軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第49話 村人たちの選択

王城での謁見を終え、俺たちは転移門が設置されたドーム状の大広間へと戻ってきていた。

俺はバルガス男爵と共に、その中心で淡い光を放つゲートを潜った。

視界を埋め尽くす光の粒子が晴れると、王都の洗練された石造りは消え失せ、武骨で堅牢な灰色の城壁が目の前に広がっていた。

辺境伯領だ。

隣で衣擦れの音がする。

見ると、バルガス男爵が青ざめた顔で額を拭っている。

転移の負荷というよりは、極度の緊張によるものだろう。

ハンカチが吸い取った脂汗で、その生地はすでに重く湿っているようだった。

「……ミナト殿。戻られましたか」

門の守衛たちの最前列。

そこに、一本の槍のように直立する男がいた。

総白髪をオールバックに撫でつけ、左頬に古傷が走る厳格な相貌。

ゲオルグ・フォン・アルブレヒト辺境伯だ。

行きに会った時と同様、軍服を少しの乱れもなく着こなしている。

「あ、どうも。お世話になってます。……もしかして、待っててくれたんですか?」

「ええ。王都の管理官から『通信の魔道具』で連絡がありましたのでな。貴殿らが戻られることは把握しておりました」

なるほど。

転移門は古代の遺産だ。動かすだけでも大掛かりだし、常に兵士が警備しているとはいえ、セキュリティ上、起動前に知らせる手順なのだろう。

その連絡を受けて、領主自らが出迎えに来たというわけか。

「あ、どうも。お世話になってます」

俺が軽く頭を下げると、辺境伯の鋭い眼光が横へ滑った。

射抜かれたのは、バルガス男爵だ。

「バルガス。……王都での用向き、つつがなく済ませたか?」

「は、はいっ! 陛下より直接のお言葉を賜り、誠心誠意対応させていただきました!」

「そうか。……陛下からの書状は届いている。『ミナト殿が希望される場合、廃棄地域の管轄権を譲渡する』とな」

辺境伯は重々しく頷き、再び俺に向き直った。

「ミナト殿。……いや、これからは隣接する領地の主として接するべきですな」

「いや、まだ確定ではありませんので。……色々と条件がありますから」

俺は苦笑いしながら言葉を濁す。

村人たちの去就次第で領主の話が流れる可能性があるなんて、流石に辺境伯には言えない。

王の提案を「一般人の都合」で断るなど、貴族社会の常識では狂気の沙汰だろう。

『……マスター、村人が王都行きを選ぶと本気で思ってるのですか?』

(ん? そりゃ廃棄地域と比べたら王都なんて天国だからな)

