作品タイトル不明
120:雪乃の祈り
「ね、やよいちゃん。なんでアオギリさまとけっこんしないの?」
「したくないんだもん……」
「でも、やよいちゃんとけっこんしたら、アオギリさまねむらなくていいって、いってたよ?」
空がそう言うと弥生は突っ伏したままテーブルをバンバンと手のひらで叩く。
「子供に何話してんのよー!」
「なんでしたくないの? アオギリさま、きらい?」
弥生の苛立ちを意に介さず空が重ねて問うと、弥生はテーブルの上で腕を組み、その上に顎を乗せて空の方に顔を向けた。
「嫌いじゃないわよ……でも結婚したらさ、私、神様になっちゃうのよ。半分だけだけど」
「そうなの? でも……ここ、かみさまいっぱいいるよね?」
ヤナのような家の守り神から、サノカミ様やオコモリ様やアオギリ様。昨日会った年神様もそうだ。
それらの存在と長く付き合ってきた村人である弥生が、それを嫌がる理由が空にはわからない。
「何て言うかな……アオギリ様と名を交わしたのは私だけど私じゃなくて……今の私だと、この世に縁がないとすぐ消え失せて見えなくなっちゃう確率が高いっていうか……うーん、わかんないよね」
「なをかわすっていうのが、もうわかんない」
「そうだよねー。えーと……まず名前って、とっても大事なのよ。それがあるから私達は自分として存在していられる……もし空くんが違う名前だったら、きっとちょっと違う子になる気がしない?」
空は自分が違う名前だったらと少し考え、頷いた。
「そらいろ、すきじゃなかったかも?」
「そうそう、そういう事ね。そもそもアオギリ様はすっごく昔に、この村の一人の女性に名前を貰ったわけ。それでここの神様になったんだって。んで、その人と結婚する時にその名を半分にして、それから――」
「空ー、お待たせ!」
そこまで聞いたところで、雪乃と幸生が戻ってきてしまった。
「弥生ちゃん、ありがとうね。疲れてるとこごめんなさいね」
「あ、いえいえ。私も空くんとお喋りして元気でましたし!」
「それなら良かったわ、ゆっくり休んでね。さ、空、帰りましょ」
「え……う、うん」
弥生の話の続きがものすごく気になったが、徹夜明けで疲れているところに話を強請るのも気が引ける。
空はちょっと残念そうにしながらも、また幸生に肩車され、弥生に手を振った。
「やよいちゃん、ありがと! いまのやつ、またこんどきかせてね!」
「気が向いたらそのうちね。空くんもまた遊びに来てね」
弥生はひらひらと手を振り返すとあくびを一つかみ殺し、眠そうに社務所の奥にある住宅の方へ去って行った。
「弥生ちゃんと何のお話してたの?」
「んっと……ままのはなしして、アオギリさまのこときいてたの」
「そう……」
雪乃はどことなく浮かない様子で頷き、幸生と並んで歩き出す。
空はその様子が少し気になったが、大人の話に首を突っ込むのも気が引けたのでそのまま気付かないフリを装い家路につく。
その後、家に帰って福笑いやカルタなどの正月らしい遊びを皆で楽しみ、それから昼食を食べ、空は昼寝をした。
雪乃は眠る空の顔を眺めながら、浮かない顔で今日社務所の奥で聞いた言葉を思い返した。
空を弥生に預け、社務所の奥にある休憩室に入ると、そこには村の主立ったまとめ役が集まっていた。それぞれの地区の代表者や顔が広い世話役、中央の町内を取り仕切る伊山トワもいた。
「おう、お待たせ。ちょうど来てたから連れてきたぞ」
「ああ、明けましておめでとう、米田さん」
「明けましておめでとうございます」
とりあえず顔を合わせて皆で挨拶を交わす。
それから、雪乃はそれぞれの顔をぐるりと見回し、僅かに眉をひそめた。
「……何かありましたか?」
「ああ……あったっていうか、まだないっていうかでよ」
雪乃の問いに歯切れ悪く和義が答える。
まだはっきりした事はわからないが、と前置きしながら和義は真剣な表情で言った。
