軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-18:良夫の災難

「うう、また何でこんな事に……」

米田家の門の前で、良夫ががっくりと項垂れている。

結局酔っ払いの戯言から逃げ切れず、和義に引きずられるようにして連れ出され、家の前で軽く手合わせをする事になったからだ。

傍には空と陸、そして他の子供たちもいつの間にか全員揃って見学にやってきて、多くの視線を浴びた良夫は如何にも逃げ出したいという空気を纏っていた。

「俺がかっこいいところを見せるんだから、いい加減諦めろっての!」

「いや、米田さんとやりゃ良いじゃないですか!」

「俺が負けるだろうがよ! 孫を前にした幸生なんて、そんな物騒なもん相手に出来るか!」

確かに、とその場の大人たちの大半がその言葉に頷いた。

空も納得してうんうんと頷くと、肩の上でフクちゃんが同意するようにホピホピと鳴いた。

ちなみにテルちゃんは小雪にギュッと抱えられて、手足をゆらゆらさせている。

「ほら、良夫も和義も、これ使え」

二人が距離を取ろうと動く前に、善三がどこからか一メートルくらいの長さの細い竹棒を取り出し、二人に放り投げた。

和義はその一本を受け取り、握りを確かめて一回振ってから首を傾げる。

「お前って何でいっつも竹棒持ってんだ?」

「俺の商売道具だからに決まってんだろうが。それよりも、それを折った方が負けだからな。あと手足は出すなよ」

「何ぃ? これ、付与は?」

「してあるわけねぇだろうが」

首を横に振ってそう言う善三に、和義は困ったように眉を下げた。

「こんなもん、付与がなかったらすぐ折れちまうじゃねぇか!」

「だからいいんだろ? 加減しろ加減。折れないように振れば、チビ共にもよく見えるだろ」

(すごい。酔っ払ってるのにそんな事まで気が回る善三さん、さすがぁ)

そのやり取りを間近で聞いていた空は感心しきりだ。

一方の良夫はつい受け取ってしまった竹棒を何度か振ってみて、折れた方が負けという言葉に逆に安心したようだった。そんな縛りがあるなら、和義と真正面から本気でやり合うような事にはならないからだ。

「チッ、仕方ねぇなぁ」

「チビ共に見せる組み手だとでも思え」

「わかったよ」

和義はそう言うと、若干ふらふらした足取りで家の前の道に出て、良夫と距離を取って立ち止まった。

「よし、じゃあ好きにかかってこいや、良夫」

「はぁ……じゃ、いきますよ」

良夫は深いため息を一つ吐くと、諦めたように片手で竹棒を握り、少し腰を落とした。そして、トン、とごく軽く地面を蹴る。

次の瞬間、たったその一蹴りで良夫は十メートルほど先にいた和義のすぐ前にいた。

カン、と竹棒同士がぶつかる軽い音が周囲に響く。

ぶつかった反発を利用するかのように良夫はすぐにフッと離れ、その影を切るように和義の持つ棒がブンと振られた。

大ぶりしたその腕を狙うように、良夫の棒がまた迫る。しかし和義はわずかな体重移動だけでその軌道から身を逸らした。

「くっ、短ぇしやりづれぇな!」

ブン、と竹棒を大きく振り回し、和義が愚痴をこぼした。

「普段鍬だの大鎌だのばっかり振ってるからだ」

「うっせぇ! 俺は農家なんだよ!」

確かに、農家だと思えばそれは至極正しい。

そんなやり取りの間にも良夫は素早く打って出てはすぐに身を引き、和義はその後を追うように棒を振るう。

「なんで、当たん、ないのか、ほんっと、わかんね、ん、ですけど!」

良夫は竹棒を少し短く持ち、慣れた武器の長さに寄せて素早く振るっている。良夫の強みはその素早さと手数の多さだ。しかし何度棒を振っても、それが全て空振りに終わってしまう。和義の方には隙があるように見えるのに、何故か良夫の攻撃が当たらないのだ。

和義は力加減に苦心しているため攻撃こそぎこちないのだが、良夫からの攻撃はわずかな足捌きと体捌きだけで紙一重で躱していた。

どこかぎこちなく続く剣舞のような動きに、子供たちは目を丸くして見入った。二人にしてみれば制限付きでやりづらい事この上ないだろうが、子供たちの目には十分かっこよく映っていた。

