軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18-19.王女様の進路

「まあ、素敵!」

「見て見て! 星を集めたようですわ!」

姉妹達や母達が笑いさざめきながら宝飾品に群がっている。

「ティナ、システィーナ、早くいらっしゃい。先王陛下が素敵な装飾品をお土産にくださるのよ」

「はい、お母様」

綺麗な宝石やアクセサリーは嫌いじゃないけれど、他の子達のように夢中になれるほど好きにはなれなかった。

「お祖父様、宝石はどうして庭に落ちている石と違ってキラキラしているの?」

皆を見守っていた先王陛下に尋ねる。

「それは宝石だからだ」

期待した答えは返ってこない。

落胆した私は「はい、陛下」と返事をしようとしたが、別の声が割り込んだ。

「石の種類が違うのだよ。地の生き物に人や馬や牛がいるように、石にも色々な種類があるのだ」

「父様!」

幼い私に答えをくれたのは父王陛下だった。

父は祖父に挨拶をした後、私を膝に乗せて話の続きを語ってくれる。

「宝石も土の中から取り出された時は、あそこまで輝きを放っておらぬのだぞ?」

「どうして光るようになるの?」

「職人達が削り出し、何日も何ヶ月も掛けて丁寧に磨き、光を綺麗に反射するように表面を削る事で宝石は宝石たり得るようになるのだ」

父様は私の頭を優しく撫でながら、そう教えてくれる。

「どうして宝石は磨いたり削ったり――」

「わはははは、幼いのに 賢(さか) しい娘だ。そんな事では良い嫁ぎ先を得る事はできんぞ」

祖父の言葉が幼い心にチクリと刺さる。

「父上、心配ご無用です。才女を望む家はたくさんあります」

父様が私を横抱きにして、宝石を眺めに向かった。

きっと、祖父の心ない言葉から私を守ってくれようとしたのだろう。

幼い日の私は、宝飾品よりも様々な事を知りたがり、祖父や世の多くの大人達が眉を顰めるような「子供らしくない」子供だった。

母様にため息を吐かれ、姉妹達には敬遠されてしまったけど、父様は私の「どうして?」を厭わず、私の疑問に答えられる博識な老家庭教師を付けてくれたのだ。

「調べて参りましたが、城の図書館にはないようでございますな」

ボフマン老先生の報告に私は落胆する。

「幼年学舎に入られたら、王立学院の図書館を使えるのですよね? そこなら殿下のお求めになる御本もあるのではありませんか?」

私の護衛騎士メアンが言う。

七歳になった時から、城内でも護衛騎士が付くようになった。

先王陛下の毒殺未遂事件があったからだ。

「いいえ、メアン殿。王立学院の図書館は既に人を派遣して確認しました。もしあるとすれば城の禁書庫くらいでしょう」

「禁書庫?」

「はい、殿下。王城には陛下しか入れぬ禁書庫がございます。そこにはシガ王国の全ての知識が蓄えられていると言われております」

「――禁書庫」

魅惑的な言葉に胸の高鳴りが止まらない。

「ボフマン、あまり無責任な噂を広めるな」

「父様!」

「へ、陛下。お耳障りな発言を失礼いたしました」

曲がり角の先から現れた父様を見て、先生と護衛騎士が即座に跪いた。

どうやら、父様もさっきの話を聞いていたみたい。

「父様! 私、禁書庫に入ってみたいです!」

「システィーナ、すまぬがその願いは叶えてやれぬ」

いつもお願いを聞いてくれる父様が、少し困った顔になって首を横に振った。

「あそこは禁断の知識に溢れている。幼きお前が立ち入れる場所ではないのだ」

「知識なら、ボフマン先生からいっぱい学んでいます!」

「まだ、早い。知識の泉を浴びただけでは禁書庫を 訪(おとな) う資格はない。知識を己の内で血肉にして初めて門を叩く資格が生まれる。よく学び、健やかな心を鍛えよ」

父様はそう言って大きな手で私の頭を撫でて去っていった。

父様の言葉はあまりよく分からなかったけど、それが分かるようになる事が、資格を得る事なんじゃないかと思う。

「殿下、あれを見てください!」

護衛騎士が思考に沈む私の手を引いてはしゃいだ声を出した。

彼女の視線の先を追うと、ふわふわの毛で覆われた丸い兎のような生き物がいた。

――かわいい。

侍女やメイド達が集まって、それを見ていた。

「何をしているのかしら?」

「調教師がいますから、 馴致(じゅんち) しているのでしょう。兎のように見えますが、あれは魔物です」

ボフマン先生が教えてくれた。

「あんなに可愛いのに魔物?」

「確か碧領の周辺に生息する魔物だったと記憶しております」

「そうなのですか……。私は魔物とは醜悪なモノだと思い込んでいました」

魔物と動物は何が違うのかしら?

