作品タイトル不明
2-13:さっそくの洗礼
ひとしきり泣いた後、二人は落ち着きを取り戻し、空は改めて紗雪にギュッと抱きついた。幼児二人を泣き止むまで抱えていても紗雪の腕は揺るぎもしない。
「まま、あいたかった!」
「ママもよ……空、元気になって良かった……」
「まま、まま! そら、ぼくとおんなじ!」
「うん、同じだね。良かったね、陸」
笑って二人を抱きしめ、それから紗雪はくるりと振り向いて空を隆之に渡す。
隆之は空の体を高く持ち上げ、その重さを確かめて泣き笑いのように表情を崩した。
「空……空、大きくなって……重くなったなぁ。本当に元気になったんだな……」
「うん! ぱぱ、ぼく、げんきになったよ!」
「じゃあ、約束通り外でいっぱい遊ぼうな!」
「うん!」
隆之が空を下ろして涙を拭うと、今度は両脇から樹と小雪に抱きつかれた。
「空、おっきくなったな!」
「ほっぺたも、まるくなったね!」
樹が空の髪をかき回し、小雪が丸くなった頬をぷにぷにと突く。
「えへへ、ありがと!」
空が笑顔で二人の顔を見上げると、二人は瞳を潤ませて、けれど同じようににっこりと笑った。
「空が元気になって良かった……皆で外で遊べるな!」
「いっぱいあそぼうね!」
「うん!」
「りくも! りくもそらとあそぶ!」
紗雪の腕から下りた陸もまた空に突撃して、兄弟は一塊になって明るい声で笑い合った。
公園での遊びも、部屋での兄弟げんかも、空だけは体が弱くて参加したことはなかった。
どんな事でももう一緒に出来ると思うと子供たちの顔が綻ぶ。
「空、良かったわね。皆に元気な姿が見せられて」
「うん! すっごくうれしい!」
空は陸としっかり手を繋いで、雪乃に頷く。雪乃の後ろでは幸生がまだ天を仰いでいた。
杉山家の一家が一年ぶりの再会を果たし、祖父母とも久しぶりに顔を合わせた後。
「このこ、フクちゃん! ぼくのしゅごちょーなの!」
「えー、かわいーい! さわらせて!」
空は幸生の肩の上で大人しく待っていてくれたフクちゃんを回収して、皆に紹介した。
可愛いものが好きな小雪が大喜びでフクちゃんを撫で、樹も陸も興味津々で空の手に乗る小さな姿を覗き込んだ。
「空、身化石から孵すなんて、すごいねぇ」
「可愛い小鳥だなぁ。空の好きな色だね」
「うん! フクちゃん、すごいんだよ! ぼくのこと、いっつもたすけてくれるの!」
フクちゃんは普段は可愛いだけの小鳥だが、いざという時はとっても頼りになる。
空が大きく手を振りながら一生懸命説明すると、フクちゃんは嬉しそうに小さな手の上でぴゅるぴゅると囀った。
「しゅごちょーが石から生まれるって、何かすっげー! 俺も石探したい!」
「私も!」
「りくもー!」
「いっしょにさがそ! あ、あとね、テルちゃんっていうこもいるんだよ! いまはねてるから、あとでしょーかいするね!」
「えー、その子もかわいい?」
「空の周りは賑やかなのねぇ。楽しみね」
聞いてほしい楽しい話が次々出てきて、話は尽きない。
そんな風に賑やかにお喋りをしながら一行は駅舎を通り過ぎ、駅前の広場に来たのだが。
そこで杉山家の家族はさっそく揃って目を大きく見開き、ぽかんと口を開けた。
「カメー!? すっげーでけー!!」
「キャー! なにこれ!」
「わぁ……かめさん!」
樹は驚きながらも目を輝かせ、小雪はちょっと腰が引けつつも興味津々で遠巻きにキヨを眺める。
陸は少し驚いたようだが、物珍しそうに真っ先に近づいていった。
空はそんな兄弟たちそれぞれの反応を見て、目を見開いた。
(皆ビックリしてるけど、あんまり怖がってない……僕より順応性高そう……!)
