軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26:田んぼの恵み

「ただいま、空。沢山獲れたわよ!」

賑やかな田起しと畦の整備などがどんどん進んでいく中、ニコニコしながら戻ってきた雪乃は、手に大きく膨らんだ袋を幾つも持っていた。袋は泥で少々汚れ、まだもごもごと動いているものもある。

「ば、ばぁば、なにとったの?」

「ザリガニとドジョウの大きいのが主ね。ヌマエビと貝もあるわよ」

恐る恐る空が問うと、雪乃は袋を地面において中身を見せてくれた。袋の中には空が前世も含め、写真や映像でしか見たことのないような生き物が沢山入っている。ただし、そのサイズは多分あり得ないくらい大きい。

ドジョウは大きなウナギのようなサイズで、ザリガニはロブスターかそれ以上に大きい。ヌマエビと言って見せてくれたエビは形は少し違うが立派な車エビみたいな大きさだった。

「すっげー! ゆきのおばちゃん、たいりょうだぁ」

「わあ、いっぱいいる!」

一緒に覗き込んだ明良と結衣が歓声を上げた。一方の空は覗き込んで、ひぇっと小さく声を上げて明良の後ろに隠れ込んだ。

「……ぼく、ちょっとこわい」

どれも空には見慣れなくて、何だかエイリアンの子供のように見えて腰が引けてしまう。空は田舎を知らない都会の子供だったせいか、生き物に対して淡い憧れと同時に少し苦手意識がある。それに、前世で友達から話だけ聞いていつかやってみたいと思っていたザリガニ釣りのザリガニは、多分こんな大きさじゃなかっただろうと思う。

「そう? 大きいからかしら。でも食べる時は小さくするからね。ドジョウは蒲焼きで、ザリガニは茹でるか焼くか迷うわね。どれも美味しいから、色々して食べましょうね!」

「……おいしい?」

その言葉に空は顔を上げた。美味しいという言葉は空にとって魔法の言葉だ。それを聞くと途端に怖さや不気味さが薄れるからすごい。

「ええ、とっても。後で少し焼いてあげるわね。あ、美枝ちゃんありがとう、これお裾分け」

雪乃はそう言って手にしていた大きな袋の一つを美枝に差し出した。

「あら、こんなに良いの? 何だか悪いわね」

「気にしないでちょうだい、ついでだし。美枝ちゃんち誰も出てないんでしょ? まだ沢山リュックにも入れてあるから」

「ありがとう、助かるわぁ。うちの人は水係だし、息子たちも持ち回りの世話役の手伝いだから、今年は諦めてたのよ」

美枝が笑顔で受け取ると、隣にいた明良もぴょんぴょんと跳ねて喜ぶ。

「やった! おばちゃんありがと!」

「どう致しまして。空と一緒にいてくれてありがとうね」

「ううん、たのしかった! おれもゆきのおばちゃんみたいに、はやくじぶんでとりたい!」

「わたしもー! おにいちゃんばっかりなんだもん!」

結衣もそう言って頬を膨らませる。

「ふふ、すぐ大きくなるわ皆。武志君も沢山獲ってたわよ」

武志を含む子供達も若者も、まだまだ楽しそうに田んぼの中を走り回っている。空は自分もいつかはあそこに混じるんだろうかと、遠い先に思える姿を眺めた。

(これが本当に美味しかったら、頑張れるかも)

早く食べたい、と空はお腹を押さえてちょっとわくわくしながら袋を見つめていた。

「よーし、田起し班、東側は終了ー! そのまま南西から順に移動して作業して下さい! 西側は勢い余って畑まで壊すなよ! 水入れは畦作りと子供らの狩りが終わったとこからよろしく!」

雪乃が収穫物をしまい終えた頃、実況だった人が大きな声で呼びかけ、人々がまたばらけて動き出した。十字に区切られた区画の内、ほとんど田んぼなのは主に東側の南北で、西側は田んぼと畑、村の主要な建物が混在しているので田起しは少し慎重に行われるらしい。

幸生は空達の所に一度戻ってくると、細かいのは苦手だとブツブツ言いながら田村らと一緒に西に向かって歩いて行った。

「ばぁば、この後何するの?」

「うん? ええとね、水魔法の得意な人が川の水を引き込んで全体を浸すのよ。それから他の人がかき混ぜてならしたらお昼ご飯で、午後から田植え競争ね」

「またきょうそうするの?」

「そうよ。今年は誰が勝つかしらね。美枝ちゃんどう思う?」

「忍野さんちかしらねぇ? 伊山さんとこの若い子もかなり腕を上げてきたって聞くけど……うーん、難しいわね」

空は田植えというのはテレビでしか見たことがない。記憶では手植えの場合、村人が横一列に並んで一斉に植えて先に進んでいた気がする。だがここは空の知らない世界の田舎だ。

(きっとまた、人外田植え合戦なんだ……今度はどんななんだろう)

空は隣にいる明良を見上げ、そっと聞いてみる事にした。

「ねぇ、あきちゃん。たうえって、どんなの?」

「たうえ? んーと、なえを、しゅぱぱってして、うえるんだ。でもいっつもよくみえないんだよ」

「みえないの?」

「わたしもみえないよ! でもおにーちゃんはちょっとみえたっていってたよ。おおきくなったらみえるって!」

「おれもいつかやってみたいんだ!」

「えー、わたしはみずがかりがいい!」

「え、でもゆいみずにがてじゃん。おれよりへただよ」

「すぐうまくなるもん!」

子供らの言い合いが段々白熱してきて空が焦っていると、ざあっと大きな音が立った。

見れば田んぼの北側を走る大きめの川から巨大な水柱が立っている。空がポカンとしているとその水柱は首をもたげた蛇のようにぐぐっとこちら側に乗り出し、そして突然その形がぐにゃりと崩れた。

崩れた水は細かいしぶきとなり、準備の終わった田んぼに次々降りかかる。舞い上がった細かな飛沫が空に大きな虹を架けた。

「空ちゃん、あれうちの旦那がやってるのよー」

美枝がそう言って少し自慢げに微笑む。

「そうなの!? すごい、きれい!」

「ありがとう。うちの人は水魔法が得意なのよ。明良も同じ素質ありそうだから、出来れば将来は田植えより水係の方がいいと思うんだけどな」

「えー、やだー! じいちゃんはかっこいいけど、おれべつのがいい!」

「じゃあやっぱりゆいがやりたーい」

子供達にはそれぞれ将来やりたいことがあるらしい。そういう気持ちにまだピンとこない空はその声を聞きながら、ぼんやりと虹を見つめた。

降り注ぐ水は次々と田んぼを水浸しにし、あっという間に水が張られてゆく。水が入った田んぼの表面が時折ぐるぐると渦を巻いている所を見ると、すぐ近くにいる人が魔法でかき回しているらしい。

かき回す係くらいはいつか出来るようになるといいなぁと空は胸の内で呟いた。