軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-56:最後は案外あっけなく

雪乃を乗せたフクちゃんは竹林を迷いなく駆け抜けた。姫の支配から解放された竹たちはもはや侵入者を襲う気も力もないのか、皆静かに立ち尽くしている。

フクちゃんはその竹の間をジグザグに通り抜け、あっという間にテルちゃんが作った竹の道まで来て、そこもすぐに通り抜けた。

「フクちゃん、止まって!」

竹の間を駆け抜ければ、そこにはこちらを向いてホッとした顔をしている泰造と、巨大な姫と、その周りで姫を囲もうとしている幸生たちがいた。

それらを目に入れた雪乃は、ズザザ、と滑りながら足を止めたフクちゃんの背から叫んだ。

「皆、離れて!」

その言葉を聞いた幸生たちは即座に跳びのいて距離を取り、泰造もテルちゃんを頭に乗せたまま大慌てで転がるように姫から離れる。

雪乃はフクちゃんの背に掴まりながら練っていた魔力を爆発させるように放出し、そして高らかに声を上げた。

「北陰の白魔、六花の一片、雪乃が命じる! 此は一時、春を忘れよ! 降れ、雲雀殺し!」

ドン、と重さを感じるほどの魔力が場に満ちた。宙に浮いていたなよ竹の姫の体がその圧力でズ、と下に落ちる。ピキピキと空気が音を立て、姫の頭上がキラキラと煌めいた。

「ひぇ……」

這うように雪乃の後ろに逃げ込んでいた泰造が小さな声を上げる。

幸生は前を向いたままジリジリとさらに下がり、後ろに善三や和義、正竹を庇うような位置に立った。

姫の上空で煌めいた光は見る間に白い塊となり、大粒の雪となってその場に次々に降り注ぐ。

それを嫌がるように姫は触手を伸ばして闇雲に振り回した。しかし雪を捕まえることは叶わず、その体を囲む竹も、その体に刺さったままなお繁茂している竹も、取り除くことが出来ない。

白い羽のように美しい雪は、逃げ場を失った姫の頭や翼、体に舞い降り、触れたところから根を張るように霜が食い込み、その体を凍りつかせてゆく。

半透明の体は見る間に白く濁り、柔らかそうにうねっていた体はあっという間に弾力を失った。あがくように無理に触手を動かせば、凍りついたそれは半ばからパキンと音を立てて砕け、地に落ちる。

キュィィイ! と姫が高く叫ぶが、その声にはもはや力もなく。

「幸生さん」

雪乃が名を呼ぶと、幸生がスッと前に出る。二人は静かに視線を交わし、雪乃は笑顔で頷いた。

完全に凍りつき、竹と一体化したため倒れる事を免れたなよ竹の姫の氷像。

幸生は黙って頷き返すと、その像に無造作に歩み寄り、拳を軽く持ち上げた。力を溜め、けれど溜めすぎぬよう。これ以上この場を傷つけぬよう、精一杯の注意を払い、幸生は静かにその体を拳で打つ。

次の瞬間、内部まで完全に凍りついたその体は、シャン、と鈴を鳴らしたような音を立てて粉々に砕け散った。

「さぁさ、沢山食べてくださいな!」

すっかり明るさを取り戻した楓の声で、昼の宴は賑やかに始まった。

なよ竹の姫は完全に息絶え、それを確認した一行はひとまず竹川家に戻ってきたのだ。

姫の残骸の後始末や、傷んでしまった竹林の手当など色々としなければいけないことはあるが、その前に休憩や治療、腹ごしらえが必要だ。

楓たち竹川家の女性陣は善三たちの帰りを待っている間に、しっかりと昼ご飯の用意をしていてくれた。

屋外に並べられたテーブルの上には、朝掘ったばかりのタケノコの料理がずらりと並んでいる。

「ほあぁぁあ!」

空はそれらを見つめて目をキラキラと輝かせた。パカリと開いた口からは今にも涎がこぼれそうだ。

空の隣にいた雪乃は心得たもので、孫の可愛い口から涎がこぼれぬよう、サッとその口に炒めたタケノコを一欠片放り込んだ。

「んぐっ……むぐ」

「空、お味はどう?」

「おいひい!! もっとたべたい!」

「はいはい。他にもあるわよ。次は何がいいかしら?」

「空くん、天ぷらはどう? 煮物もあるわよ」

「刺身はまだ早ぇか? 丸ごと焼いたのも美味いぞ。醤油でも塩でも味噌でも合う」

楓と善三がそう言って料理の皿を空の前に回してくれた。

皮が黒くなるまで焼いたタケノコは、切れ目を入れてパカリと開いてある。真っ白でホカホカと湯気を上げるタケノコは見るからに美味しそうだ。善三は空の為にそれをいくらか切り分けて皿に乗せ、醤油を掛けてくれた。