『はぁ、マスターには人の心とかないんか』

脳内で、呆れたようなナビ子の声が響く。

その妙に芝居がかった言い回しは、たぶんアカシックレコード――地球の創作物からの引用か何かだろう。

辺境伯は、俺の曖昧な返答を謙遜と受け取ったのか、愉快そうに口元の皺を深めた。

「ふっ。まあ、よいでしょう。結果はどうあれ、貴殿との縁が切れるわけでもあるまい」

辺境伯の強張っていた肩の力が、ふっと抜ける。

その瞳には、警戒心よりも、どこか安堵のような色が滲んでいた。

「正直なところ、あの地を貴殿のような実力者が治めてくれるのは、国防の観点からもありがたい。ゼノビアとの国境付近は、長年の懸念事項でしたからな」

「あー、やっぱりそうなんですか」

「ええ。ですが、貴殿が睨みを利かせてくれるなら、私も少しは枕を高くして眠れそうです」

辺境伯の右手が差し出される。

武人らしく、節くれだった分厚い手だ。

「改めまして。今後とも、よしなに。……何か困ったことがあれば、微力ながら力になりましょう」

「ありがとうございます。こちらこそ、色々と教えてもらうこともあるかと思いますが、よろしくお願いします」

俺はその手を握り返した。

掌から伝わるのは、硬く、熱い感触。剣ダコの凹凸が、彼の歩んできた歴史を物語っている。

強い力で握手を交わし、それから俺たちは別れた。

魔導馬車の車輪が、石畳を規則的に叩く音が響いている。

辺境伯領からの帰り道。

流れる景色を眺めていた俺はふと思い出し、向かいの席へ視線を戻した。

「そういえば、男爵」

革張りのシートに沈み込んでいた男爵の肩が、跳ね上がった。

「ひぇっ!? は、はい!」

座席の上で居住まいを正した男爵が、強張った顔を向けてくる。

別に今すぐ取って食おうってわけじゃないんだが。

これまでの俺は一応、男爵相手には敬語を使っていた。

だが、この間の「小物ムーブ」を見てからは、どうにも丁寧な言葉を使う気が起きない。

向こうも俺の力を恐れているようだし、この際、少し砕けた態度でも問題ないだろう。

「いや、徴発された村人たちのことなんだけどさ。あれ、いつ解放されるんだ? もう用は済んだんだろ?」

「あ、あの……それは……その……」

男爵の視線が泳ぐ。

額の汗が滝のように流れ落ち、首元の襟をぐっしょりと濡らしていく。

「……まさか、まだこき使う気じゃないよな?」

「め、滅相もございません! ただ、その……!」

男爵はチラリとこちらの顔色を伺い、早口で続けた。

「解放を伝える際に、ミナト様のことを伝えると『解放してくれたお方に、直接お礼を言うまでは帰るわけにはいかぬ!』と、屋敷の門前で座り込みを始めてしまいましてな……」

「……はい?」

「放っておくわけにもいかず、使用人に命じて食事や寝床の世話をさせているのですが、一向に動こうとせず。……陛下からの急な呼び出しがあったため、ミナト様にもお伝えできておりませんでした」

男爵の頭が、申し訳なさそうに下がる。

どうやら「虐げていた」のではなく、逆に「もてなす羽目になっていた」らしい。

「ですので、おかえりになられる際、是非とも彼らと一緒に帰っていただければと。もちろん、移動に必要な馬車や人員などにつきましてはコチラで手配しますので」

「あー、わかった」

そういうことなら話は早い。

移動の手配までしてくれるなら、俺としても断る理由はない。

男爵領の屋敷へ続く並木道。

その先に、異様な光景が広がっていた。

門前にズラリと並ぶ、作業着姿の男たち。

その数、四人。

少数精鋭だが、全員が腕組みをして仁王立ちし、困り顔の衛兵たちと睨み合っている。

魔導馬車が門をくぐり、中庭に停まる。

男爵が窓を開け、声を張り上げた。

「みなの者! ミナト様がお戻りになられたぞ!」

瞬間、彼らの視線が一斉にこちらへ突き刺さった。

最前列にいた体格のいい男――どことなくトトに面影が似ている人物が、俺を見つけて叫ぶ。

「おぉ! あの方がミナト様か!」

野太い歓声が、四人分とは思えない音量で鼓膜を叩いた。

彼らは衛兵の制止も聞かずに駆け寄ると、我先にと魔導馬車の窓へ詰め寄ってくる。

「助けていただき、ありがとうございます!」

窓越しに向けられる熱狂的な視線に、俺の背中が思わずシートに張り付いた。

それにしても、この熱量は異常だ。

横目で男爵を見ると、「た、助かった……」と長い息を吐き出し、座席へ沈み込んでいた。

なるほど。こいつら、俺へのお礼にかこつけて、男爵への無言の圧力をかけてやがったな?

