作品タイトル不明
2-101:美味しい契約
「こもりだま……」
空はその名に聞き覚えがあるし、使ったこともある。春に魔砕村を訪れた狐と狸が営む駄菓子屋で、それを使って駄菓子の代金を魔力で支払ったからだ。
「ふむ……少しくらいなら構わぬが、何故魔力払いなのだ? 以前は物々交換か、この辺で使える地域通貨で支払っていただろう?」
「坊や以外のお客さんなら、変わらずそれでお願いしているね。実はね、米田の坊やは人一倍食べるうえに魔力も随分多いって聞いたんで、そもそもそれを期待して会いに来たんだね。理由は……おおい、白妙」
不意に猫西は顔を上げ、屋台の天井に向かって誰かに呼びかけた。すると屋根の上からニャーと細い声がして、屋根を覆う葉っぱがもそりと動く。
「あ、ねこさん!」
葉の間から姿を見せたのは、白い毛並みと青い瞳が美しい一匹の猫だった。
「うわぁ、まっしろで、かわいい!」
「ホビ……」
空が思わず声を上げると、耳元で不満そうな小さな声が聞こえる。片手でそれを宥めながら、空は屋根の上の猫をじっと見つめた。
白妙と呼ばれた猫は、その名がよく似合う見た目をしていた。輝くような白い毛並みの、なかなかの美猫だ。猫西より少しばかり小柄だが、体はふわりとやわらかそうだし、ぱっちりと大きめの瞳をしている。
白妙は屋根の端まで出てくると行儀良く座り、またニャーと可愛い声で鳴いた。
猫西もニャーとそれに一声返して、そして照れたように耳をパタパタ動かした。
「白妙は、その、俺の連れ合いでね。何年も前に出会って以来、一緒にあちこち旅をして来たんだがね。で、そろそろ白妙も猫又になれそうで……俺が望むならなってもいいって言ってくれたんだよ」
そう嬉しそうに語り、猫西は瓶に詰まった仔守玉を指し示す。
「白妙は元々、ここよりずっと魔素の少ないところで生まれ育った普通の猫だったんだね。俺が連れ回すことで魔力も増えて、もう少しで猫又になれそうなところまで来たけれど、まだ足りないんだよね」
「なるほど、それで魔力払いか。外から人の魔力を与えると変化が早いし、強くなるものな」
「へ~!」
狐や狸の仔以外にも人の魔力は求められるようだ。
知らなかった話に触れ、空は感心しつつ屋根の上の白猫に視線を向けた。白妙の方も興味深そうな視線を空へと向けている。背中で揺れる尻尾はまだ一本で、確かに猫又ではないらしい。
けれどその瞳は賢そうで、こちらの話をちゃんと理解しているような雰囲気があった。
「それでだね、貰う魔力はクセがまだあんまり付いていない小さな子供のが良いんだよ。白妙の魔力と反発しにくいからね。それも何人もの子供からじゃなく、出来れば一人から。その方が変化した後の存在が安定するんだね」
「確かにそうね。幾ら子供の魔力はクセが少ないっていっても、やっぱり個人で違いはあるもの。それで空なのね」
「ぼく……まりょくがおおいから?」
空がそう聞くと、猫西はそうだねと頷いた。
「一人だけから魔力を貰うとなると、その子の魔力量とか回復の速度とか、ちゃんと気を付けないとだからね。坊やの魔力が特別多いって風の噂で聞いて、どうにか頼めないかとここまで来たんだね。自然魔素の吸収だけでも、多分あと五年くらいで猫又になれるとは思うけど……少しでも早い方が良いし、出来ればもっと旅で役に立つくらい強くなりたいって白妙も言うから」
屋根の上からニャーと声が聞こえて、猫西は忙しなく耳やヒゲを動かした。何か照れるようなことを言われたらしい。
その仕草が何だか可愛く、眺めていた空も思わず笑みを浮かべた。
「ぼく、べつにいいよ! おだんごたべれば、ぼくのまりょくはすぐふえるし!」
空はヤナと雪乃の顔を交互に見て、そう言った。今食べた団子にはちゃんと魔素が多く含まれ、それを食べれば失う魔力はすぐに補えそうだと感じるのだ。
この美味しい団子が自分の魔力で好きなだけ買えるというのなら、空にとっては願ってもないことだった。
