作品タイトル不明
2-11:再会の一歩前
春もそろそろ半ばを過ぎた頃。
空は開け放した縁側で、ぽかぽか暖かい春の日差しを浴びながら外を眺めていた。
空の右隣にはヤナ、左隣にはフクちゃんとテルちゃんと……そして何故かその可愛い二匹(?)を挟んで、先日山に帰っていったはずのルミが座っている。
「今日は良い天気ねぇ」
「う、うん……」
「良い天気ねじゃないわ! 貴様、何をしに来たのだぞ!」
今日は天気が良いし風も暖かいから縁側でおやつにしようと窓を開け放って皆で腰を下ろした途端、この珍客が現れたのだ。
空は突然のお客に困惑しつつも、今日のおやつの芋餅にフォークを刺して口に運んだ。焼いた芋餅にみたらし餡がかけてあるもので、とろりとした餡が甘じょっぱくてとても美味しい。
当の本人はニコニコと楽しそうに、フクちゃんとテルちゃんを指先でそっと撫で、それから頬を膨らませてもちもちしている空を眺めている。小さくて可愛いものを見られたのが嬉しいらしい。
「うふふ、かーわいい! 来て良かったわぁ」
「だから、うちに遊びにくるなと言うのだ! 山の縄張りはどうしたのだ!」
ヤナが噛みつくようにそう言うと、ルミはどこからともなく大きな緑色の包みを取り出した。
「今日は遊びじゃなくって、冬の間のお礼を持って来たのよぅ。かわい子ちゃんたちに食べてもらおうと思って。縄張りには本体を置いてあるし、春先はまだ動きが鈍い子ばっかりだから心配しなくてもちょっとくらい空けたって平気よ」
「心配をしとるんじゃないのだぞ!」
ヤナは怒っているが、空は食べてもらおうと思って、というところを耳に留めて顔を上げた。
「おれいって、もしかしてたべもの?」
「そうよ、美味しい物!」
ルミが手に持つ荷物は大きく、しかも緑色の外側はどうやら葉っぱで出来ているようで、細かい葉脈が見える。
「これはっぱ? すごいおっきい……」
荷物は横幅だけで一メートル近くあるように見えるので、それを包むことが出来る葉っぱはかなりの大きさだ。
「あ、これ? 山奥にはこんな大きな葉がつく木もあるのよ。で、中身は私が今朝獲ったお魚ね!」
ルミはそう言って包みを縛る植物の蔓をプチリと切り、畳んだ葉を開いて見せた。
「わぁ……おいしそう!」
中から出てきたのは腹の横が金色に輝く、大きな魚だった。
「私の縄張りにある川に住んでる、金色オオヤマメよ! 脂がのってて美味しいわよ~」
そう言ってルミは一メートルもありそうな魚を両手で持ち、空にずいと差し出した。
空はその動きにちょっと後ろに下がる。
「えっと……それ、どうやってたべるの?」
「お勧めは頭から丸呑みとかバリバリ丸かじりだけど……人間はしないんだっけ?」
「するか! そんなデカいのを、しかも生でなんて空が食べられるわけがなかろうが!」
そう怒られて、ルミは小さな空の体とその口を見て、なるほどと頷いた。
「それもそうねぇ。私みたいにお口がパカッと大きいわけじゃないものね。じゃあ、んっと……料理だっけ? それして食べてね!」
ルミは納得して魚を一旦葉っぱの上に戻す。葉っぱの中にはもう三匹ほど同じ魚が入っていた。もちろんどれも同じように大きい。
「ルミちゃん、ありがと! ばぁばにりょうりしてもらって、おいしくたべるね!」
「そうしてちょうだい。冬眠の間に幸生ちゃんの魔力をちょっぴり分けてもらったお礼だから、遠慮しないでね!」
「勝手に庭に入り込んで魔力を盗み食いしたくせに、分けてもらったような事を言うな!」
ヤナはプリプリ怒っていたが、空はその魚を嬉しく見つめ、にっこり笑った。
「あしたねー、ままとか、みんながきてくれるんだ! だから、みんなでたべるね!」
「あら……ママって、紗雪ちゃん? 紗雪ちゃんっていまこっちにいないのよね? 帰ってくるの?」
「うん!」
空が元気に頷くと、ルミは急にそわそわしだした。
「じゃあ、そういう事ならお邪魔しちゃ悪いし、私帰るわね! 紗雪ちゃんによろしく……ええと、春は危ないから山には来ないでって言っておいてね!」
