軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-77:お盆のお手伝い

「さて。明日からお盆なので……今日は子供たちに重要なお仕事を頼みたいのよ」

隆之を見送った日の夕方頃のこと。

皆で家中を綺麗に掃除し、お酒や料理の下ごしらえをあらかた終えた雪乃が子供たちを集め、神妙な顔つきでそう言った。

お盆の準備は大体終わっているのにまだ何かあるのか、と子供たちは不思議そうに首を傾げる。

「おやさい、たりない?」

「それは足りているわ」

「じゃあおそうじ?」

「お掃除も大丈夫」

「えー? じゃあ、後なぁに?」

「東京のおじいちゃんち行った時、お墓参りとかしたけど、それ?」

樹の言葉に雪乃は近いわね、と頷いた。

「はい、皆、一つずつこれを持ってね」

そう言って雪乃が子供たちそれぞれに手渡したのは、子供用の小さな提灯だった。持ち手となる細い棒の先に折りたたんだ提灯が付いている。提灯は青や赤、緑など色々な色にグラデーションを付けて染められ、桔梗などの花の絵が描かれている綺麗なものだった。

それを一人一人に渡すと、雪乃は言った。

「これを持って、皆でご先祖様をお迎えに行ってほしいのよ」

「おむかえ?」

空が首を傾げると、側にいた幸生も頷く。

「この村の風習だ。お盆の前にご先祖様たちが眠る場所のお堂まで行き、お迎えしてくる。その役目は、家の中の年若い者たちが担うことになっている」

「そうなの? ぼく、きょねんしなかったよね?」

「去年はまだ空は体が少し良くなったばかりだったから、お盆のお迎えはやらなかったのよ。ご先祖様たちにはお参りだけしておいたの」

雪乃はくすりと笑ってそう言った。確かに、去年の空はまだ遠くまで自分の足で歩くことも難しかったのだ。その役目を与えられても多分果たせなかっただろう。

「とおいの?」

「地区ごとにお堂があるから、そんなに遠くないわ。入り口まではじぃじと紗雪が一緒に行くからね」

それなら安心だ、と子供たちもそれぞれに頷く。

樹は折りたたまれていた提灯をベラリと開いて丸くすると、物珍しそうにぶら下げて眺めた。

「これに灯り付けるの? これ持って夕方にお迎えって、何か肝試しみたい! 楽しそう!」

「えー、暗いの? ちょっとやだなぁ」

「たのしみー!」

何でも積極的に楽しむ樹と陸は楽しそうにしているが、小雪は少し嫌そうだ。

空はといえば、肝試しと思うとちょっと怖い気もするが、まだ見ぬ田舎の風習には興味があった。

「ママが付いてるから大丈夫よ!」

「うむ。俺もいる」

頼もしい二人が一緒なら、何でも大丈夫という気もしてくる。

子供たちは雪乃に促され、草鞋を履くとそれぞれの提灯をぶら下げて夕暮れの中出かける事となった。

「あ、フクちゃんとテルちゃんは置いていってね」

「ホピピピッ!?」

「ナンデー!?」

フクちゃんとテルちゃんは留守番だと言われ、どちらも大きな声で雪乃に抗議した。しかしあえなく捕獲され雪乃にがっちりと掴まれたまま子供たちを見送ってくれたのだった。

「ゆうやけ、きれいだねぇ」

「ねー」

外に出て上を見上げると、いつの間にか真っ赤な夕焼けが広がっていた。僅かに残った太陽の光がたなびく雲を金色に輝かせている。

夕暮れ時を好む蝉の声や鈴虫やコオロギの声が聞こえ、いかにも夏の夕暮れらしい空気が漂っている。空はこの空気がとても好きだ。昼間の暑さが嘘のように引いて時折心地良い風が吹いて、何となく深呼吸したいような気分になる。

長く伸びる影を踏んではしゃぎながら、子供たちは紗雪に先導されて家を後にした。

「ちょうちんってキレイ。こういうの、ふうりゅーって言うんでしょ?」

「そうね。小雪、素敵な言葉知ってるのね」

出かける前には雪乃が全員の提灯に灯りを灯してくれた。手の平に出した魔法の光を提灯の中に落としたもので、それは火とも電気とも違う優しい光だ。それぞれの提灯の青や赤といった色を通して揺れる光はなんとも幻想的で、それも子供たちの心を弾ませる。

「さ、皆。お堂はこっちよ」

目的地のお堂は東地区の一角の、米田家とはまた少し方向の違う山裾にあるらしい。

角を曲がりそちらに向かって歩いて行くと、ぽつりぽつりと道の先に灯りが見えた。地区の子供たちが、同じように提灯を持ってお堂へと向かっているのだ。

「あ、アキちゃん!」

「あ、そら! みんなもこんばんは!」

少し先に明良の姿を見つけて空が声を掛けると、明良も気付いて手を振ってくれた。

皆もこんばんはと口々に挨拶を交わす。明良のお供は祖父の秀明だ。

「やあ、幸生さん。良い夜だな」

「ああ。今年も、良い盆だ」

秀明と幸生も挨拶を交わし、二人は子供たちの後ろについて歩いた。

「今年はそっちも孫がお迎えか……」

幸生が明良を見て呟くと、秀明は頷いた。

「ああ。去年までは息子たちだったが、明良が今年は自分が行くって聞かなくてなぁ。一人だと心細いだろうと思ったんだが、兄になったんだから大丈夫と言うもんだから任せることにしたよ」

