作品タイトル不明
2-115:疾風迅雷の高橋
高橋勝弘は若い頃かなりイキがっていた。
具体的に言うと大体十年ほど前の頃のことだ。
高橋は東京生まれで東京育ちだったが、探索者に憧れ早いうちからそれなりに努力をしてきた。
その努力と才能、運が上手く噛み合ったのか、二十代半ばで上級探索者の資格を取ることが出来た。そのため高橋はその頃かなりいい気になっていた。
自分たちなら田舎の魔境でもやっていける、そこで地元民も驚くような活躍して一攫千金を果たす。
そんな野望を抱え勢いだけで都会を飛び出し、高橋と四人の仲間たちは列車の終点の村まで辿り着いた。
外からの客人だと村人たちから珍しがられてそれなりに歓待され、そこでしばらく活動しているうちに、運良く真の魔境と呼ばれる魔狩村に里帰りする家族に同行させてもらえることになった。
高橋たちが持っている資格だと、魔狩村まで自力で行けるなら一時滞在許可は下りる。同行者がいたとしても、道案内してもらっただけだと主張すれば一応自力だと言い訳は立つ。
そこで一攫千金を果たし都会に凱旋するのだという夢を抱いて、高橋たちは魔狩村を目指した。
魔狩村ではちょうどその頃、外からの探索者を受け入れ始めたばかりだった。
近年、田舎に行きたい、魔境に挑戦したいと言って無謀なことをやらかす若者が増えていた。そのため仕方なくある程度の受け入れ体制を整え、観光探索者の一時滞在許可を出すことが県の方針で決まったのだ。
魔狩村は魔砕村ほどではないがかなりの奥地にある村だ。しかし高い防壁があるし周辺に比較的安全な場所が多い。
そこそこ安全、かつ探索者と呼ばれるイキがった若者たちの自尊心と冒険心を満たせる場所として魔狩村は選ばれ、滞在許可が出るようになったばかりだった。
しかしその辺りの詳しい事情をその頃の高橋たちは知らなかった。
単純に、田舎の人間たちも外の探索者の実力を知り、助力を求めているに違いないと考えていたのだ。
そう思い込んでよく調べもせぬまま、無事に辿り着いた魔狩村でさっそく探索者としての活動を始めたのだが。
「俺たちは『 疾風迅雷(しっぷうじんらい) 』っていう上級探索者チームなんだぜ!」
あの頃、高橋たちは行く先々でそう名乗って回っていた。
リーダーだった高橋は二刀流で、素早さと手数の多さで敵を圧倒する戦闘スタイルを自慢にしていた。
リーダーの権限でそれにちなんだチーム名を付け、我ながらかっこいいと悦に浸り、時には二つ名のように自ら名乗っていたくらいだ。ナンパのネタにもよく使った。
都会にいた頃はそれなりに周囲にその名が知られていて、回りから一目置かれたり女の子にモテたりしていたので田舎でもそのノリで名乗り続けていたのだ。
しかし今の高橋はそれを思い出す度、あの頃の自分をぶん殴ってやりたい、と考えている。
結局その後田舎で色々あって、高橋は同じ県内でもっと安全で永住許可が取れる、身の丈に合った地域に移り住んだ。そこで結婚し、子供も出来た。
今では地域を盛り上げる為の活動にも参加し、昔のような探索者としての働きは減ったがそれなりに充実した生活を送っている。
だが、そんな今になって、あの頃の黒歴史の生き証人が目の前に現れたとしたら。
「イキって追放とかしでかして誠に申し訳ありませんでしたあぁぁぁ!!」
もうひたすら土下座をすることしか出来なかった。
「へんなひとだったねー」
「そうねぇ」
結局、あの案内係の男と紗雪の話は説明会の後ということになった。
空は公民館のベンチで涼みながら、雪乃に買ってもらったソーダ味のアイスを食べる。
さっき山ほど昼食を食べてデザートにパフェまで食べたが、シャリシャリしたさっぱり味のアイスも美味しい。
「まま、なんかこまったかおしてたね」
「ええ……あの人と何かあったのかしらね?」
後で教えてもらえるかなぁと思いながら、空は二時間ほどの説明会が終わるのをのんびりと待つ。
