軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18-33.迷宮都市の少年(7)

「大変って、何がだよ?」

俺は息の荒いザキに尋ねる。

「泥棒だよ! 僕達の部屋が荒らされていたんだ!」

ザキが言うには、雇われた仕事に必要な筆記用具を取りに戻ったら、部屋中が荒らされていたそうだ。

「衛兵には報せた?」

「ま、まだ」

「行こう」

俺達は籠を背負ったまま、衛兵の詰め所に走った。

途中で詰め所がどこにあるか分からず、道を歩いていた人に尋ねて正反対の方向だと分かって時間を喰ったけど、なんとか辿り着けた。

「またか。一応、検分はしてやる」

事情を話すと、中年の衛兵が溜め息交じりにそう言った。

道すがら話を聞くと、探索者長屋では食い詰めた探索者くずれが、警戒心の低い新人の部屋を中心に荒らすらしい。

「そんな! 分かっているなら、取り締まってよ!」

「巡回はやってるんだがな……」

証拠がなかなか無い為、現行犯でしか捕らえられないそうだ。

「ここが俺達の部屋です」

ザキがカギを開けて入る。

カギと言っても、ごく簡単なヤツだ。

「こりゃあ、慣れたヤツの犯行だな」

衛兵が部屋の中を見るなり言った。

彼の分厚い背中の脇から覗き込むと、部屋の惨状が目に入る。

「ひどい」

「まったくだ」

壁に備え付けの棚に入れてあった俺達の荷物の袋が地面に投げ出され、袋の中に入っていた私物が地面に撒き散らされていた。

衛兵に許可を貰ってから地面に落ちた自分の荷物を拾い集める。

着替えの下着やお気に入りのカップや 匙(さじ) が砂まみれだ。

「シャロン、持ち物に名前を書いてるのか?」

「そうだよ」

ラサの言葉に首肯する。

「集団生活をするなら、自分の持ち物が分かった方がいいから」

そう妹に言われて、頑張って書いた。

「染料なんてそこそこ高いのに」

ザキが感心したように言う。

「そうなのか?」

妹が例によって例のごとくどこからか調達してきたので、値段についてはよく知らない。

村に帰る時は、妹が喜びそうなお土産をたくさん買って帰ろう。

「無くなっている物は分かるか?」

衛兵にそう言われたので、盗まれた物を報告する。

アキンドーさんに貰った蟻爪の短槍が全部無くなっていた。それ以外は、俺は砥石だけ、ラサは予備のタオル、ザキは帳面とペンが盗まれていた。

ここにいないゴンとケロスは分からない。二人は昨日と違って装備類を持って迷宮に行っているはずなので、彼らの短槍や装備は無事だと思う。

「そうか。大した物がないと分かれば二度も空き巣に入られる事はないだろうが、部屋を空ける時は現金や貴重品を持ち出すようにしろよ」

検分を終えた衛兵は、そう忠告して去っていった。

俺達はケロスとゴンの荷物のホコリを払ってから、テーブルの上に一纏めにして置いておく。

「仕事に戻ろう」

ラサが提案した。

「ゴンやケロスを待っていてもしかたないしね」

「僕が伝言を書いておくよ」

壁に伝言用の小さな黒板が備え付けられていたので、そこに二人へのメッセージをザキが書き残した。

ゴンは字が読めないけれど、ケロスは問題なく読めたはず。

「これですれ違いになっても大丈夫だろう」

俺達はそれぞれの仕事に戻る。

空き巣騒動で時間を浪費したので、昨日よりも一往復少ない回数しかベリアの葉を運搬できなかった。

ラサと二人で水浴びをして長屋の部屋に戻ると、部屋の中から怒鳴り声が聞こえてきた。

「お前達が盗ったんだろう!」

ヒステリックな声はケロスのだ。

ザキが弁明する声も聞こえてくる。

俺は誤解を解こうと扉を開ける。

ザキが飛んできた。俺は受け止めきれずに、二人して地面に尻餅をついた。ザキの身体の向こうに見える光景からして、ゴンがザキを殴り飛ばしたみたいだ。

「ゴン! 乱暴は止めろ!」

俺はザキの身体の下から身を起こし、ゴンに抗議する。

「うるせぇ! 泥棒の仲間は黙ってろ!」

「俺達が盗んだんじゃない! 空き巣に入られたんだ!」

殴りかかってくるゴンの攻撃を避けて、隙だらけの顔を殴り飛ばす。

すぐに反撃の蹴りが来た。それはなんとか避けたけど、ゴンが振り回した手がぶつかって壁に吹っ飛ばされた。

このバカ力め!