興味を惹かれて近くに行くと、兎の魔物が興味深そうに私に顔を近付けた。

頭を撫でてほしいのかしら?

「――殿下!」

無造作に伸ばした私の手に、あろう事か兎の魔物が牙を剥いた。

護衛騎士メアンに庇われて私に怪我はなかったけれど、兎の魔物は彼女の剣で惨殺されてしまっていた。

「も、申し訳ございません」

飼育係が平身低頭で謝る。

青い顔で震える彼を、駆けつけた城の衛兵が連れていった。

下働き達によって魔物の死骸がゴミのように無造作に台に乗せて運ばれていく。

「かわいそうな事をしたわね」

「申し訳ありません」

「メアンのせいではないわ」

私が不用意に近付かなければ良かったのだから。

哀れむ私の心に、さっきの疑問が再び浮かび上がった。

――魔物と動物は何が違うのかしら?

その疑問は私の心の奥底に根付き、いつしか私の研究テーマの一つを占めるようになった。

「「「殿下、ご成人おめでとうございます」」」

「ありがとう。皆の祝福を嬉しく思います」

侍女達が私の成人を祝ってくれた。

私は優雅にそれに返答したが、頬が緩むのを抑えるのが難しかった。

なぜなら、父様が約束通り、成人を機に禁書庫への入出許可をくれたのだから。

「今日の夜会はとびっきりおめかしをいたしましょう」

「そう、任せるわ」

私の素っ気ない答えを聞いた筆頭侍女が拍子抜けした顔になる。

成人した王族の義務として新年の舞踏会に顔を出さないといけないけれど、正直なところ華やかな舞踏会に興味はない。

顔を出して最低限の義務を果たしたら、普段着に着替えて禁書庫に向かうつもりだ。

もっとも、その日は父様の都合が付かず、禁書庫に入れたのは翌日からだった。

「殿下、リットン伯爵夫人から夜会のお誘いが来ておりますよ」

「行かないから、断りの返事をだしておいて」

「またでございますか? たまには参加しないと殿下の事を口さがなく言う者が――」

「――リステル!」

若い侍女の失言を先輩侍女が叱りつけた。

口さがない貴族達が、私の事を社交界に興味の無い変人と噂しているのは知っている。

変人と呼ばれるのは不本意だけど、社交界に興味がないのは事実だ。私は研究に打ち込む方が楽しい。できれば、結婚などせずにいつまでも研究に邁進する人生を送りたいくらい。

でも、分かっている。王族である自分に、そんな未来が来ない事は――。

「……動物が瘴気溜まりで呪われて魔物になる」

窓から王都を見下ろしながら、禁書に書かれてあった言葉を呟いてみた。

ならば、魔物から瘴気や呪いを除去すれば動物に戻せるのではないだろうか?

ボフマン先生に尋ねたら、魔物を浄化すれば死ぬだけだと笑われてしまった。

王立学院の教師達にも尋ねたけれど、ほとんどはボフマン先生と同じ答えしか得られず、答えらしきモノも「もしできるとしたら、神殿の聖女様や聖者様くらいではありませんか?」と半笑いで言われるのが関の山だった。

やはり、魔物から瘴気を抜いて動物に戻すなんて、道理を知らない子供の戯れ言でしかないのだろうか……。

「殿下! 殿下の降嫁先がお決まりになりました!」

思い悩む私の耳に、怖れていた言葉が飛び込んできた。

私の研究に勤しむ日々は、そろそろ終わりが来るようだ。

父様から伝えられた婚約者は、私より年下のレッセウ伯爵の嫡男だった。

たぶん、母様の実家であるビスタール公爵の政争の余波に違いない。私を降嫁させる事で、王都への荷に掛かる関税を下げさせようとしているのだと、ボフマン先生と筆頭侍女が話しているのを聞いた事がある。

