作品タイトル不明
2-15:暖かな夜
昼食の後、空は兄弟にテルちゃんを紹介することにした。
いつも首に提げているお守り袋には、テルちゃんの依り代の石が入っている。
それを取り出し、空はまず陸に見せた。
「りく。これね、いろがちょっとかわっちゃったけど、りくがくれたいしなんだよ!」
「そうなの? なんかきれいになってる!」
陸は半分緑色に変わった石を見て不思議そうに首を傾げた。
「テルちゃんがはいったら、かわっちゃったんだ。ね、テルちゃんおきて!」
空が呼びかけると、石がチカチカと瞬くように光る。
そしてそこから緑の煙のようなものがシュルリと立ち上り、それがポフンと霧散するとテルちゃんがぴょんと飛び出した。
「ひゃっ!?」
「えーっ、かわいーい!」
「何これ! これがテルちゃん?」
畳の上にスタッと降り立ったテルちゃんは、見知らぬ子供たちに少し戸惑ったようにキョロキョロと辺りを見回し、それから空を見つけてその足元に走り寄った。
「ソラ! ソラ、ダレ?」
「あんね、ぼくのきょうだいだよ。おにいちゃんと、おねえちゃんと、おとうとのりく! そんで、このこがテルちゃん!」
空はテルちゃんを抱き上げて、皆に見えるように差し出した。
「すごーい! ぼくのいし、ようせいになった!」
「かわいい! 私にもだっこさせて!」
「空、これもすごいの? 何が出来るんだ?」
空はテルちゃんを小雪に手渡し、樹の質問には首を傾げる。空がテルちゃんに力を貸してもらったのはウメちゃんを梅の木から起こした時だけで、それ以来一緒に遊ぶことしかしてないのだ。
「うーん……よくわかんない! でもかわいいから、いいとおもう!」
「イイトオモウ!」
空がそう言うと、テルちゃんも短い手をピッと上げて同意を示した。
「あはは、りくもいいとおもうー!」
その姿に、陸も笑って頷く。陸は自分の石を空が大事にしてくれていた事が嬉しいようで、にこにことご機嫌でテルちゃんを優しく撫でた。
そんな風に和やかに過ごしていると、片付けを終えた雪乃と紗雪が居間に戻ってきて、空と陸に声を掛けた。
「さて……そろそろ、空と陸は少しお昼寝したらどうかしら? 今朝は皆早起きだったでしょう」
「そうね。樹と小雪はどうする?」
「俺、平気!」
「私もー!」
「じゃあ、二人はヤナと庭の散歩でもするか」
元気が余っている上の子二人はヤナに連れられて大喜びで庭に出て行った。
空と陸は、雪乃と紗雪に連れられて寝室に移動する。
お腹いっぱいになったせいか、皆の顔を見て安心したせいか、空も何だか眠くなってあくびが零れた。釣られたようにほぼ同時に陸も大きなあくびを零す。
同じ顔で同じタイミングであくびをした二人を見て、雪乃と紗雪はくすりと笑った。
空は陸と一緒に布団に寝転がり、ごろりと向きを変えて隣にいる陸を見た。
東京の家にいた頃と同じように、陸がすぐ隣にいる事が嬉しい。陸も同じ気持ちなのか、空の方を見てにこにこしている。
紗雪が二人に布団を掛け、その肩をポンポンとゆっくりと叩いてくれる。
それも昔と一緒だ。
隣にある体温と、優しいリズムに空はすぐ眠りに誘われ、瞼を閉じた。
その閉じた瞼からほんの一筋零れた涙は、誰にも見られず静かに枕に吸い込まれていった。
一方、子供たちと女性陣がいなくなった居間では、残された幸生と隆之がどことなく気まずそうにお茶を啜っていた。
隆之は片付けや子供の世話の手伝いを申し出たのだが、気兼ねせずお茶でも飲んでいてくれと言われてしまったのだ。
囲炉裏の角を挟むようにして幸生と共に座り、手持ち無沙汰を誤魔化すように湯呑みを手にしながら、何か会話の糸口はないかと頭を巡らせる。
そもそも、実は隆之が幸生と顔を合わせるのはこれが二回目だった。一回目は東京駅で空を幸生たちに預けたあの日だ。
紗雪と結婚することになったときも、長男である樹が生まれたときも、実家に挨拶に行こうかと隆之は提案したのだがそのどちらも叶わなかったのだ。
まだその頃は魔狩村の外れまで線路は届いておらず、村も一級危険地帯だった。
