作品タイトル不明
102.それは本人にとっては本当に深刻な悩みなんです
桃色のオーラを滾らせてノンノンデニッシュさんが迫る。
その迫力は鬼気迫るものがある。
その攻撃を受ければ、おそらく俺は一撃で死んでしまうだろう。
しかし――。
「――『時間停止』」
その瞬間、俺は再び『時間停止』を発動させた。
ただ意味もなく相手の出方を待っていたわけじゃない。
『時間停止』は止めた時間と同じだけのCTが発生する。
8秒のCTが終わるのを待っていただけだ。
「……悪いな、ノンノンデニッシュさん」
アンタにも何か負けられない理由があるんだろうが、俺には関係ない話だ。
わざと負けるなんて出来ないし、するつもりもない。
ソウルイーターから爆発的な黒いオーラが出現し、真っ黒な刃を形作る。
「――魂葬刃断」
魂魄斬りの強化版。
静止した世界で、俺はノンノンデニッシュさんの心臓を貫いた。
――静止時間4秒。そして時は動き出す。
「――がっ、ごはぁっ!?」
その瞬間、ノンノンデニッシュさんが先ほどとは比べものにならないほどの血を吐いて倒れた。
いくらダメージをステータスに変換できるといっても限度があるはず。
視界の端で、狼煙が二本上がった。
(……無事に隠しアイテムは見つけたようだな。それにやっぱり居たか)
雷蔵たちには隠しアイテムの捜索と、隠れている敵のカードの討伐を指示しておいた。
相手はプレイヤーだからな。
当然、カードも使ってくるだろうと予想していた。
そして見える場所に居ないってことは、隠れてこちらの隙を突いてくるはず。
だから、そちらは同じカードである雷蔵たちに任せたのだ。
「ウガォゥ」
「キキー」
雷蔵たちが姿を現す。
背中に担いでいたり、抱えていたモンスターたちを、ノンノンデニッシュさんの傍に放り投げる。
えーっと、オークの進化系っぽいやつに、ホブゴブリン、デカい狼みたいなやつか。
全部で三体か。思ったよりも少ないな。
それにしてもエイトさんの時もそうだったが、対象がカードだとモンスター図鑑は更新されないんだな。あの数字と音符、どんなモンスターだったんだろう?
ともかく、こちらに戦闘を悟らせないほどに倒せたってことは、それだけ雷蔵たちと力の差があったということだろう。
皆、強くなってくれたよ、ほんと。
「なっ……ゴン太、ゴブ助、ポチ郎……そんな馬鹿な……」
ノンノンデニッシュさんは気絶したモンスターたちを見て驚愕する。
「安心しろよ、殺してはいない。気を失ってるだけだ」
「そ、そうか……」
あからさまにほっとした表情を見せる。
とても演技には見えなかった。
……この人、本当に悪人なのだろうか?
あのイベントムービーじゃ、どう見ても悪人って感じだったけど……。
「――ワォォォオオオオオオオン」
屍狼からの遠吠えも上がった。
どうやらシュリアさんも無力化することに成功したようだ。
デバフ対策がなければ、屍狼の鳴き声は聞いただけで詰みだからな。
ニャンマルさんに預けた『天使のネックレス』でもなければ対策は困難だろう。
……そういえば、いつ返して貰えるんだろうか、あのアイテム。
今度会ったら、ちゃんと返して貰おう。
「今の遠吠えは……?」
「俺の仲間のモンスターの声だ。アンタの仲間の騎士は無力化したよ」
「ッ……そうか」
「まだやるか?」
「……いや、私の負けだ……」
ノンノンデニッシュさんは倒れたまま手を上げる。
『ノンノンデニッシュが敗北を認めました』
『勝利条件が変更になります』
『勝利条件 ノンノンデニッシュとNPCを無力化する』
『ノンノンデニッシュとNPCの無力化に成功しました』
『おめでとうございます。メインストーリー6をクリアしました』
頭の中に響くアナウンス。
しかしすぐに黒い空間へ戻ることはなかった。
俺は地面に倒れたままのノンノンデニッシュさんを見る。
「なあ、さっき言ってた病気の息子が居るってのは本当か?」
「……ああ、本当だとも。それがなんだ?」
「いや、俺にはアンタが根っからの悪人には見えないんだ。イベントムービーだと、ずいぶんとキャラが違ってたからさ。パルムール王国も正直、あまりいい印象がないし……」
「イベントムービー……? よく分からないが、パルムール王国はこの大陸でも屈指の医療大国だ。確かに純血教の思想こそ、良い印象はないが、医学においてあの国に勝る国はない」
「なるほど……」
パルムール王国って医療が進んでるのか。
これは意外な情報だな。
それにノンノンデニッシュさんも純血教のことは良く思っていないのか。
あくまで病気の息子さんのためにあの国に居たと。
イベントムービーでのあれはあくまで演技かキャラ付けだったのか?
