軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

100:消える大根

「……空、今日は大根採るか」

曇ってはいるが雨は降っていない。そんなある日の朝食の席で、幸生は唐突に空にそう言った。

空は目をぱちくりさせ、少し考え、それから頬にご飯粒を付けた顔をパッと綻ばせた。

「じぃじ、だいこんっておにわの? ぬくの?」

「ああ、頃合いだからな」

米田家の裏の畑は秋から冬の間にすっかり様子を変えている。蔓が絡まる大きな棚や背の高い夏野菜は種を採ったあと綺麗に撤去されてしまった。

今は来年の春の収穫を目指す野菜の苗や、大根や白菜といった冬野菜、成長の早い葉野菜や蕪など背の低い植物が主に植えられている。

空は季節を問わず頻繁に畑に遊びに行くので、ここ最近は日に日に太ってくる大根の収穫を楽しみにしていた。

その大根の収穫が今日だというのなら、頷かない訳がない。

「やる! おてつだいする! あ……アレって、ふつーのだいこんだよね?」

空がコクコクと頷いてからハッと真顔になってそう聞くと、それを見ていた雪乃がくすりと笑う。

「ええ、この辺でよく育てられている普通の大根よ。じゃあ暖かい格好しなくちゃね」

「うん! ね、ばぁば、だいこんってなにしてたべるの?」

「今日採る分は少し干して、それから沢庵漬けにするつもりよ。空、沢庵好き?」

沢庵と聞いて空は目を輝かせた。

空はご飯のお供になる物が大体満遍なく好きだ。ご飯と合う事は絶対的な正義なのだ。

まあ嫌いな物はまだ空には苦いという物くらいで、ほとんど無いのだが。

「すき! カリカリして、しょっぱくて、ごはんおいしいよ!」

勢い込んでそう言うと、雪乃は嬉しそうに目を細めた。

「じゃあ、空が沢山食べられるように沢山漬けましょうね。あとは、おでんや煮物にしようかしらね」

「うん!」

空はその提案に満面の笑みで頷いた。

雪乃が作る料理は何でも美味しいが、寒くなったら温かい料理が増えてそれも嬉しい空だった。

朝食をたっぷり食べ、空は元気よく幸生たちと一緒に外に出た。

「きょうはおうちだし、フクちゃんはヤナちゃんとおるすばんね」

「ホピ……」

そう言って部屋に置いて行かれたフクちゃんがしょぼんと項垂れる。少し可哀想だが、その背にはヤモリの姿となったヤナが今日もしっかりしがみ付いている。

「フクはヤナとしっかり留守番するのだぞ!」

寒いのが嫌いなヤナはフクちゃんの温かな体に張り付くのが癖になったらしく、最近はいつもこの調子だった。

昼近くになり体も家の中もすっかり温まると離れるのだが、朝のうちはどうしても温かい場所から動きたくないらしい。

それでも家に結界を張って守るというお役目はきちんと果たしているので、フクちゃんも仕方なく張り付かれるのを我慢しているのだった。

「じゃあ、だいこんいっぱいとってくるね!」

いってきます、とフクちゃんに手を振って、空は意気揚々と家の裏に向かった。

秋に買ってもらったコートを着て暖かくし、長靴を履く。いつもの草鞋ほどの防御力や寒さへの耐性はない長靴だが、家の敷地内なのでこれで十分だ。

風は冷たいが、空はそのひんやりした空気も楽しむように大きく吸い込んで鼻歌を歌いながら歩き出した。

「だいこん、だーいこん、おでんににもの、たくわん、さらだ……いためたのもおいしいよね!」

おかしな調子の歌が、途中から感想に変わっている。

後ろで雪乃が笑いを堪えている事には気付かず、空はご機嫌で畑の中に入り、足を止めて周囲を見回した。畑の彩りは大分寂しくなっているが、それでも緑の作物が並んでいる。

「えっと……こっちはかぶ? あっちはねぎと、はくさい……」

畑に植わる作物を近い方から順に指さし、そして空は首を傾げて後ろにいる幸生の方に振り向いた。

「じぃじ……だいこん、どこ?」

「うむ……あそこに植えてあったのだが、逃げたか」

「えっ!?」

あそこと言って幸生が指さしたのは畑の奥の広い区画だ。そこには確かに崩れかけた畝が何本もあるがそこには作物らしき姿がほとんど無い。ぽつりぽつりと僅かに緑の葉が残っているのが見えるが、大半は空いている。

「にげちゃったの? ぼくのたくわん……」

空が残念そうに呟いて肩を落とすと、雪乃がその頭を優しく撫でた。

「大丈夫よ、空。塀があるから、大根はこのお庭から外には出ていないわ。ここのあちこちに隠れているのよ」

「そうなの?」

「うむ……その辺におるはずだ。昨日うっかり、明日にするかと呟いたのを聞かれていたのだろう」

幸生はいつも厳めしい顔をさらにぎゅっと引き結び、畑をぐるりと見回した。

米田家の庭のうち、菜園になっている場所はそれなりの広さがある。真ん中は色々な野菜を育てる畑なのだが、それらをぐるりと囲むように果樹や低木が色々と植えてあるのだ。

幸生はそのうちの一つ、裏庭への入り口のすぐ傍にある榊の木に近づき、傍でしゃがみ込んで空を手招きした。

「なぁに?」

空がトコトコと近づくと、幸生は榊の向こう側をそっと指さす。榊は常緑樹なので、寒くなっても緑の葉を茂らせたままだ。

空がその茂みの向こうを覗き込むと、榊の葉に隠れるようにして地面からそれとは違う緑色がにょきりと出ていることに気がついた。

根元から放射状に広がるギザギザの葉っぱ。その特徴的な葉は空でも知っている。榊の陰には五本の大根がこっそりと隠れて生えていた。

「あっ、だいこん、いた!」

空が声を上げると大根の葉が微かに震える。その動きを見た空は慌てて自分の口を両手で塞ぎ、幸生を見上げる。

「これは足が遅い。すぐには逃げんから、大丈夫だ」

幸生にそう言われて空はホッと息を吐いた。しかし、これは、とわざわざ言ったという事は足が速い品種もいるのかもしれない。

とりあえず普通の大根は足が遅いらしい事を空は憶えた。自分で育てる日が来たら、ぜひ普通のものにしようと思う。

空は小さな手を伸ばして、見つかってしまった不運な大根の葉を宥めるようにそっと撫でた。

「ごめんね、ぼく……たくわん、おいしくたべるね!」

大根は答えはしなかったが、諦めたのかもう動かない。

「抜くぞ」

「うん!」

空が頷くと、幸生は両手を伸ばして二本の大根を一度に掴み、容赦なく引っ張った。

ズボッと音を立てて太い大根が地面から現れる。

次の瞬間、辺りにひどい不協和音が響き渡り――

「んひゃあぁぁ!」

――空は背筋がぞっとするような音に悲鳴を上げ、耳を押さえてその場にうずくまった。