軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-120:狐姫の事情

同じ頃、一方の挑戦者たちはといえば。

「おーい、狐姫。待ってくれよー」

稲刈り対決をすると宣言して去っていった気の強い従姉妹を追いかけ、その背に追いつくと狐月は呆れたような声で問いかけた。

「なぁ、あれ、マジでやんの? 何かめっちゃ怖かったんだけど。毛が逆立ちまくって、まだ戻んねぇし」

あの場では努めて平静を装っていたが、狐月の尻尾はまるで冬毛のようにふわりと膨れていた。耳の毛も目立たないがまだ逆立ったままだ。

「あの変な木……稲? も得体が知れねぇけど、あそこにいたおっさんたちのおっかないこと。絶対直接はやり合いたくねぇ」

ヌシだという謎の巨木のような稲も不気味だが、それよりも幸生や和義を始めとした村の人間自体が狐月には恐ろしかった。

側に寄るだけでピリピリするような圧があって、勝手に股の間に入り込もうとする尻尾を抑えつけるのにどれほど苦労したことか。

競い合う相手が幸生たちだというのなら、今すぐ戻って辞退を宣言したいところなのだが。

「なぁ狐姫、あれマジでヤバいって。お前ホントに……」

何も言わない狐姫に焦れ、横に並んでその顔を覗き込んだ狐月は言いかけた言葉を飲み込んだ。

狐姫は大きな目を潤ませ、今にも零れそうな涙を必死で堪えていたからだ。

「お前……実は怖かったのか?」

「あ、当たり前ですわ……何なのあれ! あの人たち、ホントに人間ですの!?」

そう叫ぶ狐姫の肩は今更になって小さく震えていた。

狐姫にもし耳や尻尾があったなら、今の狐月と同じように逆立っていたことは間違いない。狐姫は今まで何度も神社を訪ねていたが、幸いというべきか 生憎(あいにく) というべきか、魔砕村における真の強者たちと顔を合わせたのは今回が初めてだった。

狐狸族というのは、生まれた子が強くなるようにと出産も子育ても田舎にある一族の村で行うのが普通だ。だが田舎と言ってもあくまで子育てのための村なので、さすがに魔砕村のような危険な場所にはない。

子供たちはそこである程度育つと親が住んでいた場所に引っ越したり、一族が担う仕事があるならその土地に移ったりして大きくなる。

狐姫の一族は大きな稲荷神社を守る家系で、住んでいたところはそれなりに人の多い街だ。

そのため狐姫も狐月も、幸生たちのような魔境でもさらに規格外の人間と接したのは初めてだったのだ。

「お前、そんなんでここに嫁ぐとか無理だろ。悪いこと言わねぇから、素直に負けを認めて帰ろうぜ」

「……絶対、絶対、嫌ですわ!」

しかし狐姫は涙目のまま、絶対に嫌だと言い張った。

「何でそんなに龍の嫁に拘るんだよ。うちとは系統が違うし、多分相性もそんなに良くないし……無理したって良いことないだろ?」

狐月も弥生との縁談を受けてここに来たのだが、そもそも彼はそれを断るつもりでいた。狐姫のお目付役を兼ね、断るにしても顔だけ合わせてこいと送り出されて渋々来ているのだ。

それだけのはずなのに、あのおかしなヌシを切り倒す勝負に巻き込まれるなんて、と来たことを結構後悔している。

「あの巫女さんだって、多分相当な実力者だ。戦いに直接出るタイプじゃないとしても、お前より大分格上だぞ」

「わかってますわ、そんなこと!」

狐姫は叫ぶように声を上げ、そう言った。

「わかってますわよ! でも嫁のいないフリーの神様なんてそこら辺にほいほいいるもんじゃなし、しょうがないじゃない! 私が一族に認められるには、神の伴侶になるくらいのことがなきゃ、足りないんだもの!」

稲荷神社を守る一族に産まれた女子は、大抵巫女として育てられる。特に本家の跡取りの長女である狐姫は、生まれた時から巫女としての役割を期待されていた。

ところが、狐姫は普通の狐族とは少し違う育ち方をした。

大事なお役目のある一族に人の血は混じっていない。だがどういう訳か、狐姫は赤子の頃に耳も尻尾もない人の姿になったまま、それっきり狐の姿にも戻れず、他に変化も出来ないというおかしな存在になってしまったのだ。