「僕の金を返せ!」

「知るか!」

横から飛びかかってきたケロスが俺の腰に組み付いてきた。

「今だ、ゴン! やっちゃえ!」

「おう! 任せろ!」

「やめろぉおおお!」

椅子を持ち上げたゴンを、ザキが体当たりで止めた。

ゴンが組んだ拳をザキに振り下ろす。

俺はケロスを振り払って、ゴンに組み付いた。

「――いい加減にして」

ラサの声と同時に、俺達に水がぶっかけられた。

「なんの騒ぎ?」

ずぶ濡れのまま、第二回戦に進もうとしていた俺達だったが、呆れたような声を聞いて動きを止めた。

顔を出したのはシナだった。

「もしかして、この部屋にも空き巣が入ったの?」

「シナの部屋も?」

「うん、私達の部屋だけじゃなくて、この長屋の部屋のほとんどが被害に遭ったみたい」

シナは着替えや小物を盗られたとプリプリしていた。

「これで分かったろ? 犯人は俺達じゃない」

俺はゴンとケロスを睨み付ける。

「ふん!」

「わ、分かるもんか!」

ゴンは鼻を鳴らしてそっぽを向くだけだったけど、ケロスの方は引っ込みがつかないのか、まだ俺達の事を疑っているようなそぶりだ。

「ケロス君は何を盗られたの?」

「金貨だ! 鞄の底に隠していた金貨が盗られたんだ!」

――金貨!

村じゃ銀貨ですら見た覚えがない。

たしか銅貨100枚くらいの価値があったと思う。

「うそっ、大変じゃない」

「そうなんだよ! 大変なんだ!」

シナが口を押さえて驚くと、ケロスがヒートアップした。

「それなら、衛兵詰め所に行ってきたら?」

必死に訴えるケロスと正反対に、ザキは吐き捨てるような冷めた口調で言う。

「空き巣の検分はしてもらったから、長屋の場所と部屋番号を言えば調書に書いてくれるよ」

「行ってくる!」

ケロスが部屋を飛び出した。

ザキは小声で「金貨が見つかるとは思えないけどね」と呟いた。

泥棒扱いされた怒りはまだ治まっていないようだ。

「ゴン、何か言う事があるんじゃないの?」

「うるせぇ! 俺は謝らねぇ!」

ラサがザキに代わって仲裁するが、ゴンは頑なに謝ろうとしない。

重たい雰囲気に耐えられなくなったシナがこっそりと部屋を出ていった。俺はシナを追って部屋を出て、誤解を解いてくれた事の礼を言っておく。

「シナ、さっきは教えにきてくれてありがとう」

「えへへ。またね、シャロン」

シナはそう言って去っていった。

しばらくして、ケロスが肩を落として戻ってきた。

衛兵詰め所で現実を突きつけられたんだろう。

「ケロス! いつまでもうじうじしてんな! 俺達は明日には本物の探索者になれるんだぜ!」

「う、うん」

「そうすりゃ、金貨なんてすぐに稼げるって! なんたって、木証の雑魚じゃなくて、本物の青銅の探索者になるんだからな!」

「そ、そうだよね! 本物の探索者になるんだよね!」

ゴンに背中をバンバン叩かれて、ケロスがその気になったようだ。

その会話の後、聞いてもいないのに、ゴンがリーダーに借りた扉のように大きな盾でゴブリンを受け止め、ケロスとシナが止めを刺す作戦で一人三個の魔核を手に入れたと自慢していた。

