軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18-11.ポチの冒険

「はぐはぐはぐ――やっぱりクジラジャーキーは美味しいのです」

西方諸国の難所、赤煙島が見える海辺で、冒険者風の衣装を着た一人の若者――もとい、子供がむしゃむしゃと干し肉のような物を食んでいた。

子供が着込んだ立派な黄色いフード付きの外套には、ペンを担いだドラゴンの紋章が描かれている。

「きっとあれが侍タイショーのいる黒煙島に違いないのです!」

残念、あれは赤煙島だ。

「あともう少しなのです。海の上を走っていけば夕方までには着きそうなのですよ!」

普通の人類には水上を走る事はできないが、この子は水歩スキルや浮歩スキルを持つのかもしれない。

「ここからポチの伝説が始まるのですよ」

シュピッのポーズで気合いを入れた子供――ポチが、昭和の漫画に出てくるようなダッシュ前ポーズを取る。

「出発進行なので――」

「いやあああ! 放してぇえええ!」

防風林の向こうから聞こえた悲鳴が、ポチの発進を引き留めた。

「大変なのです! あっちからキヌオサックなヒメーが聞こえたのです!」

ここに「絹を裂くような」などという慣用句を突っ込んでくれる者はいない。

足下の影から飛び出した猫耳が、ぴこぴこと動いているだけだ。

「ポチが今行くのですよ!」

シュババと風を切る速さでポチが駆けだした。

「おねげぇでございます。娘は、娘だけはお許しを」

「やかましい! 邪魔するな!」

「お 父(と) っつあん」

ポチが駆けつけたそこでは、ならず者のような男が女性の腕を掴み、それを止めようとする父親らしき人物に複数の男達が殴る蹴るの暴行を働く光景が繰り広げられていた。

「そこまでなのです!」

藪を突き抜けて現れた闖入者に、ならず者達は慌てて身構えた。

だが、フードがめくれて、その正体が小さな犬人の子供だと知った途端、構えを解き、さっきまでの己を恥じるように重い溜め息を吐く。

「なんだ、ガキかよ」

「ポチはガキじゃなくてポチなのですよ?」

ポチが首を傾げる。

「うるせぇ! 仕事の邪魔すんな!」

ならず者達が眉間のしわを深くしてポチを怒鳴りつけた。

「お仕事なのです?」

ポチがキョロキョロと周囲を見回す。

「でも、お姉さんは困っているのですよ?」

ならず者に腕を掴まれた女性は、どう反応していいのか分からず固まっていた。

「ええい、やかましい! お前ら、このガキにお仕置きしてやれ」

「へい、アニキ!」

ひときわ体格のいい男が、のしのしとポチに歩み寄る。

「ぶっとべ!」

ぶんっ、と振り下ろされた拳が空を切る。

その拳をポチが素早い動きで回避した。

「避けるな!」

「でも、当たったら痛いのですよ?」

ぶんぶんと腕を振り回す男の攻撃を、ポチは余裕を感じさせる動きで回避する。

「いつまで遊んでやがる! お前らも行け!」

「殺しちまうかもしれませんよ?」

「構わねぇ。さっさと解体しちまえ!」

「「「応!」」」

武器を抜いた五人の男達がポチに殺到した。

無惨に切り刻まれるポチを予想した娘や父親が目を閉じて顔を背ける。

「どーん、なのです!」

鎧袖一触とはかくあるべき、と言いたくなるほどあっさりと男達は吹き飛ばされた。

ポチの手には鞘に収まったままの刀が握られている。

「ど、どうなってやがる?」

「剣で斬りつけるなら、斬られる覚悟もするものだとアリサが言っていたのですよ!」

ポチがどや顔で言う。

真剣で斬りつけなかったのはポチの優しさだろう。

「く、くそっ。この化け物めっ」

男が指笛を吹くと、村の方から20数人の悪漢達が駆けつけた。

どうやら、彼らは村の中で略奪行為をしていたらしい。

「どうだ! たった一人でこの人数は勝てまい!」

形勢逆転した事で、男が唾を飛ばしながら勝ち誇る。

その時、藪を揺らして幾つかの影が現れた。

「一人じゃないガウ!」

「ベア達もいるクマ!」

「やっぱり、騒動に巻き込まれていたわね」

「ポチさん、捜しましたよ!」

「ウササ達なのです!」

