軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18-34.迷宮都市の少年(8)

「新人講習を始める!」

教官が周りに集まったたくさんの新人探索者に向かって叫ぶ。

広場にはおよそ100人以上の少年少女がいる。

「まずは必須の持ち物からだ! 何か分かるか?!」

教官が問いかけると、新人探索者達の間から「武器!」「煙玉!」「閃光玉!」「解体用のナイフ!」なんて声が次々と上がる。

煙玉と閃光玉か……そう言えば妹からも、他の装備よりも優先して手に入れろって言われてたっけ。

すっかり忘れていた。

迷宮都市に来て、ちょっと浮かれてたみたいだ。

「まあ、そのへんも重要だが、もっと大切な物がある!」

教官は鎮まるように身振りで指示し、探索者達の声が鎮まるのを待って話を続けた。

「それは水だ! 水筒は必ず持っていけ! 迷宮の中で水が汲める場所もあるから、探索に行く場所の地図は事前に頭に入れて行けよ。人は喰わなくても生きていられるが、水がないと死んじまうからな!」

そんな教官の声に、周りから「喰わなくても死ぬぞ!」と抗議が上がった。

不作の年に餓死者が出るのは、山村出身者にとってはあたりまえだからだ。

「悪い悪い、程度問題の話だ。喰わなくても四、五日は動けるが、水がないとそこまで動けなくなるんだ」

教官はそう言った後、水筒の種類や注意点を教えてくれた。

「水筒は探索から帰ったら必ず洗え! 不潔な水筒は病気のもとだ! 腹を下して魔物と戦えると思うなよ!」

妹からも言われた話だ。

可能な限り清潔に保てって、昔からよく言われたっけ。

「上級探索者の中には、魔力を流すと水が湧き出る魔法道具を持ってる人もいるらしいよ」

近くに座っていた物知りのザキが、小声で教えてくれる。

水はわりと重たいから、そんな便利な道具が作られたんだろう。

「それから松明かランタンは必ず持っていけ!」

「えー、標識碑があったら明るいじゃん」

即座に、迷宮に行った事がある新人から文句が出た。

「標識碑が必ずあると思うな! それに、標識碑のある場所でも、光が届かない物陰は必ずある。影小鬼のように物陰から襲ってくる魔物もいるんだ。物陰は必ず照らして安全を確認しろ! 石橋を叩いて渡る労力を惜しむな! それこそが生きて帰る探索者と、そうでない者の分かれ道だ!」

教官の話を聞きながら、最初に迷宮に行った時の事を思い出す。

確かに、物陰は多かった。壁の裂け目や柱の陰、瓦礫が積み重なった場所もけっこうあった。

もし、あそこに魔物が潜んでいたら、きっと奇襲されて誰かが怪我をしていただろう。

「ランタンは手荒に扱うと壊れるから、新人のうちは松明を使っておけ。松明は武器にもなるし、スライムを牽制する事もできるからな!」

「えー、スライムなんて雑魚じゃん!」

「お前はスライムと戦った事があるのか?」

教官の言葉に、文句を言った探索者が首を横に振る。

「迷宮のスライムは街の水路やゴミ処理場にいるような無害なスライムとは一線を画す。武器で倒すのが至難の業だし、予想外に俊敏で身体に張り付かれたら分泌する酸や毒で酷い目に遭わされるぞ」

分かる。村でも、山歩きする時に注意するように言われた。

ヒルも嫌だけど、スライムはもっと嫌だ。一人で山に入った新人猟師がスライムに喰われたなんて話も、山登り前の子供に聞かせる定番だったし。

「疲れても迷宮の床には直接座るなよ。場所によっては石畳の間から、管虫のような魔物が出てきて血を吸われるぞ。もし食らい付かれたら、早めに火で炙って剥がせ。そのまま放置したら、肉を食い破って身体の中に潜り込まれるからな」

うわっ、想像しちゃったよ。

迷宮は思った以上に危険な場所みたいだ。

「余裕ができたら、腰から尻を守る皮を巻くようにしろ。皮を回り込んでくるヤツもいるから、尻に違和感を覚えたらすぐに立てよ」

そう言って教官が笑う。

教官が言うには、当分は岩や荷物を椅子代わりにして休憩するのがいいそうだ。

それからも教官の話は続く。

どれもこれも為になる話で、いかに初回の探索で自分達が運に助けられたかを突きつけられた気分になった。

ルラムさん達からも勧められたけど、この新人講習は必須だ。

まだ何日か続くけど、初日の分だけでも値千金の価値があると思う。

――兄さん、知識は力よ。

妹が言っていた通りだ。

知っているのと知らないのじゃ、迷宮に入る心構えが全然違う。

教官の話だと、この新人講習は六、七年前にペンドラゴン卿が始めたそうで、講習が広まってからは新人探索者の死亡率が目に見えて下がったそうだ。昔は今の十倍以上が死んでいたらしい。

