軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38 その果実、甘いか渋いか2[食材:スクリムウーウッド]

橙色の輝きを放つ曇水晶を机の上に置き、私は魔力測定器を果実に刺してみる。でも黒い皮はかなり固くてうまく針が刺さらない。私が何度か試していると、リリアンさんがうずうずとした様子を抑えきれずに申し出てくれた。

「姫様、私やります!」

「お願いします。思いのほか固くって」

「本当ですね。カッチカチだ」

やる気満々のリリアンさんが、果実の表面を指で弾く。コンっといういかにも固そうな音がして、リリアンさんが測定器の針と果実を見比べた。

「これ、すっごく固いです。この細い針じゃ、折れてしまうかもしれないです」

「皮を削って果肉を出すことはできますか?」

「やってみます!」

リリアンさんが私の調理用の刃物を持って、果実を様々な角度から探る。試しに刃物の先を入れようとしたけれど、ツルツルと滑ってなかなかうまくいかない。剣と調理用の刃物は用途が違うけれど、どうやらリリアンさんは調理用の刃物をあまり使ったことはないようだ。

「リリアン。そういう時は、刃先ではなく刃元を使うといいよ」

見かねたブランシュ隊長が、リリアンさんから刃物を受け取ると、その刃元で少し傷を入れてみせてくれた。

「へぇ、そうやればいいんですね。ありがとうございます、隊長」

「野営では自分で調理しなければならないからね。遠征に出たければ、きちんと料理も覚えておくように」

「はい、隊長!」

リリアンさんとブランシュ隊長のやり取りが、まるで初めてのことに挑戦する子を見守る親のようで微笑ましい。ナタリーさんも私と似たようなことを考えていたらしく、目を合わせた私たちはこっそりと笑った。

リリアンさんが固い果実と格闘すること約五分。ようやく橙色の果肉が見えてきた。最初の方は刃元を使っていたリリアンさんが、ある程度すると今度は刃先を使って皮を穿っていく。さすがは十五歳で騎士になっただけあり、飲み込みが早い。

「姫様、これくらいでいいですか?」

リリアンさんが、ポッカリと空いた穴を見せてくる。スクリムウーウッドの果実は結構分厚い皮を持っていたようだ。

「ありがとうございます、リリアンさん」

「えへへ、上手にできましたか?」

「ええ、とっても。ブランシュ隊長もありがとうございました」

「いえ、私は大したことはしておりません」

私は早速、その穴に魔力測定器を差し込んだ。果実そのものに興味があるリリアンさんとは違い、ブランシュ隊長は私が使っている刃物や器具の方に興味があるようだ。魔力測定器を熱心に見つめている。

「何か気になりますか?」

「あの、姫様。その器具はなんなのですか?」

「これは刺した物体の残留魔力量を測定する魔法器具です。この針には極小さな穴が空いていて、測定器本体の中に彫った魔法陣が発動するようになってます」

「姫様がお考えになられたのですか?」

「ええ。私は不器用なので、魔法陣や魔法だけではどうしてもうまくできなくて。魔法器具があれば精度も高いですし、可視化される分安心ですよね」

私の目標は、皆が安心して魔物を食せるようにすることだけれど、私だけがその方法を知っていても意味がない。ゆくゆくは、誰もが簡単に下処理ができるようになればいいなと思っている。でも、魔力を吸い出した後の曇水晶については、公爵様にお預けした方がいいような気がする。今回の魔鳥の襲撃で、使い方には十分な注意が必要なのだと実感した。

「……かなり光っていますね」

ブランシュ隊長が、危険反応を示した魔力測定器を覗き込む。魔力測定器は、残留魔力がかなりあることを示す赤色の光を放っていた。そんなはずはないのに、と思った私は、すぐにその原因に思い当たる。うっかりしていたけれど、果実には種がある。多分この反応は、魔力測定器が種に含まれる魔力を感知しているのだろう。

「壊れているわけではなくて、もちろん失敗ということないとは思いますけど……えっと、種を取るのを忘れていただけでして」

「ということは、種を取り出せばいいのですね」

ブランシュ隊長が、リリアンさんが空けてくれた穴に刃先を入れる。そのまま刃元の方まで刺し入れて、もう片方の手で上からトントンと押し込むように力を入れる。すると、果実がメキメキと音を立てながら、パカリと二つに割れた。

「甘っまーい! 甘い香りがたまらない! 姫様、これ、もう食べていいんですか?」

「安全の確認ができればいいですよ。瑞々しさがしっかり残っていますね。色といい香りといい、とても美味しそう」

その果肉は滑らかそうで、たくさんの果汁を滴らせていた。歯応えはなさそうだし、香りは甘酸っぱいものではなく、ただひたすらに甘い。嗅いだことがないから、どう例えたらいいのかわからない。でももし私が虫なら、スクリムウーウッドの養分になることがわかっていたとしても食べてしまうかもしれない。それほど極上の甘い香りがする。

「これが果肉? なにかお洒落なお菓子みたいですが……スクリムウーウッドはもっとこう、特有の臭みが…」

「それそれ。ナタリー、私たちが食べたものはこんなに綺麗な橙色じゃなかったと思うんだけど」

「私もそう思います、隊長。これよりももっと黄緑色っぽい果肉でしたよね」

そう、スクリムウーウッドは二人が言うようなそんな果実のはずであった。実は、公爵様が採ってきてくださった果実は二つあった。ひとつはこれ、ミュランさんが食べたという真っ黒になった果実。もうひとつは、図鑑にもあるような真っ赤な果実で、持ち帰って来た時からその『特有の臭み』が漂っていた。赤い方はあまりに臭うので、今は外に出している。確かにあの臭いは、食欲をそそるものではない。