他の姉妹達は王都の法衣貴族に嫁ぐよりはマシだと言うが、気軽に知見に優れた学者達と交流でき、潤沢に書物が手に入る王都から離れる事の方が私には損失に感じる。

次期レッセウ伯爵が妻の趣味に寛大だといいのだけれど。

顔見せで会った感じでは、あまり期待できそうにない。

ならば、未来を嘆いて時間を浪費するよりも、婚姻までの短い時間を有意義に過ごした方がいいだろう。

私は気持ちを切り替え、今まで以上に研究に没頭する日々を送る事にした。

月日は流れ、婚姻まで半年を切ったある日――。

「で、殿下ー! 大変でございます!」

いつもお淑やかな筆頭侍女が、転がりそうな勢いで書斎に飛び込んできた。

「落ち着きなさい。何があったのですか?」

「た、大変な事が起きました! レッセウ伯爵領が! レッセウ伯爵領が壊滅いたしました」

まあ、たいへん。

慌てる侍女達と違って、婚家に降りかかった不幸に対して、どこか人ごとのように反応してしまった。

私の心にあったのは、婚約者や婚家の無事を願う事でも心配する事でもなく、「婚約者がいなくなったら、喪に服してしばらくは研究を続けられるかしら?」などという不謹慎な思いだ。

学問に魂を売った私は、死後も神の御許へは行けない気がする。

「殿下! 朗報です! クルマース様、ご存命です!」

――クルマース?

その名が自分の婚約者である次期レッセウ伯爵の名前だと思い出すのに時間が掛かった。

「クルマース様は奇跡的に領都の滅亡に居合わせず、第二都市セウスに兵力を集結して再起を図ろうとしているとの事です!」

「それはロウホウですね」

興奮する侍女の言葉に、抑揚のない言葉を返す。

「はい! さすがはシスティーナ様のご婚約者様です!」

「若い身空で家臣や兵を掌握して、魔族が率いる魔物の軍勢に立ち向かうなど、並の勇気や才覚では不可能でございますよ」

はしゃぐ侍女達と裏腹に、私には特に喜びはない。

むしろ、研究の事を考えて憂鬱になったくらいだ。

いえ、ダメね。そんな事を考えては。

レッセウ伯爵領の領民達にとっては間違いなく朗報なのだから。

続く第三報で――。

「殿下! クルマース様率いる領軍が魔族の軍団を打破したとの由にございます」

情報通の侍女がまっさきに結果を伝えてきた。

「まあ、素敵ですわ! クルマース様は将軍の才がおありなのですね!」

「さすがはシスティーナ様のご婚約者ですわ」

他の侍女達がその報に歓喜する。

その後、筆頭侍女が詳細情報を仕入れてきて、婚約者殿の率いる軍は半壊だと報された。籠城ではなく野戦を選択したのが原因らしい。

しかも、居合わせたセーリュー伯爵領軍やサガ帝国の勇者一行が助力したという未確認情報もあるそうだ。

「それでも勝利は勝利です! レッセウ伯爵領は魔族に打ち勝ったのです!」

侍女達はそんな風に無邪気に喜ぶ。

でも、働き盛りの男達が多く死んで復興は大変そうだわ。

「殿下、兄上様が、王太子ソルトリック様がおいででございます」

「兄上が? お通しして」

同腹の兄だけれど、年が離れているせいか交流はあまりない。

「システィーナ、変わりないか?」

「はい、兄上」

傲然とした顔で兄上が声を掛けてくる。

「レッセウ伯爵領の話は聞いているか?」

「噂話程度なら」

「そうか、なら詳細を伝えよう」

未確認情報が正しかった事が確定し、数に勝る魔物の大軍を相手に野戦という愚かな選択を主張したのが、婚約者殿だったという頭の痛い事実を知る事になった。

「兄上が来られたという事は、婚姻関係の予定が変わったという事ですか?」

「その通りだ」

早めに結婚させて王国から復興を援助する口実にするか、領内の復興が終わるまでの延期になるかのどちらかだろう。できれば後者だと嬉しい。

「婚約は破棄になった」

「はい、承りました」

淡々と事務報告する兄に、静かに承諾の言葉を返した。

喜色に満ちた心が、声に乗らないように注意できたか、少し自信がない。

「心配するな。新しい婚約者はすぐに見つけてやる」

兄はそう請け合って去っていった。

そんな気遣いはいらないのに。

私は研究ができればそれでいいのだから。

婚約者を失った数ヶ月後、私に友達ができた。

「楽しそうですね、システィーナ様」

「そうかしら?」

王立学院の図書館で出会った二人は、王立学院の教師達が霞むほどの才女達だった。

幼い見た目と裏腹に長命なエルフであるミサナリーア様はともかく、齢一二歳のアリサがあそこまで博識だったのには驚かされた。本物の才人を前に私は自分の不明を恥じるばかりだ。

