軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

16-78.送還

「ナナシ様! 私が儀式装置の微調整をいたします。私から見て左側にある青と赤の宝玉に均等に魔力を注いでください」

ロレイヤが真剣な顔で叫ぶ。

ここはサガ帝国、旧都にほど近い「勇者の丘」にある神殿――その地下施設だ。

ロレイヤが言うには、現在起動中の召喚魔法陣が暴走すると、旧都の人達の命や魔力を全て使い果たすまで、異世界から勇者を召喚し続けてしまうらしい。

勇者ナナシはロレイヤに請われるままに、儀式装置にある宝玉のもとへと瞬間移動した。

(せや、それでええ。計画は順調や)

姿を隠したゴブリンの魔王が、勇者ナナシの行動を見て内心でほくそ笑んだ。

ウィーヤリィの聖弓による光弾で射貫かれて頭部を失い、神殿の地下に勇者達を引き込んだ際に 擬体(アバター) を失ったゴブリンの魔王だったが、彼は密かにこの場に残り、いずこかから勇者達の様子を監視していた。

「ロレイヤ! 私も手伝うぞ!」

ロレイヤ同様に勇者ハヤトの従者だった 長耳(ブーチ) 族の弓兵ウィーヤリィが声を掛ける。

「なら、ナナシ様の逆側にある計器の確認をお願い!」

「分かった!」

この場には他にパリオン神殿の関係者数名がいるが、事態の急変についていけず、おろおろと彼女達を見守ることしかできていない。

作業をしていた勇者の視線が小さく動き、微かに訝しげな表情を浮かべた。

それはほんの僅かな瞬間であり、この場でそれに気付いた者はいない。

「魔力を無理やり抜けるけど、それじゃダメ?」

儀式装置の魔力を供給しながら、勇者ナナシが問う。

(アカンアカン、何言うとんねん。そないな事したら、計画がおじゃんや)

ゴブリンの魔王が心の中で呟いた。

「ダメです! そんな事をしたら、勇者召喚の魔法陣が壊れてしまいます!」

ロレイヤが悲鳴にも似た叫びを上げる。

「それもそっか――」

勇者ナナシが素直に魔力を供給する作業に戻った。

(ふぃい~、心臓に悪いやっちゃ)

「――魔力はこのくらいでいい?」

「可能なら五割増しでお願いします」

「おっけー」

儀式装置への魔力供給量が増えた。

きっかり五割増しだ。

(ええで、ええで、その調子や)

「ねぇ、ロレイヤ。魔法陣の回路が何かおかしくない?」

(余計な事に気ぃ回すなや!)

ウィーヤリィの疑問に、ゴブリンの魔王が内心でツッコミを入れる。

「いいえ、 予定通りです(・・・・・・) 。問題ありません」

「そう?」

「そうです」

小首を傾げながらも、ウィーヤリィは補助作業に戻った。

(そうや、それでええんや!)

ゴブリンの魔王は内心で冷や汗を拭う。

「もう少しです。魔力量を一定で保持してください」

「おっけー」

額から汗を流すロレイヤの依頼を、勇者ナナシが軽い口調で請け合う。

やがて魔力の充填が終わり、足下に今までと違う魔法陣が現れた。

魔法陣は連鎖的に置き換わっていき、儀式装置全体に無数の積層型魔法陣が展開されていく。

儀式装置の近くにいる三人の身体をスキャンするように、魔法陣が上下に分かれ、筒状の積層型魔法陣を形成した。

「今です! 一気に魔力を流し込んでください」

「はいよー」

勇者ナナシが魔力を流し込むと、光の奔流が儀式装置の周りを満たす。

目を開けていられないほどの目映い光の洪水が収まると、先ほどの光が嘘だったかのように儀式装置は沈黙した。

(――完璧や)

「ふう、無事に収まったようでなにより――」

地下空間を見回したウィーヤリィがその光景に違和感を覚えた。

「――勇者は? 勇者ナナシはどこだ?」

「どういう事? 勇者ナナシはどこに消えたの?」

ウィーヤリィの言葉に、ロレイヤもまた愕然とした顔で周囲を見回した。

だが、どこにも勇者ナナシはいない。

(いくら探してもおらへん)

ゴブリンの魔王が内心で勝ち誇る。

(勇者ナナシは 送還(・・) したったからなぁ)

心の中で哄笑を上げながら、ゴブリンの魔王が勇者ナナシ不在の理由を呟いた。

パリオン神が召喚した勇者を送還する為に使う巨大な魔法装置を、ゴブリンの魔王はサトゥーを「元の世界に送還する」為に使ったのだ。

(愚神から与えられた権能を剥奪され、スキルもレベルもない世界で生きたらええ)