「これから昼休憩をする! 食事は無料だが、一人一回だけだ! 何度も列に並んで他人の分まで喰おうとするヤツは叩き出すからよく覚えておけ!」

教官がそう言うと、探索者達が一方に駆け出した。

ザキや知り合ったばかりの鼠人のネゼも走り出す。大柄な犬人のテグはのっそりとした静かな動きだけど、歩幅が広いので二人に遅れる事はない。

「行こう、シャロン」

物静かなラサに声を掛けられて俺も腰を上げた。

ふと、隣に座っていた子が動いていないのに気付いて振り返る。

「ラキシス、君も行こう」

「後から行く。私は人混みが苦手なんだ」

「俺達が一緒だから大丈夫だよ」

俺はラキシスの手を取って、ラサ達の後を追う。

この子も知り合ったばかりだけど、小さい頃の妹みたいな雰囲気で放っておけないんだよね。

ラキシスは言葉通り人混みが苦手らしく、誰かにぶつかりそうになるたびに、大げさに怯えて俺の腕に縋り付いてきた。俺の事も大丈夫というわけではないみたいで、俺にくっつきすぎたのに気付いては慌てて離れる感じだ。

「はい、次の人」

おっと、俺達の番だ。

長い黒髪のお姉さんが差し出した椀にスープを注いでくれる。

いつも炊き出しでお世話になっているお姉さんだ。俺はお姉さんに礼を言って椀を受け取った。

メニューは具だくさんの白いスープと大きなパンが一つ。

大きなパンは焼きたてみたいで、麦の良い香りがしている。

さっきの場所に戻って皆と一緒にご飯を食べる。

ラキシスもお腹が減っていたみたいで、座るなりスープを食べ始めた。

「美味いな。下手な食堂より断然美味い」

口に合ったようで、ラキシスの顔にも笑みが浮かんでいる。

「そりゃそうさ。炊き出しと違って、新人講習の昼飯は『奇跡の料理人』が作った本物のレシピを使っているんだから」

近くに座っていた貴族っぽい格好をした少年がしたり顔で言う。

なんとなく、ぽっちゃり騎士のルラムさんと似た容貌だ。もしかしたら、彼の弟かもしれない。

「へー、そうなんだ」

俺は適当な相槌を打ちながら匙でスープを口に運ぶ。

――美味い。

薄味で物足りない炊き出しのご飯と違って、凄く美味しい。

「噂ではこの昼食を目当てに講習に紛れ込む困った者もいるそうだ」

まったく嘆かわしい、と貴族少年が言う。

「坊ちゃん、早く食べないと冷めますよ」

「おっと、そうだった」

朴訥な少年に忠告された貴族少年が、慌てて食事に戻る。

「ふぅ、美味しかった。こんなのに慣れちゃったら、夕飯代がどんどん増えそうだ」

ザキが空の器を荷物に戻しながら満足そうに言う。

講習中は昼ご飯が出るので出費は夕飯だけだけど、それでも講習中は仕事ができないから、手持ちのお金がどんどん目減りしていく。しばらくは節約した方が良さそうだ。

「でも、講義は重要」

「うん、確かに」

「迷賊に襲われる前に幾つも予兆があったって、講義を受けた今なら分かるよ」

迷賊に襲われた前後を思い出しながらザキの言葉に首肯する。

「え? お前ら迷賊に襲われたのか?」

「よ、よく生きていたわね」

「うー、すごいー」

ネゼとラキシスが驚きの声を上げ、テグがのんびりとした口調で感心した。

「助けてもらったんだ」

「もうちょっとで死ぬところだったけどね」

ネゼ達に、ゲリッツ様達に助けられた話をする。

「おー! 兄様達に助けられたのはお前達だったのか!」

貴族少年が話に割り込んできた。

「僕はルラム兄様の弟のロジムだ。こっちは従僕のサグ。こんな顔だが斥候の真似事もできるし、生活魔法も使えるんだ!」

「坊ちゃん、『こんな顔』は余計です」

さすがはルラムさんの弟だけあって、魔法使い様を従僕? にしているらしい。

「すごいですね。魔法使い様に会うのは二人目です」

俺の村に来る魔法使い様はタールベルクさんくらいだ。

村の中に魔法を使える人なんて誰もいない。薬師のおババだって魔法は使えなかった。

「集まれ! 午後の講義を始めるぞ!」

サグさんに魔法を見せてもらおうと思ったけど、もう次の講義が始まるみたいだ。

お腹がいっぱいで眠気がすごいけど、頑張って講義を受けなきゃ。

二日目の新人講習は木剣や木槍を使った実戦訓練だ。

俺は準備体操をして身体を解す。

「ラ、ラジオ体操? この世界って変に元の世界の片鱗があるわね」

ラキシスが小声で何か言っていた。

周りが五月蠅いから、よく聞き取れなかったよ。

「よーし、まずは素振りからだ! 教官が矯正してくれるから、真剣に振れよ!」

昨日の教官が叫ぶ。

素振りをする俺達の間を、教官と同じタスキを着けた女の人がゆっくりと歩いている。

あの人達も教官みたいだ。

「力みすぎと告げます。相手に当たる瞬間に強く握り込むと良いと忠告します」

「おう! やってみるぜ!」

ネゼに指導しているのは金髪の髪を頭の左右で括った美人さんだった。

なんだか変な喋り方だ。

「よそ見をせず振りなさいとトリアは指摘します」

ネゼの方を見ていたら、横からポンッと頭を叩いて注意された。

「すみません――同じ顔?」

注意したのはネゼを指導した教官と同じ顔をしたお姉さんだった。

「イエス・生徒。トリアとユイットは姉妹なのだと告げます」

トリア教官はそう言うと、次はラキシスの振り方を指導しに移動する。

双子かと思ったら、他にも同じ顔をしたお姉さんが何人もいた。何人姉妹なんだろう?