西方諸国までポチを追いかけてきた「ぺんどら」の一期生、兎人族のウササとラビビ、犬人族のガウガル、熊人族のクベア、人族の少年ニニンと少女ヒトナの六人だ。

「ポチを追いかけてきてくれたのです?」

「もちろんです!」

「水くさいガウ」

「姐さん一人じゃ心配クマ」

「この国までは伯爵様の飛空艇を出してもらったけどね」

ポチがウササ達と旧交を温める。

「皆! 状況を考えて!」

「二人じゃ辛い! ウササ、手伝え!」

悪漢達の相手をしていた人族の二人が仲間達に救援を求める。

「すまん、ニニン!」

「ごめんね、ヒトナ!」

ウササとラビビが前線で攪乱し、クベアが盾役を務め、大剣持ちのガウガルが薙ぎ払う。

ぺんどら達が連携して悪漢達を叩きのめす。

それでも多勢に無勢、徐々にぺんどら達が押され始めた。

「ポチも頑張るのですよ!」

シャキーンとポーズを決めたポチが乱入する。

「ポチさん!」

「さすがは姐さんクマ!」

「すっげー」

そこからは一気に形勢が逆転した。

ポチが比喩ではなく、悪漢達の防具をちぎっては投げ、コテンパンに叩きのめす。

人質になっていた娘は、ラビビが密かに奪還して父親に返していた。

形勢不利を悟った悪漢達のリーダーが、発煙筒のようなモノを使って逃げ出した。

「ポチからは逃げられないのですよ!」

瞬動で煙を突き切ったポチが、悪漢リーダーの足を払って組み伏せた。

「ロープぐるぐる巻きの刑なのです!」

ロープでミノムシのように縛った悪漢リーダーを連行し、仲間達の下に戻る。

なぜか、上半身裸になった父親が、自分の上着を使って必死に発煙筒を消そうと奮闘していた。

「消したいガウ?」

「任せるクマ」

クベアが発煙筒を掴んで、噴出口が潰れるほど地面に埋め込んで強引に消した。

煙が消えたのを確認した父親が脱力してその場に座り込む。

「勝利なのです!」

ウササ達はその様子に首を傾げていたが、ポチの勝利宣言を聞いて一緒に勝ちどきを上げる。

その頃には村の人達が集まってきた。

年老いた村長が、ポチやぺんどら達の前に進み出る。

「なんて事をしてくれたんだ!」

ポチ達に浴びせられたのは、お礼ではなく苦情だった。

「そうだそうだ!」

「こいつらを叩きのめしたら、どうなると思ってやがる!」

「俺達がなんのために我慢していたと思ってるんだ!」

村長に続いて、飛び出してきた村人達がポチを取り囲んで罵声を浴びせる。

「ど、どうして怒られているのです?」

予想外の怒鳴り声にポチが耳をぺたんと伏せ、尻尾を足の間に隠した。

そんなポチを庇うように、ウササやガウガルが前に出て手を広げる。

「うるせぇ!」

「文句があるなら代表が一人で言うワン!」

ウササとガウガルが威圧スキルを発動しながら吠えると、村人達が青い顔で舌鋒を鈍らせた。

村人達が一歩後ろに後退り、相対的に押し出されるように村長が残る。

「説明は簡潔にクマ」

怯える村長の肩をクベアがポンと叩く。

「こ、こいつらはタダの賊じゃねぇです」

「どう普通と違うガウ?」

「俺様達は泣く子も黙るバフォメェート一家だ!」

首を傾げるガウガルの代わりに答えたのは、猿轡を自力で外した悪漢リーダーだった。

「 ばふぇもと(・・・・・) なのです?」

「バフォメェートだ! 二度と間違えるんじゃねぇぞ! お頭は悪徳都市シベにその人ありと謳われた災厄のバフォメェート様だ!」

言い間違えたポチに向かって悪漢リーダーが怒鳴りつける。

悪徳都市シベは赤煙島という火山島にある海賊御用達の島で、周辺諸国も手を出しかねている無法者達の巣窟だ。

「お頭は魔王の再来と称される恐ろしいお方なんだぞ!」

「「「ふーん」」」

ポチの常軌を逸する強さを知る「ぺんどら」達は、悪漢リーダーの言葉を軽く受け流す。

「ふーん、だと? ガキ過ぎて恐ろしさが分からないのか?」

「大丈夫なのです! 悪者はポチが倒してあげるのですよ!」

「相手は『魔王の再来』だぞ! お前なんぞが勝てるものか!」

吠える悪漢リーダーをぺんどら達が冷めた目で見下ろす。

ポチが「魔王殺し」の一人であることを彼は知らない。

「大丈夫なのです! ポチは魔王のヒトと戦った事があるのですよ!」

「そんな戯れ言を信じるようなおめでたい奴はここにはいねぇ!」