勇者召喚と送還を行う為に最強の竜神によって作られた魔法装置は、送還する者から 無条件で(・・・・) 「 神が貸与した権能(ユニークスキル) 」や「レベル&スキル・システムによるサポート機能」を剥奪する。

(最後に繋がってたんはメイコはんの世界やし、知り合いのおらん世界よりマシやろ)

パリオン神の勇者として召喚された者を送還する場合は、召喚時の世界にチャンネルを合わせられるのだが、今回のように「パリオン神以外によって召喚された」者を送り返す場合は、そのルーティンが省略され、最後にチャンネルを合わせられた世界へと送られる。

(わいは優しいなぁ)

ゴブリン魔王が嗜虐の笑みを浮かべる。

(あとは大陸に満ちた瘴気で世界を染め、主さんの召喚を可能にする。いや、イレギュラーなき今、シガ王国にある聖杯かて使える。主さんの封印を解くのも時間の問題や。もうサガ帝国の帝都を生け贄にした不確実な手を執る必要もあらへんわ)

『トウヤはん、今ええか?』

ゴブリンの魔王が通信を繋いだ相手は、かつてイタチ帝国で軍師をしていたエルフの転生者トウヤだ。

「首領か? 構わんが、どうやってここまで心話を?」

『ワイのユニークスキルや』

(また新しいスキルか……)

