軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18-30.迷宮都市の少年(4)

迷宮で大鼠を追いかけていた俺達は、いつの間にか迷賊と呼ばれる悪党達に狩られる立場に急転していた。

「俺が最初に突っ込む。皆は後に続いてくれ」

「ダメだよ。一人だと殺されちゃう」

俺は小声で仲間達に伝える。

ザキには止められたけど、中央突破しか助かる道はない。

「おー、怖い怖いぃいい。相談はこっちに聞こえないようにしろよぉおおお」

頭目が嘲るようにそう言うと、周りの迷賊達も同じような顔で嗤う。

「そうだぁああ、いい事を思いついたぁああ」

頭目が他の迷賊達を下がらせて、一人だけ前に出る。

「俺様を倒せたらぁあああ、見逃してやるぜぇえええ」

手の平に剣をピタピタと当てながら、舌なめずりしてこちらを見る。

「やるぞ」

「うん、それしかないね」

ゴンが震える声で告げ、ザキが泣きそうな声で同意した。

俺達は全員で槍を構え、一斉に駆け出す。

「いいねぇええ、それが正解だぜぇええええ」

頭目は嗤いながら剣を一閃させると、俺達の槍から穂先が無くなる。

そして、思わず足を止めた俺達をいたぶるように、頭目はゆっくりと剣を振り上げた。

――今だ。

俺は柄だけになった槍を捨て、踏み込みながら腰の短剣を抜く。

頭目が剣を振り下ろす。

速い。

俺の短剣が届く前に、あれは俺を斬り裂くだろう。

このままなら。

俺は奥の手を使う。

「――縮地」

ほんの拳二つ分進むだけで魔力のほとんどを要求する「はずれ」スキル。

だけど――。

剣を一回避けるくらいはできる。

頭目の剣が空振り、俺はその隙に頭目の懐に入り込んだ。短剣の間合いだ。

脇腹を目がけ、短剣を突き――。

視界が回る。無防備に側頭部から地面に落ち、迷宮の床を転がった。

何が起きた?

視界に映るのは足を振り上げた頭目の姿。俺は蹴られたのか。

剣を逆手に持ち替えた頭目が俺の方に歩み寄る。

身体が痺れて動かない。

ゴン達は――ダメだ。槍を折られて戦意喪失している。

ラサだけは忍び足でその場を去ろうとしているのが見えた。

それでいい。逃げろ、ラサ。君だけでも。

「新人にしちゃあ、よくやった。だが、レベル一桁の雑魚にやられるほど間抜けじゃねぇんだよ」

これで終わるのか、こんな場所で終わってしまうのか――。

そんな絶望を 彼女(・・) は否定した。

「ラヴナ、行け!」

可憐な声が袋小路の壁に響く。

「――斬岩剣!」

頭目の背後にいた迷賊達を、巌のように剛健な騎士が横薙ぎの剣で蹴散らした。

「巌の騎士だと?! 迷賊狩りどもが出やがったか!」

頭目が苦々しげな顔で巌の騎士と対峙した。

曲剣を持っていた側近の二人が、頭目の左右を固める。

「シガ王国制式剣術――奥義『桜花一閃』」

銀色の鎧に身を包んだ別の騎士が、花弁のような薄桃色の光を撒き散らしながら凄まじい速さで現れ、頭目の剣を弾き飛ばした。

首を狙った二撃目は、側近の一人が曲剣で受け止める。

「ちっ、『閃光の貴公子』ゲリッツまでいやがるのか」

腰の短剣を抜き放ちながら、頭目が背後に飛び、側近達が貴公子に斬りかかる。

「『様』を付けろ、下郎が。貴様のような者が気安く呼んで良い名ではないぞ」

貴公子に遅れて四人の騎士が現れて、通路を塞いでいた迷賊の手下達を次々に屠っていく。

頭目に文句を言ったのは、ぽっちゃりした騎士だ。あんな体型なのに妙に強い。

「野郎どもぉおお! やっちまえぇえええ!」

頭目の号令で、天井付近で見物していた迷賊が次々と飛び降りてくる。

巌の騎士が仲間達を庇う位置に移動してくれた。

これであいつらは大丈夫だ。

「一人で先走らないで、ゲリッツ」

細剣を振る美少女が貴公子の横に現れて、側近の一人を受け持つ。

死角から美少女を斬ろうとした迷賊を、ぽっちゃりした騎士が斬り伏せた。

「メリーアン、君こそ注意しないと」

「ありがとう、ルラム」

「『剣姫』メリーアンに『剛剣』ルラムか、てぇことはあっちで無双しているのが『黒き颶風』ペイソンと『銀剣』ジャンスか――迷賊狩りが総勢で現れるとは俺様も出世したもんだぜ」