本家の一の姫として生まれたのに、その姿ゆえに家族以外の一族からは血筋を疑われ、認められてこなかった。

家族は変わらず慈しんでくれたが、それでも周りの声に押され狐姫は半ば存在を隠されるようにして育ってきた。母の不貞を疑う声を聞いたこともある。

それが悔しくて、狐姫はずっと一族に認められるべく努力をしてきたのだ。

その努力が実って一族に継がれる式神とも契約を結び、祭神にも認められている。まだ若いが巫女としての実力は申し分ない。今の魔砕村に単身で来る事が許されるライセンスも持っている。

それでも、一族の姫として胸を張って、自分の家である神社を歩くこともままならない。

認められるためにあと何か出来ることは、と考え悩んでいたときにもたらされたのがこの見合いの話だったのだ。

「あんな頭の固い老害どもや、力もないのに家柄に寄生してるような連中、気にすんなよ。それより明後日ここで戦うって方がよっぽど怖いだろ……。どうせ負けるって分かってるだろ、お前にも」

狐姫はその言葉に悔しそうに俯いた。

弥生と初めて相対したとき、憎まれ口を叩きながらも狐姫の手は小さく震えていた。あんなに力に満ち、神に愛された巫女に会ったのは初めてだった。

あらゆる意味で敵わないだろうことは会っただけで理解した。

けれど、だからこそ逃げるわけには行かない。一度でいいから戦ってみたい。たとえそれが直接相対するわけではなくとも、きっと何か得られるものがあるはずだと、狐姫は思う。

「怖い……怖いけど、逃げない。狐月、お願いだから協力して。私と一緒に戦って!」

「お前がもし勝っても、どうせあの神さんは結婚には頷かないと思うけど……それでもやるのか?」

狐姫は狐月のその問いにはっきりと頷いた。

「それもちゃんとわかってるわ。だってここに来る前にうちの稲荷様からも言われてたもの……多分、アオギリ様がこの縁談を受ける可能性は低いって」

「ここに来る前から? じゃあ何でわざわざ来たんだ?」

「ここに来ることで私が得るものがあると 卦(け) に出ているから、行っておいでって言われたのよ」

狐姫がそう言うと、狐月は困ったように眉を寄せた。

「うちの稲荷様、占いとかすごい苦手だろ……大丈夫なのかそれ」

「余所の神様にわざわざ私のことを占ってくれってお願いしてくれたみたい。だからね、負けてもいいの。稲荷様が私のことを心配して、誰かに頼んでまでそう言ってくれたのが、嬉しかったから。だから絶対ここで何か掴んで帰るのよ」

大口を叩いて無様に負けても、勝っても望むものが手に入らないとしても、それでも良いのだ。

「それに私、ここで逃げたらきっともう立ち上がれないもの。だったらかっこ悪く負ける方がまだマシよ」

幼い頃から共に育ち、その努力する姿をずっと見てきた狐月は大きなため息を吐き、渋々頷いた。

「しゃーないか……ま、負けても良い経験にはなるだろうしな。あーあ、式符とか足りるかなぁ」

「そんなの、今から作れば間に合うわ。さ、そうと決まれば急ぐわよ!」

二人は実は今、田亀の家に泊めてもらっている。

何度もバスを利用するうちに田亀と仲良くなり、うちは空き部屋が多いからと泊めてもらっているのだ。縞狐を狩りの相棒として可愛がっている田亀と狐姫たちは、何となく気が合ったのだった。

「どっかで和紙と墨を調達してこないとだな……売ってる店があるかな?」

「それも帰って田亀さんに聞けばいいわ」

二人はそう決めると、歩く足を速めた。

急ぐ二人の足取りは、もうさっきまでのように重くはない。

負けるにしても、全力で体当たりしてからだ。

そう考える狐姫は、やはり意外とこの村に向いている性格なのかもしれない。