軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

35:はた迷惑な合コン

最近、雨が少しずつ増えてきた。

「空、今日の散歩は庭だけにしよう。雨が降りそうだからの」

「うん。ヤナちゃん、あめ、いつふるの?」

「そうだの……この分なら昼前にはぽつぽつ降り出すだろ。一応合羽を出しておくか」

この村の梅雨は割と遅く、六月の後半から始まり、七月の頭が本番でその終わり頃まで続くらしい。蛍もまだ出ているが雨が多くなると数が少なくなるので里まではあまり来ないらしく、雪乃の出動も減ってきた。

空は膝までの半ズボンに半袖のTシャツを着せて貰うと、その上から鮮やかな緑色の雨合羽を着せて貰った。これは先日雪乃が友人に作って貰ったと言って空にプレゼントしてくれた物だ。

「大王アマガエルの皮だから、大雨でも大丈夫よ!」

などと言っていたので、空は素材のことは深く考えないことにしている。軽くて蒸れないのに雨は通さないので、それだけで十分だった。

「空は水色が好きだから、緑より水色のを探して狩れば良かったかしら」

などと雪乃が呟いていたのも空は聞こえないふりをしておいた。色違いはどうやらレアらしい。

ヤナと一緒に玄関に回って靴を履く。緑色の真新しい長靴だ。これも同じ素材で出来ているらしいが、ちゃんと裏地が貼ってあるので足を入れてもカエルっぽさはない。空は気にしないようにしつつ長靴を履くと、ヤナに手を繋がれて外に出た。

上を見上げれば曇り空で、まだ雲は薄いが空気が少しひんやりと湿っている気がする。こちらに来て空も少しずつだがそういう事に気がつくようになってきた。

庭を回るだけなのでヤナに手を放して貰い、空はとことこと一生懸命歩く。

空の足も段々と速くなり、歩ける距離も伸びているので散歩が楽しい。裏庭へと回ると畑の作物も随分と育っていて、田んぼを見に行けなくてもそれを眺めるのも空は好きだ。

「みずたまり、いっぱい」

「ああ、夜にも雨が降っておったからの。空、この庭の水たまりだったら飛び込んでも良いぞ」

ヤナのその言葉に空は首を傾げ、不思議そうに彼女を見上げた。

「おにわのはいいの? おそとのはだめ?」

汚れても家なら大丈夫だからかなと空が思いつつそう聞くと、ヤナは頷いた。

「うむ。外の水たまりはたまに変なところに繋がっておるのがあるのだ。この庭はヤナが守っておるからそんな事はない。安心だぞ」

自慢げにニコニコしているヤナの顔を空は口を開けたまましばらく見つめ、それから足下の水たまりに怖々と視線を落とした。

「これは、だいじょぶ?」

「大丈夫だ。パシャンとやっても平気だぞ。子供はそういうの、好きだろう?」

「やったことないから、よくわかんない」

とりあえず大丈夫と言うのならやってみようかと空は恐る恐る足を出した。ぴしゃりと波が立ち、足がちゃんと水たまりの底につく。分かっていても空はホッと息を吐き出した。

「空は慎重だな。だが、良いことだ。えらいぞ」

頭を撫でられて空はえへへと笑う。水たまり一つにドキドキさせられるなんて流石田舎だと思ったが。

「へんなとこにつながると、どうなるの?」

「うーん、その時々だが……そういうのは大体は妖精とか妖怪とか、なんか変なもんのいたずらだったりするから、そいつの住処やちょっと離れた所に飛ばされるとかそんな感じだな。まぁ、そういうのを見張る役目の大人もおるからちゃんとすぐ助けや迎えが来るぞ」

「そうなの? よかったぁ」

絶対水たまりにははしゃいで飛び込まない事を空は心に決めた。もし踏み込んで底がなかったらそれだけでちびる自信がある。

気にせず遊ぶのはこの庭だけにしようと思いつつ、空はパチャパチャと水たまりを踏み越え庭の端へと向かう。畑と塀の間の何もなかった場所に近づくと、そこには綺麗に一列に並べられた幾つもの石がある。

「まださかないねぇ」

それは結衣がこの庭に遊びに来る度に集めていた、ピンクっぽい色のミケ石だった。いくつかは結衣が持ち帰ったのだが、大半はここに置いてある。この夏辺りに花になりそうな石を集めたらしいのだが、今のところまだ咲く気配はない。

咲いたら見に来るから教えてと言っていたので、空は散歩のついでにこうして時々見に来ているのだ。

「もう少しだな。もっと暑くなってからかな……夏の方が魔素が増えるからの」

「そうなの? なんで?」

「夏になるとお日様の光をたっぷり浴びて、木々も草花も勢い良く葉や枝を伸ばしてぐんぐん大きくなる。そうするとその途中で魔素を多く放出するのだぞ。それがまた他の生き物を育てるのだな」

「すごいんだねぇ」

植物が酸素を出すみたいに魔素も出すのかな、と思いながら空はまだ固い石を見た。ピンクの石の近くには青や緑、黄色など他の様々な色のミケ石も置いてある。たまに数が減っている事があるのだが、それは空の知らない間に姿を変えて出て行ってしまったという事らしい。ちょっと残念だ。