「こちらこそ、質問がある。パルゴス院長を殺したのは君だな?」
「……ああ」
嘘をついても意味はないだろう。
ノンノンデニッシュさんの今回のステージ内容はおそらく『グランバルの森に居るパルゴス院長を殺した犯人を見つけて始末する』みたいな感じだろうし。
「理由を聞いても?」
「あの養護院は裏で亜人の子供たちを使って人体実験をしていた。職員も全員グルだ。地下牢には何人も犠牲になった子供たちが居た」
「……やはりな。どうせ、そんなことだろうと思った」
「知ってたのか?」
嘆息するノンノンデニッシュさん。
「人が殺される理由など、たいていは怨恨か金銭絡みだ。パルゴス院長が本当に評判通りの人物なら、彼に殺される理由などない。殺されたのなら、そういうことだったってことだ」
違いない。
再びノンノンデニッシュさんは深いため息をつく。
「はぁ……まいったな。今回はどうしてもクリアしたかったが無理だったか」
「なんでそんなにクリアしたかったんだ?」
「言っただろ? 病気の息子を治す為だって。今回のクリア報酬に『女神の雫』があったんだ。それさえ手に入れば、あとは現実にそれを持ち帰れる方法を探すだけだったんだが……君のせいで遠のいたよ」
「……」
精一杯の嫌味のつもりなのだろう。
でもそれだけだ。
それ以上は何も言ってこなかった。
「息子さん、俺が治してやろうか?」
「……何を言っている? 冗談は――」
俺は収納リストから『女神の雫』を取り出す。
それを見た瞬間、ノンノンデニッシュさんの表情が変わった。
「それは……まさか女神の雫……!? ほ、本物?」
「ああ。詳しくは言えないが、俺はこれを現実で使用できる。いくつか条件を守ってくれるなら、これを現実でアンタの息子に使ってやってもいい。勿論、アンタの本名や住所も全て明かしてもらうことになるけど」
「ほ、本当か!? その程度、構わない! 条件も全て飲む! だから頼む! 息子を……息子を治してくれ……」
とても演技とは思えないし、息子さんのことも本当だろう。
やっぱり俺にはこの人が悪人には思えない。
スキルを使えば身バレは防げるし、使うのもやぶさかでない。
それに、これは全くの善意という訳でもない。
――神聖パルムール王国と亜人の国はそう遠くない未来に衝突する。
イベントムービーや、コロロさんたちの会話でもそれは予想できる。
そして国に属するプレイヤーは、非常に強力な 戦力(カード) になるだろう。
息子さんの治療以外に、ノンノンデニッシュさんにパルムール王国に属する理由がないなら、これを機に離反してもらう。
メイちゃんたちが危険にさらされるリスクは少しでも減らしたいからな。
「ああ……よかった。本当に……。サクラ……ようやく、君と……」
息子さんの病気が治ると分かって、よほど嬉しかったのだろう。
ノンノンデニッシュさんは大粒の涙を流す。
サクラってのは息子さんの名前か? いや、奥さんの名前かな?