トウヤは首領の持つユニークスキルの多さに、理不尽なモノを感じていた。

彼が知る限り、首領の持つユニークスキルの数は両手両足の指でも足りない。一人のニンゲンがそれほど多くのユニークスキルを持つ事ができるのかと常々考えていた。

また、同時に、このようなユニークスキルを持つのであれば、「なぜ、今まで極秘の連絡に鳩などを使っていたのか?」という疑問が浮かぶ。

「それで用件は?」

トウヤは益体もない思考を中断し、本題に移る。

『そや、それや! やったで! ついにやったんや!』

「要点を頼む」

『トウヤはんは相変わらずつれないな~』

ゴブリンの魔王の言葉をトウヤが黙殺する。

『イレギュラーや。イレギュラーを送還したったでぇ』

哄笑が収まるのを待ってトウヤが口を開く。

「無駄な事を。ヤツならすぐにでも戻ってくるぞ」

その言葉には確信が篭もっていた。

「それどころか、送還を回避して既に貴様の傍に潜んでいるやもしれん」

『――あらへん、あらへん』

秘密基地に魔素迷彩で潜んだ勇者ナナシを思い出し、ゴブリンの魔王は一瞬だけ怯んだものの、周囲に荒れ狂う魔素の乱流の中で魔素迷彩を維持する難しさを考えて否定した。

念の為、魔素迷彩をも見つけるユニークスキルに 換装した(・・・・) 本体で調べる誘惑に駆られたゴブリンの魔王だったが、なんとかその誘惑に耐えた。

『トウヤはんは心配性やなあ。大丈夫やて、あの送還陣はユニークスキル――「神の権能」を剥がしてまうねんから』

「送還陣? 勇者召喚の儀式用魔法陣をいじったのか?」

『せや。勇者っちゅう便利な生け贄を呼ばれへんようになるんは勿体ないけど、イレギュラーを始末できるなら安いもんや』

「本当に始末できたのならな……」

ハイテンションのゴブリンの魔王と異なり、トウヤはどこまでも懐疑的だ。

『万に一つもあらへん。スキルやレベルっちゅう 主さんのシステム(・・・・・・・・) も一緒に剥がすんや』

自分の不安を誤魔化すようにゴブリンの魔王がまくし立てる。

『レベルやユニークスキルっちゅう優位性を失ったイレギュラーが、単独で帰ってこられるかいな』

「あいつには空間魔法や術理魔法を使う部下がいる。それに……、やつの部下にはサガ帝国に影響力を持つ人脈もある」

『何が言いたいん?』

「こちらの世界に再召喚されるのではないか?」

『それはあらへん。その可能性は真っ先に潰した。ワイがいじった勇者召喚陣を元に戻すのは不可能や。何より、召喚する為の世界座標も分からずに――』

言葉の途中でゴブリンの魔王は自分の失敗に気付いた。

『――フウはんは勿体ないけど、セイギやユウキと一緒に始末するわ』

彼らを送還する瞬間に世界が繋がってしまう。

そのタイミングでなら、異世界からサトゥーを再召喚する事は、事実上は不可能でも理論上は可能だ。

それに、人の身には不可能でも、神なら可能だろう。

七柱の神々がサトゥーを必要とするなら、だが。

「用件はそれだけか?」

トウヤがゴブリンの魔王に問う。

『せや』

「ならば、こちらからも報告すべき事がある」

『報告? そういえば今どこにおるん?』

「セーリュー市の地下迷宮だ」

彼の傍らには 迷宮の主(ダンジョン・マスター) であるカマドウマの魔物、ドウマ三世が控えていた。

ドウマ三世は地味顔転生者ミオが貢いだ迷宮蛙の腿肉を美味そうに囓っている。

『ああ、瘴気濃度の確認の為やね』

「そうだ。旅の間に気になる事があったからその確認だ」

『気になる事て?』

ゴブリンの魔王が続きを促す。

「首領が各地で準備していた計画が軒並み潰えていた。気がついたのは小王国群の旧クボォーク王国の首都だったが、今いるセーリュー市が特に顕著だ」

ゴブリンの魔王が各地に残していた現地潜伏の工作員達を経由して、トウヤは旅の間にゴブリンの魔王の計画を把握していた。

『その辺だけちゃうん?』

「いや、かつてイレギュラーが滞在した事がある多くの場所やE商会の影響力の高い土地で、瘴気濃度が低い」

トウヤが 迷宮の主(ダンジョン・マスター) の協力で、世界各地に配置した瘴気濃度計の値を調べた結果を伝える。

『まさか、イレギュラー本人やのうて、モブどもに邪魔されるとは思わんかったわ』

「まったくだ」

トウヤは心の中でゴブリンの魔王の迂遠な計画を脳裏に浮かべる。

計画の第一段階は、悔恨病や憤怒病を蔓延させて、人々の心を不安定にする事で、人々を瘴気源とし世界を薄い瘴気で満たす事だった。

そちらはほぼ成功していたにも拘わらず、様々な手段で都市の瘴気が払拭され、第二段階の「 瘴邪晶(マイアズマ・クリスタル) 」を用いたアンデッドや疫病で人々の恐怖を誘い、さらに瘴気濃度を増す作戦は、瘴気濃度の薄い地域全てで失敗していた。

「一部の瘴気濃度は十分だが、一部では意味がない」

『せやな……』

十分な濃度で瘴気が世界に満ちれば、魔界へ続く迷宮街道を開くことができる。

魔神の封印と共に出入り不能になった魔界へ至る事ができれば、聖杯を用いて 邪念結晶(イービル・フィロソフィア) を量産し、魔神の封印を解く事も可能になるはずだと彼らは考えていた。

「計画は失敗したと言わざるを得ない」

『そんな事あらへんて。イレギュラー無き今、もう一回やったらええねん。準備が大変やけど、10年もあればいけるやろ。ミオはんの協力があればもっと早くやれるで』

地味顔転生者のユニークスキルは、人の限界を超えた距離のゲートを開くことができる。

侵略軍を送り込むのにこれほど適したスキルはないだろう。

ただし、短期間で世界中を瘴気で満たすためには、彼女を限界まで酷使する事になる。

その事に思い当たったトウヤが苦虫を噛み潰したような顔になった。

「ところで、イレギュラーの前でアバターを何度切り替えた?」

『なんなん、急に? 目の前でやったんは五、六回やけど?』

「なら、早めに本体を避難させた方がいい」

『はあ?』

トウヤの唐突な忠告にゴブリンの魔王が訝しげな声を上げた。

「アバターを切り替える時に、一瞬だけ本体との間に魔術的なパスが開く。何度もやれば気付かれるぞ」

『そんなん分かってるて、せやから幾つも中継所を迂回してるんや。しかも一度使こうた中継所は再利用してへん。いくらイレギュラーでも数度で見破られへんわ』

ゴブリンの魔王は思わず反論してから、それが意味の無い事だと気付いた。

『つーか、それ以前に、今更イレギュラーを心配してどないすんねん。元の世界に戻ったあいつは無力な小僧や』

(あいつがそんな普通の相手とは思えん)

トウヤが心の中で反論した。

「悪いが、イレギュラーの排除に確信が持てるまで休暇を貰うぞ」

『え? ちょっと、待って? 大丈夫やって――』

会話の途中で、ゴブリンの魔王からの通信が唐突に途絶えた。

しばし、そのまま応答を待ったが、ゴブリンの魔王から再度通信が届くことはなかった。

「ふむ……」

――100年か200年かわからへんけど、イレギュラーが寿命で逝くまで待つのが賢明やね。

かつてゴブリンの魔王が勇者ナナシの追及を躱すために言った虚言が、トウヤの脳裏を過ぎる。

「案外、あれが最善だったのかもしれん」

トウヤがぽつりと呟いた。

「トウヤ様、どうかされましたか?」

上機嫌に問いかける地味顔転生者ミオの方を振り向く。

「いや、なんでもない」

「ここでのお仕事は終わりですか?」

「ああ。少し長めの休暇になりそうだ」

唐突に途切れたゴブリンの魔王との通話を思い出しつつ答える。

「本当ですか?!」

トウヤがミオの言葉に頷く。

「だったら、たっぷりと新婚旅行が楽しめますね」

「そうだな」

(イレギュラーの寿命が来るまで、この娘に付き合うのも悪くないかもしれん)

