軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-84:送り舞の夜

次の日も、昼間のうちに子供たちはご先祖様たちに沢山相手をしてもらった。

空は午前中、フクちゃんに魔力をあげて大きさを細かく変えたり、指定した木の葉っぱを取ってきてもらったりする訓練をした。

午後からはテルちゃんとまた豆を育てたり、収穫が終わった枝豆の畑を借りて、そこをテルちゃんに耕してもらったりということを試した。

「テルちゃんて、ふつうのまほうもつかえるんだねぇ」

テルちゃんは幸生が良くしているように、土魔法でもこもこと畑を耕していく。範囲は狭いが、結構深くまできちんと耕せているようだ。

「ジィジノマネダヨ!」

「そっか。ぼくもそのうち、じぶんでできるようになりたいなぁ」

空がそう呟くと、側にいた七代がうむと頷いた。

「いずれ容易く出来るようになるだろう。お前は魔力が多いし、恐らく魔法関係は得意になるはずだ」

「そうなるといいな!」

「うむ。だがあまり焦らぬことだ」

「はーい」

魔力量が多いと言っても、テルちゃんと契約しているだけでもそれなりに空の負担になっていると七代は説明してくれた。

いずれそれは解消されるだろうが、自分で色々な魔法を使うのはもう少し育ってからがいいらしい。

「その代わり、契約しているものが得意なことは、大体契約者も得意になる。自分でやる場合の魔力消費も軽い。それは利点だな」

それは空には嬉しい話だった。

「じゃあ、ぼくもはたけたがやすの、とくいになるんだね! おやさいも、たくさんつくれるね!」

「ああ。美味い野菜を作れるようになるといいな」

「うん!」

幸生と一緒に美味しい野菜を作るのは、空のやりたい事の一つだ。それが叶いそうなことに機嫌を良くして、空はテルちゃんを抱き上げた。

「テルちゃんがたいくつしないように、いっしょにがんばろうね!」

「テル、ガンバルヨ!」

「……ほどほどにな」

そんな空たちを見ながら、心配だから来年も見に来るか、と七代は密かに考えたのだった。

その日の夕方。

別れの宴を兼ねた夕飯は、いつもより早めの時間に用意された。先祖も子孫も好きな場所にバラバラに座って、お喋りをしながらの賑やかな席だった。

やがてあらかた食事が終わる頃、不意に六代が外をちらりと見てスッと居住まいを正した。

向かいに座っていてそれに気がついた幸生も、同じように背筋を正して座り直す。それを見て他のご先祖様たちや大人たちは皆会話を止めて、二人の方に視線を向けた。

大人たちが揃って口を閉じたのに気がつき、子供たちも何事かと静かにそちらを見る。

「……米田家十一代当主よ。此度のもてなし、感謝いたす」

六代目が厳かに口を開く。

「六代様、皆様方のご帰宅、こちらこそ感謝いたします」

幸生の返答に、六代はうむと頷いた。

「送り舞の相手は、幸生に頼みたい」

「は。謹んでお受けいたします」

幸生は六代に向かって深く頭を下げると、すっと立ち上がり奥の部屋へと向かった。その後を雪乃が追っていく。その間、誰もが口を開かなかった。

ヤナは幸生たちを見送ってから静かに立ち上がると、笑顔でパンと手を叩いた。

「さ、皆、もう十分食べたか? ざっと片付けて出かける支度をするのだぞ。神社の前の広場まで行くからの」

その言葉に子供たちは不思議そうに首を傾げた。紗雪は窓の外に視線を向け、それから空いた皿を重ねて集めるのを手伝うよう、子供たちに促した。

「ご先祖様たちは今日の夜にはもう帰られるのよ。そのための送りの儀というのを、神社でやるの。準備が出来たら、皆でお見送りに行こうね」

何が行われるのかはわからないが、見送りと言われれば子供たちは納得して動き出す。

ざっとでいいとヤナに言われ、全員で使った皿や残った料理をまとめ、台所に運ぶ手伝いをした。それが終わる頃、奥の部屋から幸生と雪乃が戻ってきた。

「わぁ、じぃじ、なんかかっこいい!」

幸生を見た陸がそう言って声を上げた。

幸生はさっきまでの甚平姿ではなく、キリッとした袴姿だったのだ。僅かに紺が入った黒い着物と同じ色の袴を身に纏い、黒いたすきを掛けて袖をまとめてある。

「よしよし。では、行くか」

六代は幸生の姿を見て満足そうに頷くと、よいせと腰を上げる。立ち上がった六代が一歩足を踏み出すと、途端にその姿がゆらりと炎に包まれるように揺らいだ。子供たちは驚いたがそれは一瞬で、揺らぎが消えた後には六代の服装がガラリと変わっていた。