「ほら、たんと食え。お前のとこのちんまいのにも助けられた。ありがとうな」

「ありがとう!」

空はほかほかと湯気を立てるタケノコを大喜びで受け取り、さっそく口に運んだ。

「あまくてほくほく!」

焼いたタケノコは驚くほど甘く香りが良かった。先の方はとろりと柔らかく、根元の方はホクホクシャキシャキと食感が楽しい。えぐみは全く感じられず、ただただ美味しい。

お刺身は先っぽの柔らかいところを貰ったが、これもシャキシャキして甘みがあって、醤油と良く合う。

朝から相当な数のおにぎりを食べた空だが、その大半は魔力になって消費されたのでまだまだお腹には余裕がある。

色々なタケノコ料理を少しずつお皿に取り分けてもらい、空は上機嫌でそのシャキシャキ感を味わった。

「お前らも、ちゃんと食べてるか? 沢山働いてくれたんだ、腹一杯食ってけよ!」

善三はテーブルの端にいた泰造や怪異当番の三人にそう言って料理の皿を差し出し、酒も勧めた。

四人は働いた後の若者らしい旺盛な食欲で、たけのこご飯や料理を楽しんでいたが、酒を勧められて少し困ったような顔をした。

「じゃあ、俺は少しだけ」

「ええと、まだ昼だし、今日の当番も残ってるんで……」

「ええ~! でも、ちょっとだけならいいんじゃない!?」

「駄目だ、こら、飲むな千里」

怪異当番の二人は真面目に酒を断り、もう一人もしばらくごねていたが最後には諦めた。

それを横目に泰造はほんの少しだけ酒を貰い、焼いて味付けしたタケノコをシャクシャクと頬張る。

「泰造はもっと飲んでもいいんじゃないか?」

舐めるように酒を飲んでいる泰造を見て、良夫がふと首を傾げた。

「いや……この後また竹林行って後始末しないとだろ。アレがちゃんと死んだのかとか、卵とか子供とかいないか確認しないとだし」

泰造はそう言ってお猪口を置き、二杯目はお茶を飲んでいる。良夫はその姿を見て、ふと笑みを零した。

「お前って、なんか良くわかんねぇって思ってたけど……やっぱちゃんと村の男なんだな」

「ふん、当たり前だろそんなん」

良夫にとって泰造は友達と言うには疎遠で、幼馴染みというにもしっくりこない、何だか謎の存在だった。

家が近所でうんと小さい頃は仲が良かったと思っていたのに、成長するにつれ何故か一方的に距離を置かれ、よくわからなくなっていた。

けれど泰造もちゃんと、有事の際には自分の役割をきちんと果たす、信頼の置ける村の男なのだ。

「お前も怪異当番やればいいのに」

「はぁ!? 馬鹿言うな! んなもんになったって、俺に出来るのはお前の背中見送るだけじゃねぇか! そんなつまんねぇことしてられるか!」

泰造がそう言って顔をしかめると、千里がうんうんと頷いた。

「その気持ちはわかる~!」

「なるほど。それは確かに共感できるな。よし、じゃあ一緒に修行するか?」

「いや、勝手に共感すんな! 修行とかいらねぇし! 俺はヒヨコの鑑定士になりてぇの!」

そうは言いつつ、空に出番だと呼ばれればうきうきと駆けつけたのだから説得力はない。

何となく周囲にニコニコと温かい視線を送られ、泰造は居心地悪そうにご飯をかき込むと、席を立って逃げ出した。

「あ、たいぞうにいちゃん」

「おう、空、食ってるか……いや、めちゃくちゃ食ってるな!?」

「どれもおいしいよ!」

煮物に炒め物、丸焼きに炊き込みご飯、天ぷらやお味噌汁。

あらゆるタケノコ料理を空はもう二周している。空の前には雪乃がちょくちょくおかずを追加しているので、幾つもの皿に色々な料理が沢山盛られていた。

まだまだ行けそうな空に驚愕しつつ、泰造はキョロキョロと空の周りを見回した。

「どしたの?」

「ああ、いや……あのさ、白い鳥と、あと謎の緑の……アレ、空のだよな?」

「うん。ぼくのしゅごちょーのフクちゃんと、ともだちのせいれい? のテルちゃんだよ」

空がそう言うと、空のフードからぴょこりとフクちゃんが顔を出し、椅子の足元からテルちゃんがひょいと飛び出した。