悪漢達だけではなく、村人達も信じる者はいなかった。

ポチの強さをその目で見た父娘もだ。

例外はぺんどら達だけ。

彼らの目にはポチへの絶対の信頼があった。

ポチの耳がピクリと動く。

遙か彼方から接近する何者かを捉えたらしい。

「俺達を解放しろ! 俺達が帰らなかったら、お頭の操る魔物の軍団が攻めてくるぞ!」

遠くから聞こえたワイバーンの鳴き声に、村人達が怯える。

「来るぞ、お前達の死を運ぶ者達が!」

木々の上をワイバーンが飛び越えていく。

ポチがそれを見て目を見開いた。

「お肉! なのです!」

「よ、余裕を見せるのも今のうちだ!」

悪漢リーダーの声を掻き消すように、次々にワイバーンが飛来し、一〇頭を軽く超える 飛竜騎士(ワイバーン・ライダー) が上空を旋回する。

飛竜騎士と言えば、大国でも数を揃えられない空を制する強力な兵科だ。

弓や魔法も届かない高所から行われる急降下攻撃を軍事拠点以外で迎撃するには、数倍の数の魔法使いか数十倍の弓兵が必要とまで言われている。

おそらくは悪漢リーダーが使った発煙筒を見て飛んできたのだろう。

「これでお前達は終わりだ!」

悪漢リーダーの叫びに呼応するように飛竜騎士の一人が長大な火杖を取り出し、威嚇の一撃を家屋に撃ち込んで炎上させる。

「見たか! 悪徳都市シベ最強の飛竜騎士団の力を!」

口角泡を飛ばしながら悪漢リーダーがまくし立てる。

「上空から一斉に放たれる火弾の雨がお前達を焼き払うぞ!」

調子に乗った悪漢リーダーがポチ達や村人達を見回して嗤う。

「なあ、それって――おっさん達も燃えるんじゃ?」

「「「――あっ」」」

ウササの言葉を聞いた悪漢リーダーやならず者達が顔を青ざめさせた。

どうやら、その事は考えていなかったようだ。

「大丈夫なのです! ポチにお任せなのですよ!」

刃を納めたままの刀を持ったポチが広場の中央に進み出る。

「さあ、来い! なのです!」

挑発スキルの力を込めた叫びが空へ届き、ワイバーンや騎手達の視線がポチに集まる。

赤い火を曳きながら旋回する騎手達の杖から、十数発の火弾が放たれた。

「いあいばっとー、なのです!」

ポチが空歩で空を駆け上がりながら、火弾を抜刀術で切り裂いていく。

「火弾を刀で切った、だと?」

「さっすがはポチさん!」

「姐さん最高ガウ!」

「最強クマ!」

悪漢リーダーが驚きの声を漏らし、ウササ達の称賛の叫びがそれを掻き消した。

村人達は驚きすぎて声もない。

「 きゃっちゃんどー(・・・・・・・・) すりーすなのです(・・・・・・・・) !」

ポチが不運な飛竜騎士に取り付き、ワイバーンの首を落として後続の飛竜へと飛び移る。

この場にポチが言いたかったキャッチアンドリリースという言葉を理解した者はいなかったが、いたとしても「意味が違う」と突っ込んだに違いない。

「なんだ、このガキは!」

「犬人の姿をした魔族め!」

「俺達を誰だと――」

飛竜騎士が散開するまでの間に七つの首が落ち、乗っていた騎手達は森の木々へと落下していく。

普通なら樹木がクッションになっていても墜落死が免れない高度だったのだが、鞭のように伸びた影や不可視の力場が騎手達を受け止め即死を防いでいた。

どこにでも心配性な保護者はいるようだ。

「ここまで離れれば、飛び移る事もできまい」

冷や汗で全身をびしょ濡れにした隊長がそう呟いた時、「とー、なのです!」という不吉な声が後ろから響いた。

厭な予感に駆られた隊長が振り返る直前――。

「――なっ?!」

横を飛んでいた飛竜騎士に赤い光弾が激突した。

ワイバーンの血肉が飛び散り、首を失った飛竜が墜落する。

「ウスカー!」

部下の名を呼びながらも、生存本能が愛騎をランダム軌道へと移らせた。

「普通の 魔刃砲(まじんほー) だと頭を潰しちゃうのです。首を切り落とさないと、美味しい目玉が食べられないのですよ」

その言葉を聞いた時、隊長は自分が相手をしている者に恐怖した。

相手は自分達を蹂躙するのではなく、自分達を単なる食料として捕食しようとしていたのだと彼は解釈した。

「いやだあぁああああああああああああ!」

背後から迫る赤い刃を勘だけで避ける。

