軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 今が旬、魔魚の衣揚げ3[食材:ザナス]

「すまない、メルフィ。少しばかり焦がしてしまった」

第一陣を揚げ終えた公爵様が、しょんぼりしながら焦げ茶色になったザナスの衣揚げを見せてくる。真っ黒ではないし、水分が多めに飛んでしまっただけで、食べられないことはない。それにたったの四つだ。残りの二十個ほどはミュランさんと一緒に頑張っていただけあって、美味しそうな色に揚がっていた。

「初めてでこんなに上手にお出来になる人はなかなかおりません。公爵様、その色づきの濃いザナスを、私の口に入れてくださいませんか?」

「これは失敗した方だぞ」

「そんなことありません。カリッカリの衣揚げも美味しそうです。私はこの通り、衣で手がベタベタなので……」

私は手でザナスを衣の液につけて油に投入しているので、毒見をするには手を洗わなければならない。私は「あーん」を自発的に行い、口を開けて公爵様に催促した。

「公爵様、毒見です」

「う、む……しかし」

「揚げたてなので、ふーふーしてくださると助かります」

「わ、わかった。あ、熱々だからな」

公爵様が焦げ茶色のザナスを串に刺し、ふーふーと吹いて冷ましてくれる。少し表面を触って温度を確認すると、公爵様は私の方を向いて、何か重要な局面を迎えているかのような真剣な顔になった。

「で、ではいくぞ」

「はい、ティード様」

「くっ、こういう時は素直に呼んでくれるのだな!」

公爵様が謎の文句?を言いながら、私の口の中へザナスを入れてくれた。一口では入りきれないので、適度なところで齧りとる。少しはしたないけれど、今さらだし毒味だから仕方ない。

「んっ、熱々!」

表面はふーふーのおかげで冷えていたけれど、中は熱かった。はふはふと言わせながら身を噛む。臭みはない。でも、身の弾力がすごい。塩の効いたカリッカリの衣の香ばしさと、噛みごたえのある身が絶妙だ。これは水分が飛んでいるのでカリッカリの衣が強調されているけれど、綺麗に揚がった方はもっとふんわりしているはずだ。

「ど、どうだ?」

公爵様は、私の反応を見逃すまいと思っておられるのか、真剣な顔のままこちらを凝視する。

「ぷりぷりとした弾力がたまりません! 臭みはなくて、噛むとザナスの旨味がしっかりと出てきますね。残りも食べ……」

私の言葉の途中で、公爵様が残りを自分の口の中に放り込んでしまった。私の食べかけを……私の食べかけをっ⁈

「うむ、本当だな。この弾力は食べ応えがあるぞ。俺はもう少し塩気があってもいいな」

「公爵様、それは私が毒見を」

「気にするな。それより、こっちの成功した方も食べてみるとするか」

そう言うと、公爵様は小さめのザナスを指で摘まみ、ポイっと口の中に放り込む。それでは、毒見の意味がありませんから! というそんな私の思いをよそに、公爵様は「おっ⁈」と声を上げると、もうひとつ摘まんで食べる。

「これは、ううむ……どちらも捨てがたい」

「どうなされたのですか?」

「いや、な。成功した方はザナスの脂の旨味がしっかり出ていて、ふわふわの食感なのだが、失敗した方のカリッカリとぷりっぷりが混在した食感も美味いのだ」

公爵様が成功した方のザナスを摘まみ、熱を冷ましてくださったものを差し出してくる。私はそれを齧り、仕上がり具合を比較した。確かに、成功した方はふわふわした食感で、噛めば身がほろりと崩れてくるようだ。これも美味しい。噛み締めるのではなく、次々と口の中に入れたい旨味だ。でも、

「本当ですね……ふわふわもぷりぷりも、どちらも食べたくなります」

「だろう? ミュランも食べてみろ。これはそれぞれ好みもあるだろう。二つ作った方がいいと思うぞ」

好きな方を食べてもらうのはいい考えだ。食材のザナスは大量にあるのだし、カリッカリの方は持ち運びもいけるかもしれない。ミュランさんも二つを比較して、「私はふわふわが好きですが、カリカリもいいですね」と言っていた。

無事に毒見も終わったので、私と公爵様は、ふわふわとカリッカリの二種類を作っていくことにする。揚げても揚げても終わらない作業は大変だったけれど、公爵様とあれこれとやり取りをしながら料理するのはとても楽しい。

「揚がったものは食卓に運んでくださいね」

「了解です」

ミュランさんや後片付けが終わった騎士たちに頼み、こんがり揚がったザナスの衣揚げを次々と運んでもらう。このまま屋外で食べてもよかったけれど、リッテルド砦の料理師に注文していたパンや付け合わせの野菜などは、大部屋の方に準備していた。やがて最後の切り身を揚げ終えた私たちは、ようやくひと息ついてお互いを労った。