「呼び声を聞いたって子供が出た。何人か」
「それは……外から?」
「ああ。それは確かだと思うってどの子も言ってたぜ」
「方角は」
幸生が短く問うと、和義は首を横に振る。
「わからねぇ。声を聞いた子供の住む地区もバラバラだ。山に人を出して探しているが、今のところ見つかってねぇ。そのまま正月になっちまったしよ」
苦々しくそう言う和義に、トワを始めとした何人もが同じように頷いた。
「うちの良夫も、怪異当番の日以外も近場の山を見に行ってるようだけど、今のとこ声の主っぽい怪しいのは見つからないって言ってるさね」
「俺んとこも、地区から交代で人を出してるがダメだ」
皆の顔を見ながら雪乃は少し考え、首を横に振った。
「東地区では今のところそんな話は聞いてないわね……聞いたのは子供だけ?」
「ああ。大人で聞いたってのはまだいねぇ」
子供だけが声を聞いたというのが、大人たちの顔を曇らせる。
いっそある程度年上の子供や大人が聞いたのであれば、波長が合う者がその声の主を探しに行く事もできるからだ。その上で悪いものでないと判断されれば、保護を兼ねてソレと契約する事も出来るかもしれないのに。
「子供だけなのは……意外と力が弱いのか、大人を恐れているのか、どちらかしらね」
「妖精っぽいやつだと、元から大人に声が聞こえない場合もあるしな」
声の主がどんなものであるのか、まずそれがわからないのが困る。
「とりあえず、恐らくあの木の主だろうとは思う。ただ、姿も居場所もわからねぇから警戒するしかねぇ」
「皆、しばらくは子供たちを一人にしないように、地区で通達しておくれ。特に七つ以下の子供は絶対だよ」
トワのその言葉に誰もが真剣な顔で頷いた。
ひとまずは小さな子供のいない家の人間を中心に巡回させ、村の警戒を強める事で合意する。後はそれぞれの地区に持ち帰って、町内で話を通すという事になった。
村の保育園も、正月明けからどうするか話し合わないといけないらしい。
「暇や体力を持て余しそうな子供たちに、何か気晴らしを考えないと困りそうね」
「そうさねぇ。何か良い案があったら提案しておくれ」
村の子供たちは体力があり、寒さにも強い。いつもの年なら雪が降ろうが気にせず外で遊んでいる子供も沢山いるのだ。
しかし今年は天気が悪い日はなるべく家にいるようにと、言いつけている親が多い。
天気が悪いと外に出る人が減るので、何かあった時に駆けつけられる大人が近くにいないかもしれないからだ。
秋の異変以来、大人たちは村の安全のためにこうして密かに気を配っていた。
「とりあえず、今はこんなとこだな。それぞれ各地区を頼むぜ」
「わかった」
「はいよ」
皆が頷き、ひとまずこの場はこれで解散となった。
幸生と雪乃は社務所を出ると空のところへと急ぐ。弥生とおしゃべりしている笑顔を見た時、二人は知らずほっと息を吐いた。
雪乃は空の寝顔を見ながら、一人静かに誰にとも無く祈った。
(……どうか空が、声を聞きませんように)
空の枕元で座っているフクちゃんを見ていると、安心すると同時に少しだけ不安が湧いてしまう。
小さな子供ほど、人ならざるものに好かれたり、その呼び声に惹かれて応えてしまう事がある。
それが問題なくその子の力になるのならそれでもいいのだが、残念ながら危険を伴うことも多いのだ。
(どうか、七つまではこのままで)
魔砕村では、七つ前の子供には人ならざるものと契約をさせてはならないという習わしがある。
身化石から孵るような弱いものはその範疇にないが、村の外から声を届ける力があるようなものは絶対に近づけてはいけないと。
もしそれを破れば、その子は――
雪乃は浮かんだ考えを振り払うように頭を振った。
そして、布団から出た小さな手をそっとしまい、その寝息に耳を澄ませる。
「空、空。どうか……どうか、望まないでね」
囁くように願った雪乃の言葉は、誰にも聞かれる事無く部屋に落ちた。