「おっ……」
体が白い光に包まれてゆく。
どうやらこれでイベントも終わりのようだ。
てことはEXステージは後で挑戦するタイプか。
「後でフレンド申請するから、詳しいやり取りはそっちでやろう」
「ああ、分かった」
何はともあれ、これで一件落着だな。
そのまま俺は白い光に包まれ、ステージから離脱するのだった。
一方、残されたプレイヤー――ノンノンデニッシュ(本名: 犬飼(いぬかい) 陽一郎(よういちろう) 41歳)は涙を流し、心の底から感謝した。
(あぁ、ありがとう若人よ。これでようやく、 私の(・・) 病気(・・) が治るのか……)
今しがた、彼が語ったことは、嘘ではないが、真実ではない。
なぜなら彼には子供など居ないからだ。
子供は居ないが、病気のムスコは居る。それは本当だ。
そう――ノンノンデニッシュは 不能(ED) だった。
十八歳を過ぎた辺りから、彼のムスコは元気がなくなり、勃てなくなった。
運が悪いことに、当時流行していた病気の合併症で種もなくなり、子を成すことも出来なくなった。
様々な病院を紹介してもらったが、症状は一向に改善しなかった。
(妻には本当に申し訳ないことをした……)
そんな自分でもいいと、結婚してくれた妻に、彼は常に申し訳なさを感じていた。
一緒に買い物に出かけたときに、子連れの夫婦を見たときの、妻の寂しそうな眼差しが、今も目に焼き付いて離れない。
何度も離婚を考えた。
不能な自分と一緒に居ても幸せになれないだろうからと。
だが妻は決して首を縦に振らなかった。
『別れるなんて悲しいこと言わないで。私は貴方だから一緒にいたいの、貴方の子供だから欲しいの。諦めずに治療を続けましょう。いつかきっと、私たちにも神様が微笑んで下さるわ』
『すまない。ありがとう。愛してるよ……』
自分には勿体ないほどの出来た妻だった。
だから、このアプリを手に入れた時、彼は心底神に感謝した。
――このアプリならば、自分の不能を治すことが出来るかもしれない、と。
現金や才能に交換出来るのだ。
ならば、病気を治療し、それを現実にフィードバックすることだって可能かもしれない。
よしんばそれが出来なくても、大金が手に入れば海外の最先端治療だって受けることが出来る。
一縷の望みを賭けて、彼は異世界ポイントをプレイし続けた。
神聖パルムール王国を拠点にしたのは、リュウにも言った通り、大陸でも屈指の医療大国だからだ。
(シュリアさんにも本当に悪いことをした……)
純血教とかいう人間至上主義の価値観は、正直肌に合わなかったが我慢するしかなかった。それに何人かのNPC――アルゴス司教やシュリアの好感度の操作もサブクエストの達成に必要なことだった。わざとらしく教えに恭順した振りをしてアルゴス司教の好感度を上げ、身だしなみを汚くし悪ぶることでシュリアの好感度を下げた。
そうしないとストーリーが先に進まなかったから、そうするしかなかった。
それでも治療は難航した。
任務(ストーリー) をこなすたびに新しい医者(女性)を紹介して貰い、治療に明け暮れた。
パルムールでは、性病関連は女性の医者が多いらしい。
割とデリケートな病気なので、あからさまに病院に通うのではなく、プライベートな場所で相談や診断をして貰うことが多かった。
傍目には女を取っ替えひっかえしているようにしか見えなかっただろう。
しかし彼は妻以外の女性に興味などなかった。
薄毛でデブで、お世辞にも人相が良いとも言えない、そんな自分を好きだと言ってくれた九つ年下の幼馴染み(童顔巨乳)に、彼は勃たない操を立てていた。
それでもゲーム内とはいえ、妻に内緒で他の女性と話すのは心が痛んだが。
――全ては 不能(ED) を治すため。
他人から見ればくだらないかもしれない。
だが彼にとっては真剣で、命を賭けてでも叶えたい願いだった。
妻に自分の子を産んでもらいたい。
母親になってよかったと、言ってもらいたい。
妻と生まれてくる子供にも何不自由のない生活をさせてあげたい。
それだけだ。それだけが彼の望みだった。
『露出狂』や、その上位職の『ドM豚野郎』を選んだのも理由がある。
スキルの『興奮』や『性欲増大』が病気に有効かどうかを検証するためだった。
妻との明るい未来のために、人としての尊厳を失うことなど微塵も後悔はなかった。
結果としては、効果はなくただ変態に身を堕としただけだったが……。
(そういえば、何故彼はあんな姿をしていたのか? ひょっとして彼も不能なのか……?)
余程の理由がなければ、いくらゲーム内とはいえ、あんな変態な格好をするわけがない。
もしリアルで彼に会ったなら、どんな相談にでも乗ってあげよう。
(妻よ待っててくれ。……ようやく君と子作りが出来るよ……)
やっと治る。
妻に申し訳が立つ。
家族との明るい未来を夢想し、ゆっくりと気を失うのだった。
――後日、現実で出会った 若人(へんたい) に「息子の難病ってEDのことかよ!」と突っ込まれ、なんやかんやひと悶着の末に無事に病気は完治し、妻と十年越しの初夜を迎え、念願だった子宝にも恵まれることになるのだが、それはもう少し先の話……。