軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26.はじまりを告げる音

初夏の陽射しが、レース織りのカーテン越しにサロンに降り注ぐ。

テーブルには茶器と一緒に大輪の芍薬が飾られていて、花香をもってその存在を主張している。そんな穏やかな空間で、空気だけがひどく重い。リベルトは溜息混じりに口を開いた。

「恐い顔しなくても、全部分かってるっての」

「…………」

「オリヴィアは? 臥せってんのか?」

「…………」

「おい、会話になんねぇだろうが」

「会話する必要なんてある? あたしは魔導具の確認が終わるまでの時間潰しでここにいるだけよ。どうぞお構い無く」

機嫌の悪さを隠そうともせずにお茶を飲んでいるロザリアに、リベルトは苦笑するばかり。

サロンに現れた時から不機嫌だったロザリアは定型的な挨拶だけをすると、あとはだんまりを続けていたのだ。ロザリアの怒りの原因もなんとなくは分かっているリベルトは、どうしたものかとまた溜息をついた。

「ぶっとばしてやりたいのよ、本当は。二度と解けない呪いもかけてやりたいと思ってる。あんたはオリヴィアを傷つけたんだもの」

「分かってるよ」

「知ったような口きかないで。あんたは何も分かってない」

些か乱暴にカップをソーサー戻したロザリアは、その天色の瞳を鋭く細めながら、強い口調で言葉を紡ぐ。

「あの子は……傷付いても、信じて貰えなくても、それでもあんたを見捨てておけないお人好しなのよ。そんなオリヴィアの優しさに、あんたは胡座をかいてるつもり?」

「……そんなつもりはねぇ。信じるって、すぐに言えなかったのは俺が悪い。オリヴィアを信じていないわけじゃねぇんだ。あの時はすげぇ苛ついてて、八つ当たりみたいになっちまった」

「八つ当たり? 最低」

「自分が一番分かってる」

思い出してか憔悴したような表情を見せるリベルトに、ロザリアは肩を竦めてソファーに深く凭れかかった。

「……それならいいわ、せいぜい後悔をたっぷりすればいい。あんたがオリヴィアをどう想っているのか、それを問うような野暮な事はしないけど。でも、あんたはオリヴィアを泣かせたんだからね」

「……ああ」

「泣かせたのよ、あたしの可愛い妹を。それだけであたしからの印象点は低くなるって思っていてよね。あとうちの両親はあたしよりも過激だから、オリヴィアを泣かせたなんて知ったらうちの敷居は跨げないわよ」

「信頼回復の機会を与えてくれ」

「それはオリヴィア次第ね」

散々と悪態をついて、ロザリアの気も少しは晴れたようだ。先程までの張り詰めた気配が、無数の針のような苛立ちが落ち着いている。

リベルトはそれに内心で安堵しながら、紅茶で満たされたカップを手に取った。

「で、オリヴィアは? 臥せってんのか」

「そうよ。侍女の悪意と、ルーゲの悪意にあてられてね」

「悪意……」

「あんたはどうするの? あの子からの手紙は読んだんでしょ?」

「手紙?」

初めて聞く話だった。

リベルトは口元に寄せていたカップに口を付けることなく、ソーサーにそれを戻す。その眉間には皺が寄っていた。

「昨日、カミラさんに預けたのよ。あの子の感じた悪意について書かれた手紙……見ていないのね」

「カミラには昨日からずっと会ってない」

「……カミラさんは?」

「お前の支度の場にはいなかったのか?」

「来ていないわ。朝食もカミラさんじゃない人が運んできたし……」

「お前達の事はカミラに任せてあるんだ。休みか? いや、そんな話は……」

二人で顔を見合わせて、カミラが迎えているかもしれない最悪の結果を想像した時だった。

爆発音がした。

連鎖するように、続けて更に爆発が起こる。二度、三度。

「なに?」

「ロザリア、俺から離れるな」

立ち上がったリベルトはロザリアの腕を掴んで扉に向かう。警戒してかその金瞳が険しくなっていた。

「何が……」

元々薄く開いていた扉を、大きく開け放ったリベルトはその場に倒れている衛兵に眉を寄せた。助け起こそうとした刹那、ぐらりとリベルトの視界が傾ぐ。毒だと気付いて慌てて口元を押さえても、歪む視界は戻りそうになかった。

「リベルト?! ちょっと、大丈夫?」

「ロザリア……オリヴィアを連れて逃げろ……」

リベルトは切れ切れに言葉を紡ぐのが精一杯だった。

複数の足音が近づいてきていた。

*****

大きな音に、オリヴィアの意識が覚醒する。体を起こすと倦怠感は無くなっていた。

爆発音がする。何度も、連続して。

一体何があったのだろうと寝起きの頭で考える中、不意に腕を引かれてベッドから下ろされた――イリスだった。

「オリヴィア様、ベッドの下へ。何があっても出てきてはいけません」

何があったか問いたくても、魔法黒板はベッドの上だ。イリスは考えを読んだように口を開いた。

「爆発音がしています。敵襲かもしれません」

敵襲と聞いて、オリヴィアは目を瞬いた。

姉は、リベルトは無事なのだろうか。

「ロザリア様はリベルト様とご一緒ですから、心配なさらなくても大丈夫かと。何が起きているか分かりませんが、オリヴィア様はわたくしがお守り致します」

そう言うイリスは半竜の姿になっていた。

緑の鱗が額や頬に現れている。背中には竜の翼、爪は長くて鋭い。

足音が聞こえる。

オリヴィアはイリスによって、ベッドの下に押し込まれていた。出てこないようにと念を押されながら。

オリヴィアの胸は不安に押し潰されそうだった。

一体何が起きているのか。姉は無事なのか。リベルトは無事なのか。――この部屋に向かっている人は誰なのか。

ベッドの下の空間は広くない。オリヴィアが伏せてやっと入れる程だ。息を潜めたオリヴィアにはイリスの靴だけが見えている。

そして、躊躇いもなく扉が開いた。