膝の上には今日は見知らぬ場所へ行くのでずっと大人しくしていたフクちゃんと、知らない場所に来てキョロキョロと周囲を物珍しく見回すテルちゃんがいる。
「ソラ、ソラ、ソトニイクヨ!」
「だーめ。いかないよ」
「ナンデダヨ!」
「ホピ……」
空はプンプンするテルちゃんを宥め、フクちゃんをなでなでし、時々うとうとしつつ、紗雪たちが出てくるのを大人しく待った。
やがて、がやがやと賑やかな気配がして説明会が行われていた部屋の扉が開く。人々が出てくるその音で空はうたた寝から覚め、抱えていてくれた雪乃の顔を見上げた。
「ばぁば……おわった?」
「そうみたい。紗雪が出てくるまで、もうちょっとね」
「ん……」
開いた扉から部屋の向こうがちらりと見える。
紗雪はさっきの高橋という男に話しかけられ、九十度のお辞儀と共にまた謝罪を受けているらしい。土下座ほどではないが紗雪は困った顔で、けれど少しばかり笑みを浮かべて何か話しかけ、首を横に振っている。
空は何を話しているのかが気になって、そちらを指さし雪乃に話しかけた。
「ばぁば、なかはいっちゃだめかなぁ?」
「そうね……行ってみましょうか」
雪乃は空を抱えたままベンチから腰を上げた。テルちゃんとフクちゃんは自分で歩かせ、説明会場だった部屋をそっと覗く。
高橋は青い顔で紗雪にペコペコと頭を下げ、紗雪は苦笑いをしていた。
「いや、本当にあの時はすいませんでした! 紗雪さんの実力も知らず、助けてもらってたのに身の程知らずなことばかり言いまして……!」
「いえ、もう良いですから。私も上手く一緒に戦うことが出来なくて申し訳なかったし……」
どうやら二人は何やら昔のことに関して謝罪合戦をしているらしい。空は雪乃に頼んで下ろしてもらうと、紗雪の側まで歩み寄り無邪気な顔で問いかけた。
「ままー、このひとだぁれ?」
「あら、空。待たせてごめんね。この人はえっと……高橋さんって言うんだけど」
「あ、さっきいってた! しっぷーじんらいのたかはしさん!」
「うぐっ!」
空の言葉がクリティカルヒットしたらしく、高橋がまた膝から崩れ落ちそうになる。しかし今度はどうにかそれを堪え、高橋はぎこちない笑みを空へと向けた。
「さ、紗雪さんのお子さんかな? えっと、出来ればそれは忘れてくれると嬉しいな……」
「こんにちは、そらです! おじさん、ままのともだち?」
邪気のない笑顔で挨拶すると、高橋が返答に詰まって小さく唸る。紗雪は空の頭を撫で、少し悩んで首を横に振った。
「高橋さんは……なんて言えばいいのかしら。昔、ママが高校を卒業して、魔狩村で仕事を探してたときに会った人なの。都会から来た探索者さんで、ママは一時、高橋さんの仲間に入れてもらってたのよ」
「なかま……」
空はその言葉に驚いて高橋と紗雪を交互に見つめた。
都会の探索者といえば、田舎では特に良い評判を聞かない存在だ。
彼らは大抵イキがって田舎にやってきて、自分たちが整備された安全な場所に誘導され、調整された食べ物を提供されて密かに接待されていることも知らない。
真実を知らないまま、そこで危険な魔獣を倒し貴重な魔素素材を手に入れたと勘違いして、実際は軽い害獣駆除やゴミ拾いをしていく若者たちだ。
そんなはた迷惑な若者たちと紗雪に関係があったなんて、空には不思議で仕方ない。
そんな空の疑問が何となく伝わったのか、紗雪は懐かしむように微かに微笑んだ。
「山の案内とか、戦う手助けとか、そういうのがママの担当だったんだけど……慣れてなかったせいか、ママは失敗ばっかりしちゃって。それで、疾風迅雷からおいだ……抜けることになったの。だからあんまり長い間一緒だったわけじゃないんだけどね」
「その節は本当に……!」
「そのはなし、くわしく!」
面白そうなので詳しく聞きたい、と空は高橋を無視して紗雪に強請った。紗雪は困ったように笑いながら、昔の話を教えてくれた。