軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 涼を求めて(書籍発売記念SS)

暑い日だった。

深く青い空には雲ひとつなく、力強い太陽が燦々と輝いている。思い出したかのように時折吹く風も熱気を孕み、涼やかなものではなかった。

「あっつい!」

「そうね。今日は特別に暑い気がするわ」

森の中を歩きながら、ロザリアが悪態をつく。家を出てから何度聞いたかもわからないその言葉に、くすくすと笑いながらオリヴィアは頷いた。

二人はロザリアお手製の日傘をさして歩いている。傘の内側には冷たい風を起こす魔導具が組み込まれていて、いつもの暑さならそれで耐えられるものだった。しかし今日の暑さはひどい。

魔導具で過ごしやすいはずの家も今日は蒸し暑く、二人は涼を求めて森の奥にある川へと向かっていた。

「早く日が暮れたらいいのに。そうしたら暑さも少し落ち着くでしょ」

「こんなに暑かったら、夜も寝苦しいかも」

「勘弁してほしいわ。魔道具の出力を上げようかしら」

「だめよ。前もそれをして、風邪を引いてしまったでしょ」

暑さに弱いロザリアは、魔導具の出力を上げて家の中をとんでもなく冷やした事がある。

そのまま眠った結果、風邪を引いて苦い薬を飲む羽目になったのはつい先日の事だ。

同じ部屋で眠っているオリヴィアが風邪を引かなかったのは、掛布をしっかりかぶって寝ていたからだ。眠る時には掛布を蹴飛ばしていたロザリアも、朝になって冷えたのか、掛布に包まって丸くなっていたけれど。

「もう少しで着くから頑張って」

姉を励ますオリヴィアの足元に、顔馴染のリスが駆け寄ってきた。慣れた様子で背中を駆け上り、オリヴィアの肩に器用に乗った。

今日は高い場所で髪をシニヨンに纏めているから、太い尻尾が首筋にあたって少し擽ったい。ロザリアも同じ髪型をしていて、うなじの汗をハンカチで拭っていた。

川のせせらぎが聞こえてくる。水の流れるその音を耳にすると、それだけで少し涼しく感じられるのだから不思議なものだ。

日傘を持つのとは逆の左手に握ったバスケットの持ち手に、ぎゅっと力を籠めた。

やってきた川は穏やかな流れで、木々の隙間から差し込む陽光を受けてきらきらと光り輝いている。

川を見て元気になったらしいロザリアは日傘を畳み、持っていたバスケットを開くと中から敷布を取り出した。風を含ませるように大きく広げたそれを川辺に敷き、その側に用意しておいた木の棒を四本立てる。日除けになるよう布を掛けて、木の棒と布を紐で結んだ。

ロザリアが手際よく組み立てる間に、オリヴィアは地面に垂れた布を杭で固定した。これで風を受けても飛んでいくことはないだろう。

「よし、完成」

早速、日除けの中に潜り込んだロザリアとオリヴィアはほっと息をついた。

素足になって、川に足を浸してみる。日除けの中から座ったままで、川に触れられるようにと川辺ぎりぎりに日除けをつくったおかげで、移動する手間もない。

「あー、気持ちいい!」

「そうね。家で 盥(たらい) に水を張るより気持ちがいいわ」

心地よさに息をついたのも少しだけで、ロザリアは更なる涼を求めてか頭の近くにある日除けの布に、魔導具を取り付けた。起動させると涼やかな風が日除けの中を駆け巡る。日傘についているものと仕組みは一緒だった。

「お昼にしましょうか。姉さんの好きなルンベリーのサンドイッチを持ってきたの」

「やったぁ。あたしもね、あんたの好きなピーチティーを用意したのよ」

食事と飲み物を分担して用意していた二人は、何を持ってきたのか内緒にしていた。喜ぶ顔と驚く顔を見たくての事だったのだけど、お互いが相手の好物を用意していたことに顔を見合わせて笑ってしまった。