隆之は学生の頃にダンジョンに行ったことがあったので一応探索者としてのライセンスは持っているが、ランクは高くない。それに一言でライセンスといっても、都会の探索者資格と田舎の危険地域居住資格ではまったくその効力が違う。
紗雪が、田舎では無いも同然程度の資格しかない夫や生まれたばかりの子供を連れて里帰りするには、魔砕村は少々危険すぎた。
加えてその頃は、雪乃や幸生では逆にライセンスのクラスが高すぎて、気軽に県外に出る事が制度的に難しかった、という事情もあった。様々な規制が緩和されたのは本当にここ数年のことなのだ。
それまでは外から来る者達などほぼ皆無で、かろうじて隣の魔狩村辺りに、そこまで自力や住民の伝手を利用して辿り着ける一流(?)の探索者がたまに訪れる程度だった。
線路の延伸や誘致、行き来の規制緩和のために、周辺地域の危険生物の間引きやヌシとの対話、結界の敷設など、村一丸となってしてきた様々な取り組みの結果が、今日の紗雪たちの里帰りなのだ。
結婚の報告や子供が生まれた報告、その子供たちの近況報告などは定期的にしてきたが、手紙でのやり取りだけで、それも紗雪が主にしてきた。
隆之はこの、そこにいるだけで威圧感のある義父と何を話して良いのかわからない。
とりあえず手元のお茶をちみちみと飲みながら、早く誰か戻ってきてくれないかと考えていた。
すると、同じようにお茶を啜っていた幸生が、ふ、と一つ息を吐いて隆之に声を掛けた。
「……隆之くん」
「はっ!? はい!」
突然声を掛けられ、隆之がビクリと跳ね上がる。顔をそっと上げると、幸生と視線が合って一瞬震えそうになったが必死で堪えた。
「な、なんでしょう?」
声が裏返らないように気をつけながら聞くと、幸生は少し迷ったように目を伏せ、それからまた口を開いた。
「あの子は……紗雪は、都会で上手くやっていたか?」
その問いに隆之は目を見開いた。唐突に紗雪の事を聞かれるとは思ってもみなかったのだ。
隆之は少し考え、表情を引き締めて幸生を見つめ返した。
「……紗雪は、その、すごく良い妻で、良い母です。僕は結婚してから、彼女に助けられるばっかりです」
隆之がそう言うと、幸生はうむ、と頷く。
「……手紙では、君とは仕事先で出会ったとだけ書いてあった」
「ああ……紗雪は詳しい事は書かなかったですか?」
「うむ」
田舎を飛び出した紗雪が、都会で暮らしていた友人の姉を頼ったというところまでは、幸生たちは知っていた。
しかしどんな仕事に就き、どんな生活をしているかまでは紗雪は知らせてこなかったのだ。
結婚報告の手紙で、仕事先で出会った人と結婚する、と書いてあったがその詳細も幸生は知らなかった。
幸生が言葉少なにそれを告げ、心配していた、と言うと、隆之は申し訳なさそうに頭を下げ、それから紗雪との出会いを思い返した。
「僕と紗雪は、彼女が働いていたレストランで知り合ったんです。僕がよく行ってたお店で彼女が働き始めまして」
レストランで働き始めた当初は幾らか失敗もしたようだが、仕事に慣れてからの紗雪はあっという間に常連の間で有名になった。
細い腕に大量の料理の皿を載せて軽々と運び、誰よりも素早く店内を移動する可愛い子がいると。
何か魔法でも使っているのか熱い鉄板でも平気で素手で運び、後ろに目でも付いているように酔っ払いやナンパ男の接触を避け、注文をしようと顔を上げれば呼ぶより早く傍にいる。
そんな姿が気になって見つめるようになり、常連として少しずつ会話を交わし、ゆっくりと親しくなってから、隆之は勇気を出して紗雪をデートに誘ったのだ。
その能力から紗雪がただ者ではない事はわかっていたが、朗らかな性格に隆之はすっかり惚れ込み、その出自など気に掛けることはなかった。
結婚する前に両親に挨拶に行きたいと言ったら実家は一級危険指定区域だと打ち明けられ、流石にその時は目を剥いたのだが。
「紗雪はすごく有能でレストランでは重宝がられていました。僕と結婚してしばらくしてから子供が出来たので仕事を辞めたんですが……僕は店主にすごく文句を言われましたよ」
しばらくは料理が来るのが遅かったり、中身が少なくなった気がしたほどだ。