頭目が自棄になったような口調で言う。

「我らをそのような下賤な名で呼ぶな、下郎」

側近の一人を屠った貴公子が不快そうに告げ、剣を振って血を払う。

「ふんっ。下郎には下郎の戦い方があるって、教えてやるぜ。放て!」

天井に残っていた迷賊達が 迷宮蛾(メイズ・モス) の群れを解き放った。

「また、この手か――」

「やれ、ディルン」

ぽっちゃり騎士が嘆息し、貴公子が鋭い声で命じる。

「 重旋鎚(ヘビィ・ハリケーン・ハンマー) !」

通路の向こうから放たれた暴風が、迷宮蛾を一瞬で打ち砕いて袋小路の壁に叩き付けた。

――凄い! これが魔法か!

視界の隅に、這うようにして壁の岩の隙間に身体を捻じ込む頭目が見えた。

貴公子達は数に勝る迷賊達を斬り伏せるのに忙しくて、それに気付いていない。

「ヤツが、逃げるぞ!」

俺は引っかかる喉をねじ伏せ、なんとか声を絞り出す。

「心配無用なのじゃ」

いつの間にか、俺の傍らに迷宮には場違いな可憐なお姫様がいた。

この声は最初に巌の騎士を送り出してくれた人だ。

「――リュラ」

「はい、姫様」

お姫様が命じると、お付きの女騎士が弓を射た。

放たれた矢は狙い澄ませたように頭目の眉間に刺さり、その命を奪う。

この人も凄い名手だ。

狩人のポンゴさんより上手い。

「ミーティア殿下、あれも頼む」

貴公子が手練れの迷賊と切り結びながらお姫様に声を掛ける。

貴公子の示す方向には巨大なカマキリの魔物がいた。

奴隷のような男を鎌に挟んで喰っている。

「 兵蟷螂(ソルジャー・マンティス) か、雑魚じゃな。ディルン殿は――迷賊が連れてきた迷宮蟻の 連鎖暴走(トレイン) の対処中か。なら、是非もなし」

お姫様が背負っていた細剣とも杖とも思える綺麗な棒を構える。

細い線のような光がお姫様の棒と兵蟷螂の間を繋ぐのが見えた。

お姫様は手首をリズミカルに動かすと、兵蟷螂の首や腕がボトボトと落ち、少し遅れて空気が焼けるような変な臭いが鼻を突く。

「ふふん、すごいじゃろ? サトゥー殿から頂いた光の 秘宝(アーティファクト) なのじゃ」

お姫様が何か言っていたけど、よく覚えていない。

だって、俺は魂を奪われたように、お姫様の可憐な姿から目を離せなかったから。

「――おい」

「ゲリッツ様のお言葉が聞こえないのか!」

ぽっちゃり騎士に小突かれて、貴公子に呼ばれているのに気付いた。

いつの間にか、迷賊が全て倒されている。

「命の恩人に礼もなしか!」

「ルラム、正義は感謝の言葉など求めないものだ」

貴公子がぽっちゃり騎士を窘める。

「す、すみません! さっきはありがとうございました!」

俺は慌てて立ち上がり、地面に着きそうなくらい頭を下げる。

妹からも「謝罪と感謝は必ず言葉にしなさい」といつも言われていた。

いつの間にか迷賊達は全て斬り伏せられ、迷賊が連れてきたらしき魔物達も貴公子達の従者が現れて解体を始めている。

「怪我はないか?」

「はい、これくらいへっちゃらです」

槍は壊れたし、蹴られた腹は痛いけど、これくらい何でも無い。

なぜか、俺はお姫様の前で格好悪い姿を見せたくなかった。

「迷宮から帰るなら、ルラムを付けてやる」

「えー、僕は子守ですかあ?」

「不満か?」

「いえいえ! 滅相もありません!」

貴公子に命じられたぽっちゃり騎士――ルラムさんに護衛され、俺達は迷宮の外へ出る事ができた。

ザキはルラムさんと気が合ったようで、迷宮都市で美味しい露店を色々と教えてもらっていたっけ。

ルラムさんは迷宮門まで俺達を送った後、門前のギルド職員に迷賊の事を伝えるというので、俺達は先に帰された。