「すっげぇ……田舎の人って、ほんとに強いんだ!」

「なんかすごーい! でもよくみえない!」

「ほわぁ……」

都会育ちの三人にとっては、何か良くわからないが二人ともすごい、という感想のようだ。田舎育ちの三人は、その傍で二人の戦いを応援している。

空は自分の隣で目を見開いている陸に、何となく親近感を抱いた。自分も最初はこんな顔をしていたんだろうか、と思ったのだ。

そこから去年の田植え祭りの時のことを思い出し、ふとすぐ近くにいる幸生を見上げる。幸生は退屈そうに戦う二人を眺めていた。空は良いことを思いつき、見上げた幸生の足元に歩み寄って手招きをした。

「どうした、空」

「あんね、じぃじ……」

ものすごくかがみ込んで近づいた幸生の耳元に空がこしょこしょと囁くと、幸生が一つ頷く。

幸生はひょいと空を抱え、その右肩に軽々と乗せて座らせた。そして、良夫たちに見入る陸にも手を伸ばす。

「ひゃっ!?」

急に脇腹に手を入れられ、陸が跳び上がる。

幸生はそのまま陸を掬い上げ、自分の左肩に座らせるとぐっと立ち上がった。

「わ、わわ、なに!? たかい!」

「りく、じぃじだよ! じぃじがのせてくれるって!」

「えっ、え!?」

陸は慌てたようにパタパタと手を動かしていたが、幸生の頭を挟んですぐ隣にいる空に気がついて手を伸ばした。

空はその手を取って幸生の頭に添え、上手に陸を掴まらせる。空の肩からフクちゃんがぴょいと飛び降り、幸生の頭に着地した。

「うわぁ……!」

陸は急にものすごく高くなった視界に目を輝かせた。

隆之に肩車してもらったときよりも、さらに高いのだ。そしてそこからだと、さっきまで見上げていた二人の戦いがよく見える。

「すごい! じぃじ、すごいたかい!」

陸がそう言ってはしゃぐと、幸生がぐふっとおかしな呻き声を上げた。どうやら陸にじぃじと呼ばれて嬉しかったらしい。

「じぃじ、たかくてかっこいいよね?」

「うん……!」

「よしおおにいちゃんと、かずおじちゃんは?」

「どっちもすごい! かっこいい!」

陸は今度は素直にそう認めて頷いた。そもそも、陸の視線は二人の戦いに最初からずっと釘付けなのだ。空は陸が認めてくれたことで嬉しくなって、満面の笑みを浮かべて良夫と和義の方に向き直る。

「がんばれー! おにいちゃんもおじちゃんも、がんばれー!」

「がんばれー!」

「よしおにいちゃん、いけー!」

「おっちゃん、大技見せてよ!」

空と陸の声援に釣られて、明良や武志が声を上げる。それを見ていた樹たちも真似をして、楽しそうに声を上げた。

「よし、いっちょはりきるかぁ?」

「止めてください! これただの竹棒なんで!」

「そりゃお互い様だ、ろ!」

和義がタイミングを合わせて良夫の攻撃を受ける。ガツン、と大きな音を立てて竹棒が正面から組み合うようにぶつかり、双方の棒がミシリと不吉な音を立てた。

「やべっ!」

「おっと」

それに気がついた二人はすぐに力を緩めて身を離す。かっこいいところを見せたくても、そろそろ棒の方が限界らしい。付与もしていないただの細竹では普通に握って振っているだけでも少しずつダメージが蓄積されるのだ。次に強く打ち合えば、それだけでどちらもが折れてしまいそうだ。

和義は自分たちを応援する子供たちをちらりと見て、そしてニヤリと笑みを浮かべた。

「やっぱ、かっこいいとこ見せるべきだろ?」

「ったく……お手柔らか、に!」

この大人げない男が引かないとわかってか、それとも自身も少しはかっこいい所を見せたいと思ったのか。良夫は大きく跳びすさるとぐっと身を低くし、自分の体で隠すように竹棒を後ろに構えた。

「行きますよ!」

「おう!」

和義の返事を合図に、良夫の体が一瞬さらに深く沈み込む。かと思うと次の瞬間、良夫の姿がかき消えたように子供たちには見えた――正確に言えば、武志たちを含めた子供たちの視界から、良夫がパッと消え見えなくなったのだ。

「うおりゃあぁっ!」

そして良夫が姿を消したとほぼ同時に、和義が大上段に振りかざした竹棒を正面の地面目がけて振り下ろす。

ドンッ、と大きな音がして、和義が竹棒を振り下ろした地面が大きく爆ぜ、驚いた子供たちが悲鳴を上げた。雪乃が薄い結界を張り、見物人をその余波から守った事も子供たちにはわからない。

