軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28.翳る春花

複数の足音が聞こえる。なにかを引きずるような音も。そして嘲りの声。

リベルト達も扉へと目を向けた時、勢いよく扉が開かれた。そこにいたのは鬼蛇族に腕を引かれるオリヴィアだった。

手には魔法黒板をしっかりと持っている。碧色の瞳が、悲しみに深く翳っていた。

「遅かったね、オリヴィアちゃん。どこかに隠れてたの?」

オリヴィアはにこやかに笑うキリルの前、リベルトとロザリアの間に立たされた。それと同時にカミラの横に何かが放り投げられる。それを見てオリヴィアは眉を下げた――ぼろぼろになったイリスだった。

「……イリスさん?」

ロザリアの声が震えている。カミラは半竜姿で気を失っているイリスの姿に息をのむと、堪えきれずに涙を溢した。リベルトや、後ろに控える衛兵達の気配に強い怒りが混ざる。それを気にする事もなく、キリルは玉座からイリスを覗き込んだ。

「なにこれ。どうしたの?」

「その侍女がオリヴィア様を隠していまして」

「ふぅん、この城にもオリヴィアちゃんの味方がいたんだねぇ」

キリルは肩を竦めると、玉座に深く座り直した。両手を肘置きにそれぞれ乗せて足を組む。堂々たるその姿は、まるで己が王だと誇示しているかのようだった。

「ねぇオリヴィアちゃん、君……俺が鬼蛇族だって気付いてた?」

オリヴィアは首を横に振る。

「そっか。じゃあ、 何(・) に(・) 気(・) 付(・) い(・) て(・) た(・) ?」

低い声に広間の空気が冷え込んでいく。オリヴィアは魔法黒板を両手に持ち直し、魔力を流す。それを見たロザリアは、オリヴィアが魔封じの手枷をされていない事に気付いた。魔法を使えないオリヴィアは、魔力を封じなくてもいいと軽んじられているのかもしれない。

【あなたが悪意を宿している事に】

「悪意?」

【あなたの本質は悪意そのもの。妬みも恨みも何もかもを飲み込んで、それを楽しんでいる】

躊躇なく紡がれていく碧色の言葉達。それを読んだキリルは一瞬目を丸くするも、すぐに声をあげて笑いだした。身を折るように腹を抱えて。

「あはははは! ほんっと、最高だよオリヴィアちゃん! そうか、君は俺に 悪(・) 意(・) を見ていたから怖がってたんだ」

【最近あなたみたいに悪意を宿す人が増えていたから、何があったのかと思ったけれど。皆、竜族の人たちではなかったのね】

「そうだよ。あー危なかった。君がお喋り出来なくて良かったよ」

笑いすぎて浮かぶ涙を指先で拭いながら、キリルは何度も頷いていた。

「本質が悪意……」

リベルトの呟きに、オリヴィアは頷いた。

久しぶりに顔を合わせたリベルトは、やっぱり疲れているようでオリヴィアは眉を下げる。リベルトなら唇を読むことが出来るけれど、オリヴィアは敢えて魔法黒板に言葉を紡いだ。他の面々にも分かるように。

【あなたに手紙を書いたんだけど、その様子じゃ受け取ってないのね】

「手紙。さっきロザリアもそんな事を……」

リベルトとオリヴィアの遣り取りに、はっとしたようにカミラがルーゲに視線を向けた。非難するようなその視線を追い掛けて、リベルトが後ろを振り返る。同じように拘束されているルーゲは素知らぬ顔をしているが、カミラの様子だけで全ては明らかだった。

「……くそっ」

何に対する悪態なのか、リベルト本人にも分かっていなかった。

信じられなかった(オリヴィア) 事への後悔か、 信じすぎた(ルーゲ) 事への自嘲なのか。

新しく使用人を雇い入れたルーゲ。

すべてがこの事件の為だったというのか。

確かにルーゲならばどこにでも自由に出入りするだけの権限を持っている。異常を無効にする魔導具を操作する事も、毒の持ち込みだって出来るだろう。

だが、何故。

リベルトが振り返った先のルーゲを見つめるも、ルーゲがいつものような穏和な笑みを口元にのせているだけだった。―― こ(・) ん(・) な(・) 事(・) 態(・) だ(・) と(・) い(・) う(・) の(・) に(・) 。

自嘲と悔しさに、リベルトは強く唇を噛んだ。

隣に立つオリヴィアに目を向けると、碧色の瞳と視線が重なった。いまだ深い悲しみに覆われていながらも、背を真っ直ぐに、まるで春花を思わせる佇まいだった。

その瞳に宿る光に、リベルトは頭が冴え渡っていくのを感じた。諦めたくなる時に、支えてくれていたあの歌が聞こえてくるようだった。

「おい、鬼蛇族の望みは更に力を得る事だろう。俺をくれてやる。他の竜族やこの魔女を贄にするよりも、強大な力を約束してやる」

「リベルト?! ちょっと、あんた……!」

「黙ってろ。俺は時代の強者、竜王だ。俺以上の贄があるとでも?」

迷いのない声だった。

後ろに控える竜族が口を挟めない程に、強制力さえ感じさせる威厳ある声。――まさにその姿は王そのものだった。

「くくっ、泣けるよねえ。自分の身を捧げてまでも、守りたいんだ? でもその守りたいのって、竜族? それとも、オリヴィアちゃんのこと?」

キリルが可笑しそうに肩を揺らす。

揶揄めいたその声にも、リベルトは動じなかった。意思の強い黒い瞳で、キリルを見据えるだけだった。

「俺を信じるの? 竜王を贄にして、他の竜族に手を出さないって、そう思ってるの?」

「魔女がいるだろ。他の竜族には手を出さないって、俺とお前の契約を魔女を立ち会いに交わせばいい」

「なるほどねぇ……」

キリルは思案するように、ロザリアとリベルトをゆっくりと見比べる。しかしその視線はやがてオリヴィアに留まった。

「……もっといい方法を思い付いた」

愉悦に歪むキリルの口端。

ぞっとするほどの美しさに、オリヴィアは背筋が震えるのを自覚した。それを隠して、狂気の揺らめく黒い瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

キリルから噴き出してくる悪意を、その一身に受けながら。