軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

108:昔々ある所に

――昔々、普通のお婆さんが、普通の生活をしていた頃の事。

ある年、どこから来たのか村に悪い風邪が流行り、多くの村人が病に倒れた。その病によってお婆さんは自分の夫と息子夫婦、果ては孫までをも一度に失ってしまった。

どんな巡り合わせか自分だけ生き残ってしまったことを彼女はひどく嘆き、けれど死ぬ事も出来なかった。

お婆さんは毎日を悲しみに暮れ泣きながら過ごしていたが、やがて村の中で同じように病で家族を失った者から助けを求められた。

働き手が減った家で子供が放っておかれたり、母を失って幼子と父が途方に暮れたりと、そういう家族から昼の間子供を預かり、代わりに食料を分けてもらうことになったのだ。

子守として、おばあ、ばあちゃんと呼ばれながら何人もの子供たちの世話をするうち、それは彼女の心を癒やし生きがいとなった。

この老いぼれにもまだ出来る事がある。ばあちゃんと呼んでくれる子供たちの可愛さよ。

そうしているうちに彼女はすっかり笑顔を取り戻し、失った家族の代わりに預かった子供たちを大層可愛がった。時に厳しく叱ったりもしたが、そこにある温かい心に、村の子供たちは皆彼女のことを慕ったのだ。

ところが、ある厳しい冬の終わりのこと。

普段は村に近づかぬはずの獣の群れが来たと、村が騒ぎになった事があった。

大人たちは総出で村を守り、村に入った獣と戦った。しかし獣の中にいた狡猾なものが、その裏をかくように村の奥へと忍び込んだ。

そこには子供らが預けられている一軒の家があったのだ。

外にいた幼子を見つけて、獣は柔らかな獲物だと喜び襲いかかった。

しかしそこに立ち塞がったのが、子守のお婆さんだった。

鍬の柄一本をキッと構え、お婆さんは獣を打ち払った。子供たちを家に入れしっかりと全ての戸と閂を閉めて、決して開けてはいけないと言い聞かせ、彼女は一人、家を囲む獣らと戦った。

しかし彼女は村人としては元々さほど強くはなかった。獣の牙が、爪が、その体を傷つけ、弱らせてゆく。

それでもお婆さんは子供たちを背に一歩も引かず、とうとう村人が助けに駆けつけるまで、子供たちを守り切ったのだった。

村人が家に駆けつけて見たものは。

辺りに広がる沢山の血と、倒れ伏した獣たち、そして折れた棒を抱えたまま事切れたお婆さんの姿だった。

村人が家の扉を開ければ、全員無事だった子供たちが転がり出て、ばあちゃん、ばあちゃんと泣きながら彼女に縋り付いた。

村人たちはお婆さんの勇敢さと子供らへの愛情に深く感謝し、彼女を丁寧に村の墓地に埋葬した。

そしてそのあと、お婆さんを思って泣く子供らへの慰めに、彼女を模したお地蔵様を作った。

子守の婆さん、改め、オコモリ様と呼ばれるようになったお地蔵様はこうして生みだされた。

その地蔵は村の人々に感謝と共に深く愛され……やがてその思いは力となってその地蔵の存在自体を変化させた。オコモリ様は子供たちに危険が迫ると助けに現れる、本当の守り神へと生まれ変わったのだった。

「……というお話なのよ」

「ふえぇえ……オコモリさま、かわいそう……」

空はオコモリ様が生まれるまでの昔話を聞きながら鼻をぐすぐすと啜った。

あの強くて優しいお地蔵様のお婆さんに、そんな悲しい物語があったなんてと半泣きだ。

(お地蔵様になって、今もなお助けてくれるなんて……オコモリ様、すごい!)

そんな空の涙をアオギリ様が手ぬぐいで優しく拭い、頭を撫でる。

「子守のババと、地蔵と……果たして両者に同じ魂が入っておるのかは、わしにもわからぬ。だがアレはそうやって人の思いから生まれ、子を守る力を得た。だから、子供の危機にしか現れない……現れる事が出来ぬのだ。これもまた、その成り立ちゆえの制約よな。まあ、夜遊びをする悪い子を叱るときにも現れるらしいが」

「それが、せいやく……」

空が呟くと、アオギリ様はそうだと頷いて空の丸い頭をまた撫でた。

「人は不思議よな。例えば美しい森や山を見て、ここには神が住まっていそうだと言う。あるいは薄暗い沢を見て、ここには妖怪がおるかもしれぬと怯える。何にでも何かの存在を想像し、そこに物語をつけて他者へと語り……やがてそれを真にしてしまうのだ」

「そうですね。そうして生まれた畏怖が伝承や信仰になり、やがて人ならざるものを生み出し力を与える。それと同時に、そこに至るまでの物語に根ざした制約を負う事が多いのが、また面白いですわね」

アオギリ様と澄子が微笑みながら語った言葉に、空はなるほどと内心で頷いた。

(そうやって、人の気持ちから神様とかが生まれて、でも人の想像に縛られちゃうんだ……なんて不思議なんだろう)

人々が想像し語り継いできた昔話に登場する妖怪、あるいは先祖代々大切にしてきた神様。そんなものが、星が落ちて世界が変わった後に書物の中から立ち上がり歩き出したような。そんな光景を空は想像し、ファンタジーだ、と心の中で呟いた。

「ヤナちゃんとかコケモリさまにも、そういうのあるの?」

「家守は守る家から離れれば力を減らすだろうの。コケモリのような山守も、基本的には自分の縄張りから出る事はないぞ。あれらは縄張りを定める事で力が大きく増すのだ。本来は弱い生き物の事が多い」

「そっかぁ……じゃあえっと、フクちゃんは、おしゃべりできないだけ? とおくにはいけるのかな」

空が膝の上のフクちゃんを見下ろすと、小さな白い鳥はひょこりと首を傾げた。

「それは空と契約した形になっておるから、空からあまり離れぬだろう。だが家守よりは多少自由があるやもしれぬな」

「けーやく?」

聞き返すと、アオギリ様はふと真面目な表情を浮かべて頷いた。

「契約というのは人の言葉だが……まあ、空と深い縁が結ばれているということだの。ちと難しいのだが、人とそういう縁を結んだ人ならざるものは、その者に属することとなる。縁や血に絡まり、新たな形を得る。それはつまり、己を縛る物語から解き放たれる事を意味するのだ。全てがそうとは限らぬが、その可能性は高い」

空はその話の意味がよくわからず首を傾げた。

アオギリ様は空にわかる言葉を探してしばし考え、やがてポンと手を叩いた。

「そう……例えばの、わしがその、弥生と夫婦になったのなら……多分、わしは半年眠らずに済むようになるということだ」

「そうなの!?」

空はビックリして目を見開いた。アオギリ様は照れながら頷き、しかしすぐにため息を吐いた。

「そうなのだ……その為ではないが、わしはもう弥生が生まれた時からずっと口説いておるのになかなか承知してもらえぬのだが……」

「アオギリ様、それは子供にする話ではありませんよ」

続きそうだったアオギリ様の話を、澄子が微笑みながらすっぱりと止めさせる。

(あっ、ちょっとそれ聞きたかったのに……)

続きが気になる空は止められてしまい残念に思った。

しかし弥生が生まれた時からの話となると、ちょっと時間が掛かりそうだ。

(そのうち誰かに聞いて見ようっと)

空は話を誤魔化そうとする澄子から干菓子を貰い、ボリボリ囓りながら頭の隅にメモをした。