「――疲れた」

西門からギルドの白い建物が見えた瞬間、俺達はへばって地面に座り込んでしまった。

「……怖かった」

シナが泣き出すと、俺達も釣られて泣き出してしまった。あのゴンやラサもだ。

通りかかった探索者達は何事かと驚いていたが、すぐに興味を失って去っていく。

「どうした? 怖い思いをしたか?」

そう声を掛けてくれたのは大盾のジェルさんだった。

いつの間にか周りが暗くなっている。

俺は涙で汚れた顔を腕でゴシゴシ拭き、迷賊に殺されそうになった事を話す。

ジェルさんは口を挟まずに最後まで聞いてから、ゆっくりと口を開いた。

「そうか、災難だったな。だが、それは避けられる災難だ」

「――え?」

そんな事を言われるとは思わなかったので、思わずジェルさんの精悍な顔を見上げてしまった。

「他の探索者パーティーがいなくなったって言っていただろ? そいつらは迷賊が潜む気配を感じたのさ。そいつらはお前達を呼び止めなかったか?」

「――あっ」

確かに呼び止められた。

てっきり大鼠を取られまいとする苦し紛れの言葉だと思い込んでいた。

「心当たりがありそうだな。ギルドでやってる新人探索者講習に出れば、そのへんも教えてもらえるんだ」

「そうだったんですか……」

迷宮に行きたい気持ちに負けて、妹の忠告を忘れたのがそもそもの間違いだったんだ。

「他にも色々と教えてくれるから、迷宮に入るなら講習を受けてからにしろ。金が無いなら、荒野のベリア採取でも街の雑用でもやればいい。太守夫人が作った新人用長屋があるから、飯代だけ稼げば生き延びられるぜ。飯代がなくても、一日一食の炊き出しをやってるしな」

俺達はジェルさんの教えに耳を傾ける。

今聞いた事は、探索者ギルドでも職員が教えてくれるそうだ。

それに今思えば、ギルドの壁に何枚も紙が貼り出してあったっけ。

ジェルさんはパンッと膝を打って立ち上がる。

「よし、飲むか。それとも飯の方がいいか?」

「ジェルさん、俺達、金欠なんだ」

迷宮門のところで、一人一個の魔核を売却したけど、一人あたり銅貨一枚にもならなかった。

村なら十分な金額だけど、ルラムさんの話だと露店での買い食いが最低でも銅貨一枚からという話なので、ジェルさんが誘うようなお店の支払いができるとは思えない。

「大丈夫だ。任せておけ!」

ジェルさんについていくと、そこは煌々と明かりの灯った広場だった。

たくさんの人が集まっており、祭りのような賑やかさだ。

「よし、飲め、ウササ!」

「おう! ギルド長ー! 勝負だ!」

「来い、若造!」

青いマントを着た兎人と老婆が、大きなジョッキを呷っているのが見えた。

「今日は『業火の牙』と『ぺんどら』の壮行会をやってるんだ。ここに交ざればタダ酒とタダ飯が好きなだけ飲み食いできるぜ」

「やったー!」

「いいんですか? そんな事して」

ゴンは無邪気に喜んだが、ザキは心配そうに尋ねた。

「構わねぇよ。俺は『業火の牙』の一番盾だからな。子供の五人や六人を招いたからって文句なんて言われないさ」

ジェルさんはそう言って、近くにいた人に酒と食い物を頼んだ。

「ジェルさん、ハンバーガーはいかが?」

可愛いメイドさんが俺達にもパンをくれた。

間に葉野菜と肉っぽいのが挟まっている。

「お! 今日はお屋敷のメイドさん達も給仕をしているのか?」

「はい、ウササさん達の前祝いですから。そうだ、ミテルナさんもいますよ」

美味しそうな匂いに負けて齧り付いたら、今まで食べた事の無いような柔らかさと美味さが口の中で爆発した。

なんだこれ? なんなんだこの バンカーバ(・・・・・) って料理は!