三つの刃を避け終わり、背後にあった犬人の姿をした悪魔の姿が見えなくなっている事に気付いた隊長が、安堵の吐息を漏らした。

「生き延び――うわっ」

呟きの途中で、生温かい液体が進行方向から降ってきた。

慌てて振り返った視線に違和感を覚える。

ない。

なくなっているのだ。愛騎の首が。

首を失った愛騎がぐらりと機首を下げ、真っ逆さまに落下した。

「悪即ザザーンなのです!」

最後の飛竜騎士をギロチン型に改造した魔刃砲で仕留めたポチがシュピッのポーズを取る。

「し、信じられねぇ……」

悪漢リーダーが地面まで落ちそうなほど顎を落とす。

「アリサも言っていたのです。悪の栄えた タダ飯(・・・) はないのですよ!」

ポチがしたり顔で言う。

「ま、まだだ。まだお頭がいる」

ならず者の悪漢リーダーが震える声で虚勢を張る。

「俺達のアジト、赤煙島の悪徳都市シベには魔王の再来、『災厄』のバフォメェート様がいるんだ!」

悪漢リーダーが虎の威を背負い込んでポチ達を脅す。

「お頭を倒したかったら、サガ帝国の勇者でも連れてくるんだな!」

「勇者のヒトは知っているのです! 勇者のヒトに倒せるなら、ポチにだって倒せるのですよ!」

「はあ? 首領を倒すだと?」

ポチの虚言だと断じた悪漢リーダーが引きつったような声で笑う。

「何がおかしいのです?」

「これが笑わずにいられるかってんだ。周辺諸国の軍隊が攻めあぐねる赤煙島を、多少腕が立つだけの犬人に落とせるわけがねぇ。赤煙島にはお頭が支配した魔物の大軍がいるんだ」

「魔物の大軍なのです?」

ポチがこてりと首を傾げる。

「そうだ! シーサーペントを始めとした海の魔物は船を沈め、ワイバーンやナーガを始めとした空の魔物は遠距離から火炎の雨を降らせる。それを越えて上陸しても、今度は 噴火古象(ボルケーノ・マンモス) や 暴食野牛の群れ(ローカストバファロー・パック) が蹂躙する」

「それは大変なのです!」

ポチが驚きの顔でウササ達を振り返る。

そんなポチの反応に、ウササ達はそれほど強力な相手だと顔を引き締めた。

「お肉祭りなのですよ!」

興奮するポチを見たウササ達が脱力した。

それでこそ、ポチだと。

「に、肉? 何を言ってやがる。魔物に喰われるのはお前達だ!」

悪漢リーダーが必死に言い募るが、肉祭りの開催に思考が向いたポチの耳には届かず、そのまま忘れ去られた。

「けぷっ、なのです」

ポチが満足そうにお腹をさする。

赤煙島での大肉祭りの前祝いとばかりに、被害にあった村や周辺の村々から人を集めてワイバーンをふんだんに使った肉祭りが開かれたのだ。もちろん、目玉料理もある。

他の国では固く不味い肉に閉口する者もいたが、バフォメェート一家からの度重なる略奪で飢えていた村人達は、文句も言わずに焼けた肉に飛びついて口々にポチを称賛した。

ワイバーン蹂躙劇を見た村人達は、土下座せんばかりの勢いでポチ達に詫びを入れていたのは言うまでも無い。

捕まったならず者達や騎手達は、近隣都市から派遣された兵士達が翌朝に回収していった。

「ポチさん、やっぱり船はないそうです」

「すみません。シベの連中が『税を払えないなら、船を貰っていく』と言って全部の漁船を持っていってしまったのです」

そのせいで漁もできなくなったのだと漁村の村長が嘆いた。

「それは困ったのです」

ポチは赤煙島に渡る船を探させていたのだ。

「丸太を削って船を作ればいいガウ」

「それは時間が掛かりすぎるぜ」

「木を削るのは得意クマ」

ウササ達がアイデアを出し合う。

「内海はそれほど荒れませんが、赤煙島の近くは渦を巻く場所や海面からは見えない岩礁帯もあります。航路を知らぬ者が渡るのは難しいでしょう」

村長の言葉を聞いたウササ達が難しい顔になった。

「ポチさんがワイバーンを一匹残しておいてくれたら」

「姐さんが悪いって言うのかよ!」

「そんな事は言ってないだろ!」

「喧嘩はダメなのですよ」

言い争いを始めたウササ達をポチが宥める。

「でも、ポチさん。このままじゃ海を渡れないですよ?」

「大丈夫なのです」

ポチが自信ありげな顔でウササ達を見ます。

「ポチにいい考えがあるのですよ!」