軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第27話 おじさん、あしながおじさんになる

村から北へ数キロ。

北方の山脈から流れ出る水が大地を削り取った、「北の渓谷」。

その岩肌に、ぽっかりと黒い口を開けた洞窟があった。

この一帯で唯一確認されているダンジョン。

かつてトトたちが潜り、俺がワームに食われて吐き出された、因縁の場所だ。

以前ワームから吐き出されたのは、第三層にあたる乾いた荒野エリアだった。対して、この入り口付近は渓谷の水脈に近い。

生乾きのコンクリートみたいな重い湿気が、洞窟の奥から漂ってくる。

肺の中まで湿り気で埋まりそうな感覚に、思わず息を吐き出した。

かつて食器代わりにストーンクラブを狩ったのも、このあたりの水辺だ。

『山脈からの水が流れ込む影響で水棲生物の生息域が設定されています。水質浄化の特性を持つドロップ品を狙うなら、この階層から広く生息する「スライム・アクア」が狙い目です』

スライム狩りなら大得意だ。ほんの数日前までは、それこそ呼吸するように狩りまくっていた相手だ。

湿った洞窟内を慎重に進む。

足元の岩場は濡れて滑りやすく、天井からは絶えず水滴がしたたり落ちてくる。

ピチャ、ピチャ、と反響する水音が、ここが生命の気配に満ちた場所であることを告げていた。

『前方、水辺に群生反応。スライム・アクアの群れです』

ナビ子のガイドに従い、角を曲がる。

視界が開けた先に、地底湖から流れ出る小川のような場所があった。

そのほとりに、青白く発光する半透明の集団が蠢いている。

数は……ざっと三二匹といったところか。

「これだけいれば十分だな」

バールを構え、地面を蹴る。

無防備な群れへと、身体を躍り込ませた。

腕を振るう。

風切り音と共に、バールの先端がゼリーの核を捉えた。

手首に伝わる硬質な感触。

次の瞬間、水色の身体が弾け飛ぶ。

数日前の感覚が、指先から蘇る。

もはや作業だった。

次々と襲い来るスライムに対し、最小限の動きでバールを叩き込む。

ゼリー質を貫き、核を砕く。その単純な工程だけを淡々と積み重ねていく。

数分後。

すべてのスライム・アクアが光の粒子となって消えた。

後に残るのは、システムが提示する報酬のリストのみ。

さて、収穫の時間だ。

『ドロップ選択を表示します』

【ドロップ選択】

対象:スライム・アクア ×32

1. スライム・ゼリー(水):ノーマル×32 - 経験値0.1%消費

2. 清浄石(小):レア×5 - 経験値0.5%消費

3. アクア・コア:エピック×1 - 経験値2.0%消費

4. 水精の宝珠:エピック(上位)×1 - 経験値5.0%消費

5. ウンディーネの涙壺:レジェンダリー×1 - 経験値20.0%消費

6. 全吸収 - 経験値100%吸収

リストの上から順に、詳細へ視線を滑らせる。

「清浄石(小)」は約一リットルの水を浄化する性能。「アクア・コア」は浄化容量が約五〇リットル。上位エピックの「水精の宝珠」なら五〇〇リットルの浄化と水生成が可能だが、村の人口と将来的な需要を考えれば、それでもまだ心許ない。

どれも一時的な解決策の域を出ない。

だが、求めていた「恒久的な解決策」が、リストの五番目に鎮座していた。

期待を込め、その項目の詳細を展開する。

【ウンディーネの涙壺:レジェンダリー】

分類:特殊素材 / 魔石 / 希少部位

効果:大気中の水分を無制限に濾過・凝縮し、清浄な水を必要な分だけ生成し続ける。

説明:水の大精霊ウンディーネが流した涙を受け止めたとされる伝説の壺。その涙は決して枯れることなく、あらゆる穢れを浄化すると言われている。かつて砂漠の国を救った救国の秘宝。

『レジェンダリー級遺物『ウンディーネの涙壺』! これがあれば水関連の問題は一気に解決しますよ!』

こいつは最初からこれを狙って案内したのだ。

「……ありがとな」

短く礼を言うと、ナビ子は嬉しそうに声を弾ませた。

『いえ! レジェンダリーが選択ドロップできるというのは、サポートユニットとしてもワクワクするんですよ。さぁマスター、ポチッといっちゃってください!』

「……はいはい」

ナビ子の調子の良さに苦笑しつつ、『ウンディーネの涙壺』にカーソルを合わせる。

自律進化(スタンドアロン) の真骨頂は、この「結果の選択」にある。

本来なら天文学的な確率を引き当てなければ手に入らない奇跡を、俺は経験値を支払うだけで確定入手できるのだ。

(……待てよ。これ、俺用にもあった方が良くないか?)