「ふふ、好きなものばかりのピクニックになったわね」

「オリヴィアの好きなものはちゃんと分かっているもの。こういう暑い日には冷たいピーチティーが飲みたくなるってね。こういう経験値は、まだまだあの竜王には足りないでしょ」

どうだとばかりに胸を張る姉の様子に、オリヴィアはおかしそうに肩を揺らした。

ロザリアはリベルトに対して張り合うけれど、それはリベルトも同じだったりする。でもオリヴィアは知っていた。二人がなんだかんだ言いながらも、お互いを認めている事を。

オリヴィアはバスケットの中から小さな籠を取り出した。今日のサンドイッチは棒のようにくるくると丸めたものだ。薄く切ったパンにルンベリーのジャムをたっぷり塗って巻いた後、ワックスペーパーで包んでリボンで留めてある。

手が汚れなくて食べやすく、二人のピクニックでは定番の形だった。他にもハムや野菜などのサンドイッチも作ってあって、籠の中はにぎやかだ。

ロザリアは自分が持っていたバスケットを引き寄せて、中からグラスを取りだした。底が丸くてころんとしたフォルムの可愛いグラスに魔法で生み出した氷を落とし、ピッチャーに用意していたピーチティーをたっぷりと注ぐ。

カラカラと高い声で氷が歌う。差し出されたグラスを受け取ったオリヴィアはふわりと香る桃の匂いに目を細めた。

「いい匂い」

「でしょ。シロップもあるけど……」

「わたしはこのままでいいわ」

ロザリアは頷くと自分のグラスにシロップを落とした。

姉も甘党だけど、それよりももっと甘いものが好きな緑髪の騎士を思い出して、オリヴィアはくすりと笑みを零す。

「さて、いただきます」

「いただきます」

手を組んで恵みに感謝をした二人は、サンドイッチに手を伸ばした。

二人とも最初に取ったものはルンベリーのサンドイッチだ。

リボンを解いて、ペーパーを開いていく。

青紫の鮮やかなジャムがパンの隙間から覗いていた。

「美味しい。やっぱりオリヴィアの作るジャムが一番美味しいわ」

「そう言ってくれると嬉しいわね。今回はたくさん実を摘めたから、たっぷりジャムも作れたわ」

「二人が籠に山盛り摘んできた時には驚いたけどね」

このジャムの材料になったルンベリーの実は、以前、竜王国へピクニックに行った際にリベルトと一緒に摘んだものだった。

恵みに溢れた森で、ルンベリーも見たことがないくらいに沢山実っていたのだ。リベルトとお喋りをしながら摘んでいると、二人ともそれが楽しくなってしまって、籠はあっという間にいっぱいになってしまった。

それでもまだまだ実っていたのだから、これからもあの森に通う事になりそうだ。あの森には薬草もたっぷりあるから、オリヴィアのお気に入りの場所になっている。

「リベルトにジャムを持っていくんでしょ? その時にはあたしも行っていいかしら。街の魔導具店を見に行きたいの」

「もちろん。一緒に行きましょう」

ジャムが出来たら持っていくとリベルトにも約束している。口に合うといいんだけど……と不安になったのも一瞬で、ルンベリーの実を食べて美味しいと言っていた彼なら、きっとこのジャムも気に入ってくれるだろう。そう思ったオリヴィアは口元が綻ぶのを自覚した。

周囲に目を向けると、動物達も集まってきていた。

リスはオリヴィアの隣で木の実を齧っているし、キツネは日陰で丸くなっている。木の枝には小鳥達が羽を休め、お話するように可愛い声で鳴いている。

「こうしてのんびりするのもいいわね」

「ええ、気持ちがいいわ」

姉の淹れてくれたピーチティーを飲みながら、オリヴィアは頷いた。

仄かに甘くて、桃の味がする。冷たくて美味しい。

ロザリアはまたルンベリーのサンドイッチを食べている。

それが何だか嬉しくて、幸せだと思った。

先程までの暑さも落ち着いている。

日除けと、足を冷やす涼やかな川の水、それから──姉との他愛もないお喋り。汗も引いて心地のよい時間だった。