そんな余計な事を考えていられたのは最初の素振りの間だけで、すぐにそんな余裕はなくなった。

素振りや簡単な型の練習の後は、一対一の模擬戦だ。

負けたら次の者に代わる規則で、俺は三人抜きをした後に貴族子弟のロジムに負けた。彼は幼い頃から戦士の教育を受けていたらしい。彼は十人抜きをした後に交代を命じられ、教官に褒められていた。

「生徒ザキ、あなたは力が弱く、探索者向きではない」

教官にそう指摘されたザキはこの世の終わりのような顔をしていたが、教官が続けて言った「あなたは食事をたくさん食べて、もっと鍛えるべき。そうすれば現状を改善できる」という言葉を聞いてやる気を復活させていた。

俺も負けじと頑張り、ロジム以外には負け知らずで勝ち星を重ねる事ができた。

「生徒ラキシス、わざと負けるのは感心しないと告げます」

「わざとじゃありません」

ラキシスは全戦全敗だった。

剣を空振りしたり、タイミングが合っているのに避け損なったり、距離感がおかしい感じだ。

負けた後、小声で「こたくっと」とか「めあね」がどうとか呟いていた。悔しさを紛らわす言葉だろうか?

「打ち身と筋肉痛で身体中が痛い」

「飯を食いに行こうぜ」

「明日は集団戦の訓練だし、今日は力の出る物を食べよう!」

集団戦を一緒にしていたメンバーと連れ立って屋台広場へと向かう。

「あれ? あれって、ゴン達じゃないか?」

ギルド前に座り込むゴン達を見つけた。

大柄のゴンも不平屋のケロスもお洒落少女なシナも小さな傷だらけで、ゴンなんて腕に巻いた布から血が滲んでいる。やっぱり、迷宮は油断ならない場所だ。

「ゴン、怪我しているじゃないか。大丈夫なのか?」

俺が声を掛けると、不機嫌そうな顔でゴンが顔を上げた。

「うるせぇ」

「ケロスやシナも具合悪そうだし――」

「大した事じゃないよ」

ケロスがそう言った瞬間、シナがキッとケロスを睨み付けた。

「酷い! ケロスはあの子が死んだのが、大した事じゃないっていうの!」

シナがケロスの胸ぐらを掴んで泣き出した。

同じパーティーに加入したシナと同じ村出身の子が、魔物に殺されたらしい。

「しかたないじゃないか!」

ケロスがシナに叫ぶ。

「それが迷宮だ! それが探索者なんだ!」

叫ぶケロスの目が血走っていて怖い。

「うるせぇ、黙れ」

ゴンに殴られたケロスが黙る。

ゴンはシナの手を引っ張って立たせ、ケロスに「行くぞ」と声を掛けて連れていった。

俺達は予定通り屋台広場に行ったけど、自分達と同じような境遇のゴン達に迷宮の現実を突きつけられて、重苦しい空気での食事になった。

ゴン達の事を知らない人達には悪い事をしてしまったよ。

◆◆◆とある村にて◆◆◆

「あなたの目的は何?」

「私の目的は――あなたです、レイナさん」

アキンドーさんの目的は私だと言う。

「アキンドーさんってロリコン?」

「めっそうもない」

本気で嫌そうにアキンドーさんが首を横に振る。

「レイナさん達、転生者の方達が健やかに日々を送られているかを見守るのが目的です」

「監視?」

「いいえ。魔族や権力者や魔王信奉集団に付け狙われないように見守るだけです」

わざとカドが立つような言い方をしてみたけど、アキンドーさんが怒る様子はない。

無料の警備保障みたいな感じかしら?

まあ、アキンドーさんが挙げた三者よりはアキンドーさんの方が何倍もいいわ。

「話は変わるけど、アキンドーさんって迷宮都市にも足を延ばすの?」

「ええ、この間、シャロンさんにもお会いしましたよ」

「本当? 教えて! どんな感じだった? お腹は壊してなかった? 怪我は? 私と離れて不安そうにしていなかった? ちゃんとご飯を食べていた? 寝床は確保できたのかしら?」

「落ち着いてください、レイナさん。順番に答えますから」

アキンドーさんから兄さんの近況を教えてもらった。

既にパーティーメンバーらしき人達と一緒と聞いて少し安心したのも束の間、その中に 女の子(悪い虫) がいたと聞いて気が気じゃなかった。

「ねぇ、アキンドーさん。青いキャンディーや赤いキャンディーは持ってない?」