呆気にとられたのは一瞬だけ。すぐに、俺の口元はニヤリと吊り上がった。

廃棄地域という過酷な土地で、泥水を啜ってでも生き延びてきた連中だ。ただ大人しく権力に屈するだけの、ひ弱な被害者であるはずがない。

その図太さが、今は何よりも頼もしかった。

その後、男爵が用意した追加の荷馬車に彼らを分乗させ、俺たちは大行列を組んで帰路についたのだった。

村に戻ると、すでに日は傾きかけていた。

広場には、心配そうな顔をした村人たちが集まっている。

だが、馬車から降り立った四人の男たちを見るなり、その表情が一変した。

「あ……?」

誰かの、掠れた声が漏れる。

広場の喧騒が、波が引くように静まり返った。

夕日に染まる赤茶けた大地に、四つの影が長く伸びている。

その影の主たちを認めた瞬間、村人たちの時間が凍りついた。

信じられないものを見る目。

幻覚だと疑う目。

けれど、風に乗って届く土と汗の匂いが、彼らの存在を残酷なほどに証明していた。

「あなたっ……!?」

静寂を引き裂いたのは、悲鳴にも似た叫びだった。

飛び出してきたのは、三十代ほどの痩せた女性――マリだ。

普段は村の裁縫を一手に引き受ける気丈な彼女が、今は杖をつくのも忘れて駆けている。

不自由な左足を引きずり、何度も転びかけながら。

その体を受け止めたのは、痩せこけた、けれど温かい夫の腕だった。

「……すまない、マリ。苦労を、かけたな」

「う、うぁぁぁぁぁッ……!」

その一言が、合図だった。

広場のあちこちで、感情の堰が切れる。

「親父! 親父ぃぃぃッ!」

トトが、獣のような声を上げて地面を蹴った。

いつもは気丈に振る舞う若きリーダーが、今はただの泣き虫な子供に戻っている。

もつれる足で父親の懐に飛び込み、その胸板を何度も何度も叩いた。

「生きてたんだな……! 死んだって、もう会えないって……そう思ってたのに……!」

「おぉ、トト……。大きくなったな。それに、強そうな顔になった」

トトの背中を、武骨な手が力強く叩く。

服越しに伝わる衝撃は、夢じゃない。

横からしがみついてきた妹のモモも、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、父親の体温を確かめるように指を食い込ませていた。

「父ちゃん……!」

巨漢のザザが、人目も憚らずに号泣している。

病死したという噂に怯え、夜な夜な枕を濡らしていた巨体が、今は父親の肩に小さく丸められていた。

生きていてくれた。ただそれだけの事実が、彼の心を支配していた冷たい影を焼き払っていく。

そして。

「パパ!」

軽い足音が響く。

誰よりも速く、誰よりも鋭く。

十四歳、最年少のアドオン適合者、ニーナが風となって、父親の腕の中に滑り込んだ。

「ニーナ! あぁ、無事でよかった……! これだけが、お前に会うことだけが、俺の生きがいだったんだ……!」

父親は娘の頭をくしゃくしゃに撫で回すと、震える手でポケットから一枚の紙切れを取り出した。

ボロボロで、手垢にまみれた、ニーナの似顔絵だ。

過酷な労働の日々、心が折れそうになるたびに、彼が縋り付いてきた希望の欠片。

それを宝物のように胸に抱き、彼は声を上げて泣いた。

再会の歓喜と、安堵の嗚咽が混ざり合い、夕暮れの空に溶けていく。

三年という月日が作り出した空白が、温かい涙で埋められていった。

俺は、その光景から目を離せずにいた。

胸の奥が熱くて、痛い。

彼らが流す涙の一粒一粒が、俺の心臓を直接揺さぶってくるようだ。

よかった。

本当によかった。

俺が振るったバールは、無駄じゃなかった。

俺が戦った意味は、確かにここにあったんだ。

滲む視界を誤魔化すように、俺は大きく息を吸い込み、そして空を見上げた。

ひとしきり感情を吐き出し終えた後、村人たちが俺の元へ集まってきた。

その瞳は赤く腫れていたが、そこには以前のような澱んだ絶望の色はもうない。

あるのは、明日を生きるための力強い光だけだった。

「湊様! 親父たちを連れ帰ってくださり、ありがとうございます!」

「徴発されたものは戻ってこないと聞いていたので……!」

口々に感謝と安堵の言葉を漏らす彼らに、俺は手を振って応える。

そして、ユルダ婆さんとリリ、それにガルや帰還したトトの父親たち主要メンバーを集め、王都での決定事項を伝えた。

「……というわけで、正式な発表はまだ先だが、この辺り一帯は俺の領地になった」

言葉が落ちた瞬間、場が静まり返る。

全員がぽかんと口を開け、理解が追いついていない様子だ。

無理もない。昨日まで「廃棄地域」と呼ばれていた場所が、いきなり一人の探索者の領地になったのだから。

「り、領地……ですか? 湊様の?」

「あぁ。税金も免除されるし、男爵からの干渉もなくなる。当面は『特別自治区』って扱いになるらしい」

俺が補足すると、ようやく意味を理解したのか、リリが震える声で尋ねてきた。

「じゃあ、もう徴税官に怯えなくていいんですか……?」

「あぁ。もう財産を隠す必要もないし、理不尽な要求に従う必要もない」

爆発のような歓声が、空気を揺らした。

抱き合って喜ぶ者、地面に伏して泣き出す者。

その光景を見ながら、俺はもう一つの重要な提案を口にした。

「ただ、別の選択肢もある。先輩……いや、国王陛下からの提案で、希望者は王都に移住することもできるそうだ。俺もちらっと見ただけだが、あっちなら設備も整ってるし、安全も保証される。正直、ここよりずっと住みやすいと思うぞ。どうする? このままここに残るか、王都に行くか」

