横方向の支柱、そしてそこに張られたネットでしっかりと支えられ、縦横に絡みつくように広がっていた。大きな葉っぱがゆらゆらと微かな風に揺れている。

「この所の雨降りですっかり大きくなってしもうたな」

ヤナはそう言うが、大きな葉っぱに隠れてキュウリの姿は良く見えない。空は下から覗き込むようにしてキュウリの棚を見上げた。葉っぱの一枚一枚が空の手のひらどころか、顔くらいある。

空は奥が見たくて、そのうちの一枚に手を伸ばして、ひょいとめくろうとした。

するり。そんな擬音で表現できそうな動きで葉っぱが逃げた。

「……?」

風で揺れたのかと思い、もう一度手を伸ばす。しかしその手はやっぱり空振りした。

首を傾げてキュウリの棚をもう一度見上げる。しっかりと張られたネットには太さが様々なつるがしっかりと絡まり、あちこちに細い巻きひげがしっかりと絡みついている。

空は目の前の支柱に絡んだ巻きひげをじっと見て、指先でつんと突いた。

「……うごく? うごかない?」

葉っぱに逃げられた気がしたのは気のせいだったのだろうかと首を傾げる。けれど何となくもう一度手を伸ばすのは気が引けて、取りあえず目の前のつるを観察することにした。

考えてみればキュウリもトマトも、生えている所を見るのは前世も含めて空は初めてなのだ。

大きな葉っぱに、ぐねぐねと曲がりくねったつるも、あちこちに絡みつく巻きひげもよく見れば面白い。茂った葉っぱの奥を覗き込めばちらちらと細長いキュウリが見える。

空は巻きひげをもう一度つんとつついて、巻き付いた場所からひょろりとはみ出たその先をきゅっと摘まんだ。

「くるくるだね。こんなにくるくるで、きゅうりさんめがまわらないかな」

軽く引っ張るとぴよんぴよんとゴムのように伸びる。

「すごくのびるんだねぇ」

面白いなぁと優しく引っ張ったり戻したりしていると、不意に視界に何か緑色のものがにゅっと割り込んできた。

「ひゃっ?!」

ビックリして巻きひげから手を放すと、その緑の何かがずいっと更に近づく。空は思わず一歩下がって、その緑のものをまじまじと見つめた。

「……きゅうりさん?」

目の前に割り込んできたのは立派に育った青々としたキュウリだった。太くて長くて、食べ応えがありそうだ。

空が上を見ると葉の間から出てきた一本のつるがその実を支えている。ビックリして見上げていると、早く取れとばかりにまたずいとキュウリが差し出される。

「も、もらっていいの?」

空は恐る恐る細長い実に手を伸ばした。

「あっ、いたっ!」

しかし触れた途端、新鮮なキュウリにつきものの鋭いトゲが柔らかく小さな手に刺さる。

空が手を引っ込めると、キュウリもまた焦ったようにつるを引っ込めた。すると次の瞬間、キュウリの実に沢山生えていたトゲがしおしおと萎れていく。やがてすっかり危険の無くなったキュウリがまた空に差し出され、空はもう一度それをそっと手に取った。

「いたくない……きゅうりさん、ありがとう!」

しっかりと握るとプチッと音がしてキュウリがつるから切り離された。トゲは萎れたが、皮はつやつやしているし瑞々しくて美味しそうだ。けれどずっしりと重くて、空の細い腕では一本持つのがやっとだった。

空はキュウリを落とさないよう大事に胸に抱えると、近くにあった籠を目指して歩いて行く。その途中で、キュウリの棚の反対側にいた明良と結衣の姿が見えた。

「せーの、あっちむいてホイ! ホイ! ホイ! ホイ! ホイ! あっ、おれのかちー!」

明良はキュウリのつると高速あっち向いてホイをし、勝ったらドサドサと沢山のキュウリを貰っていた。

「だからね、くるくるするのもかわいいけど、ちょうむすびがいちばんだとおもうの! そうそう、そんなかんじ! もっといっぱいでもいいとおもう!」

結衣はキュウリに可愛さのアドバイスをして巻きひげを蝶結びにさせている。そしてそのお礼にキュウリを貰っていた。

「…………」

(キュウリってなんか変……いや、変じゃない植物はここにはいないんだった……そろそろ慣れたいな、僕)

籠にそっとキュウリを置きながら、丁度収穫したナスを置きに来たヤナを空は見上げた。

「ねぇヤナちゃん……きゅうりさんて、なんできゅうりくれるの?」

「ん? ああ、いやどちらかと言えばキュウリは本当はちと気難しくて、近寄る人間を選ぶのだぞ。気に入らないとつるでひっぱたかれたり、足を引っかけられたりするんだ。ただ何故か子供と遊ぶのが好きでな。子供相手なら気に入ると実をくれる。お喋りするだけでも楽しいらしいぞ」