俺達と一緒に一個手に入れていたから、後一つで青銅証を手に入れる資格を得られるわけだ。

「うらやましいだろ~」

「別に」

「うらやましいって、素直に言えよ」

ケロスがザキにウザ絡みをしている。

「ゴン君、ケロス君、そろそろ行こう」

シナが扉から顔を出した。

「そうだった、忘れてた」

「へっへー! 僕達は今日も夕飯をご馳走になるんだ! いいだろー!」

ゴンとケロスは勝ち誇った顔で部屋を出ていった。

昨日と違って、今日はちゃんと装備を身につけたまま出かけるようだ。

「別にうらやましくないっての」

「そうだね。俺達もご飯に行こう」

ケロス達が出ていった部屋の扉に向かって文句を言うザキを宥め、俺はラサも誘って、昨日の広場に夕飯を食べに行った。

「コロッケください!」

昨日と同じメニューを食べるつもりだったんだけど、この屋台の看板を目にした途端、どうしても食べたくなったので注文した。ザキとラサもだ。

「美味しいね」

「うん、あの看板を見てたら食べたくなったんだ」

どうやら、ザキとラサも同じ理由だったらしい。

「そうだろうそうだろう」

誰かがうんうんと頷きながら言う。

「あれはタマ画伯の名画『踊るコロッケ』っていうのさ。あれを見ると、あまりの美味しそうな絵に影響されて、コロッケが食べたくなるんだよ」

「――ルラムさん」

見覚えのあるぽっちゃり騎士は、俺達を迷賊から助けてくれた騎士達の一人だ。

話しながらもコロッケを幾つも買い、もしゃもしゃと食べる。

「『階層の主』を討伐に行っていたんじゃ?」

「補給の打ち合わせとギルドへの進捗の報告に来たのさ」

そのついでに趣味の買い食いをしていると白状した。

「ルラム殿、こんなところにおったのかや」

涼やかな声に振り返ると、そこには憧れのミーティア姫がいた。今日も綺麗だ。

「こ、こんにちは!」

姿勢を正して挨拶する。

恥ずかしい。緊張しすぎてどもってしまった。

「あの時の子じゃな。頑張っているかや?」

「はい! いえ――いいえ。まだ、講習待ちで迷宮に入れていません」

「そんな事はないのじゃ。迷宮に入っておらずとも、街で働いて自分の食い扶持を稼いでおるのじゃろ? それは十分に誇れることじゃよ」

白い手袋に包まれたミーティア王女の手が俺の頭を撫でる。

もう、この頭は洗わない。

――清潔にしなさい! ロム兄さん、不潔は病への第一歩よ!

妹の声が脳裏にこだまする。

洗わないのは、しばらくで我慢しよう。

「行くぞ、ルラム殿。ではな、また会う日まで壮健でいるのじゃぞ」

「はい! ミーティア様も、ごぶ、ご武運を!」

ルラムさんの手を引っ張って、ミーティア王女が去っていった。

「シャロン、鼻の下」

ラサが素っ気なくそう言って、次の屋台を求めて歩いて行く。

俺は横でだらしない顔で鼻の下を伸ばすザキを見て、自分の表情を悟って必死で取り繕う。

油断すると口元が緩むのは許してほしい。俺は浮かれているのを自覚しながらも、そんな自分が嫌じゃなかった。

食事を終えて戻っても、ゴンやケロスは戻っておらず、彼らは夜遅くに酔っ払って戻ってきた。

「ケロス様がもどりましたよ! 未来の英雄ケロス様をヨロシク!」

これだから酔っ払いは。

ゴンはケロスを簡易ベッドに転がした後、自分の場所に転がってすぐに寝落ちした。それは良いんだけど、隣の部屋の人に壁を蹴られるほど大きないびきは止めてほしい。

寝付けずに怒ったラサが濡らした布で口を塞いで、なんとかゴンのいびきを止めていた。ザキが危ない方法を指摘した後、ラサに礼を言って眠った。俺も寝よう。明日も早い。

翌朝、ランニングと水浴びを終えて戻ると、ゴンとケロスがいなかった。

「二人は?」

「出ていった」

「先輩達の家に住むんだって。これからは向こうのパーティーでやっていくんだってさ」

俺の質問にラサが端的に答え、ザキが詳しく説明してくれた。

シナも一緒らしい。

「先を越されちゃったな」

「別にいいさ。一番を競ってるわけじゃない」

残念そうなザキを励ます。

「でも三人だけになっちゃったよ」

「新人講習」

「そうだね。新人講習でメンバーを集めればいいさ」

ゴンやケロスとは袂を分かってしまったけど、新人探索者はたくさんいる。

俺はまだ見ぬ仲間を想像しながら、ザキやラサと新人講習までの日々を日雇い仕事に費やした。

盗まれた短槍の代わりを買うほどのお金は貯まっていないけど、講習が終わるまでにはなんとかしたいと思う。

「よし、行こう!」

新人講習をちゃんとこなして、迷宮で活動する知識を得るんだ!