水を打ったように静まり返る広場。

あまりに唐突で、そしてあまりに魅力的な提案に、彼らが戸惑うのも無理はない。

住み慣れた土地を離れるのは勇気がいることだが、ここでの生活の過酷さを思えば、王都行きを選ぶのが合理的だ。

だからこそ、俺は言葉を重ねた。

「もちろん、今すぐ決めろとは言わない。時間をやるから、家族とよく話し合って――」

言いかけた俺の言葉を遮るように、村人たちから声が上がった。

「ここに残ります!」

「俺たちの家はここですから!」

「湊様がいる場所が、俺たちの居場所です!」

即答だった。

迷いなど、微塵もなかった。

だが、そのあまりの潔さに、俺の背筋を冷たいものが走り抜ける。

「おい、待て待て。これは冗談とかじゃないんだぞ? お前たちの、子供たちの人生を左右する選択だ。それに……」

俺は言葉を切り、少しだけ視線を落とした。

「……俺だって、いつまでもこの村に居続けられるわけじゃないんだ」

一番言いにくくて、でも一番大事なことだ。

俺の声色が少し低くなったのを敏感に察知したのか、村人たちの表情が引き締まる。

俺は息を吸い込み、できるだけ明るく告げた。

「俺はいずれ、元いた場所……遠い故郷に帰るつもりだ」

空気が、凍りついた。

歓喜の熱が一瞬で冷え込み、絶望にも似た静寂が広場を支配する。

「か、帰る……?」

「湊様が、いなくなる……?」

誰かの呟きが、波紋のように広がっていく。

リリのスカートをぎゅっと握りしめていたポポが、大きな瞳に涙を溜めて俺を見上げていた。

「おじちゃん、いなくなっちゃうの……?」

その震える声に、喉の奥が引きつる。

だが、嘘はつけない。

俺はしゃがみ込み、ポポの視線に合わせて頷いた。

「あぁ。俺にも、帰りを待ってる家族みたいな人たちがいるんだ」

ポポの瞳から、ポロポロと透明な雫が零れ落ちる。

それにつられるように、あちこちからすすり泣く声が聞こえ始めた。

まるで世界の終わりを告げられたかのような悲壮感。

いや、ちょっと待て。雰囲気が重すぎる。

『マスター、補足説明を。このままだと今生の別れみたいになってます』

ナビ子のツッコミに内心で毒づきつつ、俺は慌てて言葉を継いだ。

「いや、完全にいなくなるわけじゃないぞ! たまには顔を出すつもりだ」

『そうです。マスターが 秘銀級(ミスリル) 以上のランクになれば、次元を超えて移動することも可能になります。つまり、地球とこの村を行き来できるようになるんです』

ナビ子のホログラムが現れ、補足を入れる。

その言葉に、村人たちがパッと顔を上げた。

「ほ、本当ですか!?」

「二度と会えなくなるわけではないのですか!?」

「あぁ。まぁ、常駐はできなくなるけど、定期的に様子を見に来るつもりだ」

俺が頷くと、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。

だが、それでも不安は残るのだろう。

村人たちの表情には、まだ影が落ちている。

そんな中、ユルダ婆さんがゆっくりと進み出た。

「……神は、我々に土地を与え、自立できるようお力を与えた後、再び去っていかれる……。これは『試練』……いや、『旅立ち』の福音か……」

ユルダ婆さんが涙目で手を合わせながら、何かブツブツと唱えている。

強化された聴覚は、その不穏な独り言を一言一句漏らさず拾い上げてしまったが、俺は聞こえないフリを決め込んだ。

また始まったか。

「しかし、神の御加護は未だこの村にあり……。我々は試されているのです。神に頼り切りになるのではなく、自らの足で歩めるかどうかを」

婆さんの言葉に、村人たちがハッとした顔をする。

何やら勝手に納得し、使命感に燃え始めているようだ。

方向性はともかく、前向きになってくれるならそれでいいか。

「そういうことだ。だから、俺がいなくても村が回るように、今のうちに体制を整えておきたい」

俺はあらかじめ考えておいた役割分担を発表した。

「まず、全体の指揮と外部との交渉は、引き続きユルダ婆さんとリリに頼みたい。特に王都や他領とのやり取りは増えるだろうからな」

「承知いたしました。この老骨、粉骨砕身努めさせていただきます」

「わ、私も頑張ります……!」

「次に、村の警備と実働部隊。これはガルとトトたち若衆に任せる。俺が作ったゴーレム……『銀二』と『蘭丸』もいるが、基本はお前らが中心になって動いてくれ」