「あ、カエル」

不意に草むらの影からぴょんと小さなカエルが飛び出した。空の手の平に乗りそうなくらい小さい、薄緑色のアマガエル。目を疑うくらい大きな生き物がいるかと思えば、こんな小さな生き物も一応いる。それが空には逆に不思議だ。

「捕まえるか?」

ヤナが聞いてきたが、空は首を横に振った。

「ぼくね、かえる、ちょっとにがて」

「そうか? こんな小さいのに何でだ?」

「なんか、ひんやりぺたぺたしてて、ぴょんてするし。あと……こえ、びっくりしたよ」

空が不機嫌そうに唇を尖らせてそう言うとヤナはああ、と頷いた。

そう、田植えが終わり田んぼに水が張られてしばらくしてからの数日間、空は夜にあまり良く眠れなかった。あの日々を思い出すと空は何だかカエルを見たくなくなるのだ。

「ばぁば、なんかへんなおとする」

空がそう言って雪乃に訴えたのは、田んぼに水が張られてしばらくたったある夜のことだった。

「へんなおと?」

「おそとから……うるさくて、ねれない」

そう言って眠そうに目を擦る空に首を傾げ、雪乃は窓の外に耳を澄ませた。別に変な音も気配も雪乃には聞こえず、感じられない。

「ばぁばには何も聞こえないけど……どんな音?」

「うんと……なんか、へんなおと。ずっとなってる」

なんと表現したら良いのか分からず、空は手を振りながら一生懸命訴えた。その様子に顔を見合わせると、雪乃も幸生も、ヤナも縁側まで行って外を見て耳を澄ませた。

「何かおかしな音はするかの?」

「……いや」

「いつも通りよね。空、どういう音かな。何かを叩く音とか、鳥の鳴き声っぽいとか、そういうの言える?」

空はどう言えば伝わるのか一生懸命考えた。空にはちょっと表現しがたい、聞いたことのなかった音なのだ。ジャージャーと聞こえる気もするが、雨の音ともまた違う。高いような、低い音も混じるような、途切れのないおかしな音だ。

「んと……なんかね、えと、ずーっととまらないで、じゃわじゃわいってる?」

その言葉にヤナが外を見て、それからハッと何かに気がついたように振り向いた。

「ひょっとして、カエルの声か?」

「え、カエル? そういえば……鳴いてるわね」

「ああ……田んぼに水が入ったからか」

「全然気にしとらんかったな。そう言われてみればもうそんな時期か」

「そっか、カエルね……聞き慣れすぎてもう意識にものぼってなかったわ。あのね空、アレは田んぼに集まった小さいカエルの声よ。怖いものじゃないから大丈夫。お嫁さんやお婿さんを探して皆でおしゃべりしてるのよ」

雪乃はそう言って笑ったが空は内心で驚愕していた。

何が驚くって、米田家は田んぼまで少し距離があるのにこんなにもうるさいという事、そして空の安眠を妨げるあの大音量の鳴き声を誰も気にしていないらしい事だった。あんなにうるさいのに気にならないだなんて空には信じられない話だ。どうやら田舎の人の耳にはノイズキャンセラー機能が搭載されているらしい。

「かえる……ばぁば、じゃあこのおと、とまらない?」

「それは……ちょっと無理ねぇ。沢山いるし、この季節は仕方ないのよね」

「窓を閉めたら少しはマシになるか?」

「どうだろうの……試してみるか。雨戸まで閉めたら蒸し暑いだろうし、難しいな」

その後、皆はああでもないこうでもないと色々工夫してくれたが、流石に全てのカエルの声を防ぐことは出来なかった。空はうるさいのを我慢しながらごろごろと寝苦しい夜を過ごし、次の日は寝不足でぼんやりしていた。

しかもそれが一日どころか毎日続いたのだ。寝不足でふらふらする空を見かねて、雪乃はそれからしばらくなるべく長く昼寝をさせないように気をつけ、ヤナと遊ばせて疲れさせるようにした。眠気が勝てばカエルの声も気にならなくなるはずだからだ。

雪乃の工夫で毎晩気絶するように眠る事数日。ようやく少し音に慣れ、同時に幸生が友人に頼んで寝室の窓に防音加工をしてもらった事で、空はやっと安眠を取り戻した。だがあれ以来空は何となくカエルが苦手なのだ。

おまけにその後雪乃がくれたこの雨合羽のおかげで巨大なカエルもどこかにいるらしいことも知り、苦手意識が育っている。

それらの事情を知るヤナはカエルは苦手だという空に、ただ頷いた。

「このくらいなら無害なものなのだがな。まぁ、多少苦手なものがあっても別に気にする事も無いぞ」

「ヤナちゃんは平気?」

「ヤナは好きだぞ。結構美味いからの。もう少し大きい方が食べでがあるが、柔らかくて食べやすいからおやつくらいにはなるしの」

「そう……」

ペロリと舌なめずりしたヤナからそっと目を逸らし、空は足下を跳ねるカエルの前に手をやってしっしっと遠くに追い払った。

別に好きではないが、懸命に跳ねるこの小さな生き物が目の前で食べられるのも心苦しい。空の心もなかなかに複雑なのだった。