「あ、いた。ええと、礼を言おうと思って。手を貸してくれて、ありがとな」

「ホピピッ!」

「タイゾー、ガンバッタ! オツカレ!」

泰造を奥地まで運んでくれたフクちゃんが胸を張り、力を貸してくれたテルちゃんがニコニコと労う。

「たいぞうにいちゃん、がんばってて、すごくかっこよかったよ!」

「ホントか? ありがとよ!」

子供の素直な賞賛に、泰造は嬉しそうに表情を崩した。

「空もありがとな。ちゃんと俺のこと思い出して呼んでくれて、嬉しかったぜ」

「かつやくできてよかったね!」

「ああ。仕事以外で自分の能力が役に立つって、何かいいもんだな!」

呼ばれた当初は、ア●ンジャーズの中に呼ばれてしまった一般人のような反応を見せていたが、そこには触れず空は微笑んで頷いた。

泰造は雪乃が席を立ったため空いていた椅子に腰を下ろし、足元にいたテルちゃんをひょいと持ち上げた。泰造はまた下ろした前髪の下からじっとテルちゃんを見つめ、それから何度か首を傾げた。

「照魂迷彦……変わった名前だな」

「えへへ、ぼくがつけたの。まよえるたましいを、てらすっていみなんだ!」

照り焼き目玉焼きのせマヨネーズかけハンバーグが由来だということは、もちろん秘密だ。

「迷える魂を照らすね……そう言われると何かかっこいい気がするな」

「でしょ!」

「そういえば戦ってる最中に、なんかすげー気軽に竹たちに復讐とか勧めてたけど……コイツは危なくないんだよな? まぁそれで助かったのは確かなんだけど……」

「そうなの? テルちゃん、あぶないことした?」

「シテナイヨ!」

テルちゃんはぷるぷると可愛く頭を横に振る。その姿には、全く悪びれた様子はなかった。

「まぁ竹は被害を受けた側だし、その無念が晴れるのは良いのか……? けど、精霊はよくわかんねぇのも多いから、扱いには気をつけろよ、空」

「テルハワカンナクナイヨ! テルヲツクルノハ、ソラノオモイダヨ! ダカラテルハ、イイセイレイダヨ!」

泰造の忠告にテルちゃんはプンプンと怒ったように両手をピコピコさせて抗議した。

空はそんなテルちゃんの頭を撫で、泰造に頷く。

「テルちゃんは、よくわかんないとこもあるけど……でも、いいこだとおもう!」

形を失い消えかけていたものを、テルちゃんにしたのは空の願いだ。空はその本質を知っている。

「ぼくねー、テルちゃんにたすけてってねがったんだよ。だから、テルちゃんはたすけてくれるせいれいなんだよね?」

「ソウダヨ!」

そのやり方が少々人の想定を外れていて理解しがたいこともあるのだが、それは変わっていない。空はフクちゃんやテルちゃんとの付き合いの中で、そういうことを少しずつ学んでいた。

テルちゃんは泰造の手の中からぴょんと飛び出し、地面に下りると短い手でピッと泰造を指し示した。

「セカイヲツクルノハ、ヒトノオモイダヨ! ダカラタイゾーハ、ウジウジシテナイデ、ココロヲチョットイレカエルヨ!」

その言葉を聞いて泰造は微かに痛いところを突かれたような表情を浮かべたが、目が隠れているせいか、それは幸いにも空たちには伝わらなかった。

「テルちゃんって、ときどきむずかしいこというね」

「テルハカシコイヨ!」

空はそんな賢いテルちゃんを良い子だと抱き上げ、その頭を撫でる。ほのぼのしたその光景はとても悪い精霊と騙されている子供には見えない。

「……心を入れ替えるねぇ」

生まれた時から持っている、不便で、自由にならない能力。それに縛られて、夢見たところに行くには足りない事ばかりが目に入って、思い知って。

入れ替えたくらいで何とかなるならそうしたいと、きっとずっと願ってきた。

「そんな簡単に出来りゃ、苦労しないっての」

小さく呟いた言葉は誰の耳にも届かず、泰造の足元にぽそりと落ちた。

目の前の子供たちが何だか妙に眩しくて、泰造は目元を隠した前髪を撫でつけ、ため息を一つ零したのだった。