それまで着ていた地味な着流しから、染み一つない真っ白な着物と袴姿へと。

「わぁ……六代様もかっこいい!」

そう騒ぐ樹の頭を軽く撫で、六代は玄関を目指す。その後に他のご先祖様たちが続き、幸生もその後を追った。

「さ、皆も家を出るぞ。今宵は各家の先祖を恐れて、怪しいものは現れぬ。だが日もそろそろ落ちるから子供たちは鬼灯を持って行くのだぞ」

ヤナはそう言って子供たちを玄関に連れて行き、それぞれに草鞋を履かせた。さらに家を出る前に、玄関に飾ってあった鬼灯の枝を一本ずつ子供たちに持たせてくれた。

玄関から外に出ると、ご先祖様たちは門の手前に並んで皆が揃うのを待っていた。他のご先祖様たちの着物も、いつの間にか白装束に変わっている。

ヤナはそんな彼らの前まで行き、それぞれの顔を優しい眼差しで見上げた。

「ヤナ、またな」

「うむ。皆の顔が見られて嬉しかったぞ。お主も、そろそろ生まれ変わってもよいのだがの」

「ははは、もう少し遊んだらな」

「なら、また遊びに来い。ヤナはずっとここで待っているからの」

「ああ」

六代は頷くと、くるりと踵を返して門を出る。

ご先祖様たちは順番にヤナと一言、二言言葉を交わし、米田の家を後にした。

「ヤナちゃんはいかないの?」

「うむ。迎えも送りも、人の役目だ。ヤナはここで待つだけなのだぞ」

行ってこいと送り出され、子供たちもご先祖様たちの後を追う。

テルちゃんは疲れたと言って依り代の中に戻ってしまったので、空はフクちゃんを肩に乗せ、皆と一緒に歩き出した。

樹や陸はすっかり懐いた八代や曾祖父たちと別れがたいのか、走って側に行くと並んで歩き始めた。空も懸命にその背を追いかけ、二人を追い越して七代と六代の近くまで走った。

「空、転ぶぞ」

「だ、だいじょぶ!」

空に気付いた六代と七代は、少し速度を落として歩みを合わせてくれた。ご先祖様たちはやはり皆優しい。空は息を整えると、ずっと聞いてみたかったことを六代たちに問いかけた。

「あの……あのね、ごせんぞさまたちは、どんなところですごしてるの?」

その問いに、六代はくすりと笑い、七代は困ったように眉を寄せる。

「それはなぁ、内緒なんだよ」

「ないしょ?」

「ああ。生者には教えちゃならねぇことになってるのさ。だから内緒だな」

「なんで?」

気になってなおも問うと、六代はにかりと明るい笑みを見せた。

「そりゃあお前、んなもん知っちまったら先の楽しみがなくなるじゃねぇか。そりゃあ死んでからのお楽しみってやつだよ」

「しんでからの、おたのしみ……?」

空が想像もしていなかった言葉だ。しかし六代は大きく頷くと、手を伸ばして空の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「わしらは、まぁそれなりに楽しくやってるのさ。それだけ憶えておきな」

「ああ。お前には、まだまだ遠い先の話だ。そんなことよりも楽しい事がこれからも沢山あるだろうからな」

「……うん!」

何となく納得して、空は二人に頷いた。

空は今、毎日が楽しい。きっとそれでいいのだ。

日が落ちて暗さを増す神社への道は、ぽつりぽつりと増えていく灯りで照らされていた。

どれも皆、子供たちが手にする鬼灯の灯りだ。その灯りを浴びて、宵闇の中に白い着物がぼんやりと浮かぶ。けれどその数はそれほど多くはない。

灯りは揺れながら、まるで吸い込まれるように全て神社の前の広場に集まってゆく。

広場はぐるりと囲んだかがり火と、真ん中に置かれた一際大きなかがり火で明るく照らされていた。

村人たちはその広場の真ん中を大きく空けて周囲に並び、誰もが口をつぐんでいる。まるで静かに時を待っているかのようだ。

空たちも広場を取り囲む列に加わり、誰が言いつけるでもなく他の人たちと同じように黙って何かを待った。

待つ時間はそれほど長くはなかった。しばらくすると神社の方向に並んでいた人垣が割れ、大きな太鼓が運ばれてきた。その太鼓の前に、神社の禰宜【ねぎ】である大和が立つ。大和もまた、黒い着物を纏っていた。そしてその大和の隣には同じく黒い着物姿の弥生が、細い横笛を手にして並んだ。