無限に美味しい水が出る壺。

これがあれば、旅先での水の確保に困ることはないし、いつでも風呂に入れる。

村用と、自分用。

……うん、必要だ。

「よし、二つ貰おう」

『は?』

迷わず数量を『2』に指定し、確定を叩き込む。

カッ、と手元で強烈な光が二つ、弾けた。

溶接の 閃光(スパーク) にも似た鋭い輝きが、網膜を白く焼く。

反射的に目を細め、涙ぐんだ視界でその正体を追う。

やがて光が収束すると、そこには青白く輝く陶器の壺が二つ、鎮座していた。

『一つ手に入れるだけで人生上がれる国宝級のレジェンダリー遺物を、惜しげもなく二つもドロップさせるなんて……! その躊躇のなさ、そこにシビれる! あこがれるゥ!』

「……また変な知識を」

ナビ子の妙なテンションをスルーし、二つの壺を手に取る。

指先に伝わる、ひんやりとした陶器の感触。

中を覗くと、澄んだ水が満ちているのが見えた。

これで水問題は永続的に解決する。俺のQOLも爆上がりだ。

もちろん、リスクも生じる。

こんな高価なものが、無防備な村にあると知れれば厄介だ。

ま、生活してみて分かったが、廃棄地域に興味を持つ人間なんざほとんどいない。当面は大丈夫だろう。

壺をインベントリに放り込み、来た道を引き返す。

帰り道での食料確保も忘れない。

道中で遭遇したストーンクラブを数匹狩り、ついでにスライム・ゼリーも回収しておく。

水だけでは腹は膨れないし、村の食料事情も厳しいはずだ。

これがあれば、今夜も少しはマシな食事ができるだろう。

村に帰り着く頃には、まだ日は高かった。

獲ってきた食材をリリたちに渡し、適当に時間を潰す。

白昼堂々と井戸に細工をするわけにはいかないからだ。

そして、夕刻。

辺りが薄暗くなったのを見計らい、誰にも見られないように井戸へ向かった。

昼間は水を求める村人たちでごった返していた広場も、今は静まり返っている。

周囲を確認してから、『涙壺』をロープで縛り、井戸の底深くへ沈める。

ドボン、という重い音がして、壺が見えなくなる。

直後、井戸の水位が目に見えて上がり始める。

溢れ出す寸前でピタリと止まる。ちょっと多すぎるな、と思うと水位が下がっていく。

水位調整機能付きか。流石レジェンダリー級アイテム、ハイスペックだな。

「……湊さん、何してるの?」

背後から、不意に声がした。

不意打ちの衝撃が、 土嚢(どのう) を落としたみたいに胃の腑にズンと響いた。

反射的に肩が強張り、息が喉で詰まる。

恐る恐る振り返ると、暗がりの中にガルとリリが立っていた。

二人とも、胡乱げな目で俺と井戸を交互に見ている。

「井戸のメンテナンスだよ。朝、作ってそっから確認してなかったからな」

「嘘つけ。今、何か入れただろ」

ガルが鋭く指摘し、井戸の中を覗き込む。

そして、並々と湛えられた澄んだ水を見て、リリと共に言葉を失った。

「……これ、まさか」

「水が、溢れてる……?」

誤魔化すのは無理か。

頭を掻き、観念したように息を吐く。

「魔法の効果を持続させる『触媒』を入れたんだ。深い意味はない」

「しょくばい……?」

「あぁ。俺が定期的に魔法をかけ直すのは手間だからな。これを入れておけば、勝手に水を浄化し続けてくれる。……まぁ、魔道具の一種だと思ってくれ」

咄嗟に嘘をついた。

国宝級のアーティファクトだと言えば、彼らは不安になるだろう。奪われる恐怖を知っているからだ。

だが、何も説明しなければ、それはそれで不気味に思うはずだ。だから、若者である彼らにだけは、それらしい説明をしておくことにした。

ユルダたち年寄り連中には、あとで適当に説明すればいい。

「す、すごい……! これでもう、お水に困らないんだね!」

リリが顔を輝かせ、俺の手を握りしめる。

日に焼けた肌と、短く切り揃えられた髪。普段は勝気な意志の強さを宿す瞳に、厚い水膜が張っている。

瞬きをするたびに、そこから雫がこぼれ落ちた。

「ありがとう、湊さん! 本当に、本当にありがとう!」

「よせ。俺は自分が風呂に入りたいだけだよ」

「それでも! 湊さんは村の命の恩人だよ!」

真っ直ぐな感謝に、少し照れくさくなって視線を逸らす。

と、それまで黙っていたガルが、ぽつりと口を開いた。

「……あんた、すげぇな」

「あ?」

「いや……その、ありがとな。村を、助けてくれて」

ガルは視線を彷徨わせ、足先で地面を小突きながら、それでもはっきりと言った。

ボサボサの茶髪の隙間から、赤くなった耳が見える。

「お、珍しいな。お前がそんなに素直なんて」

「う、うるせぇ! ……それと、その……悪かった」

「ん?」

「今まで、あんたのこと疑ったり、突っかかったりして……ごめん」

ガルは深々と頭を下げた。

その姿は、以前の尖った少年ではなく、村を背負う責任感を持った一人の青年のそれだった。

「気にするな。警戒するのは当たり前だ。お前は皆の兄貴として、守ろうとしてただけだろ。そういう奴は必要なんだよ」

「……っ、茶化すなよ!」

ガルが顔を真っ赤にして怒鳴る。

俺とリリは顔を見合わせ、声を上げて笑った。

夜風が心地よい。

これで、水の心配はなくなった。

だが、仕事はまだ山積みだ。

水の問題は片付いたが、食料自給の目途もたっちゃいない。

燃料も足りないし、防衛設備に至っては廃材を積み上げただけ。

衛生環境も、医薬品も、まだまだ足りないものだらけだ。

「……さて、明日はどうするかな」

冷たい水を一口飲む。

喉を潤す清涼感が、乾いた体に染み渡っていった。