作品タイトル不明
2-128:仕上げ前の下準備
空が意識を田んぼに戻した次の瞬間、隣の田んぼでドォン! と大きな爆発音のようなものが聞こえた。
「ぴぇっ!」
驚いて稲荷寿司を落としそうになった空は、慌てて隣の田んぼに視線を向ける。
狐姫たちが戦っていた田んぼでは大きな火柱が上がり、稲を下から焼こうとしているところだった。
「あーもう、鬱陶しい! 燃やし尽くせ、狐炎!」
逃げる途中で転んだのか、千早や袴を泥で汚した狐姫が、目の端を釣り上げて大声で怒鳴る。
手には美しい扇を広げ、それで風を起こそうとするかのように大きく振り仰いだ。その動きに合わせて、青白い炎が茎に次々燃え広がる。
その炎を見て観客席から次々野次とブーイングが飛んだ。
「おい、火は御法度だぞー!」
「籾まで燃えちまうだろうが!」
しかしそんな声に狐姫は止まらず、自分の周囲にさらに炎を浮かべ、苛立ったように次々ヌシにぶつけている。
「うるっさいのよ! 何よ、こんな化け物、燃やせば簡単よ!」
狐姫が操る炎はヌシの周りで燃え広がり、その茎や葉を包み込み燃え広がるかと思われた。
「ぽぽぴゅりりりりり!」
しかしヌシはその炎が気に食わなかったらしい。可愛い声で高く囀ると、幾本もの茎を束にして動かし、バシン、と向かってきた炎に叩きつけた。
「うあっ!?」
叩かれた炎は大きく弾き飛ばされ、運悪く近くにいた狐姫の式神の一人に激しくぶつかって、その式神を炎で包んだ。
「双葉っ!」
慌てて狐姫が炎を消そうとするが、式神は炎に弱かったらしい。あっという間に火だるまになったかと思うとフッと消え失せ、後には焦げた人形の和紙がハラリと落ちた。
「狐姫、炎は駄目だ! 風にしろ風! あととにかく援護!」
炎を消そうとバシンバシンと茎を大きく振り回し激しい抵抗を見せるヌシに、避けきれなかった式神を一体やられた狐月が叫ぶ。
魔力と人形があれば式神はまた呼び出せるが、炎に怒ったヌシの動きは不規則すぎて、避けきれない危険のほうが高いのだ。
「くっ、あああ、もう!!」
狐姫は狐月の言葉に仕方なく炎を消し、刃のように鋭い風を飛ばし始めた。ヤケになって魔力を込めた術は威力も上がり、ヌシに次々傷が付く。その傷が付いたところに式神たちが追い打ちを掛け、狐姫のほうのヌシも少しずつ身を削られていく。
「わぁ……あっちもなんかすごい」
「困ったわね。火なんて使われるとヌシのお米が駄目になりそうだわ」
雪乃が零したその言葉に、空がハッと顔を上げる。
「みんなのもちごめ……そうだ、テルちゃんのでばん!」
これ以上あちらが腹を立てて火を使い米が駄目になる前に、さっさと勝負を決めてしまわなければいけない。
二人は周囲が思ったよりも善戦しているが、上の方にはまだ大量の穂がぶら下がったままだ。懸命に戦ってはいるがその動きも徐々に鈍くなってきているように見える。ヌシが籾を飛ばし始める頃には二人共魔力切れで動けなくなる可能性が高かった。
空はそろそろかと泰造とテルちゃんの姿を探した。
泰造はちょうどぐるりとヌシの周りを一周し終え、最後の種を埋めて外側に逃げ出したところだった。
「テル、いいぞ! 全部埋めた!」
「リョーカイダヨ! ソラ!」
空はその呼びかけを聞き、手にした稲荷寿司をむぎゅっと口に放り込む。
(行くよ、テルちゃん!)