やがてシンと静まりかえった空気の中、ドン! と太鼓が一つ打ち鳴らされた。

それを合図に、人の輪の中から白装束の者たちがスッと前に出て広場の中心へと進んだ。

前に出たのは三十人くらいで、それほど多くはなかった。見物客の中にも白装束のご先祖様たちがまだ沢山いる。どうやら代表が前に出るものらしい。

前に出た彼らが中心のかがり火を囲むように並ぶと、また一つ、太鼓がドン、と打ち鳴らされる。

今度は黒い装束に身を包んだ村人たちが、さきほど前に出た者たちと同じ数だけ前に出る。見回すと、その中には善三や和義、良夫の顔もあるようだ。

白と黒の双方は二重の円を作るように並び、それぞれが向かい合った。

ピイィー、と横笛の音が高く響くと、それを合図にして幸生は懐に差した白い扇をスッと抜き取り、バッと開いた。幸生の前に立つ六代も、同時に同じ動きで扇を開く。

ドン、と太鼓が鳴り響き、幸生が開いた扇を翻す。笛の音に合わせ、六代が裾をはためかせてくるりと回る。

太鼓と笛に合わせ、二人の手にした扇は時に刀のように振るわれ、時に盾のように開かれた。ぶつかるかと思えばサッと身を離し、くるりと立ち位置を入れ替えたかと思えば、カン! と高い音を立てて扇の骨が打ち合わされる。

空も兄弟たちも、誰もが黙って息を詰め、その舞に見入った。

それは静かで、けれど激しく。優雅で、だが時に荒々しい。舞っているようにも戦っているようにも、あるいは語り合っているようにも見えた。

かつてこの村を愛し守った者たちと、今この村を愛し守る者たちが、お互いの力量や心根を確かめ合っているような。そんな、静かで美しい舞だ。

かがり火の灯りの中、生者と死者が向かい合い、一切の言葉もなく心を交わしている。

「……いいなぁ」

ポツリと小さな声が聞こえ、空はふと隣を見上げた。空の隣に立つ紗雪の瞳はかがり火を映して揺れている。空はそっと紗雪の手の中に自分の手を滑らせ、きゅっと握った。

自分もきっと同じ気持ちだという思いを込めて。

ドン、ドン、と少しずつ太鼓の音は速さを増し、それにつれて舞も徐々に激しくなる。けれど向かい合って舞う二人はどの組も美しく舞い続ける。誰もついて行けなくなったり舞を乱すような事はなかった。

そして舞の速度がその優美さをそろそろ損なうだろうか、というところでそれはまた唐突に終わりを迎えた。

ドン、と一際強く叩かれた太鼓の音を追うように、強く吹き鳴らされた笛の音が余韻を長く残して消えてゆく。それに合わせて向かい合った二人はスッと距離を取り、地に片膝を付けてお互いに深く頭を下げた。

終わってしまった舞を惜しむような空気が人々の中に流れたとき、ぽ、と白い装束が淡い光を灯した。

「あ……」

広場にいる六代の体が白い光を纏ったのを見て、空は慌てて周りにいたはずのご先祖様たちの方を振り向いた。

七代も、七代の妻も、八代も九代も、そして曾祖父母も。誰もが淡い光を纏い、優しい眼差しで子供たちを見つめていた。

「良き帰還だった。またな、子らよ」

「とっても楽しかったわ。またお茶をしましょうね」

「来年、暇だったらまた来るからよ!」

「鍛錬の成果、楽しみにしているわ」

「皆、元気でな」

「紗雪も、またね」

ご先祖様たちは口々にそう言って、手を伸ばし近くにいた子供の頭を優しく撫でた。その手はもう半ば透き通り、今にも消えてしまいそうだ。

「良い送りに、感謝する」

最後に、遠くから六代の声が聞こえた。

そしてご先祖様たちの姿は空気に解けるように消え失せ、そこに淡く丸い光だけが残る。皆が見つめる前で、その光はふわりふわりと次々に天へ昇っていった。

誰もがそれを静かに見送り、名残惜しげに見上げ続けている。沢山の光は空に飛ばしたランタンのように夜空を彩り、やがて満天の星々の中に紛れるように遠くなってゆく。

不思議と、涙は出なかった。

それぞれの胸を温かな何かが満たし、これは嘆くべき別れではないのだと教えてくれる。

空は星かそうでないのかもうわからない光を見つめ続けた。

この村がまた一つ好きになった、静かな夜だった。