土埃が高く舞って周囲の景色をわずかにぼかし、その薄膜を切り裂くようにヒュッと竹棒が振られた音が聞こえた。

「おっと!」

後ろから襲いかかった竹棒を和義はくるりと体を回して綺麗に避けた。

一撃、二撃と、さっきまでの攻撃と違い、振られた棒も左右に位置を変える良夫の姿もぶれて良く見えないほど、その動きは速い。

しかし和義はそれら全てを躱し、そして一瞬の隙を突いて良夫の襟を掴んだ。

「ほいっと」

「うっわ!?」

ぽいと良夫の体が高く投げられ、慌てた良夫が空中で身を縮めてくるりと回る。その体が着地する地点を狙って和義が足を出そうとして――「そこまで!」――そして、制止の声が掛かった。

和義は蹴りを繰り出す寸前でピタリと止まり、その隙に良夫がくるくると器用に回転して体勢を整え着地し、声の主の方を振り返った。

「勝負あり。良夫の勝ち!」

善三が声高に宣言すると、固唾を呑んで見守っていた子供たちがわっと沸いた。

「はぁ!? 何でだよ!」

自身の負けを宣言され、和義が抗議の声を上げる。しかし善三は首を横に振り、和義の手元と足元を指さした。

「お前の棒、折れてるじゃねぇか」

「あ、やべ、そうだった!」

和義が田起しをするようにただの竹棒を振ればどうなるか。

かっこいいところを子供たちに見せたいという事しか考えなかった結果、和義の竹棒は無残にも手元の一部を残して木っ端微塵になっていた。

「つーか、手足も禁止だっつったのに、お前それも忘れてただろ」

「うっ! い、いや、ちょっと引っかけただけだし! まだ蹴ってねぇし!」

「寸前だったじゃねぇか。ったく大人げねぇ」

容赦の無い指摘に和義はぐぎぎ、と奥歯を噛みしめた。

「良夫兄ちゃん、かっこよかったよ!」

「あの消えるのどうやんの!? 俺にも教えて!」

「おれもおれも!」

「ね、小雪とデートして!」

「こゆきちゃん、でーとってなぁに?」

一方の良夫は立ち上がった途端子供たちに纏わり付かれて、おろおろと困惑している。

和義はかっこよさという観点でも若者に負けてしまったらしい。

見物していた隆之と紗雪も今の戦いに何か感じるものがあったらしく、二人まで何だかキラキラした眼差しをしていた。

空はそんな皆を幸生の肩の上から見下ろしながら、二人のかっこいいところが見られて楽しかった、と満足そうに笑い。

そして、ふと隣の陸の方を見た。

「……りく?」

陸はどこか遠くを見つめるような瞳で、良夫と和義の事を見つめていた。その瞳はどこか静かで、興奮や憧れ、あるいは畏怖などといった、他の子供たちから感じられるような色を宿してはいないように見える。

「りく?」

空がもう一度声を掛けると、陸はハッとしたように空の方を振り向いた。

「りく、どうかした? おにいちゃんたち、こわかった?」

空がそう問うと、陸は首を横に振った。

「ううん。こわくない。なんか……すごくて、びっくりした」

「そっか……そうだね、すごかったね」

「うん。ね、そら……そらも、いつかあんなになる?」

陸の問いに空は少し考え、首を捻った。

「どうかなぁ。まだわかんない。なれたらいいなっておもうけど」

「そっか……なりたい?」

「うん。ぼくね、つよくなって、じぃじといっしょに、おやさいつくるんだ!」

空がそう言うと、それを間近で聞いた幸生がふぐっとくぐもった声を発した。

「じぃじとそらのやさい……ぼく、やさいきらいだけど、それならたべたいな」

「ほんと? じゃあ、ばぁばにたのんでおくってもらうね!」

「うん……うん」

陸は嬉しそうに、けれどどこか元気のない様子で頷く。

「りく?」

空は陸の顔を覗き込んだが、陸はそれを誤魔化すように笑い、それっきりなにも答えなかった。

陸の視線の先では、雪乃と美枝に怒られた和義が、道に開けた大穴を必死で埋め戻している。空もそれを眺めながら、何となく陸の手をギュッと握り、頭を傾けてコツンと当てた。幸生の頭に乗っていたフクちゃんが二人の間にむきゅふわっと挟まれ「フピッ!?」と可愛く一声鳴いた。

陸がここにいられるのはそう長い時間ではないということを、空はふと考える。

(その間は、なるべく一緒にいよう)

何となく、空はそんな事を思ったのだった。