「頼もしいことだな」

「ああ」

秀明の表情には、孫の成長を嬉しく思う気持ちが表れている。とてもわかりづらいが幸生も同じ気持ちだ。子供たちはそんなことは知らず、お互いの提灯を見せ合い、灯りの色を比べて笑い合っていた。

歩いて行くごとに、周りに灯る提灯は少しずつ数を増やしていった。その中には武志と結衣や、同じ地区の顔見知りの子供たちもいる。

段々と辺りが暗くなる中で、やがて提灯の灯りはほぼ一所に集まり道の端でゆるゆるとその動きを止めた。

道の行き止まりには一軒の建物があった。この辺りの一軒家よりは小さいが、神社の拝殿のようなきちんとした造りのお堂だ。両開きの扉が大きく開かれていて、しかし蝋燭や電気のような明かりがないためか中は暗く、よく見えない。

集まった人々は順番にそのお堂の前で頭を下げ、提灯をぶら下げた子供たちだけが静かに中に入っていった。

「あそこが祖堂っていう、ご先祖様を祀ってある場所なのよ」

紗雪は道に出来た列に並びながら、子供たちにそう言って教えてくれた。周りを見回せばほとんどが空たちと同じような子供と付き添いの大人、という家族連れだ。兄弟で来ている子も多くいる。

お祭りの時のように人が多いのに、人の話し声は何故かささやかな音で遠く聞こえる。さわさわと風が立てる葉ずれの音に紛れてしまいそうだ。

灯りは子供たちが灯す提灯のものだけで、そこから遠い大人たちの顔はどれもおぼろげだった。

(……何か、ちょっと、怖いかも)

空は何となく、前に立つ紗雪の服の裾をきゅっと掴んだ。

「空、どうしたの?」

「えっと……」

「心細くなっちゃった?」

その問いに素直に頷くと、紗雪はしゃがみ込んで空の頭を優しく撫でた。

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、陸もいるから大丈夫よ。怖いことはないわ。ちょっと暗いけど……手を繋いだらどう?」

「うん! ぼくとつなご!」

そう言って陸が空に手を差し出す。空は頷いて、提灯を持ったのと反対の手を陸としっかり繋いだ。温かく柔らかい手を握ると、薄らとした怖さがたちまちどこかに行くから不思議だ。

そうしている間にも列はゆっくりと前に進んでいく。

もう少しで空たちの番が来る、というところで紗雪が子供たちの方を振り向いた。

「皆、ここでお参りしたら、提灯をしっかり持ってお堂の中に入っていってね。お堂の中は奥の道に続いていて、一本道だから迷わないわ」

「え、ここ、通り抜けられるの?」

「えー、怖くない?」

「怖くはないと思うけど……うーん、どうかな? でも危ないことはないから、転ばないようにだけ気をつけてね」

「おくにいったら、どうするの?」

何だか曖昧な話に空が不安を覚えつつ聞くと、紗雪は皆が持つ提灯の灯りを目指した。

「奥に真っ直ぐ進んで行くとね、その提灯の灯りみたいなのが、遠くに見えてくると思うのよ。そうしたらそこを目指してね。それで、その灯りを持って帰って来てほしいの」

「ちょうちんみたいなの? いっこだけ?」

陸が聞くと紗雪は首を横に振る。

「一個ってことはないと思うんだけど……数はその時によって違うから、行ってみないとわからないのよね。とりあえず、奥で光ってるものを見つけたら全部持って帰ってきてちょうだい。持てないほど沢山ってことはないと思うわ」

何だか不思議な話に子供たちは顔を見合わせた。すると、空たちの前にいた明良がお参りを済ませ、お堂の中に入る前に手を振った。

「そら、またあとでなー!」

「あ、アキちゃん、いってらっしゃい!」

明良は怖がる様子もなく、暗いお堂の中へと消えて行く。空はそれを何となく見送っていたが、その背中が暗がりに消えた途端、また少しばかり怖くなった。

明良はお堂の中に提灯を持って入ったのに、お堂の中が一切見えなかったのだ。明良の背中はまるで暗幕の向こうに入ったかのように消え失せ、遠ざかって見えるはずの灯りも既にない。

(どこに行ったの、これ!?)

それに気付いてみれば、入っていったはずの子供たちがまだ誰も戻ってこないことにも気がついてしまった。

しかし周りの大人たちは誰も焦ったりはしていない。それが、空をかろうじて冷静にしてくれた。

(危ないことがないのは本当なんだ、きっと……でもそれと、薄ら怖いのとは別なんだけどぉ!)

そうは思っても、もはや行くしかない。

でもやっぱり行きたくない、という気持ちを込めて紗雪を見上げたが、紗雪は笑顔で行ってらっしゃいと言うだけだった。

お参りを済ませ、空は仕方なく兄たちと並んで目の前の暗闇をじっと見つめた。

隣には陸が立ち、提灯をぶらぶらさせて鼻歌まで歌っている。繋いだ手の温かさと、弟のマイペースさが、今の空にはかなりの救いだった。