「今日はご学友をお招きしてのお茶会ですものね」

「ええ、楽しみだわ」

しかも、今日はミサナリーア様やアリサが師と仰ぐサトゥーという人物まで来るのだ。

サトゥーという名は耳覚えがある。

オーユゴック公爵領で行われた花火の魔法の開発に関わっていたというまことしやかな噂で耳にした。

年若い彼が新呪文を開発した研究員の中心人物とまでは思わないが、アリサ達にダメ元で二液分離の魔法を相談してみたのだ。

なんらかのアドバイスを貰えたら、その程度の期待だったのだが、その期待は良い意味で裏切られた。

サトゥーが依頼した呪文を完成させたのだ。

まさか数日の間に、依頼した魔法が完成するとは思いもしなかった。

思わぬプレゼントにはしゃいでしまい、侍女達の視線が少し痛い。

「殿下はこの呪文を何にお使いになるのですか?」

「――笑わないと約束してくださいますか?」

「ええ、もちろん」

来るであろう問いに、私は即答する事ができなかった。

尊敬すべき優れた研究者である彼に笑われるのが怖かったからだ。

「大丈夫よ、ご主人様は真剣な人を笑ったりしないわ」

「ん、無問題」

「私は魔物を普通の生き物に戻す方法を研究しているのです」

アリサとミーア様に背中を押されて、私は自分の研究を告げた。

「幼い頃にそのお話を聞いた私は『瘴気が生き物を魔物に変えるなら、その逆もできるのではないのか?』という疑問を抱いてしまったのです――」

サトゥーは、いえ、アリサもミーア様も私を笑う事なく真剣に聴いてくれた。

「――魔物から瘴気を抜いて元の生き物に戻せるなら、人の生活圏はもっと広がり、下々まで豊かに暮らせる世界が来る、と私は思うのです」

「それは素晴らしいお考えですね」

単なる追従ではなく、彼もまた興味を持ってくれていたのが表情で分かる。

「実現するのは難しいと思いますが、研究結果は後の世に残ります。いつか花開く事を願って、研究を積み重ねていくのが良いでしょう」

「はい! サトゥー様!」

この日、私は新しい師を得たのかも知れない。

もっとも、その後に妹のドリスが見せに来た翡翠鳥が魔物に変貌し、サトゥー様が「 神酒(ネクター) 」と呼ばれる神秘の薬で魔物から元の翡翠鳥へと戻す奇跡を目にして、私の中の尊敬が畏敬や崇拝へと変わってしまったのも致し方ないだろう。

その後、現れたソルトリック兄上が、私かドリスを嫁にやろうという冗談に、少し「それでもいいかな?」と思ったのは内緒だ。

誰かの妻になることに憧れも願望もないけれど、彼の妻ならば呪文や魔法に接する機会が多そうだし、何より彼の傍にはミーア様やアリサがいるのだから。

もっとも、その冗談が本当になるとは思っていなかった。

父様からサトゥー様が観光副大臣に就任し、私に随行員として世界を巡る役職に就かないかと打診を受けた時は素直に嬉しかった。

でも、その就任式で、父様があんな事を言うとは予想だにしなかった。

「システィーナはただの随員とするつもりだったが、貴公らの態度を見て気が変わった。システィーナをペンドラゴン卿の婚約者とする」

サトゥー様の観光副大臣就任に文句を言う貴族達を黙らせる方便かと思ったけれど、母様達も平然としすぎている。

もしかして、事前に打ち合わせていた?

その予想は父様の言葉で確信する事になった。

「――ペンドラゴン卿。貴公にシスティーナを託すが、正式な婚姻は一年後の年始の謁見の場とする。それまでは節度ある紳士である事を望む」

「御意」

サトゥー様が頭を垂れて承諾した。

どうやら、私はサトゥー様の妻になるようだ。

レッセウ伯爵嫡男の妻になると聞かされた時のような、憂鬱な気持ちはない。

サトゥー様の周りには女性がたくさんいるし、妻としての義務を果たしたら、研究に邁進できるだろう。

サトゥー様やミーア様やアリサと時間を忘れて議論できるかしら?

それはとっても楽しい日々になりそう。

「システィーナ様が凄く嬉しそうです」

「やはり、殿下はペンドラゴン子爵に懸想されていたのですね」

「首を覚悟でソルトリック様に直訴した甲斐がありました」

サトゥー様の副大臣就任式の陰で、侍女達がそんな会話をしていた事など、神ならぬこの身には知る由もありませんでした。