空がそう心の中で呼びかけると、テルちゃんが泰造の肩からピョンと地面に飛び下りた。
「サア、イクヨ! マキガミソウタチ、メヲサマスヨ!」
テルちゃんが大きく手を振り、地に埋めた種に魔力を流す。同時に泰造が魔法で水を出した。泰造は水を細く長く伸ばすと、自分が今まで埋めてきた種の近くに寄せて地面に撒いた。
泰造はそういう普通の魔法も一応使えるのだ。攻撃に使えるような量は出せないのだが、今はそれほど多くなくてもいい。
泰造がちまちまと埋めてきた巻き紙草の種は、テルちゃんの号令で一斉に目を覚まし、水と空の魔力を吸ってぐんぐん大きく育ち、縋るものを求めるように上に向かって伸びてゆく。伸びた蔓の中には広がった稲を見つけて嬉しそうにさっそく絡みつくものもあった。
「ばぁば、おにぎりちょうだい! あとからあげ、とおだんごとはるまきも!」
「空、食べるのはいいけど、喉に詰まらせないでね」
「らいひょふ!」
もごもごと全力でおにぎりを咀嚼しながら、空はテルちゃんに意識を飛ばし、巻き紙草の育ち具合を確かめる。
(テルちゃん、右奥の十一番とその近く、小さいよ! あと二番の近くも!)
「リョーカイダヨ!」
時計の数字に見立てた場所に巻き紙草を植えてある。実際はその数以上に植えたが、大体その場所の近くで区切って判断することにしていた。
「ドンドンソダツヨ! ハッパモ、オオキクナーレ! ウキャッ!」
「あっぶね、ほら、周りも見る!」
「アリガトー、タイゾー!」
残り少なくなった稲穂が上から不意に落ちてきた。それに当たりそうになったテルちゃんを寸前で泰造が掬い上げ、距離を取らせる。
「タイゾー、コノママ、マタグルットハシッテホシイヨ!」
「へいへい。いくぞー」
「オー!」
何だかんだって泰造も段々この精霊の扱い方に慣れてきたようだ。
空は案外仲が良さそうな二人にホッとし、送る魔力をさらに増やすべく春巻きを囓り、ナスの漬物を食べてお茶を飲み、それからみたらし団子を食べた。
「空、平気か? そんなしょっぱいものの後に甘い団子で、腹を壊さぬのか?」
「へいひ!」
確かにナスの漬物はきゅっとしょっぱくて少し酸っぱい。けれど噛みしめればナスの甘みもあって、口の中がさっぱりして、お茶ととても合うのだ。みたらし団子はそのあとに食べたから全く問題ない。
もし何か問題があるとすれば、いつの間にかおにぎりやお団子の在庫が少なくなりつつあることだろう。
しかし大量の食料消費の効果は、そろそろ目に見える形で現れようとしていた。
「サー、ソロソロイクヨー! ハッパ、ウーントオッキクナルヨ!」
テルちゃんの号令と魔法、そして空から流れる潤沢な魔力でぐんぐんと巻き紙草の葉が大きく育つ。
元々巻き紙草は少量の魔力でもよく育つ性質がある。そこに常にはない量の魔力を与えられた巻き紙草は、大喜びでその身を巨大化させた。
ぐんぐん育ち、今や畳よりも大きくなった葉が、やがて次々と目の前にある茎に絡みつく。太い稲の茎も巨大な葉にとってみれば包み甲斐のあるただの獲物だ。何かを包みたくて仕方ないその習性に従い、巻き紙草は稲の茎や葉を何本もまとめて巻き取ってはぐいぐいと包み込もうと締め上げた。
「ぱぴゅりりるるるっ!?」
高く響いた主の声は、どこか困惑したような響きを纏っていた。いきなり根元から一斉に芽吹いた蔓が全身に絡みつき、稲の茎や葉をひとまとめにして大きな葉に包み込むのだ。
羽交い締めにされたようになったヌシはギシギシと茎を動かして抵抗しようとしたが、巨大な巻き紙草の葉はなかなか丈夫で簡単には千切れない。
とうとうヌシはほぼ完全に動きを止め、何も出来ずに身を捩るだけとなった。
「おっしゃ、穂は終わり!」
そこに最後の穂を落とした良夫が上から降ってくる。その後を追うようにフクちゃんもパタパタと舞い降り、体をススス、と小さくして良夫の肩に戻ってきた。
「お疲れ」
「ホピピッ!」
お互いを労い、良夫はそのままヌシから離れ、弥生の側まで急いで戻った。
巻き紙草の種を蒔き育て上げるという仕事を終えた泰造とテルちゃんも、同じように弥生のところまで走ってくる。
良夫たちの仕事はこれで終わり。後は、弥生と紗雪の出番だ。