軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第12話 完全手動(フルマニュアル)おじさんは、再会する

死の 顎(あぎと) が閉じる寸前。

沙織たちの頭上に、一条の閃光が 奔(はし) った。

「――ッ、間に合えええええええッ!!」

大気を引き裂く轟音とともに、青白い光の塊が二人の周囲に展開される。

それは攻撃ではない。

湊(みなと) 啓介(けいすけ) がこの一瞬で弾き出した、唯一の「生存解」。

(殴れば衝撃で死ぬ! 斬れば瓦礫で潰れる! 止めれば慣性でミンチだ!)

巨大すぎる質量差。

高速で突っ込んでくるダンプカーの前に生身の人間がいるようなものだ。無理に止めれば、守るべき対象がひき肉になる。

ならば、選択肢は一つ。

二人が「食われること」を前提に、その内部で生かすための絶対防御。

魔力を限界まで練り上げ、物質化寸前の密度で二人の周囲に固定する。

イメージは深海探査艇の殻。

数千トンの水圧にも、溶解液の酸にも耐えうる、純粋魔力の障壁。

「《 再結界(リ・バリア) 》ッ!!」

湊が吠えた瞬間。

世界が、閉じた。

光の殻が展開されるが早いか、漆黒の闇が視界を覆い尽くす。

圧倒的な質量の圧殺。

何かが潰れる生々しい破砕音が響き――そして、静寂だけが残った。

静寂。

舞い上がった粉塵だけが、雪のように降り注いでいる。

アスファルトには、半円形に抉り取られた巨大なクレーターだけが残されていた。

沙織さんと翔太君の姿は、もうどこにもない。

「あ……」

立ち尽くす。

伸ばした右手は、空を掴んだまま震えている。

脳裏に焼き付いているのは、三年前の光景だ。

あの時もそうだった。

届かなかった手。

地面に空いた穴と、二度と戻らなかった背中。

「クソッ……!!」

足元のアスファルトを拳で殴りつける。

亀裂が走り、破片が飛び散る。

ダンジョンの外でも強化された拳は、わずかに破片をまとわりつかせるだけで、骨一つ折れはしない。

その頑丈さは、 贖罪(しょくざい) としての痛みすら許してくれないようで、今の湊には何よりも呪わしかった。

「またかよ!! また、俺は……ッ!」

喉の奥から、焼けつくような嗚咽がせり上がる。

何のために力をつけた。

何のために、この三年間スライムを狩り続けてきたんだ。

一番守りたかった人の家族すら守れないなら、この力になんの意味がある。

『マスター!』

絶望に沈みかけた意識を、凛とした声が叩いた。

視界の端に、ナビ子のホログラムが割り込む。

普段の飄々とした表情ではない。真剣そのものの眼差しが、湊を射抜いていた。

『マスター!! 呼吸をしてください!』

警告音が脳内に鳴り響く。

『バイタル低下! 思考ノイズ増大! ……聞いてください、あの一瞬、攻撃を選択していたら生存率はゼロでした。ですが、貴方が選んだのは《再結界》……生存確率は100%です!!』

「……は?」

虚ろな目でナビ子を見上げる。

生存確率、100%?

あんな化け物に呑まれて?

「気休めはいい。俺は見たんだ。沙織さんと翔太君が呑まれるのを……」

『気休めではありません! これは 演算結果(じじつ) です!』

ナビ子が強く言い放つ。

目の前に、数式とグラフが高速で流れるウィンドウが展開された。

『もしマスターがあの瞬間、攻撃を選択していたら、その余波で二人は即死していました。物理的な防御壁を作ったとしても、ワームの突進エネルギーによる慣性Gで内臓破裂していたでしょう』

「……っ」

『ですが、マスターは《再結界》を選んだ。流体として衝撃を受け流し、かつ溶解液を遮断する球体結界を。これこそが、生存率をゼロからつなぎ止める唯一の「正解」だったんです!』

ナビ子の言葉に、瞳にわずかに理性の光が戻る。

そうだ。俺は、守るためにあれを作った。

ただの防御じゃない。魔力を常に循環させ、外部からの干渉を中和する、 完全手動(フルマニュアル) の俺だけができる結界だ。

『それに、忘れたんですか?地上に出たら原種と言えども、今のマスターにとっては「格下」です!ダンジョン内ではムリでも、体内構造、消化器官の配置、溶解液の成分……すべてスキャンができました』

『演算した結果によるとマスターの魔力密度なら、あの個体の胃酸濃度に対して最低でも四十分は持ちます』

ナビ子が胸を張る。

『相手はたしかに原種ですが、しょせんは「虫」です。私のサポートとマスターの火力があれば、胃袋をこじ開けることなど造作もありません!』

「……四十分」

呟きが漏れる。

長い時間ではない。だが、絶望するにはまだ早い時間だ。

『奴は獲物を捕らえたことで、消化のために安全圏へ退避しようとしています。移動先は特定済み。亜空間転移の痕跡を追跡しました』

「場所は?」

『上野 不忍池(しのばずいけ) ダンジョン。さきほど、マスターが『人民を支配し蟻の女王』を倒した、あの場所のすぐそばです』

――上野。

あの女王蟻のいた場所か。

(そうか……そういうことかよ)

点と点が繋がる。

近衛兵がおらず、あの女王蟻が妙に弱かった理由。

そして、このワームが異常な行動力を発揮してここまで来た理由。

奴は女王を喰らい、その力を取り込んだ上で、さらに餌を求めていたのだ。

「……消化不良で腹壊させてやる」

立ち上がる。

瞳から、感情の光が消え失せた。

深海のように深く、冷たい凪。

だがその奥底には、世界そのものを焼き尽くすほどの灼熱の溶岩が流れている。

「行くぞ、ナビ子。ルートを出せ」

『了解です、マスター! あのクソ虫に、食べちゃいけないものを食べたってことを教えてやりましょう!』

普段なら「言葉遣いが悪い」とたしなめるような台詞。

だが、今の湊には頼もしく響いた。

「言うようになったじゃねぇか!」

ワームが潜った地面の穴は既に塞がっている。

だが、入り口は分かっている。

「《身体強化・脚部》」

魔力を下半身に集中させる。

システムの補正ではない。

自らの意志で、筋肉の一本一本、細胞の一つ一つに魔力を浸透させ、バネのように収縮させる。

足元のアスファルトが悲鳴を上げ、融解を始める。

込められた魔力の密度が高すぎて、物質が耐えきれずにプラズマ化しているのだ。

「――胃袋ごと、引きずり出してやる」

爆音。

身体は砲弾となって、上野方面の空へと弾き飛ばされた。

ビル風を切り裂き、屋上から屋上へと魔力の足場を蹴って加速する。

待ってろ、猪狩先輩。

あんたの家族は、今度こそ俺が守り抜く。

普段の冴えない姿からは想像もつかない機動で、一直線に戦場へと向かう。

目指すは不忍池ダンジョン、中層部、女王の 塒(ねぐら) 。