ちょっと負けたような気分を抱えて、空はふと後ろにいる両親の方を振り向いた。
「キヨちゃん、すっかり大きくなったのねぇ」
紗雪はキヨの事を知っていたようで、嬉しそうな顔をしている。しかし父の隆之は。
「か、カメが……バス……? え? バス!? カメ大きすぎない!? え?」
頭の上に疑問符をいっぱいに浮かべ、若干青ざめた顔で遠くを見る眼差しをしていた。
それを見て空は何だか深く安堵し、すすす、と隆之の傍に近寄ってその手をきゅっと握る。
隆之はその感触にハッと我に返り、空を見下ろして顔を引き締めた。
「だ、だだ、大丈夫だぞ空! か、カメさん、すごいな!」
まだ少し顔は引きつっているが、とりあえず意識は取り戻したらしい。
空はこの村に来て以来、初めて仲間を見つけたような心地で隆之に優しい笑みを向けた。
(パパとは、わかり合えそうな気がする……!)
そんな驚きの後、一家は田亀とキヨに挨拶をしてさっそくバスに乗り込んだ。
ドスドスとキヨが走り出すと、子供たちが嬉しそうに歓声を上げて窓の外を見る。しかしまだ見えるのは木々ばかりだ。
「すっごい木ばっかり!」
「キヨちゃん、はやいね!」
窓の外の木々はようやく緑の芽が出そろってきたところで、山はまだ淡く優しい黄緑色だ。常緑樹ももちろん多くあるが、それでも遠くから見れば全体的には淡い色をしていた。
「ぼくね、きみどりのやま、すきなんだよ!」
「きれーないろだね!」
空はこの春に初めて知ったその色が好きだと、陸に山を指さして教えた。陸も景色を眺めて頷く。
やっと雪が消え、耕し始めたばかりの田んぼや畑のただ中をバスが走る。
子供たちは山に囲まれた風景を面白がり、要塞のような魔狩村を見てカッコいいとはしゃいだ。
隆之の顔だけは魔狩村を囲む高い壁を見て少々引きつった顔をしていたが。
やがてバスは峠を越え、魔砕村へと辿り着く。
「ここが空の住む村? 山と田んぼばっかりだなー」
「なにかおもしろいこととか、かわいいものあるかなぁ」
「そらのむら……ぼくもすみたいなぁ」
外を眺める陸がそう呟き、空は陸の手をぎゅっと握った。顔を見合わせて、空は陸に明るい笑顔を見せる。
「りく、たのしいこといっぱいあるから、いっしょにあそぼ!」
「……うん!」
頷く陸の頭を、隣に座っていた紗雪が優しく撫でる。
「何日も泊まるから、沢山遊べるわよ!」
「うん! いっぱいあそぶ!」
陸が笑顔で元気良く頷いたそのすぐ後に、外を眺めていた樹が突然大きな声を上げた。
「ええっ!? 何あれ! か、カブトムシ!?」
その声に釣られて外を見れば、少し離れたところに見える林の縁で、子供たちが巨大なカブトムシを狩っている。空が初めて魔砕村に来た時に見たものとほぼ同じだ。
(皆も、さっそく田舎の洗礼を……!?)
と空は心配して樹や小雪の顔を見た。
「か、かっけー!! なにあれ! え、俺もやってみたい!」
「あの男の子たちすごぉい! かっこいい!」
しかし二人は何故か目を輝かせている。空の方がその反応に呆気にとられてしまった。
「え……おにいちゃんたち、あれ、こわくないの?」
「カブトムシ? いや、ちょっと怖いけど、でもすっげーカッコいいじゃん? ここってやっぱ魔境なんだな! 強い魔獣とかいるのかな!? 冒険者とかも見てみたいよなー!」
「あの子たち、私とおなじくらい? もうちょっとおっきいかな? そら、知ってる子がいたらしょうかいして!」
二人の感想はとても逞しい。
空が遠い目をしていると、服がつんと引っ張られ、振り向くと陸も目を輝かせていた。
「そら! そら、むしすごい! そらもとった!?」
「ぼ……ぼくはとって、ない……かな?」
残念ながら捕ったのはフクちゃんで、空は巨大なカブトムシに捕られかけ、助けてもらった方だ。
それは言わずに首を横に振ると、陸は笑顔で頷いた。
「じゃあ、りくといっしょにとろ!」
「えええぇ……う、うん……」
空は自分とは違う、生粋の子供の順応性の高さや好奇心の強さ、恐怖心の無さを目の当たりにして思った。
(……あああ、羨ましい! 僕も、今すぐ前世の記憶を捨てたい!!)
空のそんな気持ちに共感してくれそうなのは、カブトムシの大きさを見て、とんでもないところに来てしまった……と小さく呟き遠い目をしている隆之だけだった。