予想外のトウヤの言葉に、ミオが満面の笑みを浮かべた。

「素敵な新婚旅行にしましょう!」

ミオがゲートを開き、トウヤの手を引いてゲートに向かう。

「そういう訳だ。ハネムーンを邪魔するなよ」

トウヤが闇に向かって小声で呟いた。

闇は何も答えない。

「トウヤ様?」

「なんでもない」

トウヤは今度こそゲートをくぐり抜け、ハネムーン旅行へと戻った。

「ロレイヤ? いったいどうした?」

弓兵ウィーヤリィが元同僚に問う。

いなくなった勇者ナナシを探すこともせずに、虚空を見つめつつぶつぶつ呟いていたからだ。

ウィーヤリィの問いに答えず、ロレイヤが再び儀式装置の操作盤へと手を伸ばした。

「おい、ロレイヤ」

「なんでもありま――」

言葉の途中でロレイヤの姿が消えた。

「「「きゃああああああああ」」」

「ロレイヤ!」

儀式装置部屋の床を転がっていく神官ロレイヤを見て、巫女達やウィーヤリィが悲鳴を上げた。

「何をする!」

ウィーヤリィがロレイヤを蹴った人物を睨み付ける。

さっきまでここにいなかった者だ。

「答えろ、勇者ナナシ!」

「それは彼女が答えてくれるよ」

糾弾の言葉を肩を竦めるだけで受け流し、仮面に覆われた視線がロレイヤを捉える。

彼の身体は淡い青色の光を帯びていた。

(なんでや! なんで送還されとらへんねん)

地面に伏したロレイヤが顔を上げる。

(それになんや、今の攻撃は)

「ゆ、勇者様、私が何か粗相を――」

(アバターが攻撃されただけやのに、なんで本体までダメージが届いとんねん)

「もういいってば、偽者さん」

ロレイヤの言葉を遮った勇者ナナシの腕に、二人目――本物のロレイヤが出現した。

「いつからバレてた?」

「最初からだよ」

レーダーに映る光点の色が、知人を示す青色ではない事に気付いたのは、魔力供給を始めた時だったが、勇者ナナシは少しの見栄と説明の面倒さから、最初だと言い張った。

「魔法陣が送還っぽい感じだったし、タイミングを見計らって空蝉の術で入れ替わったんだよ」

「忍術? なんでもありやな……」

この件の被害者は、元の世界に戻った勇者メイコ・カナメだろう。

勇者ナナシの衣装を着た丸太が、突然目の前に現れて尻餅をついたメイコが、空に向かって盛大に悪態を吐いていた。

「どこにおった? 魔素迷彩やないやろ?」

「ヒミツだよ」

勇者ナナシは砕けた天井の穴を通して衛星軌道上の人工衛星から地上を観察しつつ、介入するタイミングを図っていた。

セーリュー市の地下迷宮にいたトウヤとの会話も、「迷宮の主」のもとを訪れた際に潜ませた小虫サイズの従魔経由で聞いていたのだ。

(答えるわけあらへんか。それよりさっきの攻撃のヒミツを暴かな)

「さっきの変な攻撃はなんや?」

「その様子だと 届いた(・・・) みたいだね」

勇者ナナシの公開スキルに「聖光鎧」スキルというモノが増えていた。

両手両足の青い光を濃くしながら勇者ナナシが仮面に覆われた顔を、ロレイヤ――ゴブリンの魔王に向ける。

「――聖光鎧?」

「うん、原始魔法ならアバター越しにダメージを与えられないかなって思って試しただけなんだけど、なんか違うスキルが手に入ったみたいだ」

「相変わらず、でたらめなヤツや」

(まあええ、情報は手に入れた。これからはアバターでもイレギュラーの前に出られへんけど、それだけや。より深く潜って陰から世界を動かしたる)

神官ロレイヤから複写した、パリオン神の神聖魔法を勇者ナナシに叩き付けながら、ゴブリンの魔王はロレイヤの姿をしたアバターを切り捨てた。

ゴブリンの魔王の視界が暗転する。

「――ふう、作戦の練り直しやな」

久々の本体に戻ったゴブリンの魔王が、擬体を生み出す球状の魔法装置から出た。

「その必要はないよ」

ここで聞こえるはずのない声に、ゴブリンの魔王は振り返る。

「チェックメイトだ」

そこには聖剣を抜いた勇者ナナシの姿があった。