「よし、こんなものでしょうか。公爵様、ありがとうございました」

「礼には及ばん。お前も立ち通しで辛くはないか?」

「これくらい大丈夫です。公爵様がいてくださったので、とても楽しかったです」

「そうか。お前が楽しかったならいい。しかし、油料理とは大変なのだな……」

初挑戦の公爵様は、最初の方こそ慌てていたものの、すぐに慣れてこんがり美味しそうな衣揚げを大量に揚げてくださった。途中、ザナスの水気が油で跳ねて何度も手を火傷しそうになったけれど、それは油料理の宿命ともいえる。私も公爵様も時々手を冷水に浸しながらの調理だったので、身体は熱いけれど手は冷たいという状態だ。

「いつも料理を作ってくださる方に感謝ですね。さあ、公爵様。美味しい朝食を食べに行きましょう」

「そうだな。先ほどの味見で余計に腹が空いてフラフラだ」

公爵様が、お腹に手を当てて戯けてみせる。公爵様はザナスの捕獲から下処理、それに衣揚げ作りまですべてやってくださった。しかも寝ておられないようなので、私はそちらの方が気になる。

「公爵様。後は油の熱がある程度下がるまで放置するだけです。ここはもう大丈夫ですから、先にお食べになられませんと」

「いや、しかしだな」

「ミュランさん、公爵様をお連れしてください。一番の功労者に最高の食事を」

「了解いたしました、メルフィエラ様」

ミュランさんが恭しく礼をして、容赦なく公爵様の腕を取る。

「おいっ、ミュラン!」

「閣下が初めにお食べにならないと、我々もいつまで経っても食事にありつけませんので」

「メルフィ、お前も」

「私はこの油の処理をしてから参ります。あっ、塩加減は各自調味料で調整してくださいね」

ミュランさんに腕を離してもらえず、ズルズルと引き摺られていく公爵様を見送った私は、かまどの火を消してから炭の処理を始めた。

考えてみれば、遊宴会からこちら、公爵様はろくに休んでおられないはずだ。遊宴会が終わってすぐにマーシャルレイド領に来てくださり、一旦自領へとお帰りになった後、またすぐに迎えに来てくださった。お付きの騎士たちもそうだ。自領では各自与えられたお仕事もあっただろうに。今回、ケイオスさんが来ていないのは、そういう理由があったのかもしれない。きっと公爵様は、ケイオスさんにガルブレイス領のことを頼んでから、私を迎えに来てくださったのだ。

(なのに私は自分のことばかり……公爵夫人になるからには、もっと全体のことを考えていかないと)

知らない土地の知らない魔物を目にして、かなり浮かれてしまっていた自分に反省する。もう少し自重しよう。

公爵様と入れ替わりのように、アンブリーさんとゼフさんが来てくれた。後はかまどだけだというのに、二人が最後の後片付けを手伝ってくれる。

「ありがとうございます。でも、私だけで大丈夫でしたのに」

「ひとりより三人です。さっさと片付けて美味い飯をもりもり食べましょう」

アンブリーさんが油が入った丸底鍋を、分厚い手袋をつけて持ち上げる。それから、素焼きの壺の中に油を捨ててくれた。 木杓子(きじゃくし) で掬って捨てようと思っていたので、これはありがたい。

「そうだ、アンブリーさん、ゼフさん。これ、食べてみますか?」

私は、油かすと一緒に置いていたザナスの腹肉の部分を二人に差し出す。この部分はあまりに脂がのりすぎていて、綺麗に揚げられなかったのだ。

「これもザナスですか?」

アンブリーさんが、ひとつ摘まんでしげしげと見る。ぷるぷるしているというか、脂が滲み出ていて非常に怪しい仕上がりだ。

「腹肉の部分なんです。普通の魚も揚げるには適していない部位なので、皆さんにお出しするのも……と思いまして」

「へぇ、美味そうじゃないですか。メルフィエラ様、自分がいただきます」

魔物食に目覚めてくれたゼフさんが、躊躇することなく一気に食べてしまった。不味くはないはずだけれど、脂が多いのはどうだろう。

結論からいえば、私の心配は杞憂だった。ゼフさんはザナスの脂を気に入ったようで、次々と食べていく。アンブリーさんも、意を決したようにパクッと口の中に入れた後、「これは酸っぱい果汁をかけたらより美味しくなる味ですな!」と言いながら、ゼフさんに負けじと食べていく。

「酸っぱい果汁……アンブリー班長、確か、朝食用に果実を注文していませんでしたっけ?」

ゼフさんが何かを思い出したようだ。酸っぱい果汁が出る果実は色々あるけれど、ここら辺の土地で今の季節に旬の果実など見当もつかない。食べるなら美味しくいただきたいという心情の私は、どうしてもその酸っぱい果汁とやらを試してみたくなった。

「アンブリーさん、ゼフさん。早く行きましょう。その果実が食べられてしまう前に! きっと普通に揚げたザナスにもぴったりなはずですから」

たった今、自重しなければと考えていたはずなのに、美味しいものを前にするとすぐこれだ。わかっているけれどやめられないって、人として駄目な気がする。でも言い訳すると、アンブリーさんもゼフさんも、我先にと鍋やかまどを片付けてしまい、期待を込めた目で私を促してくれたので……明日からきちんと自重することにします。