「おおっ、それは後で挨拶にいかねぇとな」

「あれ? 今日は口説きに行かないんですか? もう飽きちゃったとか?」

「そんな訳ないだろ? 今日だって、ミテルナさんにプロポーズする為に、贈り物を買いに行ってたんだぜ?」

この美味さを称賛したかったけど、メイドさんはジェルさんと話すのに忙しそうだったので、俺は仲間達と一緒に「美味い美味い」と繰り返す。

「お代わりもありますよ」

「ロジー、手伝って! スープが切れそう!」

「分かった、アニー。すぐ行くから待ってて」

ロジーと呼ばれたメイドさんがバンカーバの載った籠を俺に渡して去っていった。

仲間達が次々とバンカーバを手に取って食らい付く。シナや物静かなラサまで獣のような勢いだ。

俺も負けじと食らい付く。

「少しは元気が出たか?」

ジェルさんが優しい目でそう言った。

「はい、元気、出ました」

お腹がいっぱいになったら、さっきまでの不安や絶望がどこかに行ってしまった。我ながら単純だ。

「スープはいかがですかー」

「おう、くれ」

「あ! ジェルさん、ミテルナさんなら――」

俺達と同い年くらいのメイド少女がスープを配りに来た。

「ちょっと行ってくる。絡まれたら、ジェルの招きだと言えよ」

ミテルナという女性の事が気になるのか、ジェルさんが申し訳なさそうにそう言って席を立った。

「お前達も来ていたのか――」

ジェルさんが去った後、そう声を掛けたのは俺達を迷賊から助けてくれた貴公子だった。

ルラムさんや他の人達も一緒だ。

さっきと違うのは――。

「――青いマント?」

「今日は出陣式だからな。着てきた」

貴公子はそう言って、「ぺんどら」の兎人の方へ歩み寄る。

そうか、彼らも「ぺんどら」の一員だったんだ。

「元気が出たようじゃな」

「――お姫様」

巌の騎士を連れた可憐なお姫様が俺に声を掛けてくれた。

「さ、さっきは――」

みっともないところを見られて、と口走りかけたけど、なんだか恥ずかしくて口籠もった。

「気にするでない。わらわ達も、かつて迷賊の罠に嵌まって絶体絶命のところをサトゥー殿に救われた事があるのじゃ」

お姫様が頬を染めながらうっとりと呟く。

さっきまでの何倍も可愛い。可愛すぎて目が眩む。

でも、なんでだろ? ちょっと胸がもやもやする。

「だから、そなたらも同じようにすればいい」

「――同じ?」

「そうじゃ。サトゥー殿がわらわ達を救ったように、わらわ達がそなたらを救ったように、今度はそなたらが強くなって誰かを救ってやればいい」

お姫様の言葉が俺の心に深く刻み込まれた。

そういえば、迷宮に向かう「死の通路」でベテラン探索者も同じような事を言っていたっけ。

それが探索者になるって事なんだ。

「よい面構えじゃ。おぬしは強くなるぞ」

「はい! 頑張ります!」

お姫様が助けた事を自慢できるくらいに。

「ミーティア殿下! こちらに!」

「分かった! 参るぞ、ラヴナ、リュラ」

貴公子に呼ばれたお姫様は、二人の女騎士を従えて去っていった。

今はまだ後ろ姿を見送るくらいしかできないけど、いつか必ず、彼女が頼りにしたくなるような凄腕の探索者になってやる。

その時は俺の名を彼女に告げたいと思う。

俺は空を見上げ、煌々と輝く満月に決意を託した。

◇[とある寒村にて]◇

――くしゅん。

「まさか、迷宮都市に行った兄さんに悪い虫が……」

私は季節外れのくしゃみに嫌な予感を覚えていた。

「これは計画を前倒しにして、迷宮都市に行けという天啓でしょうか?」

窓から見える月を見上げて、私は一人呟いた。