作品タイトル不明
2-122:稲刈りの準備(2)
「じゃあまた明日来るんだね」
「ねこにしさん、バイバーイ!」
今日の分の団子と種を一つ置いて、猫西が去って行く。
空は手を振って、猫西の屋台が遠くなっていくのを見送った。
そして、手の中に残った一センチほどの丸っこく茶色い種をじっと見つめ、足元に声を掛けた。
「さて、テルちゃん。おにわいこっか」
「ニワ? ア、タネフヤス? フヤス?」
「ホピ?」
貰った種は、ここの庭に植える。それは嘘ではない。ただ、その後こっそり増やすつもりなだけだ。
「うん。テルちゃんならできるよね?」
「モチロンダヨ! デモ、ソレデナニスルヨ?」
テルちゃんの疑問に空はしゃがみ込み、足元に生えていた雑草を指さした。
「たんぼのぬしってね、たたかうとき、このつんつんしたくさみたいに、よこにひろがるんだよ。くきをふりまわすとあぶないし、ままがたたかいづらいかもっておもうんだ」
「ヌシ、オオキイッテイッテタヨ!」
「ぬしはおおきいけど、まわりにまきがみそうのたねをいっぱいまいて、テルちゃんがうんとおっきくそだてたら、はっぱでくるってしてつかまえられそうじゃない?」
空の提案にテルちゃんは一瞬考え、それからパッと瞳を輝かせてコクコクと頷いた。
「デキルヨ! ソレ、テルノトクイダヨ!」
そのためには種を周囲に満遍なく撒かなければいけないが、それはきっと泰造が手伝ってくれるに違いない。
二人を活躍させるにはちょうど良さそうな案だ、と空はそれを思いついた自分を内心で褒め称えた。
「じゃあいこ! まきがみそうのはなって、どんなかなー」
「キレイダトイイネ!」
「ホピッ!」
空は庭に向かう前に玄関を覗き込み、団子を運んでいるヤナと、明後日の準備のために忙しくしている大人たちに一応声を掛けた。
「ぼく、おにわでフクちゃんとテルちゃんといっしょにあそんでるね。あ、おやつのおだんご、ちょっとちょうだい!」
「お、そうか? なら少し待つのだぞ。いくつか包み直してやるからの」
ヤナはそう言うと種類ごとになった包みを開け、団子を一本ずつ取り分けて小さく包み直して渡してくれた。
「気をつけてな。何かあったら呼ぶのだぞ」
「はーい!」
返事だけはいつも通り元気良く、玄関の戸をしっかり閉めて空は一目散に裏庭へと向かう。
裏庭に着き、畑以外でどこかちょうど良い空いた場所はないかとキョロキョロしながら歩くと、奥にある作業小屋が目に入った。作業小屋の前には水道の蛇口もある。
「すいどうがあるから、このちょっとよこはどうかな」
「イイトオモウ!」
テルちゃんの賛同も得たので、空は軒下に置かれた道具箱から小さなスコップを取り出した。それを使って水道からも小屋からも一メートルくらい離れた何もない地面を少し掘り返し、大事に握っていた種を丁寧に埋める。
小屋などから少し離したのは、根や茎がそれらの土台を傷めたりしないようにという一応の配慮だ。
自分が遊ぶときに使う小さなバケツを持ってきて、水道から水を汲んで種を埋めた場所に注ぐ。
「テルちゃん、いいよ。まずははつがね」
「リョーカイダヨ!」
テルちゃんはスチャッと謎のポーズを決めて、ピコピコと手を動かした。
「マキガミソウ、メヲサマスヨ!」
テルちゃんがそう言って魔力を馴染ませ命令すると、地面がもこりと盛り上がってぴょこんと小さな芽が出てきた。
「モウチョット、オッキクナルヨ!」
テルちゃんの命令に従って、巻き紙草が早回しのように育っていく。空はそれを見ながら小屋の横に積まれた細い竹棒を一本持ってきて、巻き紙草の横の地面にえいやと突き刺す。
「これにからんでもらって、もうすこしおおきくしたら、はながつくかためしてみて!」
「マカセルヨ!」
巻き紙草は竹に蔓を絡ませどんどん上へと伸びていく。空はその様子を眺めながら、まだ小さな葉っぱにそっと指を当ててみた。すると巻き紙草はくるりと丸まり、空の指や手を巻き取り包み込もうとする。なかなかに素早く、そして意外と力強い動きだ。
空はそれを確かめ、うん、と満足そうに頷いた。
「これならだいじょぶそう。あとは……たいぞうにいちゃんとも、さくせんねらないとね!」
「テルガタイゾーヲ、カガヤカセテヤルヨー!」
「かがやかせる……きっとキラキラしちゃうね」
「シチャウヨ!」
「ホピピピッ!」
笑い合っている間にも茎が伸び葉が広がり、蕾が次々出来て、やがてユリに似た白い花が咲いた。
「わぁ、きれい!」
「キレイダネー」
空はその花を眺めながら自分の魔力の減り具合に意識を向け、持ってきた団子を取りだしてぱくりと齧りついた。空は段々、自分の魔力量の把握とその調整が上手くなってきている。
その回復には美味しい食べ物が欠かせないが、どのくらいのペースで食べればいいかもわかるようになってきた。