「本当かい? それならえっと、この仔守玉一つで好きな団子二本でお願いしたいんだね!」
「そうね……その仔守玉を一つ貸してくれるかしら?」
「ああ、はいよ」
雪乃の差し出した手に猫西は仔守玉を一つ載せる。中にどのくらい魔力が入るかを確かめ、それから雪乃は頷いた。
「駄菓子屋で使っているのと同じくらいね。今の空にしてみればほんの少しだから、大丈夫そうだわ」
「なら構わぬのではないか? 保護者の同意と監督があれば、こういう個人間の契約は許されておるだろ」
「ええ。そうね……」
雪乃はそう言って仔守玉を空に渡し、それから少し考えて右手の指を二本立てた。
「空。この店のお団子は一日に二十本まで。それなら魔力払いで食べていいけど、約束できる?」
「うん! おやくそくする!」
「に、二十本!?」
指を二本立てたから、許可が出るのは仔守玉二つ分くらいまでだろうか、と考えていた猫西は予想外の言葉に目を剥いた。
「にじゅっぽんなら、おやついっかいぶんくらい?」
「一回分!?」
「ええ。ばぁばも空のおやつを作るの楽しみなのよ。もう一回のおやつは、ばぁばの作った物を食べてくれると嬉しいわ」
「ばぁばのおやつもだいすきだから、もちろんたべるよ!」
「まだ食べるんだね!?」
猫西の驚愕を余所に、祖母と孫の相談はまとまったらしい。猫西の顔を見て、ヤナがくすくすと笑って台の上の団子を指さした。
「空なら、今並んでいる団子を全部食べることも多分可能なのだぞ。三食ごとにご飯は丼で三、四杯は食べるし、おやつは一日二回なのだ。夜食を食べることもあるのだぞ」
「ほ、本当によく食べる子なんだね……一日に仔守玉十個分の魔力を貰えたら、一年もしないで猫又になれそうだね……」
猫西の予定では冬を外して二、三年くらいこの村に通って、自然魔素と少しずつ貰う魔力で、白妙を猫又にするつもりだった。しかしこの様子ではその予定は随分早まりそうだ。
「猫又になった後もぬしと一緒に旅をするつもりなら、強くなった方が良かろう。急ぐ予定もないなら、この村でゆっくりしていくのだぞ。ついでにちと鍛えて行くが良い」
ヤナの言葉に上からニャーという鳴き声が答える。愛しい連れ合いの声を聞き、猫西もうん、と頷いた。
「……そうだね。そうさせてもらうとするよ」
さて、そうなると冬をどこで何をして過ごそうか。
猫西はそんなことを考えながら、空に提供する団子の準備を始めたのだった。
「えっとえっと……あんこと、みたらしと、みどりのはよもぎ? さんしょくのもおいしそう……ぴんくのはなにあじ?」
話がまとまった後、空はさっそく今日買っていく団子を選ぶ事にした。今日は五種類の団子が並んでいて、どれも大きさも形もきちんと整って艶があり美味しそうだ。
白い団子にたっぷりの粒餡を纏わせた餡団子に、さっき味見したみたらし団子。緑色の団子と三色団子、ピンク色の団子は餡が掛かっていないが、一番上に刺さっている玉に肉球の焼き印が押してあって見た目が可愛らしい。
空がそわそわと眺めていると、猫西は一つずつ指さして団子の説明をしてくれた。
「餡子とみたらしは見たままだね。緑のはヨモギを練り込んだ草餅で、中にこしあんが入っているね。桃色のは花団子ってので、中に特製の蜜が入れてあるよ。三色のは、草餅、みたらし、花団子が一つずつ刺してある、お試し用みたいなもんだね」
「ふわぁ……よくばりせっとだね!」
説明を聞いただけで空の口の端から涎が零れそうだ。
どれも美味しそうで目移りする空を見て雪乃は微笑み、全部の団子をスッと指さした。
「とりあえず空用に、全部を四本ずつ包んでちょうだいな。あとは……」
「ヤナは今日のところは花団子が一本あれば十分なのだぞ」
ヤナがそう言うと、雪乃は頷いて花団子を指さした。
「花団子を三本と、他を二本ずつ包んでちょうだいな」
「はいよ、毎度あり!」