「任せてください! 湊様がいなくても、この村は俺たちが守ってみせる!」

「僕たちも、もっと強くなります!」

ガルが力こぶを作って見せ、トトも真剣な眼差しで頷く。

「そして、物資の管理や記録、監査役として、ナビ子……の複製体を置いていく」

『はい! 皆様の奉納品……いえ、資産の管理は、この私が厳正に行います! 不正は許しませんよ?』

ナビ子がウィンクをする。

彼女には、村の運営が健全に行われているかを監視し、俺への依存度が高くなりすぎないように調整する役割も担ってもらうつもりだ。

「おぉ……! 御使い様はお残りくださるのか……!」

「ありがたや、ありがたや……!」

ナビ子のホログラムを見て、村人たちが感涙にむせびながら拝んでいる。

彼らにとってナビ子は「神の使い」であり、信仰の対象そのものだ。

その天使様が常駐してくれるという事実は、俺がいなくなる不安を補って余りある安心材料になったらしい。

「最後に……これは確認なんだが」

俺は一度言葉を切り、村人たちを見渡した。

「ここの元領主、バルガス男爵についてだ。法律的にはあっちの言い分が正しかったとはいえ、お前たちが受けた仕打ちは事実だ。もし、復讐したい奴がいるなら言ってくれ。気が済むまで殴れるくらいには、俺が力を貸してやる」

俺の提案に、村人たちは顔を見合わせた。

怒りや恨みの感情が湧き上がるかと思ったが、彼らの表情に浮かんでいたのは、意外にも困惑と、苦笑いだった。

「復讐……ですか」

代表して、ガルが口を開く。

「いや、正直ムカつくことはありましたけど……今はもう、どうでもいいっていうか」

「どうでもいい?」

「だって、湊様が現れてくれたじゃないですか」

ガルは照れくさそうに鼻を擦った。

「分かんないですけど、俺たちが普通に暮らしてたら、湊様には会えなかったような気がするんですよね。あの苦しい生活があったから、湊様が来てくれた時に、救われたって思えた。それに……」

彼は視線を、後ろに控えていた中年男性たちに向けた。

三年前の徴発で連れていかれ、今回の件で無事に帰還した四人の村人たちだ。

「徴発された親父たちも、全員生きて帰ってきましたしね。結果オーライっていうか」

ガルの言葉を引き継ぐように、トトが父親の肩を抱きながら笑う。

「そうそう。湊様のおかげで、今は毎日腹いっぱい飯も食えるしな!」

「あんな男爵のことより、明日の畑のこと考えた方がマシだべ」

口々に同意する村人たち。

そこには、強がりや諦めではない、底抜けの明るさと強さがあった。

虐げられ、奪われ続けてきたはずなのに、彼らの心は少しも歪んでいない。

「……そうか」

胸の奥が、じんわりと温まる。

この人たちは、強い。

俺なんかより、よっぽど人間として強いじゃないか。

「分かった。なら、この話はこれでおしまいだ」

俺が宣言すると、村人たちは晴れやかな笑顔で応えた。

その夜。

宴会騒ぎで盛り上がる村人たちを尻目に、俺は一人、村外れの岩場に腰掛けていた。

頭上には、満天の星空が広がっている。

詳しくないから知らないが、多分全然違う星なんだろう。

けれど、この空の下で、人が人を想う気持ちだけは、きっと変わらない。

『マスター、バルガス男爵経由で「例の王様」から伝言が入りました』

脳内にナビ子の声が響く。

ナビ子は男爵領の通信機ともリンクしているらしく、そこに入った連絡を傍受……いや、受信したらしい。

『ゼノビア帝国 皇帝との手合わせの日程が決まったそうです。三日後に王都に来てくれ、と』

(三日後か……意外と早いな)

俺は夜空を見上げ、小さく息を吐いた。

俺はあくまで見学として参加するのだが……それでも、相手は 赫金級(オリハルコン) 上位の皇帝。

その場に同席する俺が弱っちいと、先輩まで「なんだ、あいつの連れは大したことないな」と侮られてしまうかもしれない。

あの人は規格外だが、その仲間がショボいと格好がつかないだろう。

(少しでもレベルを上げておくか。先輩の顔に泥を塗らないためにも)

幸い、廃棄地域には「渓谷ダンジョン」がある。

あそこの深層なら、今の俺でも十分な経験値稼ぎになるはずだ。

三日後の朝には移動しないといけないから、今から潜れば二日くらいは探索できるだろう。

村には銀二と蘭丸がいる。それにレベルが上がったおかげでナビ子の複製体も残しておける。

留守中に何かあってもすぐに対応できるはずだ。

「よし、行くか」

俺は立ち上がり、渓谷の方角へと歩き出す。