(明後日は、お団子も用意してもらおうかな)
フクちゃんとテルちゃんに魔力を送る為には沢山食べなければいけない。この草も大きく育てないといけないし、お弁当やおやつは沢山用意して貰わなければ。
きっと美味しい物が食べ放題だ。
もちもちとほっぺたを膨らませながら、空は明後日のご飯を思って胸も期待で膨らませた。
そんな感じでこっそりと作業を終え、証拠を隠して空が家に戻ると、ちょうど雪乃が奥から着物を出してきて紗雪に羽織らせてみているところだった。
「うん、思った通り良く似合うわ、紗雪」
雪乃は紗雪の姿をじっと見つめ、満足そうに頷く。
紗雪が羽織っている着物は雪乃が普段身に着けている寒色系ではなく、濃いめの緋色の生地だった。そこに白で幾つも重なるような雪輪模様が染め抜かれている。
服の上から羽織っているだけだが、確かにその色合いは紗雪に良く似合っていた。
「 深緋(こきひ) 色は季節的にまだ少し暑い気もするけど、単衣だから我慢してね」
「それは大丈夫だけど……この着物、どうしたの?」
雪乃の趣味とは明らかに違う色合いの着物に、紗雪は戸惑うように袖を持ち上げた。
「これね、いつか貴女に着てもらおうと思って作ったのよ。出掛けた先でこの反物を見かけて、きっと紗雪に似合うって感じたらどうしても欲しくなっちゃって」
「母さん……」
それがいつのことなのか、雪乃はそれ以上語らなかった。けれど家を出てもずっと自分を思っていてくれたことがわかり、紗雪は嬉しそうにその着物を撫でる。
「下はこれでどうかしら。私が昔使っていた袴なんだけど、その着物と似合うと思うのよ。ちょっとおはしょりが多くなるけどね」
そう言って差し出されたもう一着は、黒に近いような濃いめの紺色の袴だった。確かに深緋色と良く似合いそうだ。
「うん、ありがとう!」
紗雪が嬉しそうに頷くと、雪乃は後ろで待っていた幸生の方に視線を向けた。
「ほら、紗雪。父さんからもあるのよ」
「え?」
紗雪が驚いて振り向くと、幸生が部屋に入って手に持った桐箱を差し出す。
「これは、お前のために作った物だ」
「私のために?」
幸生は頷き、しゃがみ込むと桐箱をそっと床に置いた。紐を解き、蓋を開けると、そこには絹の袋に包まれた長い物が収められていた。
「これ……もしかして、刀?」
「ああ。出してみろ」
紗雪は箱の中身をそっと持ち上げ、外に出して袋を開けた。
中から取り出されたのは、艶やかな黒塗りの鞘に包まれた、一振りの刀だった。
「わぁ……」
「持ってみろ」
紗雪は頷き、刀を手に少し皆から距離を取る。そして柄をしっかりと握ると、静かに鞘を滑らせた。
「……綺麗」
現れた刃の美しさに紗雪は思わず呟いた。反りは浅く、刃長は二尺五寸ほど。刃文は緩やかな白波のようだ。
「父さん、これどうしたの?」
「……作らせた。お前は合う武器が、なかなか見つからないようだったから」
実は魔砕村には刀を専門に打つ鍛冶師はいない。隣の魔狩村にもだ。
元々この辺りには武士がいなかったため農具しか必要とされなかったし、良質な鉄を多く必要とする刀は手に入れにくいものだった。
村人が使う武器は大抵が斧か鉈、鎌、鍬などで、刀の形をした物は小太刀程度の短い物か木刀、あとは虫の角など周辺の生物素材で作ったものが多い。
そんな物でも魔素素材で出来ているため魔力を込めればちゃんと切れるので、村人はわざわざ本物の刀を求めないのだ。
「お前は魔力が増えないと気にしていただろう。身体強化と武器への魔力付与をすると、どうしてもどちらも長時間は使えないと……その刀ならそもそもの切れ味がとても鋭い。込める魔力はごく僅かで済む」
幸生は紗雪が村を出てから、仕事を頼まれ外に出る度に密かに腕の良い鍛冶師を探し歩いていた。そしてようやく見つけた名工に、紗雪に合う武器をと刀を一振り打ってもらったのだ。
いつか紗雪が帰ってきて必要としたときに渡してやろうと、大切に倉にしまってあった刀だ。
ちなみに刀を打つ際には頼み込んで善三を付き合わせ、素材からの魔法付与を行っているので相当な業物に仕上がっている。
「お前の取り回しを考えて、打刀くらいの長さで作らせた。付与もしてあるが、善三のところに持っていって自分の魔力に馴染むよう調整してもらえ」
「うん……うん、うん! ありがとう、父さん!」
紗雪は刀を鞘に収めると、胸に抱きしめて何度も頷いた。
「嬉しい……私……私、絶対にヌシを残らず切り倒すから!」
「ああ。お前なら出来る」
頼もしい宣言に、幸生は一欠片の疑いもなく頷く。
(……何か、相手が可哀想なことになりそうな予感しかしないな)
心温まる光景を眺めながら、空はそんな予感に少しばかり憐憫を覚え、しかしそっと気付かなかったことにしておいた。
敵に掛ける情けは、とりあえず今は棚の上にでも飾っておこう。