「そうか……紗雪が、食堂の給仕か」
幸生は意外そうにしつつも、愛想がよく身体能力も高い紗雪には案外向いていたのかもしれないと頷いた。
「紗雪は、楽しそうにしていたか?」
「ええ、いつも。店が忙しくても彼女は笑顔でくるくると働いて、とても楽しそうでした。僕はその笑顔に惹かれたんです……本当は、もっと早く挨拶に来れたら良かったんですが」
そう言って肩を落とした隆之に、幸生は首を横に振った。
「今で良かった。君と子供たちに囲まれて、紗雪は幸せそうだ。それが何よりだ」
「……ありがとうございます」
ぽつりぽつりと、紗雪と隆之の思い出話を聞きながら、幸生は脇に置いてあった急須を手に取って中身を入れ替えた。囲炉裏に掛けてあった鉄瓶を外し、お湯を注ぐ。
二つの湯呑みに新しいお茶を入れ、またさっきまでと同じように二人はしばし黙ってお茶を飲んだ。
気付けばいつの間にかその時間は、気まずい物ではなくなっていた。
久しぶりの再会と団らんを終えた、その夜。
杉山家の家族は二階の部屋に泊まるため、皆ではしゃぎながら布団を何枚も敷いた。
米田家は一部が二階建てで、昔は二階には紗雪の部屋と客間があった。
紗雪が家を出て東京で結婚し子供を産んだ後に部屋は改装され、壁を取り払って続きの畳の部屋にしてある。
いつか紗雪が家族を連れて里帰りする事が出来るように、と幸生が提案して広くしたのだ。
紗雪が使っていた机や棚はその一部が部屋の端に残ったままで、紗雪は布団を敷き終えてから、懐かしそうにそれらを眺めた。
「まま、ここでべんきょうしたの?」
空が聞くと紗雪が頷き、机に残った傷や、一カ所だけ不自然に丸くなった角を指先でなぞった。
「ママはあんまり勉強が好きじゃなかったけどね。懐かしいなぁ……これは夏休みの工作をしていて、彫刻刀で板を削ろうとしてうっかり下まで削っちゃったときの傷ね。板がちょっと堅かったから彫刻刀と腕に強化を掛けたらやり過ぎちゃって」
失敗しちゃったのよね、と言って紗雪がなぞった場所には、色の違う大きな傷が残っている。どうやら大きく深くえぐってしまった場所に他の木片を埋め込んで表面を削り、磨き直してあるらしい。
その丁寧な仕上がりに、空は何となく善三の顔を思い浮かべた。
「……かどのまるいのは?」
「それも、身体強化の練習をしていて、うっかり掴んだらパキッと欠けさせちゃって……後で綺麗に削り直して、不壊の付与もしてもらったのよ」
ママはうっかりが多かったらしい、と空は一つ学んだ。
そして多分それにも善三が駆り出されている気がする。
「空も、学校に通うようになったら良かったら使ってね。もし新しいのが欲しかったら……ママたちが東京から送るか、善三さんに新しいのをお願いしようかしらね?」
「ぼく、ままのでいいよ」
不壊が施されているなら、空がうっかりしても大丈夫そうだ。それに、きっとその傷を見たら紗雪を思い出すことが出来る。
そんな紗雪と空の会話を、布団に転がってお泊まりにはしゃいでいた樹たちが聞いていた。
「そっか……空はこのまま、ここで小学校行くのかぁ」
「うん……つくえ、三つになっちゃうね」
東京の家の子供部屋には、樹と小雪の勉強机が隣り合わせて並んでいる。陸が小学生になる頃には、きっともう一つ増える。けれどそこに空の分が並ぶことはない。それに思い至って、二人は何だか急に寂しくなった。
傍にいる陸はもっと寂しそうな顔をしている。
陸はギュッと口を引き結んで立ち上がると、紗雪と空の所に走り寄って二人にドンとぶつかった。
「わっ」
「あら、陸? どうしたの?」
「……もうねる! いっしょに、ならんでねるの!」
陸は紗雪のパジャマのズボンと、空のパジャマの背を強く掴んで、ぐいぐいと引っ張る。
空はちょっと照れくさそうに、けれど嬉しそうに陸に頷いた。
「ならんでねよっか!」
「うん!」
その日、兄弟は四人で並んで眠りについた。
まだ寝相の悪い子供たちがごろごろと転がってあちこち向いてしまうのも、紗雪と隆之にとっては愛おしい。
明日も、皆そろって朝を迎えられる。
それが誰にとっても嬉しい、優しい夜だった。