「ここみたい」

「けっこう人がいっぱいいるね」

俺達はギルドから少し離れた広場にきた。

ここで新人講習が開かれる。

普通はギルドの裏にある訓練所で開かれるらしいんだけど、この時期は探索者になる新成人がいっぱいいるから、もっと広いこの場所が使われるのだと、物知りのザキが教えてくれた。

そんな風にキョロキョロと周囲を見回していたら、他人とぶつかってしまった。

「気をつけろ!」

ぴょんぴょん跳ねて怒るのは、真っ赤な兜を着けた鼠人族の少年だ。

小柄な種族らしく、俺の腰ぐらいまでしかない。

「戦士ミゼの子、ネゼ様と知っての所業か!」

「ごめん。ちゃんと前を見てなかった」

俺の方が悪いので素直に謝る。

「おう! 許す! お前も新人講習を受けるのか?」

「そうだよ。俺はシャロン」

「そうか、シャロン! お前を家来にしてやるぞ!」

「家来にはならないけど、一緒に講習を受けよう」

思ったよりも気の良い少年のようなので、ラサやザキに断ってからネゼを誘った。

「おう! 行くぞ!」

ネゼは拳を振り上げ、前も見ずに駆け出して別の誰かとぶつかる。

もしかしたら、俺の時も、あんな感じだったのかも知れない。

「気をつけろ!」

相手は俺よりも頭二つ分くらい大きな獣人だった。

大柄なゴンより大きい。

「あー、うー」

獣人――長毛種の犬人族はぼんやりした目で周囲を見回した後、ぴょんぴょん跳ねるネゼに気付いて、ゆっくりとした動作で頭を下げる。

「うー、ごめんー」

「おう! 許してやる!」

「ありがとー、僕はテグ」

「俺様はネゼ――おわわわわ」

テグと名乗った犬人がネゼを抱えて肩に乗せた。

「おわびー」

「こりゃいい! すっげぇ見晴らしがいいぜ!」

獣人の知り合いはいなかったけど、見た目以上に個性的な人達のようだ。

そんな風に上を見ていたせいか、また他の人にぶつかった。

今日は誰かにぶつかってばかりだ。

「ごめん!」

「いい、私もよく見ていなかった」

フードを目深に被ったその人は、低い声をつくっていたけど女の人だ。

間近に見た瞳の色が、妹の髪色と同じアメジストのように綺麗な紫色だった。

少女は他人と関わり合いになりたくないのか、うつむき加減で足早に離れようとする。

「――待って!」

俺は反射的に少女の腕を掴んでしまった。

理由はよく分からない。

なぜか、彼女を一人にしてはいけないような気がしたのだ。

「僕はシャロン。君も新人講習を受けるなら、俺達と一緒に受けないか?」

「いい、私は一人が――」

「いいんだね! 良かった! 他の子達にも紹介するよ! 名前はなんて言うの?」

「――ラキシス」

俺は少女の手を掴んだまま、ラサ達と合流する。

最初のうちこそ抵抗していた彼女だが、途中から抗うのが面倒になったのか、気配を消すように俺の背後についてきた。

「新人講習をするヤツは集まれ! 点呼は取らないから、俺の声が聞こえる場所に来いよ!」

くたびれた感じの大人が大きな声を上げる。

たぶん、あの人が教官なんだろう。

「――日本刀? こっちの世界にも侍がいるんだわ」

ニホントー? サウライ?

ラキシスが妹語と似た感じの発音をした。

そういえば、彼女は妹と雰囲気が似ている。

彼女を放っておけなかったのは、妹と似ていたからなのかな?

「喋ってないで話を聞けよ! 俺の言葉を一つでも覚える事が今日のお前達の仕事だ!」

教官が叫ぶ。

集中しないと!

一人前の探索者になる為に!

◆◆◆とある村にて◆◆◆

「レイナさんが私に聞きたい事ですか? なんでしょう?」

取引を終え、アキンドーさんに尋ねる。

「あなたの目的は何?」

「目的、ですか?」

アキンドーさんが人の良さそうな顔で首を傾げる。

「質問に質問で返さないで。私のような子供と対等に取引をする理由は何? お金、じゃないでしょ? 私が用意する品物は別に珍しいものじゃない。あなたがわざわざ出向く理由にはならないわ」

違う? とアキンドーさんを見上げる。

「レイナさんには敵いませんね」

アキンドーさんがそう言って降参のポーズを取った。

「それじゃ、教えてくれる? あなたの目的は何?」

私は追及を緩めず、アキンドーさんに詰め寄る。

「私の目的は――」

アキンドーさんはそこで言葉を止め、少し間を置いてから続けた。

「――あなたです、レイナさん」