軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

幕間 エレンのはじめてのおつかい2

地球では、湊たちが河口湖の観光を楽しんでいる頃。

エレオノーラは再び、鉄機郷のヴァルターの工房を訪れていた。

「……エリーチェン、悪い。つい職人の 性(さが) で素材の潜在能力を百二十パーセントまで引き出しちまった。とんでもねぇ代物になっちまったが……使い手がよほど図太くねぇと、逆にこいつに飲み込まれて食い殺されるかも知れん」

作業台の上に鎮座する完成品を見下ろし、ヴァルターが忌々しげに、そしてほんの少しだけ申し訳なさそうに息を吐く。

無骨で異形。しかし極限まで無駄を削ぎ落とされた、赤黒いバール。

ただそこにあるだけで周囲の空間の魔力を圧迫するような凄まじい威圧感と、生きた血管のような赤い脈動を不気味に放っている。

湊の在り方をそのまま体現したような、理不尽の塊。

「そこは心配しなくて大丈夫。どんな理不尽であっても。それ以上の理不尽で食い破るから」

事もなげに言い放つ女帝の姿に、ヴァルターは珍しいものでも見るように目を細め、やれやれと肩を竦めた。

「そうかい、そうかい。……で、こいつの名前はどうする? これほどの業物だ、鍛冶王たる儂が直々に送ろうか、『極星・暴食の 魔顎(あぎと) 』とでも――」

「そんな仰々しい名前はいらないわ」

嬉々として名付けようとするヴァルターの言葉をあっさりと遮り、エレオノーラは出来上がった武器を自身の 収納機能(インベントリ) へと収める。

「えぇっ!? いらないのか? 儂が『極星』の名を授けるんだぞ!?」

『極星』とは、鉄機郷の王たるヴァルターが、自身の技量のすべてを注ぎ込んだ「最高傑作」にのみ冠する特別な銘である。世界に数振りとないその銘を辞退するなど、普通の探索者ならあり得ない事だった。

「ええ。名前なんてただの飾りよ。これはただの道具。どんな理不尽でもこじ開ける、彼専用のね」

エレオノーラは誇らしげに笑い、完成品を手に入れて満足げに工房を後にした。

ゼノビア帝国にある居城へ戻った彼女は、冷たい夜風が吹き込むバルコニーの長椅子に腰掛け、柄にもなくウキウキと頬を緩めている。

そのまま手元の武器を眺めたり、いつ渡そうかと想像を膨らませたりしているうちに、すっかり数時間が経過してしまった。

(いけないわ、つい夢中になってしまった。この武器を渡したら、湊も喜ぶかしら……)

ふふっ、と一人で艶やかな笑みをこぼしたあと、エレオノーラはふと思いついたように顔を上げる。

(あ、そうだわ。ホルム村の様子を全然見ていなかったわね。少し覗いてみようかしら)

彼女は長椅子からふわりと浮き上がると、空間を転移して遥か彼方の廃棄地域――ホルム村の上空へと移動した。

眼下の広場は、すっかり夜の帳に包まれていた。

にもかかわらず、村の守護獣である二頭の巨狼――夜の闇を固めたような藍黒の毛並みを持つ『蘭丸』と、月光を反射するような黒銀の『銀二』の広い背中には、ポポやリリが眠たげに目を擦りながらもしがみついて遊び回り、その横でガルが呆れたように彼らを眺めている。

ただ一つ気になったのは、その広場の片隅に、以前はなかった廃材の継ぎ接ぎでできた『自律駆動型の迎撃砲塔』が三基ほど、物騒な赤い魔力光を夜闇に放ちながら首を振っていることだ。

エレオノーラには、それがベルクの仕業であるとすぐに察しがついた。

(……たった五日見なかっただけなのに。この村は一体何と戦うつもりなのかしら?)

呆れ半分、感心半分の思いで小さく息を吐く。

とにもかくにも、そんな騒がしい(一部物騒な)村の夜景を見下ろしながら、いつ湊にこれを渡そうか。そんな甘い思考に浸っていた時だった。

『緊急事態です、エレオノーラ』

脳内に、ナビ子からの冷たく平坦な声が響いた。

「どうしたの、精霊様?」

常に自身に張り付いている半透明のホログラムへ、エレオノーラは一定の敬意を払って応じる。

『今すぐ、あなたのインベントリにあるその武器をよこしてください』

「えぇ、いくら精霊様でもそれはダメよ。これは私が直接渡して、彼の驚く顔を見るための――」

『問答している暇はありません。システム権限で強制的にフルアクセスして奪取します。……マスターの意向には反しますが、緊急事態ゆえご容赦を。代わりに、対価としてこれを差し上げましょう』

ナビ子が空中に展開したウィンドウに、一つの映像データが再生される。

同時に、エレオノーラの 収納機能(インベントリ) から『バール』が強制的に消失した。

ナビ子のシステム権限によって、イギリスで死闘を繰り広げている湊のインベントリへと直接転送されたのだ。

「ちょっと、勝手に――!」

抗議しようとしたエレオノーラの声は、再生された映像によってピタリと止まる。

それは、地球で湊が氷室たちから尋問を回避するために、エレオノーラのことを熱弁してキモオタを演じていた時の記録。

その中で、湊が「白銀の髪に真紅の瞳の超絶美女」「あの冷たい視線が柔らかく微笑むのを想像したらたまらなく良くて」と、早口で(演技とはいえ)エレオノーラのことを褒めちぎっている様子が再生されていた。

「っ……!」

エレオノーラの思考がショートし、陶器のように冷たく白かった頬に、急速に熱が集まっていく。彼女は慌てて口元を両手で覆い、落ち着きなく視線を泳がせた。

「も、持って行っていいわよ……! 好きに持って行きなさい!」

照れ隠しで早口に捲し立て、事後承諾という形でナビ子の強権発動を認める。

怒るどころか、柄にもなくうろたえる自身の顔を隠すように、エレオノーラはふいっとそっぽを向いた。