空はその言葉になるほどと明良達の方を見た。

「ヤナも子供の姿をしてるからまぁその範囲だが……今日は子供が三人もおるからな」

「ヤナちゃんがとるとき、どうするの?」

「適当に最近の天気の話とかしてるぞ。気が済むとキュウリをくれるのだ」

「そうなんだ……じゃあじぃじは?」

「幸生はまぁ、世話をしてる人間だからな。ちゃんと信頼されてるぞ。キュウリはトマトほど臆病ではないし。幸生が黙って籠を差し出すとそこに何本も入れてくれているな」

空は振り返って別の作物の所にいる幸生の姿を見た。

同じように高く作られたエンドウ豆の棚のところで、豆のさやをむしっているようだ。くねくねとつるを動かして逃げようとする豆相手に、幸生は全く動じずさやを収穫している。空には見えない速度で手を動かしているらしく肘から先がぶれて見えない。その足下の籠には次々と豆が落ち、どんどん山盛りになっていく。

「じぃじ、すごいねぇ」

「ああ、すごいぞ。さ、空、もうキュウリはあの二人に任せても良かろう。ナスでも見に来るか?」

「うん!」

ナスの畝はさっきのキュウリよりは背が低い。

空は畝の間にできた通路を端から端までナスを探してとことこと歩き、それから振り返って不思議そうに首を傾げた。

「ヤナちゃん……なす、ないよ?」

ナスの葉はキュウリほどぎゅうぎゅうに混んでいない。茎もはっきり見えているのでナスがぶら下がっているのも見えるだろうと空は思っていたのだが、どこにも実がなっていないのだ。

空がそう言うと、ヤナがふふ、と笑う。

「ナスは姿を隠すのが上手いのだぞ。葉と葉の間をじっと見てみると良い」

「かくれてるの?」

空は言われたとおり葉っぱの奥をじっと覗き込んだ。前世の記憶から、何となくこの辺にあるんじゃないかと思う場所を探してよく見ていくがやっぱりわからない。いや、まぁ前世もナスが生えているのを実際に見たことはないようなので、ただの勘に近いのだが。

しばらくあちこち見回して、空は白旗を揚げた。

「ヤナちゃん、わかんない」

「あはは、ほら、ここだ」

空がギブアップすると、ヤナが手を伸ばしてひょいと何もない空間をつかんだ。するとその手にパッと紫色のナスが現れた。

「ええっ、なんで!?」

「ナスはかくれんぼが得意でな、透明になって姿を隠してるんだ」

「えー! そんなのずるいー!」

ヤナの握るナスは立派に育って紫色でつやつやしている。ヘタのトゲも痛そうだ。こんな主張の激しい姿なのに、普段は透明になって隠れているなんて。空は見つけられなくてちょっと悔しくて、頬をぷくりと膨らませた。

「コツがあるのだ。ほら、空。ここを見てみろ。よーく目を凝らすとちょっと空気がゆらゆらしているみたいに見えるのが分かるか?」

空はヤナの指さす場所をじっとみた。瞬きもせず頑張って見つめていると、しばらくすると確かにゆらりと陽炎のようにナスの茎が一瞬揺れた。

「なんか、ゆらっとした!」

「お、見えたか。じゃあ他の所も見て、探してごらん。ゆらっとした所の下の方を触るんだぞ、上はトゲがあるからな」

「うん!」

空は勢い込んで隣のナスの葉をかき分け、じっと目を凝らす。じっくりと時間をかけて見ると、やがてゆらっと空気が揺れた場所が見つかった。そこの下の方に向けて、そっと手を伸ばす。

ひたり、と冷たくてつるつるしているものが空の小さな手に触れた。

「あっ!」

触れた途端、その手の先にすぅっとナスが現れた。かくれんぼに負けたとでも言うように。

「なすさん、みっけ!」

「お、よく見つけたな! じゃあ上を切るぞ」

チョキン、とハサミでヘタの上が切り取られ、空の両手にナスが落ちてくる。

「やったー! すごいおっきい!」

初めて見つけて取ったナスは、空の顔より長くて大きかった。ヤナが取ったのと同じく、鮮やかな紫色でつやつやしていて美味しそうだ。空はしっかりと両手で抱えて嬉しそうに笑った。

「良かったな空。ふふ、何して食べる?」

「なす……うーん、おみそしるもすきだけど……あ、おみそと、さとうのあまじょっぱいやつ! あれがいい!」

「ナスの味噌炒めかな? よし、じゃあ雪乃にそう言っておこうな」

「えへへ、ぼくのとったなす、おいしーといいな!」

「きっと美味しいぞ。ナスも喜ぶな」

手の中のナスはもう姿を隠さない。空はナスを人形みたいに抱えるとそのすべすべした肌を手で撫でる。

「おいしくなーれ!」

今日のお昼ご飯がもう楽しみで、空のお腹がぐぅと音を立てた。