「そうなの?」
以前は山に遊びに来いと言っていたのに、急にどうしたのかと空は首を傾げる。
するとヤナがにんまりと笑みを浮かべて着物の袖を口元に添え、内緒話のように囁いた。
「空、こやつはな、昔紗雪に追い回されて雨合羽にされそうになった事があるのだぞ」
「ままに!? あまがっぱ!?」
空がびっくりしてルミの方を振り向くと、ルミは思い出したくないとでもいうようにぶるぶると頭を振った。
「思い出させないでちょうだい! 紗雪ちゃんから逃げるの、ほんっとに大変だったんだから!」
ルミは長い髪をバサバサと振って身を捩った。
どうしてそんな事になったんだろうと空が不思議そうにしていると、ルミはそれはそれは嫌そうに事の顛末を教えてくれた。
「紗雪ちゃんたらある日突然私の縄張りに現れて、私を見るなり襲いかかってきたのよ!」
聞けば、中学生くらいの紗雪は、夏休みの間に幸生に新しい雨合羽を贈りたいとその材料を求めて、ルミに目を付けて狙ってきたらしい。とびきり大きく色が良い大王アマガエルが山奥にいると聞き、探しにやって来たとのことだった。
「ルミちゃんとまま、どっちがつよかったの?」
「そりゃああの頃の紗雪ちゃんはまだ子供だったし、私の方がずっと強かったけど……紗雪ちゃんたらよく見れば幸生ちゃんそっくりの魔力で、確実に血縁じゃない? そんな子に反撃して怪我でもさせたら、私の縄張りが確実にひどい事になるじゃない!」
それ故にルミは紗雪に手が出せず、防戦一方で山中を必死で逃げ回る羽目になったらしい。
「紗雪ちゃんってば素早いから、大きい体じゃ逃げるのが大変で……あれがきっかけで私は姿を変えたり、体も気配も小さくする技術を会得したのよ……」
「くっ、紗雪……何という余計な事を……」
夏休みなので毎日紗雪は山にやってきた。ルミは連日、どうにか紗雪が家に帰る時間まで必死で逃げ切り、見つからないように工夫を凝らしたのだという。
やがて村の結界を通り抜けられる分体を作り出し、本体を山中に隠して村に侵入し、隣の山守として面識があった幸生にこっそり会って、何とかしてくれと直談判したのだ。
「幸生ちゃんが、ヌシを倒すと周辺の山が乱れるから止めなさいって諭してくれて、やっと諦めてもらえたのよ……それでも渋るから、仕方なく縄張りに入ってきたよそ者の蛙の皮を代わりに差し出したりして、大変だったんだから!」
「お主の皮なら、きっと幸生に似合う良い色だったろうに……残念なのだぞ!」
「私は雨合羽なんてごめんなのよ!」
ルミの叫び声は心底嫌そうに響いた。
その声を聞いたのか、奥の部屋から今日は朝から忙しくしていた雪乃が顔を出す。
「あらルミちゃん、雨合羽になる予定でもあるの?」
「ないわよ! やだもう皆辛辣!」
雪乃はその叫びにくすくすと笑い、それからおいてある魚に目を留めた。
「あら、美味しそうなお魚。これ頂いても良いのかしら?」
「ルミちゃんから、とうみんのおれいだって!」
空がそう言うと、ルミは魚の入った包みをサッと雪乃の方に押し出した。
「これをあげるから、紗雪ちゃんを私の縄張りに向かわせないでね! くれぐれも、お願いします!」
ルミは軽い口調も消え失せるほど、紗雪と顔を合わせるのが嫌らしい。
雪乃が魚を受けとると、くれぐれもと何度も念押しして、逃げるように山へと帰っていった。
「美味しそうねぇ。空、この魚どうする? お夕飯で一匹食べる?」
ルミを見送っていた空は雪乃の言葉に少し考え、首を横に振った。
「みんなとたべたいから、きょうはがまんする!」
「偉いわ。じゃあ明日まで氷室で保存しておくわね」
「うん!」
美味しい物は、皆で食べた方がもっと美味しい。空はそれをよく知っている。
「はやくあしたにならないかなぁ」
「ふふ、もうすぐよ」
お代わりの芋餅を受け取りながら、空は流れてゆく白い雲を眺めた。
まだ時刻は朝の十時。今日は空にとって、とても長い一日になりそうだった。