私は小さな刃物で真ん中にある大きな種を取り出すと、もう一度魔力測定器を差し込んだ。魔法陣は反応せず、果肉には残留魔力がないようだ。

「魔力反応はありません。これで食べてもお腹を壊すことはなくなりました」

「そんなに簡単に魔力を抽出できるものなのですか?」

「簡単ではありませんでしたが、この魔法陣と曇水晶を開発してからそれができるようになったのです」

しかし今のところ抽出できるのは魔力だけだ。魔毒はまだまだ時間がかかるし、その他の有害成分についても同じことが言えた。

「ブランシュ隊長、ナタリーさん。お二人が食べたという果実は、臭みと渋みと腹痛以外で、何か気になる症状は出ましたか?」

「一応、毒反応がないか確認はしました。毒、麻痺、幻惑等の作用はなかったので、臭さと渋さを我慢して食べたんです」

ブランシュ隊長が、ブルッと身を震わせる。ナタリーさんも、「正直、味なんて覚えてません」ということだった。

「ということは、外にある真っ赤な果実の方は、まだ熟していないということなのでしょうか」

「えっと、ミュラン隊長が食べたこの真っ黒の方が正解だったってことですか?」

「ええ、リリアンさん。もしかしたらそうなのかもしれません」

私は、刃物を木杓子に持ち替えてから、プルプルの果肉をひと掬いする。普通の果実と同じなら、金気のものを入れない方がいい。

「では、毒見をしましょう」

私たちの視線が、木杓子の上の果肉に集中する。すでに待てそうにないリリアンさんは、口を開けて目を輝かせている。ナタリーさんは、ごくりと生唾を飲み込んだ。一番警戒していたブランシュ隊長はといえば、まだ迷いはあるものの、魅惑の香りと瑞々しい果肉の魅力に屈しそうになっていた。

「私が食べてみますので、皆さんは後から」

私も早く食べたいので、木杓子を口に入れようとして……三人から止められてしまった。さすがはガルブレイスの騎士。その素早さもさることながら、連携が完璧だ。

「姫様、毒見は私がします! もし姫様がお倒れにでもなったら、閣下に顔向けできません」

「副隊長、ずるいっ! 私が食べてみたいと言ったんだから、私が毒見をします!」

「駄目だ、リリアン。お前は騎士とはいえまだ成人していない。ここは最年長である私が」

「隊長にはお子さんがいるじゃないですか!」

「「あっ!」」

言うが早いか、リリアンさんが木杓子をパクリと口に入れてしまった。大きな目をさらに大きく見開いたリリアンさんが、木杓子を咥えたまま「んーっ!」と叫ぶ。

「どうしたリリアンっ」

「大丈夫か、駄目なら吐き出すんだよ」

ブランシュ隊長とナタリーさんが、心配そうに見守る。するとリリアンさんはフルフルと首を横に振り、木杓子を口から離して興奮したように叫んだ。

「なにこれ、甘んまいっ!」

リリアンさんの様子に、私はホッとして人数分の木杓子を用意する。何度か掬って小皿に入れると全員に渡した。

「それでは私もいただいてみましょう。さあ、ブランシュ隊長とナタリーさんも」

橙色の果肉は、とても柔らかくて甘くて、幸せの味がした。ミュランさんが、高級果実のネクタールよりも美味しいと言った意味がわかった。ネクタールは、生で食べると甘さの中にも果実独特のえぐみがある。気にならない人もいるだろうけれど、好まれるのは煮詰めたものや果汁にお酒に混ぜたものだ。でもこのスクリムウーウッドの果実には、えぐみがまったくない。純粋に甘く、そして果実そのものの味がしっかりと舌の上に残る。飲み込んでしまえば、また食べたくなるような、そんな味がした。

「とろけそう……んー、幸せ」

本当に幸せそうな顔をしたリリアンさんが、次々と果肉を口の中に放り込んでいく。

「リリアン、だ、大丈夫なのか?」

「とーっても甘いんですよ、これ。渋みとかまったくありませんし、隊長も副隊長もどうですか?」

「わ、わかった。食べてみよう」

恐る恐る、緊張した面持ちで木杓子を咥えたブランシュ隊長が天を仰ぐ。ナタリーさんは、口を押さえて驚いたような顔をしていた。

「隊長、副隊長。ミュラン隊長の言った通りですよね!」

「信じられませんが、これが本当のスクリムウーウッドの味なのですね……」

ナタリーさんも笑顔になる。リリアンさんが、「姫様ありがとうございます!」とお礼を言ってきたので、私は「公爵様が起きられたら一緒にお礼を言いに行きましょうね」と返しておいた。これは是非、公爵様にも食べていただきたい。キャボなどの酸っぱいものは苦手のご様子だったけれど、甘いものはどうだろう。この幸せの味を、分かち合いたい。

ブランシュ隊長が、

「私があの時決死の覚悟で食べたスクリムウーウッドはなんだったんだ! こんなに美味いなんて、こんなに美味いなんてっ!!」

と吠えながら残りの果実を掻き込んでいたので、きっと公爵様もお気に召すに違いない。